初夢、それはお正月に見る夢。
それは正夢になるとも言われる縁起物。
ここ、アイラの家に住み込んでいる精霊達も、眠りもするし、夢も見る。

 

その本当の初夢はともかく、どんな初夢を見たかったろうか。
そういうことであれば少しばかりのぞいてみても、怒られることはないと思う。
誰しも夢は持っているものなのだから・・・・

 

---

 

「おかえり、フラッシュ」

 

エプロン姿のアイラが台所から振り返りもせずに声を掛ける。
娘のフォトンはアイラのスカートの裾をつかんでお手伝い。
なんの手伝いなのかはよくわからない。

 

「あ、ぱぱ、おかえり〜」
「ただいま、フォトン。おりこうさんにしてたかい？」
「うん。あのね、今日はいっぱいお絵かきしたよ」
「へぇ・・・どれどれ・・・」
「フラッシュ、先に仕事着を着替えてきてちょうだい。
　食事で汚れちゃったら洗うのが面倒なのよ。
　フォトン、パパが着替えるまで手伝って」
「は〜い、おかあさん」
「返事はみじかく、はい、でしょ」
「はい、おかあさん」
「いい子ね。じゃ、このスプーンを持っていって」

 

アイラはフォトンにスプーンを３人分持たせると
自分は鍋を抱えてテーブルに向かう。
向かうと言っても狭い家。
他の精霊達とカタンが精霊界に帰ってしまって
この家にはアイラとフラッシュと、娘のフォトンの３人暮らしになったとはいえ、
手狭なことは少しも代わりがない。
ついでに言うと、実はあまり裕福にもなってない。
フラッシュの稼ぎではアイラに専業主婦の生活をさせるのが精一杯なのである。

 

「今時共稼ぎせずに済むだけでも裕福なものよ。
　いくらお金があったって、金の亡者になっちゃ意味ないでしょ。
　永遠の命をくれるっていっても、ゾンビになるんじゃ死んだ方がましよ」
「おかあさん。誰に話をしてるの？」
「あ、ごめん。おかあさんの独り言。
　食事が出来たってぱぱ呼んできて」
「はい。よんできまーす。ぱぱ、ぱぱ、ご飯だよー」
「今行きますよ。フォトン」

 

とまあ、そういうわけで”ディナー”とはお世辞にも言えないが

”サパー”というほどみすぼらしくもない食事が始まる。
昔は掘っ立て小屋に過ぎなかったこの家も今では庭付き一戸建て。
ちゃんと壁は塗ってあるから一家団欒も暖かく過ごすことができる。

 

「ナレーションがいちいち突っかかってくるのは相変わらずね」
「ごちそうさま」
「フォトン、もう食べないの？まだ残ってるわよ」
「おなかいっぱいだもん」
「フォトン、たくさん食べないと大きくなれませんよ」
「大きくなれなくてもいいもん」
「フォトン？自分が食べれるだけお皿に入れるように、っておかあさん言ったでしょ」
「・・・・」
「言ったでしょ？言わなかった？」
「言った」
「自分で食べる、って言っただけは食べなさい」
「でも、おなかいっぱいだもん」
「おかあさん、そんなに言わなくても・・・」
「ぱぱは黙ってて。食べ物を粗末にすると罰が当たるわよ」
「それはおかあさんの言うとおりですよ。フォトン」
「・・・・で、でも、おなかいっぱいだもん」
「じゃ、おなかがすくまで座ってなさい。食べ終わるまでおかあさん待ってあげるから」
「・・・・・・はぐ、はぐ、はぐ」

 

少しべそをかきながら、それでもフォトンはお皿の中にある料理はなんとか全部食べた。

 

「ごちそうさま」
「はい、ごゆっくり。フォトンはやっぱりいい子ね」
「フォトン。そういえば、今日はどんな絵を描いたんだい？」
「あのねぱぱ、今日はね。・・・」

 

フォトンとフラッシュがフォトンの絵を見て話をしている間、
アイラは食事の後かたづけ。残った料理は明日の朝食べられるように
もう一度火を通しておく。

 

「フォトン。ぱぱと一緒にお風呂にはいってらっしゃい」
「はい、おかあさん。ね、ぱぱ、いっしょにはいろ」
「はいはい、フォトン」
「フラッシュ！返事は一回。フォトンがまねするでしょ！」
「はいっ」
「はいっ」

 

あとの言葉はフォトンだ。ご丁寧に敬礼までして返事する。
本当に素直な子供なのである。

 

「シャンプーが目にしみる〜」
「ほらフォトン、しっかり目をつむってなさい。
　いま頭を洗いますからね」
「うん。目をつむってる」
「はい、あたまにお湯を掛けるよ」
「ざば〜っ・・・ごほん、ごほん」
「どうしました。フォトン」
「お湯がのどにはいったぁ」
「お湯を掛けているときに口を開けるからですよ」
「あ、そっか」
「はい、ならもう一度お湯につかりましょうね。
　ちゃんと１０まで数えるんですよ」

「にごじゅう・・・はい、数えた」
「それはかけ算をしたんです。数えてないでしょう。
　ぱぱが言うとおりに数えなさい。１，２，３…」
「いち、にぃ、さん、…」
「…８，９，１０」
「…はち、きゅう、じゅう」
「はい、じゃ、あがりましょう」
「うん、ぱぱ」

 

ずぶぬれのまま風呂場からあがる二人。
フラッシュにバスタオルで全身を拭いてもらうと、
自分で寝間着に着替えるフォトン。

 

「フォトンはもう５つだもん。一人で着替えられるよ」
「はい、おりこうさん」
「フォトン、お風呂から上がった？ならもう寝なさい」
「まだ眠くない」
「そんなこと言って、おねぼうしてもゆるしませんよ。
　お日様が顔を出したら起こしますからね」
「え、でも、眠くないよ」
「布団に入って目をつむっていれば自然と眠くなるわよ。
　ね、いい子だから今日は早く寝てちょうだい」
「・・・おかあさん、どうしたの？」
「・・・フォトン、前に弟がほしい、って言ってたでしょ」
「うん」
「それ、ぱぱにお願いしてみるからね。そのためにも早く寝てちょうだい」
「じゃ、フォトンもお願いする〜」
「いい子にしてないと、聞いてくれないわよ」
「じゃ、いい子にする〜」
「だったら、今日は早く寝てちょうだいね」
「はい。おかあさん」

 

フォトンはアイラが自分で作った三日月のぬいぐるみを抱えて
自分のベッドに潜り込んだ。

 

「あの、おかあさん・・・」
「もう、フラッシュ。フォトンの前でないなら、アイラって呼んでよ」
「えっと、アイラ・・・さん」
「フラッシュって、そういうところは相変わらずね」
「すいません」
「謝らなくていいわよ。それで、フラッシュ、頼みがあるんだけど」
「頼み………ですか？」
「そ、頼み」
「頼みといわれても・・・なんでしょう？」
「さっき言ったでしょ」
「え、ええ・・・まあ」
「あなた、本当に全然変わらないわね」

 

そういうと、アイラは、左手の薬指にはめた指輪をそっとフラッシュの唇に当てた。

 

「この指輪をはめてくれたときと、本当に変わってないわよ」
「ええ、・・・アイラも変わってない」

 

街の教会で、永遠を誓った瞬間が、ついさっきの事のように思い出される。

あのときと同じように見つめ合い、そして、どちらからともかく誓いの口づけの再現を…。

いや、今も同じ気持ちの、誓いの口づけ。

 

---