あっという間に時間が過ぎた。
日々練習練習また練習、そしてアルバイトと忙しく過ごした日々じゃ。
年中無休は一向に苦にならんし、ヴィヴィさんたちが来るんでちゃんと曜日感覚もある。
そして、今日はウィンターカップの予選の日じゃ。
「フーカ、普段通りに普通にやれ。お前の実力なら予選は十分突破出来るはずだ」
「分かりました、会長」
「ヴィヴィオさんたちは、予選免除だから、明日来ますからね」
「はい、ハルさん。予選落ちしたとか言わずに済むよう頑張ります」
「緊張しないでね。ボクはあがり症だから、緊張しすぎることがあるけど」
「ミウラさん、忠告ありがとう」
「さて、じゃ頑張ってこいよ」
「はい、じゃ、行ってきます」
とりあえず、予選会場へ行く。
予選だけあって、驚くほど強い相手とは当たらない。
最初の一戦で緊張も解け、負け無しの一位通過になった。
「ただいま帰りました」
「おかえり、フーカさん。結果はどうでした」
「おかげさまで一位通過させてもらいました」
「すごいね、一位通過って」
「みなさんの指導のおかげです」
「よし、みんなそろってるな」
「はい、会長」
「本戦の組み合わせが決まったから発表するぞ。
本戦の参加者は総勢40名。AからDまでのブロックが４つある。
で、ヴィヴィオとミウラがAブロック、フーカがBブロック、アインハルトがDブロックだ」
「リンネはどのブロックなんです？」
「リンネはAブロック、ミウラといきなり当たることになる」
「ランク１位と5位がいきなり当たるってどういう組み方なんですかね」
「こればかりはくじ運だから仕方ないな」
「会長、これじゃワシはリンネと当たらんことになりますね。
ミウラさん、ヴィヴィさんを勝ち抜かないと、たとえワシが準決勝まで行っても
リンネはワシと当たりません」
「それはそうだな。もし、試合が当たらないって結果になったら、フーカとリンネの試合を組むよう
フロンティアジムに申し入れてみよう」
「お願いします」
「さて、今日はみんな疲れたろう。軽く練習したら全員上がれ」
「はい」
とはいえ、ワシには仕事がある。
それは片付けておかんと、他のバイトに迷惑がかかるじゃろう。
とりあえず、それを片付けることから始める。
「フーカ、今日は上がれって言ったろ」
「ですが会長、これはワシの仕事です」
「今日は上がれ、これは会長命令だ」
「はい、そこまでおっしゃるなら」
「今日はミウラが一緒に泊まることになってる。
晩飯もミウラが作ってくれるそうだ」
「ワシは休んでミウラさんが働くんですか。それも悪い気がしますけど」
「あー、そういう考え方もあるか。けど、それはミウラ流の調整だからな。
ミウラのやりたいようにやらせてやってくれ。
帰るぞ。ミウラが待ってる」
「分かりました」
そういうわけで、会長のマンションに帰る。
会長の部屋では、ミウラさんが料理をテーブルに並べていた。
えらく豪勢な料理じゃ。まるでレストランの料理に見える。
「実家がレストランをやってるんで、見よう見まねで覚えたんです。
口に合うかどうかは分からないんですけど」
「いや、会長の料理もうまいですが、ミウラさんの料理もすごくうまいです」
「量は十分用意したつもりなんで、しっかり食べて明日に備えて下さいね」
「じゃ、遠慮無く頂きます」
うまい料理は食も進む。ついつい腹一杯食べてしもうた。
「じゃ、ボクは後片付けしてきますから、ゆっくりしてて下さい」
「手伝わんでええんか？」
「ミウラのやりたいようにやらせてやってくれ。ミウラは一人で片付ける方が落ち着くんだ」
「ええ、そうです」
「なんか至れり尽くせりで悪いですね」
「悪いと思うなら準決勝まで勝ち進め。さすがに、一回戦負けとかいうんじゃ
向こうもリンネとの試合が組みにくいだろうからな」
「そうですね。頑張ります」
ミウラさんは鼻歌交じりで片付けをしてる。
ワシは今日は早めに寝ることにする。
明日は本戦じゃ、どんな相手と当たるんじゃろうか。
……なんか寝付けん。ちょっと夜風に当たってこようかの。
ベランダに行ってみると、ミウラさんがシャドーをやってた。
「ミウラさんも眠れんのですか？」
「すいません、起こしましたか？」
「いや、ワシも眠れんかったんで、風に当たろうと思ったところです」
「ならよかった」
「ミウラさん、会長はゆっくり休むようにって言ってましたけど、やっぱり緊張するんですか」
「緊張しないといったらウソになります。
明日はヴィヴィオさんが来ますし、無様な試合は見せられないですから」
「ヴィヴィさんと、ミウラさんはどういう関係なんです」
「自分では、ヴィヴィオさんをライバルだと思ってるんです。
ヴィヴィオさんがどう思ってるかは分からないですけどね。
ボクの方がヴィヴィオさんより年長で、アインハルトさんと同い年です。
だから、ヴィヴィオさんより早くU-15を卒業してしまいます。
そうしたら、U-15主体のヴィヴィオさんとやる機会はずいぶんと減ってしまいます。
だから、明日は勝ちます。勝って、ブロック代表決定戦でヴィヴィオさんと戦います」
「頑張って下さい、……って、それもプレッシャーになりますかね」
「もう大丈夫です。やるべき事はやりました。
あとは、本番を迎えるだけです」
「じゃ、そろそろ寝ましょうか。夜も更けてきましたし」
「そうですね。お休みなさい」
翌日、ワシらは試合会場へと向かった。
今日の試合で、40人が8人にまで絞られる。
ワシも、その8人に残れるようでないと、リンネと試合するなんて言ってられん。
「ノーヴェお姉ちゃん達、おはようございます」
「おはよう、ヴィヴィオ、冬美、月光」
「おはようございます、みなさん」
「あ、会長、リンネとの試合の件はどうなりました？」
「ああ、その件だったら、かまわないそうだ。どうせリンネは負けないからって」
「そうですか。ずいぶんと強気ですね」
「それだけ向こうも練習したんだろう。
こっちはこっちで、きっちり仕上げたけどな」
「はい、必ず勝ちます」
「頑張ってねミウラちゃん」
「そういうヴィヴィオも頑張れよ。いや、まあ、今日は気楽でいいかもな。
むしろ変に緊張するな。実力が出せれば今日当たる相手は勝てない相手じゃない」
「相手だって同じように考えてると思うよ、冬美ちゃん」
「ヴィヴィオちゃんだって練習はしたんだし、冬美ちゃんが言うとおり、実力が出せれば大丈夫だよ」
「練習ぐらいみんなしてるって。あ、そだ、みんなビスケット食べる？ 昨日作ってきたんだよ」
「もらっていいんですか？」
「もちろん。そのために作ってきたんだよ」
「みんな遠慮無くもらえ、それがヴィヴィオのやり方なんだからさ」
「じゃあ、遠慮無く頂きます」
うまい。ミウラさんといい、ヴィヴィさんといい、料理も出来る格闘家じゃな。
「格闘も出来るパティシエさんだよ」
「格闘の方が片手間なんですか」
「私は冬美ちゃんの練習相手になれる程度に強ければいいって思ってるだけだからね。
冬美ちゃんが強いから、相応の実力がいるけど」
「魔法なしならそこそこやれる自信はあるんだぜ、アタシだって。
ヴィヴィオは魔法があろうがなかろうが、十分強いけどな」
『魔力負荷をかけて普段は練習してます』
「ライチェントゥークスは、本来、私の魔法を封じるためのデバイスだもんね」
「そんな練習してたんですか」
「魔力負荷を掛けるだけのことなら、普通だよ。去年のインターミドルの時には
私達も負荷を掛けて練習してたから」
「コロナさんもそうだったんですね」
「よし、じゃあ、そろそろ行くぞ」
「はい」
本戦開始、順番はランダム、ではなく、ある程度興業の都合で決まってるらしい。
そういうわけで、期待の低いワシはものすごく早い順番になる。
「おう、初心者が出てくるんじゃねえぞ」
ワシの対戦相手は、開口一番こう言ってきた。
「初心者ですいません。恥ずかしくない試合が出来るよう頑張ります」
「おお、ぼこってやるからよ」
実力がどの程度かわからんけど、あれだけ大口を叩くなら、それなりに強いんじゃろう。
ワシも気合い入れていかんとな。
ゴングが鳴る。
なんじゃ、口は達者じゃったが、動きはハルさんに比べて水の中で動いてるように遅い。
これなら目をつむっていてもかわせる。
いや、ハルさんはチャンピオンじゃ、ハルさんが強すぎるんじゃな。
「くそっ、こいつちょこまかと」
「当たったら痛いじゃろ。
まあ、ワシの方の攻撃も当たれば痛いつもりなんじゃが」
短く、鋭く、パンチを入れる。
相手の態勢が崩れたところで。
「断空拳！」
きれいに入った、これでK.O.
ハルさん直伝の断空拳は、やっぱりすごい威力じゃ。
「初戦突破おめでとう。じゃ、ヴィヴィオもやってくるね」
「ヴィヴィさん行ってらっしゃい……って、セコンドは会長じゃないんか？」
「ああ、ヴィヴィオのセコンドは冬美がやることになってる」
「ヴィヴィさんと同い年なんじゃろ、大丈夫か？」
「リンネに勝ったときのセコンドも冬美だ、大丈夫だよ」
「そういうもんなんか」
ヴィヴィさんはうきうきとリングに向かう。
なにがそんなにうれしいんじゃろ。
「大人もーど♪ 大人もーど♪」
「はしゃぐなよ、最近は毎週使ってるだろ」
「試合で使うのはまた別なんだよ
「ライチェントゥークス、魔法使用許可を」
『了解です、我が主』
リングの上でお互いが変身しあう。
「ヴィヴィオ、最初から飛ばしていけ、今日は試合回数が多い、体力は温存でな」
「了解、冬美ちゃん」
「最初から飛ばせば体力は消耗するでしょ。バカじゃないの」
「判定までもつれ込む方が疲れるんだよ。
リンネさんとやったときはすごく疲れちゃった」
ゴングが鳴る。
ヴィヴィさんは、基本がカウンターヒッター。
だけど、今回は積極的に前に出て行く。
「はやっ！」
鋭いパンチが相手を捕らえる。
最初からクリーンヒットじゃ。さすがはヴィヴィさん。
相手は速攻をブロックして反撃しようとするが、それがヴィヴィさんの狙い。
クロスレンジに踏み込んで紙一重で攻撃をかわすと、顔面にパンチをきれいに打ち込む。
「ヴィヴィオ！ 一気に沈めろ！」
冬美さんの声が飛ぶ。
相手の態勢も崩れてるとはいえ、ヴィヴィさんには、断空拳のような一撃必殺の技はないはずじゃ。
何を仕掛けるつもりじゃろう。
「一発が軽い分は数で補う！」
顔面にパンチを集中、それを相手が必死にガードしようとしたところで、ボディに全身の力を込めたパンチをたたき込む。
「よし、よくやったヴィヴィオ、まずは初戦突破だな」
「やったあ、けど、今日はこれで終わりじゃないんだよね」
「まあな。だから体力温存。それに、試合は明日もあるんだし」
「うん、分かった」
あと残ってる一回戦は、ハルさんの試合と、ミウラさんの試合だけじゃ。
先になるのはミウラさんの試合になる。
つまり、リンネの試合がハルさんより先じゃ。
そういうわけで、ワシらは、ミウラさんの応援に行く。
セコンドは、もちろん、会長じゃ。
「なんか、リンネとミウラさんがリング中央で会話してるみたいじゃな」
「うん、そうだね、ライチェントゥークス、二人がどんな会話をしてるか教えてくれる？」
『分かりました我が主。ミウラさんが打撃ファイターだということで、リンネさんも打撃だけで
ミウラさんを倒すと言ってるようです』
「えらく強気だね、リンネさん。ミウラちゃんのパンチは私と違って威力があるよ」
ゴングが鳴る。
ミウラさんの戦い方は、だれが相手でも同じ。
クロスレンジに近づいてぶったたく。これだけじゃ。
リンネの奴も、同じ土俵で殴り合いをやるつもりらしい。
じゃが、それならミウラさんの方が強いはずじゃ。
「リンネの奴、ダウンしたな」
「うん、この調子でいけるなら、ミウラちゃんが勝てるね」
「この調子で行けば、な」
「どうしたの、冬美ちゃん」
「なんかリンネサイドに秘策があるような気がするんだよな。
そうでなければ、ミウラさんのレンジで殴り合うってことにはならないはずなんだよ」
「だけど、秘策があればもう使ってるんじゃないかな」
「だといいけどよ。なんかやな予感がする」
「冬美ちゃんは心配性だよ」
とはいえ、リンネもジルコーチもバカじゃないじゃろう。
何も考えずに殴り合うとは考えられん。
とはいえ、秘策って何があるんじゃ？
「リンネの奴、結局２ダウン目か、この大会、１ラウンドに3回ダウンさせればその時点で勝ちじゃったな」
「うん、そうだよフーカさん」
「ヴィヴィさん、たとえリンネに秘策があっても、もう詰んどる気がするんじゃが」
「ミウラさん、抜剣を発動した。攻撃力を強化するつもりだな」
「抜剣か、さすがにリンネもこれじゃ勝ち目なかろう」
抜剣、それはミウラさんに一撃必殺の力を与える収束魔法。
これが一発でもクリーンヒットすれば、リンネをダウンさせるには十分じゃろう。
並みの相手なら、ガードの上からでもたたき落とすだけの威力がある。
「ミウラさんの攻撃もよけずにガードしてる。どういうことだ？」
「っていうか、ガード出来るって一体……」
「ヴィヴィオには出来るだろ。ガードで威力を消すって技」
「……あーっ！ もしかして、それがリンネちゃんの秘策なんじゃ」
「いや、それは使ってないみたいだ。じゃあ……」
「単純に防御を固めたってこと？」
「そうなるな」
リンネの奴、抜剣に耐える防御力を身につけたっちゅうんか。
抜剣は、一撃でミカヤさんをリングに沈めたこともある必殺の攻撃。
それを耐えるって、どんな練習をしたんじゃ？
「……抜剣は攻撃に魔力を回す、と言うことは……」
「防御がその分手薄になる」
「リンネはそれを待ってたってことか？」
ミウラさんが間合いを開いて、飛び込みからの一撃を加えようとする。
しかし、リンネはそれをかわして、カウンターをミウラさんに打ち込む。
けど、これでまだ互角……ん？ リンネの奴、つかみ技を使うつもりか？
ここで、会長がタオルをリングに投げ込んだ。
これで試合終了、リンネの勝利じゃ。
けど、リンネの奴、つかみ技も投げ技も使わんっちゅう話じゃなかったんじゃろか……。