リンネの試合からまた一週間が過ぎた。
格闘を始めて二週間、体力には自信がある方じゃったが、格闘家の体力は
素人とは格が違う。それでも、ウィンターカップに出るためには
格闘家の体力が必要じゃ。日々体作りにいそしむ。
もちろん、目を慣らすためのスパーリングは欠かさずやる。
ちゅうか、ウィンターカップに出るからと言って、特別な練習があるわけでもなく
いつも通りの事をやっていくだけじゃ。
「こんにちは、フーカさん」
「いらっしゃいませ……いらっしゃい、ヴィヴィさん、冬美さん、月光さん」
「今日はまだ窓口のバイト？」
「ええ、そうです」
「窓口が終わったら、ノーヴェと話をして欲しいんだけど」
「どんな話ですか」
「無限書庫での調査結果を纏めたって」
「分かりました。でも、ヴィヴィさんが自分で言っても変わらないんじゃ」
「あたしらはこっちに居られる時間が少ないからさ。
すぐ着替えて練習に入らないと」
「分かりました。っていうか、ヴィヴィさんもこっちで練習するんですね」
「まあ、ヴィヴィオもウィンターカップに出るからさ」
「冬美さんは出ないんですか？」
「あたしは魔法使いじゃないから出られないよ。
こっちの世界の格闘は魔法が基本みたいだからさ」
「分かりました」
「じゃ、後でね、フーカさん」
「ええ、また」
週一回こっちで練習するだけじゃなくて、毎日第９７管理外世界でも
練習はしとるはずじゃ。
しかし、魔法を使っての練習はここでしかできんじゃろうに
ヴィヴィさんはあれだけ強いんじゃ。
一体何を食ったらああ強くなるんじゃろうか。
「はい、お疲れ様。交代しましょうか」
「ありがとうございます、ユミナさん」
ユミナさんと窓口を交代する。
さて、頼まれごとがあるし、会長を探すとするか。
「会長、ヴィヴィさんが、無限書庫での調査結果を纏めたって会長に伝えるように言ってましたが」
「おおそうか。じゃ、エミーとヴィヴィオに会長室に来るように言ってくれ。
あと、調査結果だが、お前も聞くか？」
「聞くかって、聞いていいんですか？」
「むしろ、お前が一番聞くべきだろうな。
ていうか、何の調査結果か聞かないんだな」
「聞いていい事かどうかわかりませんでしたから」
「何の調査結果か聞かなきゃ、聞くべきかどうかの判断もつかんだろうに。
まあいいか、リンネが里子に出てから後、格闘を始めるようになるまでの話だよ」
「それと無限書庫とどういう関係があるんですか」
「無限書庫は、次元世界にある、ありとあらゆる書物をコピー蒐集するロストロギアだ。
だから、現代の日記や調書なんかも全部コピーされている。
もちろん、プライバシーにかんすることは、法務部の令状がなければ調査は出来ない。
あるいは、当人から許可をもらう必要がある」
「なんかリンネが悪いことでもしたんですか」
「いや、そういうわけでもない、今回は当人の許可の方で調べてもらった。
ベルリエッタ夫妻から直接話は聞けなかったが、リンネのことをちゃんと知ってもらいたいという
意向だったんでな」
「ちゃんと知ってもらいたって？」
「まあ、ここで立ち話もなんだ、アタシの部屋に行こう」
「はい」
そういうわけで、ヴィヴィさん、エミーさんと一緒にノーヴェ会長の部屋に行く。
「えと、ノーヴェお姉ちゃん、どこから話をしたらいい？」
「フーカにも分かるところからがいいだろう。
ベルリエッタ夫妻の父親、リンネから見ておじいちゃんと出会う所から頼む」
「うん、いいよ。
４年前、ベルリエッタ家のおじいちゃんの事は覚えてる？ フーカさん」
「ああ、あれなら覚えてる、やたら寒い日で、雪かきをしてたんだっけ。
リンネが滑るからって話しかけたら、慇懃に返事してたっけ。
あとで暖かいジュースを孤児院の子全員にくれたんだよな」
「うん、その後、リンネが孤児院からベルリエッタ家の養子にもらわれていったのも覚えてるよね」
「忘れもしない。ワシらにとって、里親が見つかるっちゅうんは、最大の福音じゃ。
それが優しそうな夫婦にもらわれていったんじゃから、みんな良かったと思った所じゃ」
「うん、ベルリエッタ婦人に髪と目が似ているという話だったよね。
それで、ベルリエッタ家の養女になったリンネさんは、あれから
ベルリエッタ婦人の通ってた学校に通うことになったんだよ」
「まあ、普通だよな」
「学校生活も普通に友達とか出来てたみたい。
だけど、ちょっとしたきっかけでいじめに遭うようになったんだよ」
「いじめ？ リンネをいじめるってどういう奴らなんだ」
「その前に、きっかけの話をするね。
リンネさんって、身体測定の時に魔法力を使わずにやってたんだって。
それを、体育の先生が、魔法力を入れて全力でやるようにって指示を出したら
回りもびっくり、超一流のアスリートになれる基礎体力があるって分かったんだよ」
「そういえば、ワシとちごうて、リンネが魔法力を使うところはみたことなかったです。
体力は普通の女の子なみと思うとった」
「魔法を使わなければ普通の女の子、でも、フィジカル系魔道士としては超一流。
ミッドチルダじゃ魔法での肉体強化は普通だし、部活で使うのも有りだから
たちまちいろんな運動部がリンネさんの勧誘に走ったんだよ」
「それといじめとどうつながるんじゃ？」
「光あるところ影有り、一躍校内の人気者になったことで、やっかむ人も現れてね。
いじめと言っても、無視するとか、嫌味を言うとかなら、こっちも無視すればいいんだけど
靴は壊す、教科書は破る、鉛筆は折る、机の中に腐った牛乳を流し込むといった具合でね。
さすがに校内では問題になったみたいだけど、リンネさん、家族には言わなかったみたい」
「言わなかったっていっても、学校から通知がいくじゃろ」
「学校の先生にも、言わないようにって言ってたそうだよ。
その子たちも、いずれ飽きるだろうし、そうなったら元通りだって」
「そんなことがあったんか……」
「そうそう、リンネさんが持ってたデバイス覚えてる？」
「ああ、タイピンみたいなやつじゃろ」
「それ、そのタイピンは、ベルリエッタ夫人からもらった大切なものだったんだって。
それをいじめグループに目をつけられて、これだけは学校に持って行かないようにしたんだよ」
「壊されないようにか」
「そうだよ。元を正せば、老ベルリエッタさんが奥さん〜つまり、ベルリエッタさんのお母さんに
プレゼントしたもので、それを代々受け継いでたんだって」
「なんか由緒正しいものなんだな」
「うん、教科書やノートや靴や鉛筆は換えがあっても、こればかりは換えがないからね。
で、それから数ヶ月経って、いじめも一時期やんだんだけど……」
「それはよかったな」
「止んだって理由で、またタイピンをつけていったんだよ。それが悪かった」
「悪かったって？」
「いじめが止んだのは、いじめグループが、あのタイピンを壊すためだったんだよ。
で、持ってきたその日に、いじめグループが壊して便所に捨てたんだよ」
「……」
「まあ、それだけなら修理すれば良かったんだけど、その日は思い切り悪かった」
「日が悪かったって？」
「リンネさんの校内呼び出しがあったんだけど、いじめグループはリンネさんを
ぼこぼこに殴って、身動きとれないぐらいに痛めつけたんだよ」
「それ普通に犯罪だろ……」
「うん。それだけならね」
「それだけって、まだ上があるのか」
「校内呼び出しの内容が問題だったんだよ。
老ベルリエッタさんは、元々高齢もあって、体がそんなに強くなかったんだ。
特に、いじめが始まってからは、ベッドに寝たきりになってたんだよ。
それもあって、いじめの話は家に伝えないようにリンネさんが言ってたんだけど
そのおじいさん、その日に容態が急変して亡くなっちゃったんだよ。
校内呼び出しは、容態が急変したっていうことを知らせるためのものだったんだ」
「けど、ベルリエッタ家の養女になったんだし、携帯ぐらいあるだろ」
「携帯の呼び出しもあったけど、３人がかりで羽交い締めにされて殴られたらね……」
「むちゃくちゃするな、そいつら」
「それで、リンネさんは、ベルリエッタおじいちゃんの死に目に会えなかったんだ。
壊れたタイピンは直せば済む、殴られた傷はいずれ癒える、だけど
ベルリエッタおじいちゃんに会うことだけは絶対に出来ない。
こればかりは永遠も返してはくれない領域だから」
「それでリンネはどうしたんだ」
「話がそれで終わればまだ救いはあったのかもしれないね。
さすがにこうなると話が小さくはまとまらない。
なんで校内呼び出しに出なかったのか、とか、壊れたタイピンがどうして壊れたのか、とか
説明しなければならないことはいくらでもあるよ。
普通の手順からすれば、いじめグループに対して学校側が話をするところから入るだろうね。
けど、リンネさんはそこをすっとばしちゃった」
「すっ飛ばしたって？」
「リンネさんが魔法力を解放すれば、その実力は超一流のアスリートになれるレベル。
その実力をケンカで使ったら？」
「３人とケンカしたのか」
「殴り合いになればまだ良かったのかもね。現実は非情で、一方的にリンネさんが３人を病院送りにしたんだ」
「まだ、格闘は学んでなかったんだろ。よくあのリンネが３人相手に一方的にやれたな」
「３人は一回ぼこってて、なめてかかってたからね。
リンネさんが、３人を怪我させないようにわざと手加減してたとは思ってなかったみたい」
「そりゃ普通はそうだろう」
「さすがに３人を病院送りにしたんじゃ、リンネさんが一方的な被害者とは言えなくなるし
子供のケンカとして済ませるわけにも行かなくなる。
双方の親が出てくる話になって、一応示談がまとまったんだよ」
「一件落着したのか」
「示談はまとまったんだけど、リンネさんの方が、もうベルリエッタ家にはいられないって、家出しちゃったんだ。
これいじょうベルリエッタさんたちに迷惑は掛けられないって」
「……」
「まあ、普通に捜索願がでて、警邏隊が捜索することになったんだけど
それだけで話が終わらないんだよね」
「終わらないって、どういうことじゃ？ 今リンネはベルリエッタ家に戻っとるじゃろ。
家出から見つかったんじゃないんか？」
「見つかったと言えば見つかったんだけど……見つかり方が尋常じゃなかったんだよ。
リンネさんは、いじめグループの兄の不良グループに拉致されたんだ」
「くずの兄はやっぱりクズってことなんか？」
「そんなところだよ。拉致といっても、大胆というか考え無しというか
白昼堂々町中を歩いてるリンネさんを車に引っ張り込むというやり方だったからね。
それを通りがりのジルさんが見つけて、走って車を追いかけた」
「普通、車は走って追いかけられるものじゃないと思うんじゃが」
「それはティアナお姉ちゃんにも出来ることだし、魔法力で肉体強化すれば不可能じゃないよ。
それに、町中って言ったでしょ。車が常に最高速を出せるわけじゃないからね。
とにかく、ジルさんはリンネさんを拉致した車を追いかけて、リンネさんが監禁された
建物に行って、不良グループをぶっ飛ばした」
「それで、リンネが救出されたんか？」
「おおざっぱに言えばそう。ジルさんの話だと、自力で縛られてた縄を引きちぎって
主犯格をねじり上げたそうだけど」
「そんな力があるなら、なんでむざむざ拉致されたんじゃろ」
「怪我をさせないためだよ。相手が、不良グループで、自分に間違い無く危害を加える相手だろうとね」
「それと、今のリンネが結びつかんのじゃが」
「悪い意味で学習したんだよ。相手を気遣うことで人は自分を尊重してくれるわけじゃないって。
自分の実力を最初からいじめグループが理解してれば、決してあんな風に手出しはしてこなかったって。
へりくだって下げた頭を踏みつける奴が世の中にはいるって。
だから、リンネさんは強さを求めてるんだ。誰からも見下されることのない絶対的な力。
挑む気すらなくさせるほどの圧倒的な実力。誰からも畏怖される存在になれるだけの強さを」
「……それが、弱者を蔑む目につながるんか」
「人の心の中までは無限書庫も教えてくれないよ。
だけど、起きたことは教えてくれる。
ジルさんも、リンネさんの素質なら、そうなれるだけの実力が身につくと考えてるみたい」
「そういうことなんか」
「リンネさんは、自分が家出したことでかえってベルリエッタさんたちに迷惑がかかったってことを理解して
ベルリエッタ家に戻ったんだ。強くなることで守りたいものがそこにあるんだよ」
「それなら、なんでリンネはあんなに辛そうなんじゃろうな」
「そこまでは分からないよ。
それは本人にも分からないことじゃないかな」
「ワシは……」
「フーカさん？」
「いや、ありがとう、聞かせてもらって良かった」
リンネにああいう過去があるとはおもわなんだ。
ワシが一緒にいたなら、最初のいじめの時にリンネをいじめた奴らを殴ってる。
前の社長さんが言うとおり、それは悪いことなんじゃろう。
けど、殴らなかったリンネに起きたことを考えると、殴らずに済ませるのが
正しいともおもえん。
それでも、強くなることでリンネが笑えるなら、ワシはやっぱりそれを否定するつもりはない。
じゃが、今のリンネは……