ワシの名前はフーカ・レヴィントン、12歳、先週からナカジマジムでお世話になってる住み込みのアルバイトじゃ。
と、めざましが朝を告げとる、起きなあかんな。
ワシの朝は早い、豆腐屋やパン屋ほど早くはないが、新聞配達ぐらいには早い。
これぐらい早く起きんと、仕事にならん。
ノーヴェ会長はまだ寝とる、夜がワシより遅いから仕方ない。
会長が起きるより前にワシは会長のアパートからナカジマジムへと向かう。
向かうというても、会長のアパートはナカジマジムと同じビルにあるんじゃ。
階段を降りたらすぐじゃ。エレベーターは体力増強のために使わんことにしとる。
「おはようございます」
「おはよう」
守衛さんに挨拶して鍵を開けてもらう。
鍵を開けてもらったら、ジムの掃除がワシを待っとる。
器具、リング、床、全部ワシが掃除することになっとるんで、掃除には時間がかかる。
そうこうするうちに、アインハルトさんがジムにやってくる。
アインハルトさんは、ワシの格闘の師匠をやってくれとる。
アインハルトさんは、U-15の格闘チャンピオンで、覇王流の使い手じゃ。
「フーカさん、ではロードワークに行きますよ」
「分かりました、ハルさん」
アインハルトさんは、自分のことをハルにゃんと呼ぶように言ってたが
さすがにそれはなれなれしすぎるじゃろうし、ハルさんと呼ばせてもらっとる。
ハルにゃんというのは、U-19のチャンピオンがつけてくれたあだ名じゃそうじゃ。
ハルさんには、お気に入りらしい。
「ペースを維持してくださいね」
「はい」
返事はするが、ハルさんに比べれば鍛え方は全然たらん。
格闘の型をやるための公園に着く頃には、ワシの息はあがっとる。
ハルさんの方は、平然たるものじゃ。
「では基本の型からやりましょう」
「はい」
ワシが習ってるのは、ハルさんの使う覇王流。
なんでも、ハルさんの心の中に居るお師匠さんに学んでるそうじゃ。
心の中の師匠ということは、もうこの世にはおらんっちゅうことじゃろう。
深く聞くのも悪い気がするんで、それ以上は聞いたことがない。
「その型は一日1000本、忘れないようにしてくださいね」
「は、はい」
ハルさんはこともなげに1000本という。
つまり、言ってる本人は毎日それ以上やっとるんじゃろう。
ロードワークから帰ると、ノーヴェ会長がワシら、つまり、ハルさんとワシと会長自身の食事を作って待ってくれとる。
会長は料理も上手じゃと思う。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ハルさんは学校へ、ワシと会長はジムへと向かう。
会長はジムで会長しかできん決済処理とか折衝とかで忙しい。
ワシはワシで、学校勤めのアルバイトさんたちがくるまで受付をやっとる。
一般会員さん達へのトレーニング指導なんかは、会長やコーチ陣が当たっとる。
ナカジマジムの選手は、U-15なんで、みんな学校通いじゃ。
学校からジムにくるまでは、会長は選手指導もすることはない。
もちろん、練習メニューなんかを考える仕事はある。
時間がいくらあってもたらんと会長はこぼしとった。
「こんにちは、交代しましょう」
「ありがとうございます、ユミナさん」
ユミナさんは、ハルさんを主に見てるマネージャーで、ナカジマジムのバイト長でもある。
ユミナさんが来てくれたら、ワシはアルバイトの仕事から選手としての練習へ移る。
「こんにちは、フーカさん」
「こんにちは〜」
「こんにちは、フーカさん」
「こんにちは、エミーさん、リオさん、コロナさん」
ちびちゃん達、とはいっても、ワシから１つ下なだけじゃが、
とにかくその子達がきたら、その子達と一緒にワシは練習する。
筋トレ、柔軟、春光拳による謎の体操、やることはいっぱいある。
中等科のハルさんは、初等科のエミーさん達より後になる。
学校がそれだけ長いんじゃ。
「では、始めますよ」
「はい。よろしくお願いします」
ハルさんとは、この時間スパーリングをやる。
1ラウンド持たずにたたきのめされるわけじゃが
格闘家の動きに目を慣らす練習なんじゃそうな。
もちろん、ミット打ちとか、サンドバッグを叩くとか、いろんな練習もする。
基本的なメニューは、ちびちゃん達〜つまり、エミーさん達と一緒じゃ。
さて、ちびちゃん達には家があるし、ハルさんには寮がある。
いつまでもジムに居るわけにもいかん。ハルさんたちが帰った後は
再びアルバイト、ジムの帰りの掃除とかやることをやる。
それが終わったらぼろ切れのようにくたくたになってベッドで眠る。
朝は早い、早く寝ないと明日に響く。
そんな暮らしが一週間過ぎた日曜日、つまり、ナカジマジムでお世話になった日曜日の次の日曜日じゃ。
日曜日なので、ハルさんたちは学校がお休み、それで、ハルさんたちは朝からジムで練習。
会長の指示で、ワシもハルさんたちと一緒に練習になった。
「今日はヴィヴィオさん達が来る日ですね」
「そうなんですか、ハルさん。ところで、なんでヴィヴィオさん達は日曜日にだけ顔をだすんです？」
「ヴィヴィオさん達は、普段第97管理外世界で暮らしています。
それで、日曜日にだけこちらに顔を出すんですよ」
「なんで管理外世界の住人がこっちにくるんじゃろ」
「色々と事情があるんです」
突っ込んで聞くことでもないんで、その話はそれで終わりにした。
「こんにちは、みんな」
「こんにちは」
「こんにちは、みなさん」
練習してるうちに、ヴィヴィオさんたち、つまり、ヴィヴィオさんと冬美さんと月光さんが見える。
ちなみに、月光さんは、月の光と書いて、アカリと読むそうじゃ。
「こんにちは、ヴィヴィオさん、冬美さん、月光さん」
「おー、ヴィヴィオ、待ってたぜ。ちょっとフーカとスパーリングやってくれよ」
「いいけど、いきなりスパーリングから？」
「ああ、すまんすまん、まずはアップからな」
「はい」
そういうわけで、アップを終えたヴィヴィオさんとスパーリングをやることになる。
「フーカ、一週間の成長を見せてやれよ」
「三日相対せざれば刮目して見るべしだね」
「まあな」
「お手柔らかにお願いします」
「お手柔らかで練習になればいいけど……」
ヴィヴィオさんは、まず構えて守りから入る。
こっちは待ちが苦手なんで、まず攻撃から。
「ずいぶんと良くなってるね、隙が少ないよ」
「練習しましたから」
「けど、これはどうかな」
こっちの突きを紙一重でかわしてカウンターを打ってくる。
「これが川崎流奥義、一分の見切り。
良くはなってるけど、動きが見えないわけじゃまだないよ」
「まだまだ練習が足らん、ちゅうことですか」
「一週間で成長できる範囲は超えて成長してるけど、まだ一週間分だよ。
ヴィヴィオだって、2年以上格闘やってるんだから、一日の長ぐらいあるって」
「そうですね」
そういうヴィヴィオさんのガードが下がる。
誘ってるのは分かるけど、そこで引き下がるわけにはいかない。
「断空拳！」
ヴィヴィオさんは、それをガードで耐える。
「前受けたときより威力が上がってるね、すごい。
じゃあ、ヴィヴィオもお返し！」
ヴィヴィオさんの攻撃をまともに受けてしまう。
ハルさんの攻撃である程度目が慣れてるつもりでも、体が反応仕切れん。
『K.O.』
ヴィヴィオさんの攻撃をまともに受けてこちらはノックアウト。
さすがにヴィヴィオさんは強いわ。
「ヴィヴィさん、ヴィヴィさんはどんな練習をしとるんじゃ？」
「あー、フーカ。ヴィヴィオの練習は参考にならんぞ」
「ノーヴェさん、それはまたどうして」
「ヴィヴィオは本物の天才だからな。同じ練習をしても同じようには強くならん」
「ノーヴェお姉ちゃん、別にヴィヴィオは天才じゃないよ。
同じ才能なら、エミーちゃんにだってあるはずだし」
「エミーは格闘にある程度時間を突っ込んでるだろ。
お前はパティシエ志望で、格闘は片手間じゃないか。
それでその強さなんだ。天才としか言いようがない」
「ヴィヴィオより強い人はいくらでもいるよぉ」
「そりゃお前の何倍も練習してるからな」
ヴィヴィさんの何倍も練習せんと、ヴィヴィさんほど強くはなれんということか。
「あ、そうだ。フーカさんは強化魔法は使わないの？」
「強化魔法？ なんじゃそれは」
「簡単に言うと、変身魔法ですね。体格を大人のものにすることで、筋力、リーチなどを強化することが出来ます」
「みなさんは出来るんですか」
「許可さえあれば出来るよ」
「許可って……」
「そうだな、U-15じゃ強化魔法は一般的に使われるから、使えないと圧倒的に不利になる。
とりあえず、強化魔法を見せてやってくれ」
「うん、分かったよノーヴェお姉ちゃん」
「みんなもやってみせてやってくれ」
「はい」
ヴィヴィさん達がデバイスを使って強化魔法を発動する。
ヴィヴィさんのいう大人モードと言うやつらしい。
「おお、大人になっとる……」
「じゃ、フーカもやってみるか」
「やってみるかって、ワシはそんな魔法使ったことないし……」
「大丈夫、私達がデバイスの代わりに補助します」
「ユミナさん、コロナさん」
「18歳ぐらいになった自分をイメージして、セットアップって叫んで下さい」
「分かりました、ハルさん」
18歳になった自分、と言われても簡単にはイメージ出来ん。
大体がヴィヴィさんとかの大人になった姿とかそう簡単にイメージできるものでもない。
けど、6年年を取れば自然と18歳になるわけじゃ。
18歳の自分の姿はイメージできんでも、なんとかなるじゃろ。
多少体が大きくなるんじゃなかろうか。
「セットアップ！」
魔法力を解放する。
何が起きてるかはさっぱり分からんが、魔法のエキスパートが二人補助してくれるというし
こちらは自分を成長させることに専念してればええじゃろ。
「どう、ですか？」
なんとなく、視点が高くなった気はする。
ただ、服がきつい。
「あれ？ 服も大きくしたつもりだったんですけど」
「服は前のままだね」
服がきついということは、間違い無く成長はしとるんじゃろう。
まあ、とりあえず成功……なんじゃ？
服が裂けた。上下とも。
ワシは別に一子相伝の怪しげな拳法を使うわけじゃない。
そいつだって、上半身しか服を消し飛ばしたりはせん。
上下とも吹き飛べば、回りは女の子だけといえど、普通に恥ずかしい。
急いでロッカールームに逃げ込む。
成長した自分に合うジャージをユミナさんに出してもらった。
「まあ、こういうこともあるわな」
「あったら困りますよ」
「専用デバイスが必要なのかもしれませんね」
「デバイス言うても、安くはないでしょう」
「そこらは私に任せて下さい」
ユミナさんが請け負うてくれた。この件はユミナさんを頼ることにする。
「さて、と。フロンティアジムから招待状が届いてる。
リンネの希望で、今日の試合のVIP席を用意して、ナカジマジムの選手を招きたいそうだ」
「全員ですか？」
「全員みたいだな。まあ、メインで用事があるのは、ヴィヴィオとアインハルトだろうけど」
「ハルさんは分かりますけど、なんでヴィヴィさんに用事があるんじゃろうか」
「ヴィヴィオは、リンネに勝った唯一の選手なんだ」
「そうなんですか」
「えへへ、まあ、冬美ちゃんの作戦勝ちだよ。
リンネさんがK.O.にこだわってると見て、判定勝ちに専念したんだよ。
カウンターと一分の見切りで手数を稼いで勝利。
こっちもK.O.にこだわってたら、持って行かれたかも」
「……リンネって、どんな選手なんですか？」
「そういえば、フーカはリンネの格闘家になってからの様子はあんま知らないだろうな。
予備知識として持っていても悪くはない。
ヴィヴィオ、ユミナ、コロナ、ちょっとビデオルームにつきあってくれ」
「はい」
そういうわけで、ワシはノーヴェさんたちとビデオルームに居る。
そういえば、リンネの試合は見るのを避けてた気がする。
「さすがにU-15のランク１位だけあって、スピードもテクニックも一流だ。
だが、リンネの真価はそのパワーにある。
打撃、投げ、締め、そして魔法戦ありの時の魔法力、どれをとってもすさまじいパワーがある。
そのパワーは、U-19でも引けを取らないぐらいだ。
だから、どんな攻撃もすべてが必殺技になると言っていい」
「そうなんですか」
「ねえ、ナカジマジムの選手達っていうけど、冬美ちゃんや月光ちゃんも行っていいのかな」
「向こうからは何も言ってきてないが、こっちからヴィヴィオ達3人も行くように連絡は入れてる。
フーカも一緒だ。先方の了解のメールも来てるよ」
「良かった。冬美ちゃん達が一緒だとなんだか安心するんだよ」
「ワシも本当に行っていいんですか」
「ああ、いいとも。招待されてたのはうちの選手全員だ。
お前も選手の一人だからな。当然行っていい」
「分かりました」
リンネと会うことになるかな。会うとすれば一年ぶりになるか……