私の名前は高町ヴィヴィオ。ヴィヴィオだよ。
とんでもない昼休みから数日が経ちました。
エミーちゃんがピーマンのお菓子を出してからヴィヴィオの記憶はトラウマの彼方に
封印されているので、何が起きたのかよくわかりません。
あれから冬美ちゃんに言われてエミーちゃんに謝ったことだけは良く覚えてます。

 

まったく、酷い目にあったんだよ。

 

『むしろ回りの方のほうが酷い目に遭ったようにおもいますが、我が主』
「えー。でもピーマンだよ。ピーマンやだぁ…」
『…ループになるからこの話題は終わりにしましょう我が主』
「ありがと、ライチェントゥークス」
『ですが、別の話題もあまり楽しくはありませんよ我が主』
「ピーマンの話でなければなんでもいい」
『Dr.スカリエッティが脱獄しました』
「それは聞いたよ。でも、はやてお姉ちゃんがシグナムおばちゃんやシャマルおばちゃんや
　ザフィーラやヴィータおねえちゃんと一緒に、顔芸博士を追いかけてくれてるんでしょ。
　フェイトママも逃走経路を押さえにかかってくれてるんだから、きっと大丈夫」
『祝福の風のことも忘れないであげてください、我が主』
「リインフォースちゃんのこと？すっかり忘れてた。あとアギトちゃんも
　シグナムおばちゃんと一緒だよね」
『そうですね、我が主』
「なんだか、顔芸なんかに負けるような気がしないよ」
『ですが、脱獄を阻止出来なかった事実は残ります。そして、我が主
　主は十分警戒する必要があります。』
「そうかなあ？ゆりかごはもう壊れてなくなったんだから、ヴィヴィオは関係ないんじゃないの」
『はやてさんの言葉を思い出してください。再び我が主をさらって何かする可能性は否定できません』
「だけど、海鳴市に次元転送があったら、探査できるようにはなってるんだよね」
『ええ。ですが、相手はクラールヴィントをごまかすほどのカモフラージュ能力があります。
　警戒に超したことはありません』
「うぅ…で、でも、なのはママがいれば大丈夫だよ。
　３年前はなのはママがいなかったからだもん」
『なのはさんも、３年前のような無茶は出来ないのですよ我が主。理解してください』
「けど…なのはママは特別だよ」
『…ですが、くれぐれも自重してください。我が主』
「なんだかライチェントゥークスもなのはママみたい」
『褒められたととっておきます、我が主』
「うー、褒めてはないのに…」

 

顔芸博士が脱獄して以来、なのはママは毎日フェイトママやはやておねえちゃんや
ユーノパパと連絡を取りあってます。顔芸博士が次に何を始めるのか予測がつきません。
はやておねえちゃんやティアナおねえちゃんにも、クロノおじちゃんや
リンディおばあちゃんにも、全然予測がつかないみたいです。

 

「ほーらヴィヴィオ、またぼんやりしてる」
「あ、冬美ちゃん、おはよー」
「ヴィヴィオちゃん。もうお昼過ぎてるよ」
「え？そうだっけ？えと、月光ちゃん、さっきまで居眠りしてたからかな」
「やっぱりぼんやりしてるじゃないか。
　なんか悩み事でもあんのか？」
「悩みごと？そんなのないよ、ヴィヴィオはちゃんと元気だもん」
「そっか、それならいいけど、１人で悩むんじゃないぞ。
　ヴィヴィオはドジなんだから、１人で考えたってろくな知恵でやしないんだからな」
「うー、ドジと頭悪いのは関係ないもん」
「ヴィヴィオちゃんはべつに頭も悪くないと思うけど…」
「そりゃ、勉強はあたしより出来るもんな。けど、勉強が出来たからって
　人生の知恵があることにはならないんだぜ。
　スバルさんは、逆のことを教えてくれたけど」
「逆の事って？」
「ただ人をぶん殴るのが上手くたって、強いことにはならないよって。
　いつ、どこで、どんなときに使うべきをちゃんと知って力を使えて
　初めて本当に強いって言えるんだよって」
「なのはママの言葉と一緒〜」
「なのはおばちゃんがスバルおねえちゃんの御師匠さんなんだから当然だよね」
「お師匠さんっていうか、人生の師だって」
「なのはママすごーい」
「不肖の娘はいるけどな」
「えと、不肖の娘じゃユーノパパに似てないことになるよ〜」
「ま、似たようなもんだ。ユーノおじさんって、考古学者なんだろ。
　ヴィヴィオとは全然似てないな」
「えー。ほら、こっちの目はユーノパパそっくりでしょ」
「目だけかよ」
「んでんで、こっちの目はフェイトママ似なんだよ。
　お菓子作りは桃子おばあちゃんに似るといいなあ」
「あのなヴィヴィオ、目の色は遺伝してもお菓子作りは遺伝しないぞ」
「でも、ヴィヴィオ、ユーノパパともフェイトママとも血はつながってないんだよ」
「ママ二人パパ１人で、全員と血がつながってたらそっちのほうがおかしいっての。
　ヴィヴィオは、なのはおばちゃんの子供なんだろ？」
「なのはママとも養子〜」
「…なんか、悪いこときいちまったか？」
「全然。フェイトママだってママが二人だからヴィヴィオとおそろいだよ」
「なんか複雑な家庭環境なんだな」
「そかな？冬美ちゃんだって、おじいちゃんが二人におばあちゃんが二人いるじゃない。
　ヴィヴィオにはおばあちゃんが３人でおじいちゃんが１人、人数は揃ってるよ」
「…ユーノおじさんだって、パパとママはいるだろ。無視するなよ」
「あ、そっか。ユーノパパは何も言わないから全然気づかなかった」
「気づいてやれっての。…それとも、ユーノおじさんもいろいろ事情があるのか？」
「うーん、わかんない。ヴィヴィオ、気にしたこともなかった」
「ヴィヴィオちゃん、ユーノおじちゃんの家には行ったことがないの？」
「うん。ユーノパパは、ヴィヴィオぐらいの年には、もう世界を駆けめぐる
　考古学者さんだったんだよ、すごいでしょ」
「すごいね。もしかして、ユーノおじさんって天才なの？」
「たぶん、天才だよ。いろんな発見もしてるんだって。
　今はおっきな図書館の司書長さんをしてるんだよ。乱雑に入ってる本を
　整理したり、そこから情報を調べたりするお仕事をしてるんだ」
「それと考古学と何の関係があるんだ？」
「えと、あんまり巨大すぎる図書館で、本を探すのは発掘の技術がいるんだって」
「ずいぶん昔からある図書館なんだね」
「そうだよ、月光ちゃん」
「たのしそうですわね」
「あ、エミーちゃん、いらっしゃい」
「ヴィヴィオ、同じ教室でいらっしゃいもないもんだろ」
「エミーちゃん、お弁当は食べ終わったの？」
「ええ、もういただきました」
「エミーは上品だから、食べるのもゆっくりしてるよな」
「急いで食べないほうが健康にはいいんですよ」
「急いで食べないとお昼休みが終わっちゃう〜」
「行儀は悪いよヴィヴィオちゃん」
「ま、そりゃいえる。けどあたしは拳法家だから、上品とかそういうのは関係ないから」
「川崎さん、拳法家でも、品格は必要ではないかしら」
「…う、まあ、そうかも…」
「お菓子屋さんには〜」
「お菓子屋さんも、上品なほうがいいかもしれないわね」
「上品なセンスのお菓子っていいよね、エミーちゃん」
「そうですね。上質のお菓子には、宝石のような気品がありますわ」
「やっぱり、エミーちゃんもそう思うよね。こんど桃子おばあちゃんに頼んで
　エミーちゃんのためにお菓子を作ってもらうね」
「いえ、それは悪いですわ。桃子おばさんも、お仕事なのでしょう。
　こんど、ちゃんと買い物に伺うようにしますわ」
「そんなしゃちほこばらなくても桃子おばあちゃんなら大丈夫だよ」
「ヴィヴィオちゃん。そこは気持ちだから受け取ってあげないと」
「そういうものなの？けど、ヴィヴィオも気持ちだよ」
「ヴィヴィオが、そういうお菓子が作れるようになればいいんだよ。
　な、エミー」
「ええ、そうですわね。高町さんの作るものでしたら、遠慮無く頂きます」
「わーい。じゃ、いつか上手くなったらエミーちゃんに上げるね」
「ありがとうございます…。でも、私、あまりこちらには長くいられませんから」
「えと、エミーちゃん、あまりながくって、お引っ越しでもするの？」
「ええ、今母が父を遠い国に迎えに行っているんです。
　父がこちらに戻ってきましたら、遠い国に家族で引っ越すことになってますから
　みなさんとは、お別れですね」
「お別れしても、今は地球上どこでもネットでつながってるよエミーちゃん。
　メールはちょうだいね」
「…たぶん、メールも届かないような遠くですから、連絡もとれないのではないかしら」
「それって一体どんな僻地だよ」
「ユーノパパに聞いたことあるよ。携帯電話の電波も届かない山奥ってまだまだ
　日本にもたくさんあるんだって。
　きっと、エミーちゃんのパパって、すっごい考古学者さんで、遠くの国に
　発掘調査に出かけるんだよ」
「ふふ、それに近いですわね、高町さん」
「わーい、あたった〜」
「ふふ。…それで、今日はみなさんにお願いがあるんです」
「お願い？なんなの、エミーちゃん」
「中島さんだけではなく、川崎さんと高町さんにもお願いしたいんですけど
　今日は家族全員留守ですから、３人を私の家に招待したいんです。
　よろしいでしょうか？」
「ん、あたしは大丈夫。ゲッコウはどうなんだ？」
「だから、月光ちゃんはゲッコウじゃなくてアカリちゃんだよ」
「あだ名がゲッコウでいいじゃねーか。ヴィヴィオは気にしすぎなんだよ。
　それより、ヴィヴィオはどうするんだ？」
「えと、ちょっとなのはママに聞いてみる」

 

ヴィヴィオは、なのはママから、危ないからまっすぐ帰ってくるように言われてます。
だけど、エミーちゃんはこれから遠くに引っ越してしまうって言ってます。
もしかしたら、エミーちゃんにとって、これは大事なお別れ会なのかもしれません。
そんな大切な集まりだったら、せっかく声を掛けてくれたエミーちゃんのためにも
一緒に出かけたいって思います。

 

『ですが我が主。これは罠かもしれません。私としては参加はお勧めできません』
（ライチェントゥークスは心配しすぎだってば。エミーちゃんはそんな人じゃないよ）
『問題は、エミーさんではなく、エミーさんのパパやママの方です』
（とにかく、なのはママに相談するんだもん）
『わかりました。ですけど、なのはさんの言うとおりにしてくださいね、我が主』

 

「あ、なのはママ。お仕事中？今大丈夫？」
『今は大丈夫だよヴィヴィオ。学校中に電話を掛けてくるなんて珍しいね。
　なにがあったの？』
「あのね、エミーちゃんが、ヴィヴィオを家に招待してくれたんだよ。
　それで、今日はエミーちゃんの家に遊びに行きたいんだけど、行っていい？」
『エミーちゃんの家…ヴィヴィオ、エミーちゃんにうちに来てもらう訳にはいかないの？
　なのはママ、エミーちゃんはいつでも歓迎だよ』
「えとえとえと…ちょっと待って」

 

とりあえず携帯電話を保留にしてエミーちゃんに聞いてみます。

 

「あの、エミーちゃん、なのはママが、エミーちゃんをうちに呼びたいって」
「…高町さん…どうしても無理ならごめんなさい。
　これでお別れだと思うから、どうしてもみなさんはうちに招待したいんです。
　なのはおばさんにも、そう言ってもらえないかしら」
「うん、いいよエミーちゃん」

『我が主、私としては、やはりなのはさんに賛成です。
　お別れ会なら、翠屋でも出来るではありませんか』
（けど、ライチェントゥークス、エミーちゃんがそこまで言うんなら
　きっと、エミーちゃんにとってものすごく大切な事なんだよ。
　なのはママだってわかってくれるんじゃ…）

「あの、なのはママ。エミーちゃん、もうすぐお引っ越しするんだって。
　それで、ヴィヴィオとアカリちゃんと冬美ちゃんもお呼ばれしてるんだよ。
　だから、ね、一日だけ。一日だけだから。お願い」
『けど、………わかったわ。けど、門限は厳守だからね。
　ヴィヴィオは、門限を守るってお約束、出来る？』
「うん、約束する。門限は絶対に守るから」
『それならいいわ。…ライチェントゥークス、ヴィヴィオを、よろしくお願いね』
（かしこまりました。なのはさん）
『あと…いくつか、重要なデータをライチェントゥークスに転送するわ。
　後で機会を見てヴィヴィオに伝えてね』
（それも了解です、なのはさん）
『それだけよ。楽しんできてね、ヴィヴィオ』
「うん、ありがとうなのはママ」

 

なのはママの了解も取れました。
これでヴィヴィオはエミーちゃんのおうちにお呼ばれできます。

 

「なのはママも行っていいって」
「高町さんも来てくださるの、うれしいわ」
「エミーちゃんの頼みだもん、断れないよ」
「ピーマンのお菓子は食べなかったくせに」
「ピーマンは例外だよぉ」

 

とにかく、お呼ばれです。お友達のエミーちゃんですけど
家で何をしてるとか、どこに住んでるとか、今まで全然知りませんでした。
これで、すこしはエミーちゃんの事がわかるかもしれません。

 

---

 

「うわあ」
「すっごいおうち…」
「まるですずかおばちゃんの家みたい…」
「古いだけが取り柄ですわ」

 

ヴィヴィオ達は今、タクシーに乗ってエミーちゃんのおうちに向かってます。
エミーちゃんのおうちは、確かに町外れにありました。
あれだけ距離が離れていたら、タクシー通学になるのも無理はありません。
近くの学校に通えばいいような気もするんですけど、きっと
エミーちゃんは、いえ、むしろエミーちゃんのママは、清祥小学校に
エミーちゃんを通わせたかったんだと思います。

 

エミーちゃんの家は、まるですずかおばちゃんの別荘のように巨大で
由緒正しそうな雰囲気があります。
けど、すずかおばちゃんの別荘と違って、なんとなく手入れは行き届いてなさそうです。
どちらかというと、お化けの出る洋館みたいな雰囲気です。

 

「ごめんなさいね、私も、慣れるまでは薄気味悪いかなっておもってたわ」
「えと、エミーちゃん、もしかしてこの屋敷に１人で住んでるの？」
「１人ではありませんわ。ずっとママと２人暮らしでしたから」
「２人だけでこんなおっきな屋敷に住んでるんだ。片付け大変そう」
「ヴィヴィオの見所はそこかよ」
「ええ、確かに片付けは大変ですね。時々業者さんに頼んで掃除をしてもらってます」
「エミーちゃんのおうちってお金持ちなんだ」
「大掃除は業者の方にお願いするのは、普通なのではないのですか」
「いや、絶対それはないから。うちの道場だってそれなりに大きいけど
　掃除は家族総出でやってるぜ。
　門下生にも手伝わせるけど、あれは練習の一部だから床磨きとかその程度なんだよな。
　家の中は家族しかできねーもん」
「翠屋は従業員の人と一緒にお掃除〜」
「ヴィヴィオはちらかすかかりか？」
「うー、ヴィヴィオだって片付けてるもん」
「どーだか」
「あの、冬美ちゃん、ヴィヴィオちゃんだってやるときはやるから…」
「それじゃやらないときはやってないってことだろ」
「あらら、やらないときは、私もやりませんし、川崎さんもそうではありませんか」
「…冬美ちゃん、一本とられたね？」
「まあな、エミーにはかなわねーか」
「エミーちゃんだもん」
「ヴィヴィオがいばんな」
「えー」

 

そんな話をしてるうちに、タクシーはエミーちゃんの家に到着します。
ヴィヴィオの門限の６時に帰れるよう、エミーちゃんがタクシーの運転手さんに
帰りの回送を依頼してくれました。これでヴィヴィオも安心です。
いざとなったら、ライチェントゥークスもタクシーを呼んでくれるそうです。

 

『我が主、あとで詳細を話しますが、とりあえず重要なことを一言だけ』
（ライチェントゥークス、後に出来ないの？）
『どうしても必要なことですが、すぐに済みます。
　聖王の遺伝子を用いたプロジェクトFの計画が聖王教団に存在することが発覚しました。
　聖王教団は、管理局による陰謀だと主張、聖王教団に属する全信徒に対し
　管理局システムからの離脱を含め、この陰謀と戦うように勅令を出しました。
　騎士カリムは、この問題を聖王教徒すべてが討議できるよう、公会議を開催するように
　要請するとともに、聖王教団に対しては勅令の一時停止を、管理局に対しては
　聖王教団に対する強制捜査の一時保留を求めてます。事態は管理局システム全体の
　信頼性にかかわることなので、スカリエッティ捜索は手薄になりました』
（えと、それじゃ…変態顔芸に誰が対抗するの？もしかして野放し？）
『管理局では、聖王教団がスカリエッティの真の黒幕ではないかという見方が有力です。
　しかし、はやてさんとクロノさんとリンディさんの意見は正反対です。
　スカリエッティが本命から目をそらすべく用意しておいた、最大の切り札だと判断しています。
　ですが、管理局は聖王教団危機に対応するため、主力をスカリエッティには派遣できません。
　そこで…』
「ヴィヴィオ、なにぼーっとしてんだよ。ほらさっさと入れって」
「あ、ごめん冬美ちゃん。おじゃましまーす」
「はい、どうぞ遠慮無く」
「うわぁ。中も想像通り…」
「想像通りとは、どういうことなのでしょう。中島さん」
「なんだか、漫画に出てくる洋館そっくり」
「漫画に出てくる洋館というのがよくわかりませんけど
　漫画の洋館は、このような雰囲気なのでしょうか」
「うん。でっかい鎧のあるホールとか、高い天井からシャンデリアがぶらさがってるとか
　本当に漫画の洋館そっくり」
「高町さんは、漫画をたしなまれるのですね」
「漫画はたしなむって高尚な趣味じゃないけどな。
　けど、ほんとすごいや…歴史がありそうに見える」
「ふるぼけてるだけですよ。
　さあ、みなさん、こちらが応接間ですからどうぞ」
「エミーちゃんの部屋は？」
「私の部屋はちらかってますから、とてもみせられるものではありませんわ」
「エミーちゃんの部屋でもちらかってたりするの？」
「プライバシーだろ。ヴィヴィオもすこしは遠慮しろっての」
「ごめん、エミーちゃん」
「いえ、よろしいですわ。…レッスンが多くて、部屋のお掃除まではとても
　毎日出来ませんから、どうしてもちらかってしまいまして」
「いや、あたしも毎日は掃除してねーよ」
「けど、見せたくないものもあるんでしょ」
「えと…見せたくないものって、０点のテストとか…」
「エミーはヴィヴィオじゃないっての」
「ヴィヴィオも０点なんてとったことないよ〜」
「まずはお菓子でもどうぞ。今回はピーマンではありませんよ。
　できあいですから、口に合うといいんですけど」
「えと、この紅茶はエミーちゃんが入れたの？」
「ええ、そうですよ」
「うわー、すごい。まるで桃子おばあちゃんがいれたみたい。おいしい」
「ありがとう、高町さん」
「なんていうか、香りもいいよな」
「お菓子はいいんですか？」
「お菓子はエミーちゃんが作った訳じゃないよ〜」
「お世辞は不要ですわ」
「ううん、みんなお世辞で言ってるんじゃないよ」
「ありがとう、中島さん」
「ねえ、よかったら、エミーちゃんのママの事とか聞かせてくれる？」
「なにがおしりになりたいの？」
「エミーちゃんのママって、何をしてる人なの？」
「世界を相手に商売をしてるって聞いてますわ」
「うわー、世界を股に掛けるビジネスウーマンなんだ、すごーい」
「地元に密着して地道な商売をするのも、世界を飛び回る商売をするのも同じだと
　母は言ってました。大切なのは、出会う人の信頼を得ることだということです」
「うん。それは士郎おじいちゃんも言ってたよ。一見さんにも
　ちゃんとしたものをお出ししなさいって」
「母は、喫茶店みたいな実業ではなくて、虚業みたいなものですけれどもね」
「虚業って？」
「投資家ですから」
「えと、投資家も、りっぱなお仕事だと思うよ、エミーちゃん」
「…そうですね」
「エミーちゃんのパパって何してる人なの？」
「父は、科学者なんです」
「へー。科学者なんだ。どんな研究をしてるの？」
「それは母が教えてくれないんです。それに、生まれてらずっと父には会ったことがありません」
「会ったことがないって、どうして？」
「遠くの研究所に勤めていて、戻ってこれない事情があったそうですわ」
「へー、でも、エミーだって９歳なんだろ。９年間ずっと帰れなかったのか。
　そりゃ大変だな」
「…そんなものなのでしょうか。母が手紙を持って帰ってくれますから、それほど
　さみしい思いはしませんでした」
「ねえねえ、写真ってないの？」
「写真ですか？父も母も写真が嫌いで一枚も持ってないんです」
「そうなんだ。今時珍しいね」
「ええ、そうですわね」
「ねえ、エミーちゃんって、なんのレッスンがあるの？」
「語学やピアノですね」
「ねえ、エミーちゃん、ピアノ弾いてみてよ」
「ええ、いいですわ。何にしましょう」
「エミーちゃんの好きな曲でいいよ」
「でしたら…定番の練習曲ですけど、エリーゼのためにぐらいを弾きましょうか」
「エミーちゃんってもうそれが弾けるんだ、すごい」
「月光ちゃんも、ピアノのレッスンは受けてるんだよね」
「週に一回だし、一日３０分ぐらいしか練習してないからあんまり上手にならないよ」
「私もそれほどかわりませんよ」

 

そういうと、エミーちゃんは応接間にあるグランドピアノに向かいました。
応接間にグランドピアノが置いてある、ということで、応接間の大きさを
理解してください。本当にすずかおばちゃんの別荘みたいに大きいんです。

 

『今の内に、WASを掛けます、我が主』
（ライチェントゥークスにもワイドエリアサーチが出来るの？）
『レイジングハートが主のためにこちらに来てます』
（えっ！それじゃなのはママは大丈夫？）
『なのはさんの選択です。ユーノさんのイプシロン仮説が正しければ
　我が主のそばにあるほうがレイジングハートも安全だろうという判断もあります』
（…その必要はないわよ、不完全体）
（！…えと、エミーちゃん…念話できるの？）
（…もちろん、私も、魔法使いですもの。これぐらいは当然に）
（えとえとえと…）
（全部きこえてましたよ。高町さんが車の中でデバイスと会話してたのも含めて）
（あはは〜悪いこと言った？）
（いいえ、まったく。…信じてもらえないかもしれないけど
　あなたのこと、嫌いじゃないわ。不完全体）
（不完全体って…ヴィヴィオのことだよね。どうしてヴィヴィオは不完全体なの？）
（聖王の義務を果たそうともしないからよ。
　聖王は、けっして、ゆりかごを機動する鍵でもなければ、戦闘機械でもないわ。
　本来の聖王は、人々の導き手）
（エミーちゃんは、完全体なの？）
（それは、わからない。パパが帰ってきたら、それを試すことになるわ。
　私に完全体の資格があるかどうか。力を発揮することになる）
（エミーちゃん、…もしかして、エミーちゃんのパパって、変態顔芸博士？）
（変態顔芸博士ってだれのことかしら？）

 

…さすがに、変態顔芸博士では、エミーちゃんにはわかってもらえないようです。

 

もっとお話をしたかったんですけど、エミーちゃんは演奏が終わったので
念話を打ち切ってしまいました。

 

「エミー、すごいな、まるでCDみたいだぜ」
「そうかしら」
「うん、確かにすごい技術だと思う、エミーちゃんにはかなわない。
　けど、言っていい、エミーちゃん？」
「批判は成長のかてと言いますわ」
「なら、怒らないで聞いて欲しいんだけど、エミーちゃんって
　なんだか打ち込み音源に楽譜をいれっぱなしにしたみたいな感じがするよ。
　人間が弾くんだから、もっと気持ちが見えるようになったら、もっとよくなるかなって…」
「でしたら、中島さんにも、演奏してもらいたいわ」
「うん、それがいいよ、月光ちゃんも弾いて〜」
「そうだな。言ったんだからゲッコウも弾けよ」
「う、なんだかやぶ蛇かも」
「ひょうたんから駒ってことばもあるよ〜」
「なんかちがうだろそれ…」
「え、えと…エリーゼのためには弾けないから…ねこふんじゃったでいい？」
「それはなんでもいいぜ」
「うん、ヴィヴィオは全然弾けないからなんでも一緒」
「ヴィヴィオと一緒にするなっての」

 

こんどは、月光ちゃんがねこふんじゃったを弾いてます。
エミーちゃんも、月光ちゃんのピアノを真剣に聞いてます。
月光ちゃんは緊張気味で、それがピアノの音にもはっきり現れてるのが
音楽にはぜんぜん才能のないヴィヴィオにもわかります。
逆に、冬美ちゃんはリラックスしてる感じです。
冬美ちゃんはなんでリラックスしてるんでしょう？ちょっとわからないです。

 

「…えへへ、失敗ばっかり。私はお手本なんて出来ないから」
「………私にはやはりわからないわ」
「ヴィヴィオ、次はヴィヴィオが弾いてみたらどうだ？」
「えー、冬美ちゃん。ヴィヴィオはピアノなんて弾いたことないよ〜」
「じゃ、先にあたしが弾いてみせるから、次はヴィヴィオがやれよ？」
「え、冬美ちゃんもピアノを弾いたことがあるの？」
「全然。けど、これだけはおぼえとけって親父に教えられたんだよ」

 

そういうと、冬美ちゃんはピアノに向かって、ドミソの和音を、
続いてシレソの和音、最後にまたドミソの和音。

 

「…終わりだからな」
「えと、なにそれ」
「親父ギャグなんだってさ。何のギャグかはあたしも全然しらないんだよ」

 

ヴィヴィオにも全然わかりません、帰ったら士郎おじいちゃんに聞いてみようと思います。

 

「さあ、あたしが弾いたんだから、ヴィヴィオも弾けよ」
「う、うん…じゃあ…こっちのほうを…」

 

失敗とか間違いとかの入ってる月光ちゃんのまねはとても無理です。
むつかしくっても、エミーちゃんのエリーゼのためにをまねるしかありません。
和音三つは、なんのギャグだかわからないから、まねようがないんです。
聖王の能力、フル回転です。

 

『つまらないことに能力を使うんですね、我が主』
（でもでもでも…なんだか期待されてるみたいだし
　お菓子を作ってこなかったんだから、せめてこれぐらいのことは
　エミーちゃんのためにもしなきゃ）

 

聖王の特殊能力、一度覚えた技は使えるを発動です。
でも、はっきり言ってピアノを弾くのは全然覚えてません。
覚えた技が使えても、覚えてない技なんて使えるわけがありません。
主旋律だけでは、到底弾いたことにならないのはわかってます。
けど、ヴィヴィオはこれしかおぼえてないんです。
指がついていかないから早い音符のところは省略して単音だけ。
ううぅ…パティシエさんはピアノの練習なんてしなくていいはずなのに…。

 

「…………」
「…あの、ヴィヴィオちゃん、本当にピアノ弾いたことないの？」
「弾いたことないよ。今日が生まれて初めてだよ」
「エミー、なんとなくわかってくれたよな」
「ええ、なんとなく、わかりましたわ。
　では、もう一度みなさんのために弾いてみますね」

 

そういうと、エミーちゃんは、こんどは、なぜか
あわてん坊のサンタクロースを弾き始めました。
これがどうしてヴィヴィオ達のためになるのかわかりません。
だけど、…エリーゼのためにがCDみたいに綺麗だったのに
こちらの曲は、なんだか、蓄音機の音みたいな雰囲気があります。
手回しの蓄音機が、ちょうど回す人の手の加減で音がかわるように
なんだかエミーちゃんの気持ちの入り方で、音がかわっていくのが
ヴィヴィオにもわかります。
もちろん、エミーちゃんだから、引き間違えたりはしませんけど。

 

「エミーちゃんって、こういう曲も弾けるんだ」
「教科書にあった曲ですから、すこしれんしゅうしてみたんです」
「エミーちゃんって、なんでも弾けるんだね、すごーい」
「ありがとな、エミー」
「いえ、こちらこそ、どういたしまして」

 

その後しばらくお茶会をしていたら、いつの間にか時間が来ていたようです。
タクシーが迎えに来ました。

 

「今日はお招きありがとう、エミーちゃん」
「いえ、お気になさらずに、私も楽しい時間を過ごせましたわ、中島さん」
「ありがとなエミー。けど、明日も学校には来るんだろ」
「まだ母から連絡がありませんから、たぶんこれると思います、川崎さん」
「じゃ、またあしたね、エミーちゃん」
「ええ、またあした、高町さん」

 

（ライチェントゥークス、WASで何か見つかった？べつになにもないんでしょ）
『ワイドエリアサーチが出来ませんでした。これだけで十分普通の館ではない証拠になります』
（え、そうなの？けど、レイジングハートはもういいよね。なのはママの所に
　帰ってもらおうよ）
『それはわかってます、我が主。レイジングハートはもうなのはさんの所へかえると言ってます。
　！…緊急事態です。急いで翠屋にお戻りください、我が主』
（急いでって、いま翠屋に帰るためにタクシーに乗ってるんだよ。すぐに家につくってば。
　ライチェントゥークス、何をそんなにあわててるの？）
『レイジングハートがなのはさんと連絡をとれなくなったと言ってます』
（え、ええと…それって、どういうこと？）
『なのはさんが行方不明です、我が主。緊急事態です』
（まさか、でも、なのはママだよ。なのはママにかぎってなにも起きないんじゃ…）
『レイジングハートは我が主を守るためにこちらにきてたんです。我が主。
　デバイスなしではさすがのなのはさんも何かあったときに対処しきれるかどうかは不明です』
（…そ、そんな……そんなことってないでしょ、レイジングハート、嘘だと言ってよ）
『ここではまだ魔法が使えませんが、翠屋に帰ったら、すぐにフェイトさん、はやてさんに連絡を』
（う、うん………けど、きっと…取り越し苦労だよ…取り越し苦労に決まってるよ…）

 

なのはママが行方不明になったと、ライチェントゥークスは騒いでます。
けど、なのはママは特別です。行方不明になったように見えても、決して
酷い目にあってたりはしないはずです。だって、ここは第９７管理外世界で
なのはママがいたのは翠屋で、士郎おじいちゃんだって無敵の傭兵さんで
なのはママがデバイスをヴィヴィオの所に送ったなんてライチェントゥークスと
ヴィヴィオしかしらないはずで……とにかく、きっと何かの間違いです。
連絡したら、きっと、フェイトママかはやておねえちゃんが、冗談だっていってくれるはずです。

 

…けど、ヴィヴィオは今日も元気だとはいえません。どうしてでしょう。
なのはママは絶対に無事なんです、無事なんだから、ヴィヴィオは元気を出さないといけないのに。

---

 

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