『夜の小径で出会った少女な大陸列強”聖王家”の王女、オリビエ＝ゼーゲブレヒトであった。
領土すら持てる予定のない血族の末裔だと彼女は笑ったが、それでも自分の居城のある身分ではあった。
ともあれ、僕は請われるまま彼女の居城にしばし滞在することになった』
「エレミアさんとオリヴィエ王女の出会いってこんなに劇的だったんですね。
「のっけからクライマックスですねぇ」
「ゼーゲブレヒト家に滞在中は、異国の話や技術を伝えたりして、重宝されてたみたいやな。
学士として食客扱いで城内に滞在をゆるされてたって」
「なあ、ヴィヴィオ」
「なに、冬美ちゃん」
「食客って、なんだ？」
「ヴィヴィオに聞かれてもわかんない。はやておねえちゃん、食客って？」
「ん？ 食客か？ 家臣……家来と、客分……お客のあいのこみたいなものや。
居候っていうのが近いかもしれへんな」
「あ、最初の義腕を作ってあげたのもこの頃なんですね」
「聞いたことがあります」
「アインハルトさん？」
「リッドと出会う前は、請われやすい飾り腕か力加減のできない鎧篭手しかなくて、繊細な動きと力加減の出来る”エレミアの腕”はとてもうれしかったと」
「オリヴィエ王女の腕っていったい？」
「幼い頃に魔道事故で失ったそうです。物心ついたときにはもう……」
『不自由ではあったろうが、少なくとも人前ではそのことを憂う様子もなく、
様々なものを失っても生きる道を閉ざされていてもおかしくはなかった。
なのに、こうして命を命を長らえて自由な暮らしをさせてもらっている。
いつも世話を焼いてくれる次女がいて、友達も出来て、自分の命は皆のおかげでつながっている。
そんな言葉を口癖のように言っていた』
「ご先祖様はそう書いてるな」
「で、クラウス殿下が出てくるのはどのくらいの所から？」
「えっと……結構前の方やね」
『オリヴィエがシュトゥラに出かけてから二月あまり、予定通り僕もシュトゥラに赴くことになった。
名目は、シュトゥラ学術院への出向協力であった。クラウス殿下は若いが良く出来た人物で
オリヴィエにもよくしてくれていたし、僕のことも歓迎してくれた。
ある日、クラウスから、徒手の武術をたしなむかと聞かれた。
一人旅をしていると、身に危険があるから少々ならたしなむとお答えした。
オリヴィエから聞いていたからずっと興味を持っていたとクラウスが話した。
そして、手合わせをしたいというはなしになった。
念話でオリヴィエに聞いてみた。手合わせしてよいものかと。
オリヴィエは答えた。クラウス殿下は強いからきっと気に入りますと。
強い、といっても、どの程度の強さかは受けてみなければわからない。
まず、殿下の攻撃を受けてみようと僕は思った。
殿下の攻撃、低い態勢からの飛び込み、そして、大地から足先へ、
下半身から上半身へ螺旋を描いて力を伝える一撃。
僕はその威力を殺して受け流す。が、受け流した突きの威力はそのまま僕の背後の塔へと
伝わり、塔の窓を破壊していた。
オリヴィエが駆け寄る。二人ともすごいと。並の武芸者なら塔の窓まで吹き飛ばされていたはずだという。
確かに僕もそう思う。だがクラウスは違うことを話した。
もう少し食らってあげるべきだったと思ってるのかと言うのだ。
少し自分の考えを見透かされたのかな、と思ったものだ。
立ち会いで手を抜かれたり、芝居をされては興ざめだろうとクラウスは話した。
確かにその通りだろう。クラウスは続けた。君は強い、その細い体にどれだけの力と技を隠してる、と。
そして言った。本気出来てくれ、君の強さを見てみたい、と。
僕は答えた。心得ました。
あきれるほどまっすぐで、おもしろいほど情熱的な人物。
僕は鉄腕を解放した。そしてエレミアの技をご覧に入れると告げた。
僕は当時血統伝承のすべてを身につけていたわけではなかったが、曲がりなりにもエレミアの末裔である。
局所破壊技を封じ手にしてもなお戦力は僕の方が上だったはずだけど、彼の頑強さと打撃力には目を見張るものがあった。
全力で打ち込み、全力で避け、威力を殺す。
物心ついてから呼吸をするように行ってきたはずのことが、”楽しい”とおもえたのは、あのときが初めてだった』
「なんだか、今のボクたちと変わらない感じですよね」
「穏やかな時をすごされてたんですね」
「青春ですねえ」
「4年間のエピソードはいろいろありますよね」
「クラウスとオリヴィエがどんどん成長していったこととか書いてありますよね」
「二人が近隣平定任務で一緒に出かけていったこととかも書いてありますね」
「リッドも修行と実戦を続けて時代に伝える技と経験を積んでいったことも書いてあります」
「あ、魔女クロゼルクのことも書いてある」
「天真爛漫を絵に描いたようないたずら猫……クラウスには特に良くなついていたが、僕とはそりがあわなかった……なぜかはよくわからない」
「まあ、気が合わない相手というのはいるものですわ」
「そーゆーもんさ」
『だが、シュトゥラでの4年目が終わる頃、世界の情勢が変わり始めた。
戦乱続く世界で、王国がついに滅亡を始めたのだ。以前の戦乱では、王国は衰退し、併合されるのが主だった。
併合されても王家は併合先で貴族として存続し続けることができた。否、そうすることが暗黙の了解だったのだ。
だが、うち続く戦乱はその暗黙の了解をも破壊した、王国を完全に滅亡させることが始まったのだ。
滅亡に瀕した王国は、暗黙の了解を担保していた最終兵器を発動させた。禁忌兵器である。
水と大地を穢す猛毒の弾薬、人も草木も腐らす腐敗兵器などだ。本来抑止力としてして封印されていたはずの兵器である。
禁忌兵器の抑止力が、王国を滅亡させることを阻止していたのだが、戦乱による荒廃は禁忌兵器使用の心理的ハードルを下げてしまったのだ。
この状況に対応して、聖王家は戦乱を終わらせることを宣言した。だが、それは禁忌兵器中の禁忌兵器、ゆりかごの発動がない限り
不可能であることを、誰もが理解していた』