めりかるうぃっしゅ う゛ぃう゛ぃっど
〜覇王 クラウス〜
夢だ。
夢であることは、すぐにわかる。
この夢は、ちっちゃな頃から何度も見てきた。
それは、覇王の直系としての宿命。
古代ベルカからつながる、覇王の血が見せる悲しい記憶。
「……これで、お別れです」
「まって、オリヴィエ。まだ勝負はついていない」
「勝負はついていない、それで、十分です、クラウス」
クラウス。覇王インクヴァルドの真名だ。
父王の死によって失われた王国を、10年のうちに回復した
古代ベルカの青年王の名前。
オリヴィエは、言うまでもない。最後のゆりかごの聖王、聖王教会は
神の化身としてあがめられる聖王女オリヴィエのこと。
ただ、クラウスも、オリヴィエも、伝説の霧の向こうに実像は隠れてしまっている。
覇王と聖王、いずれ勝るとも劣らぬ二人の王の出会い、そして別れについても
無数の伝説に隠されて、真実は見えてない。
「十分ではない。私の求める力は、こんなものではない」
「あなたは、民を守り、大地を守り、空を守る、そんな力を求めていたのではないのですか」
「もちろん、その通りです、だけれども」
「だけれども、は、不要です。あなたは、これからも、この地に平和をもたらす
そのような王であり続けてください」
「まって、オリヴィエ。私の求める力は……」
「お別れです。ゆりかごが私を待ってます」
「まって、そのゆりかごには僕が向かう。あなたは……」
「あなたには、王としてではなく、一介の羊飼いとして暮らす人生もあったはず。
それでも、覇王としてたつことをあなたは選んだ」
「自分の中の血が、王として、民を救えと導いたのです」
「私の中の聖王の血も同じことです。私を、ゆりかごへと、導くのですよ」
「まって、オリヴィエ、まだ僕にはあなたに伝えなければならないことがある」
「それを聞くことは、私には許されていないのです。
あなたが、民を捨てることを許されていないのと同様に」
「民を……捨てる？」
「ええ、あなたが何を伝えようとしているのか、私がそれを聞くことは
わたしにとって、あなたが義務を投げ捨てることと同じなのです。
選ばれたものの義務は、果たさねばなりません。
力あるものは、力があるという、ただそれだけでも、重い責任を背負うのです。
まして民を持つ身であるならばなおさら、一時の感情に流されてはいけません」
「一時の感情ではない。僕は……」
「お別れです、クラウス。いままでありがとう」
「まって、オリヴィエ……オリヴィエーー」
はぁ。はぁ。はぁ。……
夢の中の荒れ果てた大地から、現実の寮のベッドへと引き戻される。
覇王の悲しい記憶。その拳に込められた思いを、私はいつになったら
乗り越えていくことができるのでしょう。
私ですか？私は、アインハルト＝ストラトス。
覇王クラウスの記憶も受け継ぐものです。
カレンダー付きの時計をみます。
今日は、エミーと約束した試合の日です。
この日のためというわけではありませんが
日々トレーニングは欠かしたことがありません。
特別な準備はしてませんが、特別な準備もいらないはずです。
さあ、朝の鍛錬のあと、朝食にしましょう。
あの子は、私とは違う何かを背負ってる。
私と戦うべき聖王ではないにせよ、私と戦う理由を持っている。
それに、私も、応えなければなりませんね。
私が、エミーさんたちと約束した試合場所に到着したのは
昼下がり、約束の時間の10分前でした。
「アインハルトです」
「よぅ、アインハルト、10分前集合だな、感心感心」
「アインハルトさん、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、エミーさん」
「二人が思いきりやれるように、特別にレスキューの訓練設備を貸してもらったんだ」
「ありがとうございます、スバルさん」
「けど、魔法はやっぱり禁止だからな。いくらレスキューの訓練設備ったって
AAA級やS級の魔法を打ちまくって問題ないって場所じゃないんだから」
「それでかまいません。ですが、いったい私をなんだと思ってるのですか？」
「ふふ、ヴィヴィオさんと戦ったときには、次元航行戦艦が2隻沈没する激戦でしたよ」
「……」
「あれ？アインハルト先輩、聞いてなかったの」
「それは初めて聞きましたね、リオ」
「エミーちゃんから聞かなかったんだ」
「そうですね、コロナ」
「コロナさん、リオさん、何も私が隠していたわけではないんですよ」
「そんなこといってないよ、な、コロナ」
「うん、リオちゃん」
「あー、ともかく、勝負はあくまで格闘なんだから魔法は禁止。
けど、ただ魔法を禁止しただけじゃ、体格差ってあるから
お互い大人モードは使っていいことにするからな」
「わかりました」
武装形態は使って戦ってよい。けど魔法は禁止。
それはエミーさんにとってさらに不利な条件ではないでしょうか。
それでも、エミーさんは、私に挑むというのです。
いったいどうして、どんな目的で？
「じゃあ、そろそろ始めるかな、5分間1本勝負でいいな？」
「ええ、それでかまいません……クリス、セットアップ」
「そうですね、長々とやっても仕方ありませんから……武装形態セット」
「アインハルト先輩にも、大人モードってあったんだ」
「これならリーチ差は実質存在しないよね」
「こほん、、5分間1本勝負、用意、……はじめ！」
エミーさんは、脇目もふらず直線的に拳を振るってきます。
こんな直線的な動きで間合いを詰めるだけの動き、受けるのは
そう難しいことではありません。手数で上回るつもりのようですが
動きはすべて見えてます。
どこかにフェイントを取り混ぜるつもりもないようです。
ギャラリーからは、エミーさんが押してるようにも見えてるようですが
こちらは全然余裕……え？この状態からさらにラッシュをかけた？
まさか、今まではウォーミングアップ。動きが直線的なのは相変わらずでも
ガードするので手一杯、カウンターをねらうゆとりがない。
まさか、この子、さらにスピードアップするつもり？
けど、周りが見えてないことに代わりはない。
大きく体をよけて、勢いを受け流す。
エミーさんはその動きにも食らいついてきて隙を作らない。
なんという執念、これだけ動いて切れが落ちないなんて。
けど、めいっぱいまでつっこんでると言うことはっ！
大きく飛び下がって間合いを開く。それから
「覇王断空拳！」
カウンターで飛び込み、体重を乗せた正拳突きを打ち込む。
ばしっ。
？……今の衝撃はいったいなに。
「一本！それまで」
「……見事です、聖王の鎧を発動しなければ一撃で落とされてました」
「前回と違って無茶責めでしたね。いったいどういう理由なんですか」
「私の全力を出し尽くしたかっただけです」
「全力を出せましたか？」
「おそらくは、一つ、手応えがありましたから」
「手応え？」
あの攻撃はすべてガードしつくしたはず。
それなのに手応えとはいったい……
あ、足から力が抜ける、これは？
「あー、覇王様は自分で気づいてなかったか。
聖王の鎧にはじかれたのと同時だったから
感じなかったんだな。カウンターで
エミーのが一発入ってたぜ」
「それでは、この勝負、私の負けですね」
「いいえ、アインハルトさん、あなたの勝ちに間違いはありません。
この勝負は、魔法抜きの純粋な格闘勝負。
聖王の鎧が発動されたところで、私は格闘にまけたのです」
「これが、試合ではなく、真剣勝負なら、聖王の鎧が発動した
というのは、いいわけにもなりません」
「アインハルトさん、それは間違ってます。
ルールはルールです。それに、覇王として使える魔法を
使ったわけでもないのでしょう」
「それはもちろんです」
「本当の強さがあれば、どんなルールでも勝てるはずですわ。
覇王インクヴァルドも、聖王女オリヴィエも、そんな
戦いの中で、実力を示してきたのではないかしら」
「そうかもしれませんね」
「ふふ、では、せっかくですからお茶にしましょう。
オットーさんから、紅茶の入れ方を教わったんですよ」
「私は、何も持ってきてない」
「エミー、ヴィヴィオからもらったクッキーってまだあったろ、あれ食おうぜ」
「ヴィヴィオちゃん、いつも小包ではこべるめいっぱいのお菓子を送ってくれるんだよ」
「そうだね、控え室でおちゃにしようか」
「了解、それでいいなみんな」
「ええ、それでかまいませんわ」
「大賛成」
「うん」
「はじめからみんな異論ないって」
「みなさんがそれでよろしければ」
不思議です。この子は覇王オリヴィエのクローンとしても不完全で
私が戦いたかった聖王でもありません。
ですけれど、この子の思いは、その拳から伝わってきました。
まっすぐな技、まっすぐな心、そして、私に伝えるべき何かを持っている。
この子と、また戦いたい。できれば、本当の全力で。