「会長はなんでタオルを投げ込んだんじゃろ？」
ミウラさんはまだやれる顔をしてたはずじゃが……
「クラッシュエミュレートを超えて打撃を受けたからだね。あれは骨が折れてる」
「エミュレートを超えてって、デバイスがあれば怪我をせんはずじゃなかったんか？」
「打撃があまりに大きいと、デバイスでも衝撃を吸収仕切れないんだよ。
そうなると、肉体に打撃が行くことになる」
「リンネの奴、そんな無茶な力で殴ったんか」
「そうなるね」
ミウラさんは、自力で歩けず、担架に乗せられて退場となった。
「ミウラさん、大丈夫なんじゃろか」
「イクスちゃんが向かったよ。大丈夫、イクスちゃんは治癒魔法が得意なんだよ」
「だといいんだけど……」
あれからリンネの試合についても研究はした。
パワーで相手をなぎ倒すのがリンネの流儀じゃ。
毎回相手は病院送り。
強いのは強いが、あまりきれいな勝ち方じゃない。
そうまでして、一体あいつは何を求めてるんじゃろう。
「ミウラの事ならもう心配はいらない」
「会長。ミウラさんは大丈夫なんですか」
「ああ、イクスの治療で救急車に乗せられる前には気が付いたよ。
あれなら骨折も早く治るんじゃないかな」
「ならいいんですけど……」
「とはいえ、今日明日に骨がくっつく、ってわけにもいかない。
重傷は重傷だ。が、心配するな。
心配は今日試合後に見舞いに行くときで良い」
「はい」
さて、残る試合はハルさんだけじゃ。
「ハルさん、相手はどんな人なんですか？」
「デンドロビウム級の有力選手だそうです」
「デンドロビウム級ってなんですか」
「女子の最重量級です」
「普通の格闘なら、最重量級に軽量級が勝てる道理はないんだけどよ。
アインハルトさんは大丈夫なんじゃろう」
「どういう意味ですか、冬美さん」
「言葉通りの意味。一撃の重さも防御の堅さも体が大きいほど有利になる。
ただ、魔法有りの格闘なら、一撃の重さも防御もある程度は魔法で補いがつく。
とはいえ、向こうも魔力で行動速度を上げるぐらいのことはするだろうけどさ」
「結局どっちが有利なんですか」
「まあ、やってるのを見れば分かる」
「そりゃそうですけど」
「冬美ちゃんは誰を応援してるの」
「そりゃアインハルトさんを応援してるさ。
だけど……」
「大丈夫ですよ。ゴライアスはジャニス選手より大きいですけど、
一撃でアインハルトさんは破壊しましたから」
「あー、そんなこともあったな」
「そろそろ時間だ、行くぞ」
「はい、会長」
そういうわけで、デンドロビウム級の有力選手ジャニスと、ハルさんの試合が始まる。
「ハルさんは普通に構えたけど、相手はタックルの構えじゃな」
「体重を生かして体当たりでもぶちかますつもりかな」
「ジャニス選手が動いたよ」
ジャニス選手は、ショルダータックルじゃなくてラリアートでハルさんを攻撃する。
ハルさんはそれをガード。続いて張り手じゃが、これはハルさんがかわす。
「このレンジなら、アインハルトさんの勝ちですね」
「このレンジって……」
ハルさんも掌底をジャニス選手のみぞおちにたたき込む。
こちらはクリーンヒット。ジャニス選手がよろける。
そこを背後に回って延髄切り。
ジャニス選手はマットに沈んだ。
「アインハルトさんの間合いだと、アインハルトさんの重い一撃がくるよ。
ジャニス選手に勝ち目があるとすれば、アウトレンジしかなかったと思うけどね」
「ヴィヴィさんはそう考えるんですか」
「それでも、近づかれたら終わりだけど」
「なるほど」
「さて、次の試合が待ってるよ。準備しないと」
「そうですね、ヴィヴィさん」
と言うわけで、次々と試合が進んでいく。
アインハルトさんは順当に勝ち上がり、ワシも番狂わせの連続で勝ち上がった。
ヴィヴィさんもベスト８入りして、明日はリンネとの試合と決まった。
「さあ、ミウラの見舞いに行こうか」
「はい、会長」
ミウラさんは教会系の病院に運ばれてた。
さすがに重傷ということで、入院じゃ。
「ミウラ、惜しかったな」
「すいません、会長。ボクの力が及ばなくて」
「良い試合でしたよ、ミウラさん」
「怪我さえなければ、ミウラちゃんが勝てた試合だったと思うよ。
リンネさんも、かなり打撃を受けてたみたいだからね」
「だといいんですけど……けど、怪我をしてるようじゃまだまだですね」
「まあな、抜剣で飛び込むのはいいが、カウンターを食らってるようじゃ
再調整が必要だな」
「そうですね」
「ミウラちゃん、敵は討つからね」
「そんな、敵とかそういう問題じゃないですから」
「ミウラ、そんなに深く悩むな。１０回やれば半分は勝てる相手だった。
たまたまその半分が向こうに行っただけだ」
「ええ、そうだといいんですけど」
「じゃ、傷に障るといけないから、そろそろ行くからな。
先生の話じゃ、明日は退院出来るみたいだ。観戦には来るんだろ？」
「ええ、そのつもりです」
「じゃ、そろそろ帰るから」
「はい、お疲れ様です」
ワシらはひとまず病室を後にした。
「とはいえ、悩むなというのも無理だろうな。ウィンターカップに掛ける思いは人一倍あったから」
「組み合わせが悪かったってことなんですかね」
「とはいえ、反省点もある。怪我が治ったら、次の大会に向けて練習だな」
「会長はもう次のことを考えてるんですね」
「そりゃそうさ。コーチが過ぎたことをぐちぐちと悩んでたら、選手はたまらないだろ」
「それもそうですね」
「じゃ、明日に備えて研究をしましょうか」
「ノーヴェお姉ちゃん、ちょっとジム借りていい？」
「ん、どうしたヴィヴィオ」
「少し、練習しようと思って」
「珍しいな、ヴィヴィオが自発的に練習するなんて」
「冬美ちゃん、私だってやるときにはやるんだよ」
「よし、分かった。アタシもつきあうよ」
「お願い、冬美ちゃん」
「アタシもつきあわないとな」
「ありがとう、ノーヴェお姉ちゃん」
「私達は、対戦相手のビデオを見て、研究してますね。
フーカさんはどうされますか」
「ワシも研究につきあいます」
で、会長の部屋でワシらはビデオを見ながら研究する。
とはいえ、話はどうしてもヴィヴィさんとリンネのことになってくる。
「ハルさんは危なげなく勝てそうですけど、ヴィヴィさんはどうなんじゃろう」
「自分の心配はしなくていいんですか」
「自分の心配はしなくていいわけじゃないです。
けど、ヴィヴィさんのことも気になります」
「ヴィヴィオさんが、自分から練習しようって言うのは珍しいんですよ。
明日に掛ける意気込みは文句なしです。いつもとは違ってますね」
「その、いつもと違う意気込みっていうのが引っかかるんですけど」
「ヴィヴィオさんは天才ですから、努力すれば誰も追いつけませんよ」
「それが不思議なんです。ハルさんやミウラさんもすごい選手ですけど
天才っていう話にはならんですよね。なんでヴィヴィさんだけ天才なんです」
「ヴィヴィオさんは、確かに攻撃は軽いですし、打たれ弱いです。
鍛え方が普通の格闘選手ほどじゃないですから。
けど、ヴィヴィオさんは、努力したときの密度が全然違うんです」
「密度が違うって、どういう意味ですか？」
「普通の人は、一度出来たことを何度も何度も、何日も何日も繰り返して自分のものにします。
けど、ヴィヴィオさんは違います。一度出来れば、それをいきなり完全に自分のものに出来ます。
しかも、一度見れば、大抵のことは出来ます。
一日千回の素振りなんて必要ないんです。ヴィヴィオさんには」
「……化け物ですか、ヴィヴィさんは」
「だから、天才なんですよ」
その、天才が練習を志願する。
明日の戦いはそれだけ苦しいっちゅうことじゃろうか。
さて、その明日が来る。
試合はブロック順、つまり、Aブロックのヴィヴィさんとリンネから始まる。
「よし、やるべき事はやった。あとは勝つだけだな、ヴィヴィオ」
「うん、そうだね、冬美ちゃん。だけど、向こうもこっちの研究はしてると思うよ」
「だから、あれをやるんだろ。作戦は昨日考えたとおりでな」
「分かった。リベンジマッチだよね」
「向こうにとってもリベンジマッチだけどな」
ヴィヴィさんと冬美さんがリングへ向かう。
リンネとジルコーチも赤コーナーへ向かう。
試合開始じゃ。
「クロスレンジに入られないよう長距離砲で間合いをとるか。
けど、ヴィヴィオの奴、疲れやすいって欠点もあるからなあ」
「割と欠点が多いですね、ヴィヴィさん」
「それでも、この試合ヴィヴィオが勝つだろ。
どの欠点も、ヴィヴィオはすべて工夫で補いをつけてきた」
「疲れやすいっていうのにどんな工夫があるんです？」
「今日は４ラウンドスタミナが持てばいい。だから、それ相応に休みながら打つ」
「リンネは近づけないみたいですけど、ガードの上から殴ってるだけですよ、ヴィヴィさん」
「近づけさせない手だと思わせて……」
「思わせて？」
「まあ見てろ」
ヴィヴィさんのパンチが途切れた瞬間にリンネが前に出る。
が、そこへカウンターをたたき込んで再び間合いを開く。
「腕ですべてはガードできない。クロスレンジに踏み込もうとすればカウンターを受ける。
判定勝ちを狙う前と同じパターンだな」
「けど、それにはリンネも対策を考えてるでしょう。何かあるはずなんですが」
「まあな、けど、ミウラとの試合を見る限り、あまり回避とかは考えてないみたいだ」
「攻撃が軽い分、ミウラさんとの戦いより楽って思ってるって事ですか？」
「そうだろうな。打たれ弱いっていうのも情報には入ってるだろう。
ただ、ヴィヴィオにはあれがある」
「またあれですか」
「今度はネタばらししても問題ない……って、ヴィヴィオ」
ヴィヴィさんがリンネに捕まれる。
これじゃレンジを開くわけにいかん。
リンネの一撃がヴィヴィさんのみぞおちに決まる。
普通ならこの一発で終わりのはずじゃが……。
「魔力をピンポイントに集中して打撃を防ぐガード技。
打撃を魔法で打ち返す、と言ってもいい。
ヴィヴィオにはこれがある。リンネの打撃といえど、簡単には抜けない」
「そんな技があるんですか」
「ヴィヴィオの想定外の攻撃でない限り、決してヴィヴィオは打たれ弱くないってことさ。
だから、ヴィヴィオはクロスレンジでも十分打ち合える」
「見えてる限り、ヴィヴィさんには攻撃が通用しないってことですか……」
非力を補って余りある才能。というか、知恵。これがヴィヴィさんの強さの秘密か……
「たまらずリンネも間合いをひらいたな。
普通に殴ってるんじゃ通用しないと悟ったんだろう」
「普通に殴り合ったらヴィヴィさんの思うつぼってことですか。
リンネが打たれ強くなったといっても、数を食らえば話は別ですもんね」
「で、間合いを開けば、省エネ打法でポイントを稼ぐ。
決して無理はしない」
「そして、強引に突っ込めばカウンターをきれいにくらう、と……ヴィヴィさんは強いですね」
「ああ、もちろんさ。あれで格闘を本格的に目指せばアインハルトと互角以上に戦えるはずなんだが」
リンネの奴、とうとうダウンした。
ここまでいいところなしじゃが、リンネの奴、ヴィヴィさん対策はちゃんとやったんじゃろうか。