「うわあ、大きな会場ですね」
ここは、リンネが試合をやる会場じゃ。
お客さんもたくさん入っていきょうる。会場はそれを次々と飲みこんどる。
そこらの公民館とはわけが違う。
「フロンティアジム主催でやる大会だからな、それなりの会場を使うさ」
「あれがポスターですか」
会場のあちこちに、試合のポスターがでとる。
さすがにリンネがメインっちゅうわけにはいかんが
セミファイナルを戦うだけあって、割と大きくリンネも出とる。
「フロンティアジムって、そんなに大きなジムなんですか」
「ミッドチルダ全国に展開している大手のジムだよ。
選手もたくさん抱えてる。
U-15の有望選手も多い。
リンネ選手は、その中でも別枠。
特別に専属コーチをつけて育成してるぐらいだ」
「はあ、リンネの奴、すごいジムに所属しとるんですね」
「あらあら、うちのジムもすごいものですわ」
「エミーさん、それは？」
「なにしろ、アインハルトさんはU-15の格闘技チャンピオン。
高町さんはランク7位、ミウラさんはランク5位。
U-15選手の格闘選手の層では、けっしてフロンティアジムにひけをとるものではないでしょう」
「ヴィヴィさんやミウラさんはそんなにすごい人だったんですか。
そういうエミーさんはどうなんですか」
「私は、魔法戦主体に切り替えたので格闘戦は高町さんたちに任せてますわ。
コロナさん、リオさんも魔法戦主体ですしね」
「任せててそれですか……」
「魔法戦主体と言っても、格闘もある程度は出来ないといけませんものね」
「それで、エミーさん」
「なんでしょう」
「どうして、エミーさんはヴィヴィさんのことを、高町さんって呼ぶんですか」
「第97管理外世界の一地方、日本では、普通、姓で呼ぶことになってるからですわ。
川崎さんもそうですわね。ただ、月光さんだけは、中島さんと呼ぶと
混乱するので、アカリさんですけども」
「そうなんですか。エミーさんも第97管理外世界の出身なんですか」
「ええ、生まれ育ったのは、そこですわね」
「移住したんですね」
「ええ、色々と事情がありまして」
「まあ、個人的な詮索はそれくらいでいいだろう。
ほら、ここがVIPルームだ」
「はい、会長」
VIPルームの中は、想像以上に広かった。
10人入ってもまだ余る。
そして、部屋の中には豪勢な料理まで用意してあった。
棚にはお酒が並んでるが、あれは会長以外用事はなかろう。
「アタシも、酒はちょっとな。
そうそう、先方に挨拶に行ってくるから、後はよろしくな。
高級ホテルみたいな部屋だからって、そんな緊張するな。
出されてるものはどれも食べていいって話になってる。
ただ、お酒は飲むなよ」
「言われなくても飲みませんよ」
「一応は大人として釘はさしておかないとな。
じゃ、行ってくる」
会長は、先方〜つまり、フロンティアジムの人だろう〜に挨拶に出かけた。
こっちは出された料理を食べながら観戦じゃ。
全部で12試合、リンネはセミファイナルだから、11試合目に登場っちゅうことになる。
会長は割と遅かった。
それでも、セミファイナルが始まるまでにはかえってきて、一緒にリンネの試合を見ることになる。
リンネの相手をするのは、ランク8位のキャリーっちゅう選手らしい。
キャリー選手も、ここまでは無敗を誇る新進気鋭の選手じゃと
場内アナウンスが言っとる。
7位のヴィヴィさんにリンネは判定で負けとるわけじゃし、8位ならリンネ相手でもいい試合は出来るんじゃなかろうか。
「なんかリング中央で挨拶してるみたいですね、キャリー選手」
「なにを話してるんじゃろう」
「わかんない」
『いい試合をしましょうという挨拶みたいですね、我が主』
「そうなの、ライチェントゥークス」
『私は、音声分析の特殊能力がありますから、聞き取れますよ』
「そうだったね、ライチェントゥークス」
「どうやら、試合開始のようじゃな」
キャリー選手が積極的に前に出る。
リンネはどう受ける……受けずにカウンターキックを入れた。
でも、ワシの目にも、あれは浅いと見えた、それほど効いてはないはずじゃ。
リンネはそこから一気に間合いを詰めてラッシュをかける。
キャリー選手はずるずると後退、とはいえ、攻撃は全部ガードしとる。
リンネの奴、キャリー選手が攻撃に目が慣れる前になんとかせんと。
……強引に投げたじゃと。
そのまま脳天くい打ちでリンネのK.O.勝ち。
なんじゃあれは……
「キャリー選手も光る才能の持ち主だ。
が、リンネ選手は格が違う」
「ていうか、ガードの上から強引に持って行きましたよね」
「私とやったときより格段に力が上がってるよ。
才能だけじゃなくて、すごい練習をしたんじゃないかな」
「ヴィヴィオ、お前、本気で格闘の練習する気になったか？」
「冬美ちゃん、私はパティシエさんになるんだってば。
格闘の練習に専念してたら、お菓子作りがおろそかになっちゃうよぉ」
「ファイナルの前に、リンネ選手が何か話すみたいだな」
そっちに気を取られてるうちに、背後から何者かがこの部屋に入ってきた。
「すいません、すぐ放送しますから、スタンバイお願いします」
「放送って？」
「あ、チャンピオンとランカーの方、それに会長さんだけで大丈夫ですから」
「はあ……」
まあ、ワシの出番はないみたいじゃ。
それならカメラの外に出て、黙って見てればいいんじゃろう。
と、こっちはリンネが何を言うかみとかんとな。
「みなさん、今日は、皆さんに発表したいことがあります。
私は、次のウィンターカップで、U-15を卒業するつもりです。
そのウィンターカップで、対戦したい方をご紹介します。
まず、私の目標であり、U-15の格闘技チャンピオン、アインハルト＝ストラトス選手。
そして、強打者として一度は打ち合いたい方、ミウラ＝リナルディ選手。
さらに、私を負かせた、ただ一人の方、高町＝ヴィヴィオ選手」
場内モニターが、ハルさんを映し出す。
何かコメントを、とクルーが目で合図する。
「対戦の事については、コーチとよく相談して決めたいと思います」
カメラが次にミウラさんへと移る。
「ウィンターカップで対戦出来るなら楽しみです」
最後にカメラがヴィヴィさんを映し出す。
「私とやりたというなら光栄です。
私がウィンターカップまでに成長できるかどうかは分からないけど
出場する予定はありますから、対戦するときはお手柔らかに。
あ、そうそう、こちらからも紹介したい人がいるんですよ。
カメラさんこっちこっち」
紹介したい人？ 誰の事じゃ？
ヴィヴィさんが、会場のモニターを見ていたワシを部屋に引っ張り込む。
「リンネ選手とはなじみのある人ですよね」
「え、ええ、まあ……
リンネとは幼なじみになる、フーカ＝レヴィントンです。
格闘を始めて一週間ですが、リンネに勝てるように頑張ります」
場内は笑い声。
なんじゃ、ワシはそんなにおかしいことを言うたじゃろうか。
「格闘を始めて一週間じゃ勝てないかもしれないけど
ウィンターカップは三ヶ月後だからね。
初心者ほど伸びるのは早いから、三ヶ月後はどうなってるか分からないですよ。
第一、前、私とやったときから比べて、リンネ選手だってぐんと伸びたじゃないですか」
「ヴィヴィオ、それフォローになってない」
「えー、そうかな冬美ちゃん……」
ここでメインイベントの時間が来たようじゃ。
インタビューはこれで終わり。
メインイベントを見た後、会長は先方にもう一度挨拶して、
それからワシらは会場を出るべく廊下を歩く。
「はあ……ウィンターカップに出るのは内緒だって言っただろ」
「とはいえ、ああ正面切ってやりたいって言われたら、
はぐらかすのも悪いじゃないですか」
「そりゃそうかもしれんが、相談しますとか言えなかったのか？
アインハルトはそう言ったろ」
「私は出るかどうか未定だったはずですが」
「確かにな」
「あの、会長……ワシは……」
「いや、フーカ、お前はあれでいい。よく言った。
確かにリンネに勝てるほど強くなるとは保証できないが
3ヶ月あれば、試合に出られる体作りは出来るよ」
「ありがとうございます、会長」
体作りか、ハルさんはともかく、今のワシはヴィヴィさんより持久力が無い。
体作りが必要なのは分かる。
「ん？ あそこに居るのは？」
リンネが夕日を見つめてたたずんどる。
一人でたたずむのはいいが、どことなくさみしそうじゃ。
リンネはこちらに気づくと、廊下の真ん中に歩いてきて一礼した。
「今日はお越し頂いてありがとうございました」
「いや、こちらこそお招きありがとう」
「あの、リンネさん？」
「なんでしょう、ヴィヴィオさん」
「リンネさんは、どうして強くなりたいんですか？」
「格闘選手で強くなりたくない選手はいないでしょう」
「それはそうですけど、なんだかリンネさんは強くなるのを楽しんでなさそうです」
「楽しんでない？」
「ヴィヴィさんは、お前の戦い方が辛そうに見えると言っとった。
ワシもそう思う。1年前はああいうたが、お前が今笑えとるなら、
お前が今幸せなら、ワシは何も言わん。
じゃが、ワシにはそうはとても見えん。
お前の姿は辛そうじゃし、悲しそうじゃ。
お前に何があったかワシはしらん。
じゃが……」
「知らないなら黙っててっ！」
リンネはそう言うと、ワシの首をつかんでつり上げた。
「私は、フーちゃんみたいに、誰からも好かれたりはしない。
私は、フーちゃんみたいに、優しい人に囲まれてもない。
私は、弱いせいで、大事なものが守れなかった。
私は、強くならなきゃいけないんだ」
ワシが誰からも好かれる性格かどうかはしらん。
本当に誰からも好かれるなら、ケンカ三昧なんてせんで済むはずじゃ。
それに、ワシは、リンネが強くなりたい理由の一端には触れた気がする。
じゃが、このままじゃ普通に首が絞まる。
なんとかせんとあかん。
右拳に力を込める。
「断空拳！」
リンネはガードしてこれを受けるが、窓際までリンネは滑っていった。
ハルさんの断空拳は、すごい威力じゃな。
「強くなるのが悪いとはいわん。
けど、一人で泣かんでええというたじゃろ」
「だけど、今の私はフーちゃんより強い」
「今は、だよ。これからフーカさんは伸びるからね。
初めて一週間でずいぶん成長したよ。
それが12週、どこまで伸びるかは、神のみぞ知る領域だよ」
「私も、今いる所に留まってるつもりはありません。
3ヶ月後には、それ以上に成長してみせます」
普通なら、ライバル同士の決意表明になるところじゃろう。
じゃが、ランク1位と格闘初心者じゃ、勝負にならんことはワシがよくわかっとる。
今のワシじゃ、確かに、あの８位のキャリー選手ほども持ちこたえられんじゃろう。
それでも、ワシにも誓いがある。守りたいものがある。
それを守るために強くなりたいという意志も。