めりかるうぃっしゅ う゛ぃう゛ぃっど
〜サンクト＝ヒルデ中等部１年、アインハルト〜
「……ええ、はい、詳しい説明は明日します。
今日はナカジマ三佐の家に泊めてもらうことになりました。
では、今スバル防災士長とかわります」
……私は何をしてるんでしょう。
いえ、何をしてるかはよくわかっています。
今は、サンクト＝ヒルデに、外泊許可をもらうための
連絡をしているところ。
なぜ外泊しなければならないかというと、私が夜な夜な行っていた
辻試合のために、管理局に捕まったから。
そんな私は、サンクト＝ヒルデ、中等部１年生、アインハルト＝ストラトスです。
「はい、説明は完了、大丈夫、うちに一緒に行こう」
「ええ、わかりました」
「あ、マッハキャリバーに連絡が入ってる、誰からだろう……
ノーヴェからだ」
『ハチマキの姉貴、そっちの様子はどう？』
「あ、ノーヴェ、大丈夫だった」
『へーきへーき、大丈夫、……いてて』
「本当に大丈夫?」
『気絶するぐらいの一撃を入れられたんだから、あんまり大丈夫じゃない』
「……すいません」
『あ、なんだ、覇王様も一緒なんだ』
「覇王様……様はつけないでもらえませんか」
『覇王って名乗っといてそれはないだろ。それで、ハチマキとはやらなかったのか？』
「勝負を受けてもらえませんでした」
『そっか。で、これからどうするんだ？』
「スバルさんの勧めで、これからスバルさんの家に泊まることになりました。
サンクト＝ヒルデには、明日行って説明することになってます」
「ノーヴェ、ここで長話もなんだから、家に帰ってから
ゆっくり話そうよ」
『そうだな。了解だ、じゃ、……ジェットエッジ、起動』
「ノーヴェ、本当に大丈夫なの？」
『大丈夫、打ち身になってるだけだって先生も言ってた』
「じゃあ、ノーヴェが先に家に帰るかもね。
そういえば、銀ねえは？」
『ギンガの姉貴は、夜勤だから勤務に戻るってさ』
「了解。銀ねえ、今日は夜勤だったんだ」
『だから早く出動できたみたいだけどな』
「了解、じゃ、また後で」
『はーい』
ノーヴェさんは、どうやらそれほど大きな怪我ではなかったようです。
覇王断空拳は魔力による強化抜きで打ち込んだのですから、防護服の
上からでなら、怪我をしないのも当然なのでしょう。
さすがは、ストライクアーツの有段者です。
「じゃあ、歩いて行こうか。３０分ぐらいかかるけど、いいよね」
「いいも悪いもないです」
「そっか。ところで、なんで覇王を名乗ってるの？」
「……覇王だからです」
「ふーん、聖王陛下と一緒なんだね」
「聖王陛下……最後の聖王女オリヴィエのクローンの事ですか」
「ま、そういう言い方したらそうかな。
けど、……そうだね、家に行くまで、聖王のこととは
無関係な話をしようか」
「どうしてです？」
「話したくないみたいだったからね。話したくないことを
無理に話すようにいっても悪いでしょ。
言いたくないことを、無理に聞こうとは思わないよ。
調書を作る時には、聞きにくい事も聞かざるを得ないけど
今は、そういう時じゃないから」
「なら、どういうときなんですか」
「家に帰る時だよ」
「……本当に、泊まっていっていいんですか？」
「いいよ。べつに大したもてなしも出来ないけどね」
「もてなしとか、大丈夫です。夕食はもう食べたあとですし
朝ご飯なら、コンビニで済ませますから」
「どうせハムエッグにトーストとコーヒーだよ」
「私は毎朝トーストに牛乳です」
「それじゃ栄養が偏っちゃうよ。格闘家なんでしょ、もっと精が付くもの食べなきゃ」
「朝からそんなにたくさんは食べられないですよ」
「そっかな。食パンを１斤ぐらいは食べない？」
「食べないです。……そんなに食べて、よく体形が維持出来ますね」
「そりゃ、その分運動してるから」
「どんなハードな運動してるんですか」
「あたしは、レスキュー隊に入ってるから、訓練なんかもいろいろとね」
「いろいろですか」
「そう、いろいろ」
私は、何をしてるんでしょう。
こんな会話を続けて、なんになるというのでしょう。
私がしなければならないこと、自分が覇王であることの
証明を得ることであるはずなのに。
そんなことを思いながら、それでも、スバルさんに合わせて
他愛のない会話を続けてるうちに、スバルさんは一軒の家の玄関をくぐります。
「ここがあたしのうちだよ、どうぞ、遠慮無く」
「おじゃまします」
「お帰り、姉貴に覇王様」
「ただいまノーヴェ、やっぱりノーヴェが先になったね」
「まあな、ジェットエッジ全速で帰ったから」
「……あの……」
「ん、どした？」
「おけがは……本当にないんですか？」
「ああ、なんとかな。打ち身にはなってるけど、怪我はないぜ。
ところで、覇王様は手加減したのか？」
「手加減、というほどのことはしていません」
「そっか、じゃあ、あれが覇王様の全力ってわけだ」
「ええ、今の私の、全力で立ち向かわせていただきました」
「カイザーアーツっていったっけ、流派は」
「はい、カイザーアーツの正統です」
「面白い流派だな、あんな走法は初めて見たぜ」
「そうですか」
「……」
ぱちん
「？」
「ねこだまし」
「……今のは一体?」
「あ、わかんなきゃいいや。ヴィヴィオからのメールで知ったんだよ。
目の前で手を打ち合わせて相手をびっくりさせる技なんだってさ。
相撲っていう、第９７管理外世界にある格闘技の技らしいぜ」
「そうなんですか。それで、その、ねこだましと、今のお話と
何がつながるんでしょうか」
「ん、……おまえ、格闘技、好きだろ」
「……唐突に聞かれても困ります」
「困るようなことか?」
「……考えたこともありませんでしたから」
「そっか、じゃあ、今考えてみようぜ」
「今……ですか」
「わかりにくければ、質問を変えようか。
カイザーアーツを始めてどれくらいになるんだ」
「それもよくわかりません。小さい頃からやってるとしか」
「ふーん、カイザーアーツは、一日にどれくらい練習してるんだ」
「暇さえあれば、ですね。学校の宿題と予習は必要ですけど
それ以外の時間を使ってやってます」
「なるほどな。けど、１人で練習しても、なかなか上達しないだろ」
「そうですね。ストリートファイトは、それを埋め合わせるために
やっていました」
「けど、ストリートファイトじゃ、上手くなるのに遠回りだぜ。
やっぱり、きちんとした道場なりジムなりに通って
練習した方が、基礎も身に付くし、応用も早くできる」
「ですが、私の求める強さは、そういうのとは違うんです」
「古代ベルカの王の中で最強を目指してるんだろ」
「ええ、そうです」
「……あたしの昔話を聞いてくれるか？」
「なんでしょう」
「あたしも、昔は同じように考えてたよ。
実戦にまさる練習はないってさ。
けど、凡人ってバカにしてた相手に、３：１でかかったはずなのに
ぼこられて、間違いに気づいたんだ。
やっぱ、基本がきちんと出来てないと、実戦をやったって
強くはならないんだよな。
そして、基本を身につけるには、基本を身につけるための
練習って言うのが必要なんだよ。
ここにやっかいになるようになってから、あたしは
お父さんに言って、ストライクアーツの道場に通わせてもらったんだ」
「……それで、どうなったんですか」
「実戦じゃ鎧袖一触でやられたスバル姉相手に、３回に２回ぐらい勝てるようになった。
我流でつけた悪いくせを抜いたら、師範代を任されるようにもなった。
同じ事が、覇王様にも……」
「覇王様は止めてください。私は、アインハルト、アインハルト＝ストラトスです」
「アインハルトか。……アインハルトにも、同じ事が起きるかどうかはわからない。
だけど、……格闘が好きでなきゃ、暇さえあれば練習するってことないよな。
あたし、師範代任されてて、いろんな奴を見てるつもりなんだ。
だから言うんだけど、アインハルト、おまえは、荒削りだけど
間違いなくセンスはあるぜ。
だけど、まだ荒削りには間違いない。もっと磨きを掛けないと
本当の高みには上れないぜ」
「本当の……高み、ですか」
「まあ、あたしも、偉そうに言えた義理じゃないんだけどさ。
さてと、夜も遅いぜ、今日はもう寝ようぜ、スバル」
「うん、そうだね。調書を作るのは、明日でいいか」
「えと、今済ませてもらえませんか。明日は学校に行きたいんです」
「そっか、じゃあ、ちょっと待ってて、今から調書をプリントアウトするからね。
けど、学校に行っても、事情聴取はあると思うよ」
「それだけどさ、スバル、あたしも一緒に行っていいかな」
「べつにかまわないと思うけど、どうしたの」
「今回、先に手を出したのはあたしだからさ。
そこら辺を含めて学校側に説明しようと思うんだよ」
「……それでいい、アインハルトさん」
「……そこまでしてもらって、いいんでしょうか」
「気にするなって。
ところで、覇王とか、あたしはあんま知らないんだけど
アインハルトが知ってることとか、話してくれないかな」
「ノーヴェ、夜が更けてるんじゃなかったの？」
「そういえば、あたしがそういったんだっけ。
じゃあ、明日エミー陛下に頼んで、そういう情報も教えてもらおうか」
「エミー陛下?」
「戦おうとしてた、最後の聖王女オリヴィエのクローンだぜ。
本人は、まだ聖王と呼ばれるにふさわしくないってことだけどさ」
エミー陛下。そのエミー陛下とは、一体誰のことなのでしょうか。
私がそれを知るのは、翌日のことでした。