……戦いは終わりました。
試合自体は、エミーさんの勝利のようです。
無茶はしたみたいですが、勝ちは勝ちでしょう。
「さてと、練習試合も終わったし、これから教会に帰るんだけど、よかったら一緒にいかねーか？」
「シスターシャンテ？」
「ん、ちょっと会わせたい人がいるんだよな」
「会わせたい人って、だれのこと？」
「イクスヴェリア陛下」
「イクスちゃんか、会うのも久しぶりだね。まだ寝てるの？」
「ん、ヴィヴィオ陛下は確かにあの事件以来ほとんど会ってないよな。
まだワクチンが出来てないから寝てる。
仕方ないよな、管理局の技術をもってしても、そう簡単にマリアルージュへのワクチンはできねーって」
「そっか、残念。だけど、お見舞いぐらいはしていってもいいよね、ね、冬美ちゃん、月光ちゃん」
「いいんじゃないかな、それぐらいの時間は残ってるよ」
「そうだな、あたしらは大丈夫だけど、他の人はどうかわかんねーぜ」
「ジーク、私は大丈夫ですけど、あなたはどうされますの？」
「うちは全然大丈夫や」
「なら、大丈夫ですわね」
「では、教会に参りましょう」
私の意見は聞かれませんでした。
補導中の身です。みなさんと行動を共にするしかありません。
みなさんが教会に向かうのであれば、みなさんと一緒に行くしかないのです。
「それにしてもエミー、あの戦い方は無茶だぞ」
「分かってます。一回限り、いかなる手段を用いてでも絶対にアインハルトさんに
勝つという条件で、高町さんのお母様に教えていただいた方法ですわ」
「……なのはさんに教わった？ あのなのはさんが、あんな無茶を教えたのか？」
「一回限り、絶対に勝つ、一週間以内のトレーニング、条件が厳しすぎますわ。
どこかに無理が来るのは致し方ありません」
「一回限りだぞ」
「コーチ、一回限りって、どういう意味なんです？」
「防御と攻撃に全部魔法力を振るっていうのが無茶にすぎるんだ。
そりゃ、反応できれば効率いいかもしれない。反応できなければ命に関わる。
ストライクアーツはスポーツだ。殺し合いじゃない。
安全のためにデバイスを用いてるんだ。あんな無茶するんじゃデバイスの意味ないだろ」
「受け身のない攻めみたいなもんか」
「ま、そうだな」
「エミーがそんなことするなんて思わなかったな」
「必要だったことですわ」
「そういう無茶はヴィヴィオの役回りだと思ってたんだけどよ」
「えー、それどういう意味、冬美ちゃん」
「すねるなよ、これはほめてるんだぜ」
「あんまりほめられた気がしない……」
「んーと、エミーちゃんを引き留めたときのことを言ってるんだと思うよ、ヴィヴィオちゃん」
「月光ちゃん、そういう意味かな」
「だけど、エミー陛下も、思い切ったことをすることはありますよね。イクス陛下を見つけたときは
エミー陛下が転移でイクス陛下の所へ行ったって聞きましたよ」
「そういえば、そんなこともありましたね」
「そんなこともあったよな」
「イクスヴェリア陛下って、どんな方なのでしょうか」
「どんな方といわれても、普通の方ですわ。ただ、マリアルージュ因子を持っているのが
普通ではないのですけれども」
「マリアルージュ因子？」
「ちょっとした病原体だよ」
「ちょっとした……まあ、どっから先が機密指定かわかんねーから黙っとく」
「機密指定っていうか、ニュースで報道されてる範囲のことは話していいよ。
マリアルージュ因子っていうのが、死体にとりつくと、マリアルージュっていうゾンビみたいな兵士になるってこと。
その、いわば母胎が、イクスヴェリア陛下っていうことになる。
だから、イクスヴェリア陛下は眠ってる。そのマリアルージュ因子を癒やすワクチンが出来るまで」
「重い話ですね」
「ワクチンが出来れば、今日にでも目覚めることが出来るんだけどさ」
そんな話に、私は混じることが出来ませんでした。
沈黙を守ったまま、車は教会へとたどり着きます。
「じゃ、うちらは陛下にご挨拶してくるわ」
「うちらって、みんなでご挨拶〜」
「踊るな」
「痛いよ冬美ちゃん……」
「っていうか、ヴィヴィオさん、なんでまともに当たるんですか。
受けるとかよけるとかあるでしょうに」
「え？ うけるとかよけるとかしていいの？ そういうものなのミウラちゃん」
「わざと受けてなかったんですか？」
「よけたら倍にするに決まってるだろ」
「ほら、やっぱりよけたらだめじゃない」
「いや、そういう問題じゃなくてですね」
「陛下の前で騒がない、入りますよ」
「はい」
イクスヴェリア陛下は、静かに眠っていました。
寝返り一つ打たずに眠ってます。
「寝返りは時々打ちますよ。今はしずかに眠ってますけど」
「あ、そうなんですか」
「いびきはかかないですけどね。食事はとらないでも大丈夫みたいです、不思議なんですけど」
「へえ……」
「夜中に密かに起き出したりはしないんですか？」
「人を妖怪みたいに言わないでください。24時間常時看護してますけど
常に眠っておられます」
「常に誰かついているんですか？」
「いえ、そういうわけではなくて、センサーがあるだけですけどね。
一定の高さに起き上がったり、ベッドから離れれば反応するようになってます。
カメラもついてますし」
「なるほど」
「さすがに、常に誰かがついていても、迷惑でしょうし、ついてるシスターも
緊張しつづけられませんから」
「そうですよね」
「ところで、陛下に触ってもよろしいですか？」
「そっとなら」
「では、失礼します……暖かい」
「因子とか大丈夫なのか？」
「その辺は心配ないです。イクスヴェリア陛下に触ってもマリアルージュ因子がうつるとか
そういうことはありませんから」
「それなら安心」
「イクスちゃんも元気そうで安心だね、冬美ちゃん」
「眠り姫だけどな」
「王子様のキスで目覚めるんだよ」
「ワクチンが出来れば王子様もいらないけどな」
「白衣の王子様だね」
「ま、そういうことにしとくか」
「さて、そろそろおいとまいたしましょう」
中庭に出ます。
「クロ」
「？」
「フォビア選手と呼んだ方がよろしかったでしょうか。
昔、魔女クロゼルグのことを、クラウスはクロと呼んでたものですから」
「呼びたいようにどうぞ」
「では、クロと……」
「それで、何の話でしょう」
「これだけは知っておいてほしいのですけど、クラウスは森のことを決して見捨てたことはありません。
いつも心配していましたし、探してもいました。いつも森の民のことを心配していました。
それだけは、理解してほしいのです」
「……」
「急に言われても困るかもしれんし、いいわけじみてるかもしれへんけど
ご先祖様の本でも、森を焼いた賊をなぎ払ったのはクラウスやし
見捨てたいうんとはちがうんちゃうかな？」
「いずれにせよ、記憶継承者同士、また会うこともあるわよ、きっと」
「もしかしたら」
「もしかしなくても、また会いましょう」
アインハルトの言い分は、ちょっといいわけじみてます。
けど、自分の記憶の中のクラウスが、森を見捨てるとはっきり言ったわけではありません。
見捨てるシーンがはっきりと残ってるわけでもありません。
見捨てたと、自分で思い込んでるだけなのかもしれません。
はっきりしてることは、森が燃えたということだけです。
クラウスが守り切れなかったのは確かです。
ですが、それをクラウスだけの責任にしてよいことにはならないのかもしれません。
少なくとも、彼女はクラウスではないのです。