めりかるうぃっしゅ えくす
〜司令はアフターケアもお仕事です〜
ぱっぱー。
「おい、ナカジマ妹」
「・・・」
ぱっぱっぱーぱぱーぱーぱぱぱー
「司令、何やってるんですか、回りの人の迷惑ですよ」
「おまえ、気づいてるんだったら返事しろよ」
「いえ、今気がついたんです」
現場から徒歩で帰っているスバルを、自家用車のヴォルツ司令が見つけたのだ。
「おい、ナカジマ妹、送っていってやるよ、乗れや」
「いえ、大丈夫です、一人で歩いて帰れます」
「安心しろ、俺の体じゃおまえを襲うとか無理だから」
「冗談でも笑えないですよ司令」
「ま、最近はセクハラもやかましいからな。
けど、おめーに話があるってのは冗談じゃない。
若干プライベートなお話だから、とりあえず車に乗れ。
人に聞かせるようなことでもないからな」
「…そういうことでしたら、遠慮無くのせていただきます」
「ああ、そうしろ」
ぱっぱー。
「早く乗れ、どうやら回りの迷惑になってるみたいだ」
「立ち話が永杉なんですよ司令…」
というわけで、車中の人になったスバルと、ヴォルツ司令。
二人きりの密室である。
「スモークシールドの車じゃあるまいし、外から丸見えだろ。
けど、話し声が聞かれるとはおもわねえな」
「それで、一体何のお話なんですか？」
「…いや、おまえが無理してないんなら、それでいいんだ。
だけど、俺がおまえの立場だったら、当分立ち直れそうにないってだけだ」
「…考えないようにしてますから」
「…けど、な。ナカジマ妹。考えないようにすればするほど
後から夢になって出てくる。間違いない」
「どうして断言できるんですか？」
「こういう仕事をしてると、どうしても助けられなかった奴ってのが出てくる」
「司令も、助けられなかった人がいるんですか？」
「ああ、そりゃそうさ。火の中水の中に飛び込んでも、力及ばないってことは
起こりうる。…テレビで、犠牲者何人とは言われるが、救出者何人なんてのは
言われない。…その、犠牲者の方は、全部助けられなかった奴、ってことだ」
「…」
「けど、目の前で死なれる気分ってのは、それとはまた別だ。
二次遭難を避けるために、奥に人がいるとわかってても撤収命令が出る。
助けを呼ぶ声が聞こえるのに、何も出来ない。
そんな体験をすると、レスキュー隊にいるのがいやになる。
夜中に飛び起きる。助けを呼ぶ声がしてな」
「まるで、見てきたように話すんですね」
「俺の体験談だ」
「…そうなんですか？」
「おまえ、俺が口から出任せ言ってると思っていたのか？」
「あまりにできすぎてましたから」
「…そうかもな。
できすぎてるが、けど、本当の事だ。
俺はおまえと違って、一流の魔法使いってわけじゃない。
基本が肉体派のレスキュー隊員で、しかも今じゃ怪我と年とで
第一線には立てなくなってしまった口だ。
だから、ナカジマ妹。おまえに、一言いっておきたいことがあるんだよ」
「なんですか、その一言って」
「…おまえの責任じゃない。助けられなかったのは、決しておまえの責任じゃないんだ」
「私の責任じゃないとしたら、だれの責任なんですか？」
「…ま、部下の責任は上司の責任と相場は決まってるさ。
刃物を持ち出すやつがいつでも、管理局に襲いかかってくるとは限らない。
自殺のために刃物を持ち出す奴も居る。ただ、そういう奴は大抵
”しんでやる”とばかりに、自分を人質にする。
”死にたくない”といいながら自害するやつなんて、想像すらできんよ」
「けど、あの人は本当に死にたくないっていいながら自分ののどを刺しましたよ」
「いやな物をみちまったな。…けど、マリアルージュ事件の捜査はこれで
格段進むとルネッサの奴は言ってた」
「どういうことなんです？」
「マリルージュの犠牲者の遺体が手に入ったからな。
これを司法解剖して分析すれば、マリアルージュについて
重要な手がかりが得られるだろうっていうのがルネッサの見立てだ」
「…なんだか、いやな見立てですね」
「………ナカジマ妹は、知らないだろうな」
「なにがです？」
「犠牲者がしんで、司法解剖に回されて、やっと公害病が認められたって話さ」
「公害ですか…管理局戦争が終わってすぐの頃のお話ですよね」
「ああ、そうだな。戦後復興とやらで、やたら建設ラッシュだったころの話だ。
その後遺症の一つが、放棄都市区画なんだが、それはまた別の話だろう。
ともかく、公害も最初は大企業が責任なんて認めない。
だから、その原因が企業活動だと示すのに、被害者の遺体の解剖が必要だったってわけだ」
「…酷い話ですね」
「けど、今でも同じ事を俺たちがやってる。
犠牲者を調べることで、マリアルージュについての知見が増える事は間違いない」
「…ですけれど…もしかしたら、その人を、生きて…」
「おまえの責任じゃないっていったろ。おまえがあの時点で取り得る最善の策を
考えたところで、結果は大きく変わりはしないさ。
何か結果が変わると思ってるのは、何が起きたか今知ってるからにすぎない。
そして、結果がわかっててやりなおしても、結局結果が大差ないってことも
実に良くあることなんだよ」
「…そういうものなんでしょうか」
「そういうものだ」
「司令…」
「…ナカジマ妹、おめーは、俺の期待した程度にはがんばった、それで納得しろ」
「…期待した程度、ですか」
「そりゃ、俺はおまえには大いに期待しているからな。
この程度のことはやってくれると思ってたぜ」
「それ以上は？」
「そりゃ期待するだけ酷ってもんだ。
それができりゃ俺がおまえのことを司令って呼んでるよ」
「いくらなんでもそれはないですよ」
「管理局は、給料が年功序列で、待遇は実力主義だからな。
実力があれば１３歳で執務官ってこともある。
年功序列であって年齢序列じゃないから、２２歳で管理局歴１３年なんて
こともありうる。おまえの年が若いっていうのは、理由にならんよ」
「なのはさんのことですか。あの人達は規格外じゃないですか」
「おまえも十分規格外だぜナカジマ妹…と、宿舎に着いたな。
何が起きたかはランスター執務官に説明しとくといい。
けど、…いいか、これは命令だ。自分を責めるな。
自分を責めるぐらいなら上司を責めとけ。
それが上司の仕事ってもんだ。…わかったな」
「はい、わかりました。こんどからもっと的確な指示をお願いします」
「ははは、出来る範囲でがんばらせてもらうよ。足りない分は…海の奴らが悪いのさ」
「ティアの悪口は言わないでくださいよぉ」
「それもすまなかった。じゃあ、次の勤務時間までゆっくり休めよ」
「はい、ありがとうございました司令」
スバルが車から降りると、そこにはティアナ執務官が待ってました。
「ティア、どうしたの？」
「ん、本局から無限書庫での調査結果を受け取って、
それの分析をルネッサに任せたら、すこし時間が出来たのよ」
「それで、ティアの方の調査は？」
「…最悪ね。マリアルージュは自爆、手がかりは皆無。
むしろ、無限書庫組のほうがよっぽど仕事してるわ」
「けど、ティアが調べるべき事だってたくさんあるよ。
ほら、トレディア氏の素性を調べてみるとか」
「それはすでにやってる最中。本局のデータベースを当たってみてるわ。
今、ルネッサは地上本部で、犠牲者の人の解剖に当たってるはずよ」
「…そうなんだ」
「…けど、ルネッサ…」
「どうしたの？」
「いや、なんでもない。それより、明日にはエリオとキャロが来るんでしょ」
「あれ、ティアナ、何で知ってるの？」
「二人からメールがクロスミラージュに届いたわ。
…スバル、こっちのことはしばらくスバルにお願いするわ。
司令に、そういって連絡するつもり」
「ティアナはどうするの？」
「本局に行かなければならなさそうだわ。
ギンガさんには、アルピーノ親子のところへ聞き込みに行くようお願いしないと」
「ティア、一体何があるの？」
「トレディア氏…古代ベルカの民間研究者、…っていうだけじゃないのよ。
本局のデータベースを調べていたら、ちょっと気になることが出てきたの」
「なにそれ？」
「…スカリエッティとも接触があったみたい」
「スカリエッティって、あのスカリエッティ！？」
「そう、あのスカリエッティよ。そういうわけだから、一度
スカリエッティを尋問しなければならなくなったわ」
「けど、あの顔芸、素直に話すかなあ」
「だからこそ、本局に行く必要があるのよ。あの子達が本局にいるうちに」
「あの子達？」
その、ティアが協力を求めるあの子達については
また章を改めてのお話になります。