ここは、無限書庫のそばにある、閲覧室です。
無限書庫はあまりに広大で道に迷うこともあるので、基本的には司書さんが本を探します。
司書さんに頼んで持ってきてもらった本を読む場所、それが閲覧室です。
「それで、リリィさん、お話しなければならないことって、何？」
「いろいろとあります。あまりに多すぎて何から話していいかよくわからないぐらいに」
「そんなにたくさんあるんですか、リリィさん」
「焦らずに、一つずつ話してくれればいいですよ、リリィさん」
「ありがとうございます、月光さん。ええと、でも、何から話していいか……」
「何でもいいよ、とりあえず思いついたことを話してもらえれば」
「思いついたことですか。ええと、では、まずこれをごらんください」
そう言って、リリィさんが取り出したのは、一冊の本でした。
ちょっとした辞典のような本。辞典というからにはそれなりに厚みがあります。
目を引くのは、表紙を飾る銀色の十字架でしょうか。
「中を読んでいい？」
「開くことが出来るのでしたら、どうぞ」
「うん」
私は本を開こうとしますが、開くことが出来ません。
「あれ？ この本、ページが開けないよ」
「どうなの？」
月光ちゃんでも開くことが出来ません。
別に封印は感じないのに、何故でしょう。
「そんな開くのに力がいるのかよ」
冬美ちゃんが手に取ると、楽々と中を開くことが出来ました。
「え？ 冬美ちゃんどうやったの？ すご〜い」
「すごくねえよ。普通に開いたら開いたぞ。なんでヴィヴィオやゲッコウは苦戦してたんだ？」
「分からないよ。でも、私たちじゃ開けなかったよね」
「うん、冬美ちゃん、どうして冬美ちゃんだけ開けたの」
「あたしに分かるわけないだろ」
「これが、契約の証、古代ベルカのデバイス、銀十字です」
「古代ベルカのデバイス？ いや、それ以前に契約ってなんだ？」
「私にもよく分かりません。ただ、契約すると巨大な力が得られることは知ってます。
何の、何に対する契約なのかは不明ですが」
「そんな怪しげな契約なのかよ」
「怪しげな契約ですが、力が得られるのは確かです」
「で、契約したら何をしなきゃならないんだ？」
「それも分かりません。ただ、言えることは、私は契約に値する人を探していた、ということです」
「どういうことなんです？」
「ええと、私が研究所から助けられた、という話はしましたでしょうか」
「うん、それは聞いたよ」
「私は、その研究所で生まれたんです」
「生まれた？ って、ご両親が研究所に勤めてたんですか？」
「それは分かりません。とにかく、物心ついた時には研究所にいたんです。
それから研究所内で育てられ、ある日言われたんです。
『おまえは契約者を得なければならない』って」
「どういう意味なんだろう」
「分かりません。ただ、契約すると、契約者には大いなる力が宿る、と言われました。
ただ、契約は一生に一回きりで、解除出来ないと」
「じゃ、なんであたしが契約者に選ばれたんだ？ っていうか、研究所の連中は始めから
リリィさんに、研究所の誰かを契約させようとしてたんじゃないのか？」
「それは分かります。研究所の方で契約させる人物を選定してる最中に、管理局の介入がありました。
そこで、私は保護されたんです。
検査の結果、私自身は、普通の人間と同じだという判定が下りまして
それから、ここのお世話になってます。なってます、と言っても、一週間だけですけど」
「でも、普通の人間には、契約者に大いなる力を与えるなんてできないでしょうに。
どうしてリリィさんには、あたしに大いなる力を与える能力が備わってたんですか」
「銀十字です。銀十字と契約することで、契約者には大いなる力が与えられるのです」
「リリィさんの役割は？」
「銀十字との仲介者だと思います。正確なことは、研究所の人でないと分からないと思います」
「じゃ、管理局で捜査してるから、大丈夫だよな。管理局の人に聞けば、教えてもらえるかもしれない」
「そうですね、冬美さん」
「そうと決まれば、ヴィヴィオ、八神指令に働きかけてくれよ。
なんか情報があるかもしれないし」
「……ただ、いやな話を聞きました」
「いやな話？」
「管理局が介入したのは、研究所にフッケバインが現れたという情報を得てからだというんです。
もし、それが本当なら、フッケバインに襲われたということは……」
そこで、リリィさんは言葉を濁しました。
ただ、私にも、濁した言葉の先は分かります。
フッケバインは管理世界、管理外世界を問わず殺戮を繰り返している集団。
そのフッケバインに襲われたと言うことは、つまり、管理局が到着する前に
所員の人たちが殺されてる可能性は高いと言うことです。
「またフッケバインか、なんか妙な縁があるな」
「そうだね、冬美ちゃん」
「どうして、フッケバインはリリィさんを襲わなかったんでしょうか」
「それは分かりません。私は、保護された、と言いましたよね」
「確かにその通りだけど」
「私は研究所に幽閉されていたんです。
物心ついたときから研究所で育ちましたが、研究所の外に出してもらったことはありません。
研究所の庭にもいったことがなく、研究所のはるか奥の方に閉じ込められていたんです。
もしかしたら、フッケバインは私に気づかなかったのかもしれません」
「それなら、リリィさんは幸運だったんだ」
「ええ、そうかもしれませんね」
「ねえ、リリィさん。どうして、リリィさんは銀十字との仲介者が出来るんですか？
それ以前に、なぜリリィさんが研究所で銀十字との仲介者になることを要求されたんですか？」
「月光さん、それは分かりません。ただ、銀十字との契約を仲介すること、それが私に要求された任務だったんです」
「それを実行する前に、フッケバインの襲撃があり、管理局による救出を受けたんですね」
「ええ、その通りです」
「なあ、銀十字の力が、悪魔の力っていうのは、どういう意味なんだ？」
「私にも正確には分かりません。研究所の人たちが言っていたことの受け売りです。
私が与える力は悪魔の力だ、だが、それが我々の求めてる力だ、って……」
「悪魔の力か……でも、力なんて、使う奴しだいでどうとでもなるものだろ」
「夜天の書みたいな、壊れたデバイスなのかな」
「それはないはずです。研究所の人たちは、自分達でこれを使うつもりでしたから」
「誰が使う予定だったんだろう」
「分かりません。研究所では、使わせる人物を誰にするか、慎重に選んでるみたいでした」
「つまり、この銀十字って、使いづらい力だと言うことですか？」
「使える人を選ぶのかもしれません。私には分かりません。
私に分かることは、ただ、この銀十字が古代ベルカのデバイスで、悪魔の力をもたらすものだと聞いたということだけです」
「それで、本当にこれ力があるのかよ。
なんか別段強くなった気はしないんだよな。
リリィさん、そもそも、この銀十字って、どうやって使うものなんだ」
「分かりません。使い方は研究所の人たちなら知ってると思います」
「つまり、なんにも分からない、と。
レイジングハートみたく、インテリジェントデバイスだったら、使い方を教えてくれるのかもしれないけど」
『私はインテリジェントタイプですよ、マスター』
「わっ、本がしゃべった」
「冬美ちゃん、何も驚くことないでしょ、ライチェントゥークスだってしゃべるんだし」
「そりゃそうだけどよ。今まで黙ってたものが急にしゃべればびっくりするだろ」
『今までは、お呼びではなかったようなので』
「今はお呼びなんだよ。銀十字、おまえ、なにものだ？」
『お聞きの通り、古代ベルカのデバイスです。マスターに大いなる力を与える能力があります。
具体的には、魔法の効かない体質に変えること、魔法とは違う原理に基づく力を発揮させる能力を与えること』
「魔法の効かない体質だって？」
『その通りです、マスター』
「で、魔法とは違う原理に基づく力って、どれくらいの力なんだよ」
『それは、試してみなければ分かりません』
「要するに、やってみろってことだよな」
『その通りです、マスター』
「その力の使い方をあたしに教えることは出来るか？ 銀十字」
『使おうと思えば、私の力を引き出すことが出来ます、マスター』
「それじゃ使い方が分からないだろ」
『大丈夫です。基本的には、ディバイダーが使えるようになることと、身体能力が大幅に向上することが
私の能力です』
「ディバイダーって？」
『これです』
銀十字がそういうと、冬美ちゃんの両手に、刃の着いた拳銃が握られました。
『これがディバイダー、高エネルギー体を発射する銃で、銃剣がついたもの、とご理解ください』
「どのくらいの威力がある銃なんだ？」
『そこまでは分かりかねます。使用者の能力次第としか』
「使ってみなきゃわかんねえ、ってことか。
いずれにせよ、練習が必要ってことだよな」
『そうなりますね、マスター』
「で、これはどうやったらしまえるんだ？」
『しまおうと思えば』
そう銀十字が告げると、しばらくしてディバイダーと呼ばれた何かは姿を消しました。
「ふう……まあ、銀十字、とりあえずの所はこれでいいわ。
けど、これからずっとおまえを持ち歩かなきゃいけないのか？」
『心配は無用です。必要とあれば、私はあなたの中に入ることができます』
「どういうことだよ」
『私を受け入れてください』
「受け入れるって……」
『簡単なことです』
そう言うと、銀十字は冬美ちゃんの体の中に消えていきました。
『必要な時は呼びだしてください、マスター』
「分かった、必要な時にはな」
もう、銀十字は返事をしませんでした。
『スリープモードでしょうか、我が主』
「どうなんだろう、ライチェントゥークス。
こういうことは、ライチェントゥークスの方が分かるんじゃないの？」
『私はスリープモードと判断しただけです。古代ベルカのデバイスについてなら
八神指令の方が詳しいと思いますが』
「結局はやておねえちゃん頼みなんだ」
「いずれにせよ、今の話を、八神指令さんにしないといけないよね」
「ってか、ゲッコウ、先にユーノさんに話をしなきゃいけないだろうな」
「ユーノパパに？」
「リリィさんを借りなきゃいけないだろ、八神指令に話をするために」
「そうだね、冬美ちゃん」
「では、私が……」
「リリィさんはそこに居て、私がユーノパパを呼んでくるから」
「でも、ヴィヴィオさんは客人ですし……」
「客人じゃないよ、おんなじ司書だよ。これもお仕事お仕事」
「ですけど……」
「ていうか、司書としては先輩なんだよ、ユーノパパともつきあい長いし
そこは任せてよ」
「あ、はい、分かりました」
先輩風を吹かせてしまいました。
けど、リリィさんは銀十字の話で、かえって混乱してるみたいです。
だったら、ゆっくりと考える時間を持ってもらった方がいいと思います。
「じゃ、いってくるね」
ヴィヴィオは、他の司書さんから、ユーノパパの居所を聞きます。
ユーノパパは忙しい人なので、今も用事が入ってるようです。
そこをなんとかするのがヴィヴィオのお仕事です。
こんこん。
「今忙しいけど、急用かい？」
「急用だよ、ユーノパパ」
「ヴィヴィオがいうんなら、本当に急用なんだろう、入っていいよ」
「ありがとう、ユーノパパ」
ユーノパパは、書類と格闘中でした。
傍らには、禁帯出の本が積んであります。
「いま、執務官長から依頼された要約を作ってる最中なんだ。
それを中断するほどの大事件なのかい？」
「大事件だけど、手間はとらせないよ。
リリィさんを、ちょっとはやておねえちゃんの所に連れて行きたいんだけど
連れて行っていい？」
「どういう用事なんだい？」
「リリィさんが持ってたデバイスの件だよ」
「デバイス？」
「うん、銀十字ってデバイスだって」
「銀十字？ どこかで聞いたような名前だけど、思い出せないな。
でも、ヴィヴィオが必要だと思ったことなんだろう？
だったら、つれていっていいよ」
「ありがとう、ユーノパパ」
ユーノパパは忙しそうだったので、銀十字についての説明は省きました。
けど、これでリリィさんを、はやておねえちゃんの所へつれて行くことが出来ます。
「ユーノパパの許可はとれたよ、はやておねえちゃんの所へ行こう、リリィさん、冬美ちゃん、月光ちゃん」
「あ、はい、分かりました」
「行くのはいいけど、八神指令も忙しい人なんだろ、時間は大丈夫なのか？」
「じょぶじょぶ。はやておねえちゃんの所へ行くってことで、ユーノパパの許可をもらってるから少々遅くなっても」
「うん、けど、八神指令さんの用事が早く終わって、お話が出来るといいね」
「そうだね、月光ちゃん」
月光と書いて、アカリと読むのはもうみんな知ってるよね。
それはともかく、ヴィヴィオ達ははやておねえちゃんの所へ向かいます。
はやておねえちゃんから話を聞いて、それから銀十字の力を知らないと。
時間はたっぷりある、ヴィヴィオはそんな気がしてました。