私の名前は高町ヴィヴィオ、ヴィヴィオだよ。
私たちは今管理局の本局にいます。冬美ちゃん、月光ちゃんも一緒です。
「あーやっと勉強が終わった〜」
「冬美ちゃん、こっちの生活にも慣れた？」
「慣れたっていうか、まあ、慣れたかな。
けど、早く道場に帰りたいな。ヴィヴィオとやるのもエキサイティングでいいんだけど
やっぱ川崎流の師範代としては、道場生ともやらないとな」
「ヴィヴィオもはやく桃子おばあちゃんから直接習いたいよぉ」
「ヴィヴィオも冬美ちゃんも、生活には慣れたけど、飽きたんだね」
「ま、そうだよな、ゲッコウ。
居住区と医療区画を行き来するだけじゃ、終いに飽きる」
「じゃ、たまには無限書庫行こうよ。いろんな本が置いてあるよ、あそこ」
「いくらヴィヴィオが司書だからって、勝手に入っていいのかあそこ」
「許可があれば大丈夫だよ」
「いや、あたしは今本を読みたい気分でもないからさ」
「んじゃんじゃんじゃ、スマホーゲーやる？
地球じゃ今はやりのスマホゲーがあるらしいよ」
「それ、本局で出来るのか？」
「……地球にしかモンスターいないよね、やっぱ」
「そりゃそうだろ」
「と、今からなにやる？ ヴィヴィオ、お菓子作ってあげようか」
「それは桃子おばさんからヴィヴィオが習ってる時でいいよ。
それより、体動かさないか」
「ほんとうに、冬美ちゃんは格闘が好きなんだね」
「っていうか、道場を本気で継ぐつもりなら、師範代じゃなくて、師範にならないとな」
「そうだね、冬美ちゃん。
そういえば、こんどの休みには遊びに来てくれるかな、エミーちゃん達」
「どうだろうな。気になるなら聞いてみたらどうだ、ゲッコウ」
「うん、メール出してみる……って、通信手段持ってるのヴィヴィオちゃんだけだね」
「じゃ、ライチェントゥークス、エミーちゃん達にメール送ってよ。
今度の休み、本局に来れますか、って」
『了解しました、我が主』
「んじゃ、返事が来るまでお茶する？」
「それも退屈だろ、ま、格闘やってもゲッコウが退屈するかもしれないけど」
「私のことは気を遣わなくていいよ」
「本局って、遊ぶところじゃないから、長居すると楽しくないかもしれないね」
「あんま変なとこ行くなって、はやておばさんから釘を刺されてるもんな。
あたしら仮にも小学生だし、フッケバインじゃない、ありきたりな危険に巻き込まれちゃっていうのがあるんだろうな」
「本局にそんな変な人いるのかなあ」
「わりと時空港はがばがばだって聞いたぜ」
こうやってだべってるだけでも楽しいのですが、ヴィヴィオはお菓子作りの練習を毎日しますし
冬美ちゃんは格闘を、月光ちゃんはピアノの練習が毎日あります。
サボったら鈍ってしまいます。
「じゃ、今日は趣向を変えて、ゲッコウのピアノから行くか」
「いいの、冬美ちゃん」
「いいよ。いつもはあたしらの修行へ先につきあわせてるもんな」
「月光ちゃんも、どんどん上達してるもんね」
「私なんかまだまだだよ。エミーちゃんの方がよほど上手なぐらい」
「エミーはまた特別だからな」
そういうわけで、月光ちゃんと一緒に、ヴィヴィオ達は音楽室へ行きます。
管理局本局にも、居住区があって、子供もいるので、学校もあります。
その学校の音楽室にあるピアノを使っていい事になってるんです。
「あれ？ 先客がいる」
音楽室からは、ピアノの音が聞こえてきます。
「別にあたしらの貸し切りじゃないんだから、使ってる人が居てもおかしくないだろ。
とりあえず、弾き終わるまで待ってみようぜ」
「入っていいのかな」
「そりゃ聞いてみないとな」
しばらく扉の外で待ちます。
誰が弾いてるのかは分かりませんが、弾いてる人は間違いなく上手です。
まるでピアノの先生みたいです。
「エミーより上かもしれないな」
「エミーちゃんはピアニストじゃないよ」
やがて、一曲終わります。
そこを見計らって、月光ちゃんがノックして声を掛けます。
「すいません、入っていいですか」
「いいわよ」
簡単に許可が出ました。
ヴィヴィオ達は音楽室に入ります。
「あの、どちら様でしょう」
中でピアノを弾いていたのは、見たことのない女の人でした。
なのはママより年長に見えます。
髪はなのはママぐらいの長さがあります。
割と美人さんだと思います。
でも、目が笑ってません。どこか殺気が漂ってます。
「入ったら扉を閉めてね」
「あ、はい」
ヴィヴィオは言われたとおりに扉を閉めます。
「あの、すごくピアノが上手ですね、感動しました」
「ありがとう、アカリちゃん」
「あの、私のこと、知ってるんですか」
「知ってるわよ。アカリちゃんに、ヴィヴィオちゃんに、冬美ちゃんだったわね。
待ちくたびれたから、ピアノを弾いてたんだけど、ピアノを弾き終わるまで待ってたみたいね」
「どうしてそんなことが分かるんですか」
「一曲終わった直後にノックがあったからよ。偶然にしてはできすぎてるわ」
「あ、そうですね」
「ちょっとまてよゲッコウ、どうしてあたしらが知らない人が、あたしらの事知ってるんだよ」
「ヴィヴィオ達も有名人になったんだよ」
「いや、それはおかしいだろ。そりゃインターミッドに出てるから、ヴィヴィオの事は知ってる人がいるかもしれない。
けど、セコンドまで見てる人は少ないし、ましてゲッコウはインターミッド関係ないぜ」
「そっち方面でもないのよね」
「じゃあ、どうして知ってるんだ？」
「んー、じらしてもいいんだけど、みんな時間は貴重よね。
だからさっさと答えを教えてあげる。
私の名前はカレン。カレン・フッケバイン。これで答えは十分よね」
「フッケバイン……って、あのフッケバインのメンバーなのかよ」
「メンバーっていうか、リーダーよね」
「なんでリーダーがこんな所へ……って、答えは一つか」
「そうよ。けど、今この場で冬美ちゃん、あなたを連れ去ろうっていうんじゃないわ。
ただ、警告に来ただけよ」
「警告？ っていうか、ここは居住区とはいえ本局の中だぜ。
そもそもどうやって逃げるつもりなんだよ」
「どうやって入ったのかとは聞かないのね」
「本局は割と人の出入りがあるから、入るのを阻止するのは難しいかもしれないって
はやておばちゃんが言ってた。けど、一旦入ったところで、脱出は難しい、っていうか
不可能だって言ってた」
「偉い人が絶対あるっていえば、それはどんなにありそうもないことでも大抵正しいんだけど
偉い人が絶対にないっていえば、それがどんなに正しそうに聞こえても、大抵間違ってるのよ」
「っていうか、今日は本局になのはママもいるんだよ。ライチェントゥークスが……って、あれ、通信妨害？」
「それぐらいは経験済みじゃないかしらね」
「経験済みだけど、対抗策は組み込んだはずなのに〜」
「それは想定済みよ」
「それより、何の警告に来たんです、カレンさん。
あたしを連れて行くんでなければ、わざわざ危険を犯してまで、何を警告するというんです」
「冬美ちゃん、あなたはまだエクリプスウィルスに感染してから間がないから分からないと思うけど、
いずれあなたにも殺人衝動が起きる時が来るわ。それをコントロールすることは不可能よ。
だから、手遅れにならないうちに、私たちを呼びなさい。
友達や知り合いを手に掛けた後じゃ、すべてが手遅れなのよ」
「その代わりに赤の他人を殺すのかよ、それじゃ意味がないじゃないか」
「友達を殺したくはないでしょう」
「そりゃもちろん。だけど、代わりに知らない誰かを殺していいことにもならない」
「そう思うのは今のうちよ。いずれ、あなたにも分かるときが来るわ」
「そうなったら潔く自決するよ。誰かを殺さないじゃ済まないのなら、それが自分でもかまわない」
「それじゃ困るのよ。あなたを〜そして、私たちを〜そうした誰かには、きっちり責任を取ってもらわないとね」
「責任？ リリィさんにどんな責任が？」
「リアクトプラグに責任はないわ。あるのはエクリプスウィルスの違法研究をやってる連中よ」
「……ヴァンデインコーポレーションのことなのか？」
「あら、鋭いわね、管理局はそういうことに全く無知だと思ってたわ」
「何かの違法研究をやってるっぽいことはつかんでたんだよ。
だけど、それが何なのかまでは知らなかったんだよ」
「それがエクリプスウィルスの研究よ。
あちこちに研究施設を分散させて、エクリプスウィルスについていろんなことを調べてるわ。
人為的適合因子を作り出す実験にも成功はしてるみたいね」
「……殺人衝動を抑える研究はしてないのか？ いつ人殺しをするか分からないウィルス感染者を作っても仕方ないだろ」
「人殺しを業とする連中を作るつもりみたいね。ヴァンデインコーポレーションの連中は。
他にも目的があるのかもしれないけど、それだけで世直しのために消えてもらうには十分な理由だわ」
「じゃ、管理局に協力してもらえないの？ どうして犯罪行為を重ねてお尋ね者になっちゃうわけ？」
「殺人衝動のせいよ。殺人衝動を抑える方法がない以上、私たち感染者が生きて行くには
人を殺し続けるしかない。そんな感染者を管理局は犯罪者として扱うわ。
それじゃ、私たちの目的は達成されない。それに、ヴァンデインコーポレーションの味方は
管理局の中にもいるわ。有り体に言えば、信用出来ないのよね。管理局は」
「管理局の中にも信頼出来る人はいるよ！」
「あなたがそういうのは分かるわ、ヴィヴィオちゃん。だけど、私達に協力は出来ないでしょうね。
法を守ろうとすれば、私達も、ヴァンデインコーポレーションも等しく取り締まるべき相手のはず」
「殺人衝動って本当なのかよ」
「嘘をついても仕方ないわ」
私達は考え込んでしまいます。
フッケバインの言うことはすべて正しいのでしょうか。
それとも、フッケバインは何か嘘をついていて、私達をはめようとしてるのでしょうか。
そして、ヴァンデインコーポレーションは、何をしてるのでしょう。
ヴィヴィオ達が知ってることは、ヴァンデインコーポレーションが
老舗の大企業で、管理局の捜査に非協力的で、非協力的でも管理局を引っ込ませるだけの実力があるということぐらいです。
「考えても答えは出ないわよ。
時間が答えを出してくれるわ。
だけど、手遅れにならないうちに、私達を呼びなさい。
特に、殺人衝動を感じたら、すぐにね」
そう言うと、カレンさんは転送魔法で脱出します。
え？ 転送魔法？
「本局の内外はシールドで守られてて、転送ポート以外からじゃ外に出られないはず。
ライチェントゥークス、緊急通報、転送ポートの管理者に！」
『了解です、我が主』
ライチェントゥークスが本局転送ポートの管理者に緊急通報を送ります。
『我が主、転送ポートの管理人より連絡です。
転送ポートを一時的に閉鎖するとのことです』
「よし、これで脱出は不可能だよ」
「ヴィヴィオ、なんでそんなことが分かるんだよ」
「転送ポート以外から管理局の内外へ転送魔法は使えないよ。
転送妨害用のフィールドが張ってあるからね」
「けど、閉鎖するより先にポートへ転送で出てたら？」
「あり得ないよ、転送ポートは管理局の外にあるんだよ。
そこから連絡艇に乗って本局に来るしかないんだよ」
『なのはさんより連絡です』
「え、なのはママから？ なんだろう」
「ヴィヴィオ、大丈夫？ 怪我はない？ 冬美ちゃん達は？」
「カレンっていうフッケバインのリーダーに会ったけど、私達は無事だよ。
それよりなのはママ、カレンって人は転送魔法で脱出しようとしてるんだよ。
転送ポートの管理人さんが転送ポートを閉鎖してくれたから
今のうちに本局を探せばきっとフッケバインのメンバーが見つかるはず」
「そのことでヴィヴィオに連絡したんだけどな」
「どういうこと、なのはママ」
「本局防衛部が、飛空艇フッケバインが一瞬反応を見せて、それから管理局の追尾圏外へ脱出するのを確認したの。
飛空艇フッケバインは、通常じゃ肉眼以外で確認することは不可能っていわれてるわ
それが姿を見せたと言うことは、何か信号を発したということ」
「つまり？」
「フッケバインメンバーを回収して離脱したとみるべきだと思うよ、ヴィヴィオ」
「えー、通報が役に立たなかったの〜」
「役に立ってないってことはないよ、ヴィヴィオ。
だけど、カレンって人を捕まえる役には立たなかったみたい」
「了解、なのはママ、お仕事頑張って」
「ヴィヴィオも一層気をつけてね」
「はーい」
なのはママとの通信が切れました。
本局なら安全、私達はそう思っていました。
だけど、フッケバインのメンバーは、本局すら楽々と乗り込んでくる人たちでした。
そんな人たち相手に、私達は何が出来るんでしょう。
それに、万が一の危険を冒してまで、冬美ちゃんに殺人衝動がわくという警告をしにくるとは
どういうことなんでしょうか。フッケバインは人を人とも思わない殺人集団ではなかったのでしょうか。
分からないことだらけです。