「はー、やっと終わったぜ」
「冬美ちゃん、お疲れ様」
「これで全部終わったならいいんだけどさ。また明日も来いってさ」
「仕方ないよ、管理局が保護している、エクリプスウィルス感染者って、冬美ちゃんだけだもの」
「ごめんなさい、私のせいで」
「そういうリリィさんも、いろんな検査につきあわされたんだろ。
大変なのはお互い様だって」
「ありがとうございます、冬美さん」
「冬美ちゃん、お医者さんなんて言ってたの？」
「ああ、ゲッコウ、別に何もたいしたことは言ってないよ。
ウィルスって分かってるんだから、ウィルスを特定して
その遺伝情報を解析するってだけ。
ただ、あたしも遺伝子レベルでちょっと人間辞めてるっぽいんだよな。
何がどう辞めてるかは、分析が終わってないみたいだけどな」
「魔法が使えるようになったんでしょ。そういうウィルスじゃないの？」
「魔法が使えるようになるだけならいいんだけどな……元が殺人ウィルスとか怪しげな話が出てるんだぜ」
「冬美ちゃん、悩んでも仕方ないよ。お医者さんに任せよう」
「ゲッコウは医者を信頼してるんだな」
「他に頼る人もないし」
「そだな、悩んでも始まらないか」
私の名前は高町ヴィヴィオ、ヴィヴィオ＝スクライア＝高町＝テスタロッサ＝ハラオウン。
だけど、みんなが私の事を呼ぶ時には、ヴィヴィオだよ。
今、私たちは管理局本局の医学部門にいます。
エクリプスウィルスについては謎が多いということで
冬美ちゃんをサンプルにして、調査することになったんです。
「サンプル言うな」
「ごめん、冬美ちゃん。だけど、本当にモルモット扱いになっちゃったね」
「しかたねーよ。妙なウィルスに感染してるのは事実だし。
それに、あいつらが言ったことも気にかかる？」
「あいつら……何言ったっけ」
「健忘症かお前は。あいつら、エクリプスウィルスに感染したら、殺人衝動がわくって言ってただろ。
信用してるわけじゃないけど、あいつら人殺しはやってるからな。
それがどういう理由なのか、まだわかんないからさ」
「それもそうですけど、研究所の人たちは、そういうことは言ってませんでした。
悪魔の力とだけ言ってたはずです」
「そっか。けど、悪魔の力って、どういう意味なんだろう」
「リリィさんが聞いたことないのなら、そういう副作用はないのかもしれないよ。
殺人衝動で自分達が殺されたら、研究所の人たちだって迷惑だろうし」
「ゲッコウ、迷惑って問題じゃないだろ」
今、私たちは医学部門から居住区へ移動中です。
居住区に帰ったら、お勉強が待ってます。
「は〜かったりー、検査の後で勉強かよ」
「私は無限書庫の仕事に戻りますね」
「リリィさんお疲れ様」
「では、また明日」
「また明日、リリィさん」
リリィさんは無限書庫でのお仕事があるのでここでお別れです。
私たちは、居住区へ向かいます。
「お勉強って、何するんだ。教室に行くわけにもいかないし
こっちの勉強は清祥小学校の勉強とは違うだろ」
「えとえとえと、それは大丈夫だよ、冬美ちゃん。
清祥小学校の先生が次元通信で遠隔授業してくれるって」
「いーのかそれ。っていうか清祥小学校と管理局がどうつながってるんだよ」
「なのはママの時代からつながりはあるんだよ。
清祥中学校になのはママ達が通ってた頃は、管理局のお仕事で抜けたりしてたしね」
「世界って変なところで狭いんだな」
「っていうか、清祥と管理局につながりがあるだけだよ。
世界が狭いんじゃなくて、管理局とつながりのある世界に私たちが住んでるんだよ」
「そうかもしれないけどさ」
「お菓子作りも遠隔で教えてもらわないとね」
「結局それかよ」
「パティシエさんのお勉強も、休むわけにいかないもんね」
「けど、遠隔で教えてもらって分かるのか？
できあがりを見てもらうにせよ、限度があるだろ。
試食とか出来ないし」
「送らないといけないよね」
「そういう問題かよ」
「そういう問題だよ」
「冬美ちゃん。遠隔授業も出席日数に加えてくれるって話だから
頑張らないとね」
「そうだなゲッコウ」
そういうわけで、清祥小学校の先生による遠隔授業を受けます。
遠隔授業といっても、テレビ会議システムを使った双方向通信なので
地球の技術と基本的には大差ありません。
「次元の海を越えてるのは大差だと思うよ、ヴィヴィオちゃん」
「そうかもしれないけど、見た目は一緒なんだよ、月光ちゃん」
あ、つどつど説明するようですけど、中島月光ちゃんは、月光と書いてアカリと読みます。
月光ちゃんのことを、ゲッコウって呼ぶのは、冬美ちゃんがつけたあだ名です。
「でも、知らない人だと、ゲッコウとしか読みようがないよね」
「まあな。あたしは最初の読み間違いをそのまま押し通してるだけだし」
「ふー、お勉強は終わり、じゃあ早速……」
「早速道場に行くぞ、ヴィヴィオ」
「えー、お菓子作りのお勉強は〜」
「お菓子作りのお勉強は、桃子おばさんが手の空いてる時でないと無理だろ。
地球時間の時計見ろよ。今は翠屋の営業時間」
「あ、そか。うー残念」
「そうなんだよ。ヴィヴィオ、そう言うわけで訓練やるぞ。
インターミッドは待ってくれないからな」
「えー、インターミッドは冬美ちゃんが出ればいいよぉ」
「あたしはインターミッドに出られるかどうか分からないだろ。
それに、ヴィヴィオと対戦するのを楽しみにしてる奴だっているだろ。
そいつらに、今年は出ませんっていうのも悪いんじゃないか」
「悪いんじゃないかって、そんなのミウラちゃんぐらいだし
ミウラちゃんは去年勝ってるよ」
「再戦希望だろ。こっちが手抜きした状態でまたミウラが勝っても、納得しないぞ」
「ヴィヴィオちゃん、お菓子作りのお勉強は時間待ちなんだから
それまで冬美ちゃんにつきあってもいいんじゃないかな」
「月光ちゃんまでそう言うなら仕方ないかな」
そういうわけで、道場に到着です。
「じゃ、魔法とか全部ありありで行くよ」
「そうだな、インターミッドじゃ魔法が使えないと話にならないからな」
「ライチェントゥークス、魔法使用許可を」
『了解です、我が主』
「銀十字起動」
『了解』
お互いデバイスを起動します。
「よし行くぜ」
「魔法有りならヴィヴィオは魔法弾撃っちゃうからね」
「そうこなくちゃな」
冬美ちゃんは一気に間合いをつめようと接近してきます。
これをヴィヴィオは魔法弾で迎撃しますが、冬美ちゃんは一分の見切りで回避していきます。
「どうしたヴィヴィオ、弾幕が薄いぞ」
「予定通りなんだよ」
冬美ちゃんは優れた動体視力を持っていますし、川崎流一分の見切りは大得意です。
魔法弾を普通に撃っても当たりません。
当てようと思ったら、工夫がいります。
「っていうか、当てる気ないだろ」
「当てる気はあるよ、ブリッツアクション」
ブリッツアクションで、素早く間合いを開き直します。
「！」
「後退するときに魔法を置いていったんだよ。
この密度なら、もう動けないよね」
「置き魔法弾を高密度……ってことは、あれが来るか」
「そだよ、はじけろ究極破壊魔法、ヴァニシング＝イクスプロージョン！」
魔法弾を一斉に炸裂させて攻撃します。
破壊力だけなら、ヴァニシング＝イクスプロージョンを超える魔法はいくらでもありますが
遠隔発生する魔法弾を多数用意して、回避不能にすることが出来るのは、ヴァニシング＝イクスプロージョンの長所です。
「ふう……助かったぜ銀十字」
『ありがとう、マスター』
「全周防御のシールド？
冬美ちゃん、いつのまにそんなの覚えたの？」
「覚えたって言うか、銀十字に備わってる機能だぜ。
けど、エネルギーは大幅に減ったな」
『ついでに主の魔法力も大量に消耗してます』
「計算通りだよ」
「そっちの計算は分かってる。ならこっちはこうだ」
ヴィヴィオの魔法の使い方については、冬美ちゃんは熟知してます。
なにしろ、前のインターミッドでヴィヴィオのセコンドをつとめたのは、冬美ちゃんです。
こうやって魔力をばらまく魔法を使えば、次に来るものを予測するぐらいは造作もありません。
それでも、ヴィヴィオはライチェントゥークスに魔力回収プログラムを走らせ
スターライトブレイカーを準備します。
「その分防御がおろそかなんだよ」
「ヴィヴィオの全力で魔力回収まで守り抜く！」
半端な攻めなど冬美ちゃんには通用しません。
一分の見切りでかわし続けるのも無理があるでしょう。
一分の見切りの弱点。それは、至近距離でも有効な攻撃は打撃を受けること。
より深い弱点は……。
「間合いをずらす攻撃には無力だってこと。
それに、見切りを予測して重ね打ちすれば、重ねた方は当たる！」
「分かってるんだよ」
お互い手の内は分かってます。一分の見切りは、冬美ちゃんもヴィヴィオも使えます。
ヴィヴィオは、冬美ちゃんから覚えたんです。
「さすがヴィヴィオは天才だぜ」
「本当の天才なら両方よけることができるはずなの」
軽い攻撃で一分の見切りを使わせ、必殺の一撃を回避先にたたき込む。
これが冬美ちゃんが取ろうとした戦法です。
攻撃が弱いとみた私は、そっちをガードして受け、渾身の一撃のタイミングをずらします。
「ガードされちゃあんまり効かないよな。
でも、これならどうだ？」
今度は大ぶりな強めの攻撃です。
大ぶりならガードが通用します。
けど……
「あっ」
『我が主！』
大ぶりの攻撃をガードした瞬間の足払い、ここから流れるように寝技に持ち込んできます。
川崎流は立ち技主体ですが、冬美ちゃんは寝技も使えます。
プロレスラーの立川さんから学んでるんです。
「フラッシュムーブ！」
寝技を決められると力勝負になります。
ヴィヴィオは冬美ちゃんと力比べしても勝てません。
寝技に持ち込まれる前に、飛んで回避です。
『マスター、魔力密度急激に低下』
「来るか、……ってことは、あれ試すぞ」
冬美ちゃんは受けて立つ覚悟のようです。
しかし、これはリフレクト系の魔法が一切通用しません。
どうするつもりなのでしょう。
「行くよ、冬美ちゃん。スターライト＝ブレイカー！」
スターライト＝ブレイカー、バリアやシールドを破壊する効果のある一撃必殺の魔法です。
リフレクト系のシールドも破壊できます。拡散させて威力を殺すことは出来ますが、
冬美ちゃんはそんな準備をしてませんでした。あれなら直撃のはずです。
「いたたたたた……アインハルトさんのようには行かないな、銀十字」
「えー、冬美ちゃん、スターライトブレイカーを受け止めるって……」
「アインハルトさんの見よう見まねだ。魔法を受け止めて、投げ返す！」
「スターライトブレイカーを投げ返すって、どれだけ器用なんだよっ！」
冬美ちゃんは、アインハルトさんが魔法弾を投げ返すように、スターライトブレイカーを投げ返してきます。
ある程度拡散してるので、回避するよりは……
「ディバイン・バスターACS！」
『了解、我が主！』
ディバインバスターをたたき込んで、自分一人分生き残れる隙間を作ります。
『マスター、大丈夫ですか』
「ちぃ、手が握れねえ。ダメージが通ってるな、こりゃ。修行が足りないわ」
『我が主、直撃は避けましたが……』
「はあ、はあ、はあ……魔力の限界に到達したんだよ……はあ、はあ……」
「ねえ、まだ続けるの？ 練習としては限界に来てると思うけど」
「ここからのもうひとがんばりが勝負を分けるんだぜ。次で決める！」
「冬美ちゃんがやる気なら、後には引けないよね、ライチェントゥークス」
「二人とも、格闘が好きなんだね」
月光ちゃんがいう意味とは違いますが、冬美ちゃんは大切はお友達です。
冬美ちゃんの力になれることがあるなら、ヴィヴィオは役立ちたいと思います。
とはいえ、ヴィヴィオはもう魔法弾なんて撃つ余力がありません。
となれば……
「普通に構えたか」
「冬美ちゃんは構えないの？」
「構えてもガードできねえよ。手がしびれてる」
手というか、腕全体がしびれてるように見えます。
スターライトブレイカーを投げ返すといっても、完璧ではなかったようです。
「いずれ完璧に投げ返せるようになる。
けど、ヴィヴィオが魔力を回復したらこっちはおしまいだよな、行くぜ！」
「まだこれがあったんだ、冬美ちゃんには」
冬美ちゃんは、銀十字を使って魔法弾を集中射してきます。
引きつけてシールドでそらす、とか、バリアで受けるとかが基本で
魔法弾で打ち返すというのもありですが、ヴィヴィオにはどれも実行する魔力がありません。
というわけで……
「ガードと一分の見切りの混成かっ！」
「弾幕の薄いところへ体をぶつけて……」
冬美ちゃんの手に乗ります。
冬美ちゃんは射撃だけでヴィヴィオに勝てるとは思わなかったようです。
魔法弾を放つと同時に、接近戦を挑んで来るつもりのようで
弾幕は背後や左右に厚くなってます。
つまり、薄い弾幕の正面から冬美ちゃんが突っ込んでくると言うこと。
「ヴィヴィオパーンチ」
これを、冬美ちゃんはステップバックでかわします」
「ちっ、ジャブだったか」
体がもう動き出していて冬美ちゃんは止められません。
けど、それはヴィヴィオも同じ、一分の見切りでかわした所を
渾身のストレートで打ち抜くのがヴィヴィオの考えでした。
そして、冬美ちゃんの切り札はステップバックからの回し蹴り！
冬美ちゃんの回し蹴りはまともにヴィヴィオの頭に入りましたが
ヴィヴィオ渾身のストレートも、冬美ちゃんのみぞおちに入ります。
「そこまで！ ヴィヴィオちゃんも冬美ちゃんも、殺し合いじゃないんから
無茶しすぎちゃダメだよ」
月光ちゃんの声は、二人に届きませんでした。
ダブルノックアウトです。
『お互い無茶な主を持ちましたね』
『そこがマスターの良さです』
今日はまた治療のために医学部門へ逆戻りです。
練習で無茶しすぎ、と、お医者さんに油を絞られてしまいました。