めりかるうぃっしゅ えくす
〜さよならだけが人生でしょうか〜
次元世界の中心、ミッドチルダの首都クラナガンの歴史の中でも
屈指の大災害となった、マリアルージュ事件から数日が経った。
スバルやギンガは、災害復興の中心として働いている。
帰順したナンバーズもそのお手伝いだ。
教会騎士団からも援護が出ているし、本局からも手伝いが来ている。
ティアナは、報告書の作成で忙しい。マリアルージュ事件はあまりに
大きすぎて、すぐに報告書をまとめるというわけにはいかないのだ。
ルネッサは、実直にティアナの手伝いをやっている。
ただ、トレディア氏の最期に手を貸したことは、すこし心を痛めているようだ。
「ふう。今はここまで、ルネッサ、お茶にしましょう」
「はい、わかりましたランスター執務官」
「ティアナでいいわよ。…はい、インスタントで悪いけど」
「いえ、それでかまいません」
「それで、ルネッサ、一つ相談があるんだけど」
「なんでしょうか」
「もし、あなたさえ良ければ、これからも私の補佐を勤めてもらえないかしら。
あなたは十分に優秀だし、これからも事件の解決に協力しあえると思うわ」
「申し出ありがとうございます。ですが、私は執務官補佐として現場に出るのとは
別の部署からの申し出があって、そちらを受けようと思っています」
「現場に出る以外の申し出？それはいったいなんなの」
「イクスヴェリア因子についての研究を打診されました。
私は、…パパのような悲劇を繰り返さないために、イクスヴェリア因子の
ワクチン開発を行う研究がしたいのです」
「…心は、もう完全に決めてるのね」
「はい」
「私の申し出は、余計な差し出口だった？」
「…いえ、申し出は、うれしく思いました。
ですが、私には、それよりもやるべきことがある、そう思ってます」
「それが、あなたの決断なのね」
「はい。それで、失礼ですが、ランスター執務官は、これからどうされるおつもりです」
「どうなるかしらね。優秀な執務官補佐を失ったから、また新しい
誰かを捜して事件を担当するか、それとも、フェイト執務官の補佐に戻るか
まだ私も決めかねてるわ」
「ランスター執務官は、十分独り立ちできると思います」
「ありがとうルネッサ。…さてと、休憩終わり。
報告書の作成にもどらないとね」
「そうですね、ランスター執務官」
その、イクスヴェリア因子の持ち主、冥王イクスヴェリアはというと
かつて、帰順したナンバーズが所属していた、海上隔離施設に
エミー、ヴィヴィオ、冬美に月光といっしょにいた。
「…イクス、あなたはけっしてそのような決断をする必要はないわ」
「私もエミーちゃんに賛成だよ。なにもそこまで自分を追い込む必要はないんじゃないかな」
「けど、イクスだって、十分に考えた上での結論だろ、尊重するべきじゃないか」
「まずは、どうしてイクスがそういう考えになったのか、それから聞いてみようよ」
「イクスヴェリア因子のワクチンが完成するまで、自分を管理局の管理の下で
封印するというのは、それほど難しいことなのでしょうか」
「イクス、古代ベルカは、現在のミッドチルダよりはるかに優れた魔法技術を
持っていた。それでも、ワクチンを作り出すことは出来なかった。
管理局システムが存在し続ける間に、ワクチンが出来る保証はないわ」
「わかってます。ですけれど、イクスヴェリア因子も一種のウイルスなのですから
かならず、ワクチンを製造することはできるはずです。
それに、古代ベルカにはない有利な点だってあります。」
「有利な点、冥王イクスヴェリア自身がワクチン開発に協力すること」
「だったら、普通にワクチン開発に協力すればいいのに」
「…拡散したイクスヴェリア因子が、どこに潜んでいるかは、だれにもわかりません。
それに、私が自由に行動出来れば、私を利用しようとする誰かが、また
現れるかもしれません。封印したじょうたいで眠っていること、それが
私にとっては一番安全なことなのです。
それに…今までだって、私の人生は、封印と戦闘の繰り返し。
目覚めれば、いつでも戦いの中心として、マリアルージュを生み出し続けなければ
ならなかった、そのことを思い出してください。
私が次に目覚めるとき、それは、きっと今と同じ青空が広がっている。
もう、私をイクスヴェリア因子の持ち主だという理由で付け狙われることもない。
そんな未来のためなら、私は、今の封印を受け入れることが出来るんです。
…最初は、マリアルージュから逃げ出すためだけに、封印しようとしてたことも
思い出してください」
「…不愉快で、受け入れにくいけれど、イクスヴェリアのいうことは、論理的ではあるわ」
「エミーちゃんは、それで納得できるの？」
「なあ、ヴィヴィオ」
「なに、冬美ちゃん」
「人生には、出会いと同じ数だけ、別れがあるんだぜ。
今イクスと出会い、今から別れる。またきっと出会うこともあるさ」
「もしかしたら、すぐにイクスヴェリア因子のワクチンが出来るかもしれないよ」
「月光ちゃんは楽天的だね。けど、…ヴィヴィオも、無限書庫で情報を集めるのには
ちゃんと協力するからね」
「出会いはいつも唐突で予測出来ないこと
だから、いつでもさよならだけが人生。ママはそういってたわ」
「エミーちゃんのママのいうことって、よくわからないよ」
「出会いは選べないけど、別れは選ぶことができるということよ、高町さん」
「別れは、選ぶことが出来る…」
「だから、私はもうこれ以上イクスを引き留めることはしないわ。
別れを惜しんでいるのは、私たちだけじゃないもの。
そうでしょう、冥王だったイクスヴェリア」
「ええ、そうですね、聖王になる予定のエミー＝シュミット＝スカリエッティ」
「一流のパティシエさんになる予定の高町ヴィヴィオだよ」
「川崎流継承者の予定、川崎冬美だ」
「私は…一体なにになるのかな」
「月光はゆっくり、何になるか考えればいいんじゃないか？
じんせいの転機なんて、唐突にどこかから現れる物だぜ」
「そうかもしれないですね、冬美ちゃん」
「では、そろそろお別れしましょう。さよなら、けど、また会いましょう。」
「さよなら、イクス、目覚めたらヴィヴィオがお菓子をもって会いに行くからね」
「あたしらはヴィヴィオと一緒に会いに行くからな」
「さよなら、イクスヴェリアちゃん」
「私はあなた方の年齢を全部足したより年上なんですよ」
「でも、精神年齢は、私たちと同じ程度ですわ」
「…そうかもしれませんね。重ねてきた経験といえば、戦いのそれで
自分を見つめる時間なんて、とれなかったから」
「次に目覚めるときは、きっと本当の自分を見つけられるよ、そうだよね
イクスヴェリアちゃん」
「ええ、きっと、ヴィヴィオさん」
こうして、イクスヴェリアは管理局の管理の下で眠りについた。
ワクチン開発は本局でも比較的優先順位の高いプロジェクトとして実行されている。
それでも、エミーや、ヴィヴィオが、生きている間にワクチンが開発される
という保証はどこにもない。
さよならが永遠の別れになるのかもしれないのだ。
それでも、さよならだけが、人生だろうか。
それは、聖王にもわからない。