「おーっす！起きろ〜、朝だぞ〜、朝朝朝朝あさーっ！」
「やかましい玲奈。そんな大声で呼ばなくてもちゃんと起きられる。
　てか、７時過ぎだからってそんな大声出すな、近所迷惑だろ」
「いや、まだ６時前だぜ。ちょっと朝練から帰ってきたから起こしたんだ」
「近所迷惑だっ！」
「気にするなよ。この程度の声じゃみんなまだねてるって」
「ていうか、おまえぐらいだろ起きてるのって」
「いや、紅葉はもう起きて料理を作ってるぜ」
「そりゃ紅葉はな…」
「与一も、起きて朝練やってるぜ」
「まあ、与一はな…」
「観月と廉也は、さっき起こしてきた」
「またなんでそんな朝早く起こすんだよ。朝飯も出来てないだろ」
「起こしてくれって頼まれたんだよ。何か今日は特別なことがあるんじゃないか」
「特別な事ってなんだよ。俺は何も聞いてないぞ」
「まあ、今ねてるのは、母さんに親父に九羅香ぐらいだろうな」
「いや、ねてるのが普通なんだよ。…ちょっとまて、不良中学生はどうした」
「不良中学生？ああ、敦盛のことか。あいつはまだ帰ってないんじゃないか」
「ったく、連日午前様の中学生って何者だよ。絶対ろくな大人にならないな」
「弁慶だって、ろくな大人になりそうに無いじゃないか」
「ていうか、意味不明に起こすなよ。もうしばらく寝かせろ」
「そうはいかないって。今からあたしは九羅香を起こしに行くんだから」
「だから、なんでそう早く起きなきゃならないんだよ」
「今日は、あいつが来る予定があるからな。起きて、すこしでも体を起こしておいた方がいいぜ。
　特に、弁慶は」

「あいつって…まさか？」
「そう、そのまさか」
「冗談じゃない。俺はすぐ逃げるぞ」
「逃げるなよ。朝飯ぐらい食っていけばいいじゃないか」
「ったく、冗談じゃないっての。俺は剣道をやるんだよ。なんで
　野球なんかしなきゃならないんだ」
「ま、それはあたしに言われてもな。とりあえず起こしたぜ」
「いや、玲奈、ちょっと待て」
「なんだよ。しつこいな。一体どうしたってんだ？」
「なんで、玲奈は教経が帰ってくることを知ってて、俺はしらないんだよ」
「そりゃ、教えたら逃げるだろ。みんな黙ってることにしたんだよ」
「なんだよそりゃ」
「弁慶がいないと、教経の方が機嫌悪いからな。まあ、つきあってやれよ」
「俺が犠牲者かよ…」

 

と、ぼやいているうちに、もう玲奈の姿は部屋から消えていた。

 

一応説明が必要だろう。俺の名前は弁慶。本名は別にあるが
みんな弁慶と呼ぶから、もう弁慶でいいやと思っている。

 

今俺を起こしに来たのが、妹の１人玲奈だ。
朝早くて夜ふかしもする。その代わりに特技は昼寝。
本人に言わせると、適時眠っているから睡眠時間は９時間ぐらいちゃんと
キープしているそうだ。まるで猫だな。

 

と、ぼんやりとはしていられない。あの教経が帰ってくるというなら
俺は素早く学校に行かなければ。

 

教経っていうのは、俺の兄貴の１人だ。いや、俺の男兄弟は二人いて
兄の方が教経、弟の方が敦盛だから、兄としてはたった１人ってことになる。
プロ野球選手でホームラン王争いの常連だ。ヒットはホームランの打ちそこないなんて
どこかの元三冠王みたいなことを言っている。

 

それだけのことなら、自慢の兄貴呼ばわりしてやってもいい。
だが、なぜか教経の奴は俺に野球をやらせたがるんだ。
俺は九羅香と一緒に剣道をやってるんだよ、巻き込むなっての。

 

「よし、着替え終わった。紅葉に言って適当に朝飯を食わせてもらってから
　さっさと学校に行こう」

 

俺は学生服で身を包み、鞄を持って飛ぶように階段を下りる。

 

「紅葉、朝飯出来た？」
「あら、弁慶様、今日は早いんですね」
「いや、ちょっと事情があってね。教経が来るのは紅葉知ってた？」
「ええ、ずっと前から…なんで弁慶様はそんなにあわてられるのですか」
「いや、いやな予感がするんだよ。絶対野球をやらされる」
「野球ぐらいつきあって差し上げればよろしいですのに」
「冗談じゃない！現役プロ野球選手と本気で野球なんて出来るかっての」
「ですけれど、昔は弁慶様も、教経様と野球のお相手をなさっていたのでしょう。
　確か、教経様に勝ったこともあるとか」
「そりゃ小学生の頃の話だよ。それも俺がピッチャーで教経がバッターの一球勝負だ。
　適当にカーブの握りで投げたら、教経が空振りしただけだよ。
　そんなまぐれなんて勝ったうちにはいらないって」
「ふふ。弁慶様。それで、今から学校に向かわれるのですね」
「そういうこと。紅葉、悪いけど俺の分だけ朝食を簡単に用意してくれる？」
「ええ、いいですよ。にぎりめしでよろしいですか？」
「上等上等、感謝するよ紅葉」
「お弁当はどうします？」
「弁当は…今日はいい、購買でパンを買うから」
「はい、わかりました弁慶様。ちょっと待っててくださいね」
「味噌汁はいいよ、かあさんの買い置きのインスタント味噌汁を使うから」
「はい、わかりました」
「なんだ、妙に早いのだな弁慶」
「与一か。ちょっとね。教経の奴が来るなら今のうちに逃げなきゃ」
「相変わらず、弁慶は教経を嫌ってるな」
「べつに嫌ってるわけじゃないって。単に会いたくないんだよ」
「それを嫌っているというのだ」
「…べつに、嫌いじゃないって。野球野球ってやかましくいいさえしなきゃ」
「教経はおまえを買っているということだ」
「迷惑だっての。俺は剣道をやってるんだよ」
「…そうか」
「そうなの」

 

紅葉も与一も、俺の姉妹になる。紅葉は同い年で、与一がひとつ下だ。
紅葉は大家族な俺たちの料理以下家事全部やってる、ほとんどお母さん代わりだ。
与一の方は我が道を行くタイプ。一年生ながら弓道部の部長をやっている。

 

「どうした。うん、今日は早いな弁慶。何かあるのか」
「何かあるのかじゃないだろとうさん。なんで俺にだけ教経が帰ってくるのを教えてくれないんだよ」
「本人の希望だ。驚かせたいのだろう」
「驚かせたいじゃないだろ。俺が逃げるの知ってて口止めしやがったな」
「逃げるのか？」
「俺は逃げる」

 

今出てきたのが、俺の親父の知盛だ。
風格もあるし、人格者でもあるんだが、俺にとっては厳格すぎる。

 

「弁慶様、おむすびが出来ました」
「お、さんきゅ紅葉。じゃいただきます」
「なんだ、朝練でもあるのか」
「まあ、そんなところ」
「だが、九羅香は起きてきてないようだな」
「ん？ああ、まあ、…そういうことだから」
「意味はわかった。だが、そう逃げ回ってばかりでどうする」
「どうするもこうするもないだろ。言ったって聞かないんだから」
「それで、逃げるのか」
「三十六計ってね。ごちそうさま紅葉。じゃあ行ってきます」
「おお、ちょうどいいところでであったな弁慶！」
「だあ！なんで玄関開けたらおまえがいるんだよ」
「ちょうど今家に帰ってきたのだ」
「こんな事もあろうかと、早めに帰るよう教経に電話したんですよ」
「余計なことするな不良中学生！また朝帰りかよ！」
「いやぁ。ちょっとナンパのつもりだったんですけどねえ」
「ちょっとで済むか。っていうかナンパから朝帰りなんてすな！
　今にNice boat.になるぞ」
「私がそんなへまするわけないでしょう。
　私は女性が嫌がることはしない主義なんですよ」
「みんな、自分だけは大丈夫なんて思ってるものなんだよ」
「そんなことより弁慶！逃げるとかいうのは男らしくないな。
　剣道などやめて野球をやれ。そして男を磨け！」
「やかましい！何が楽しくて棒振りなんかしなきゃいけないんだ」
「竹刀だって棒だろ」
「木刀も棒だな」
「相撲でも〜棒振りするみたい〜ですね〜」
「あれは相撲関係ないだろ…っていうか、静さんいつの間に現れたんですか」
「なんとなく〜面白そうな事が〜起きてたからです〜」

 

ちょっと、会話につかれたからここらで、すこし紹介しようか。
玄関先に現れた、仁王みたいなのが教経。俺の兄貴に当たる。
高校生ドラフト３位でプロ入りし、ルーキーイヤーでホームラン王を獲得した化け物だ。
今年は、二年目のジンクスで、それほど成績は振るわないが、それでも
なぜか打率と打点は去年より上がっている。ホームランが打てなくなってるんだな。

 

その隣にいる、優男が、敦盛、俺の弟だ。
趣味もナンパなら特技もナンパ、女の子も敦盛をほっとかないし
敦盛も女の子をほっとかない。俺から見れば陰気で気障な野郎なんだが
女の子達にとっては、クールでかっこいいんだろう。
まあ、あいつの音楽センスだけは俺も認める。
笛を吹かせりゃ、うちの吹奏楽部の連中だって形無しだ。

 

で、最後にちょっと会話に加わった、浅黒い肌と金髪の、どことなく
焦点の合わない感じがするお姉さんが、静さんだ。
一見ぼんやりしてるけど、中身の頭脳は天才そのもの。
学内主席は静さんの指定席だ。

 

「ふぁぁ・・・おはよ〜ー」
「九羅香、起きたのか」
「あ、弁慶、…ふにゃー」
「九羅香、まだ寝ぼけてるのかよ」
「んー。まだ眠い…」
「なら、ねてていいぜ」
「こんな騒がしいのにねてられるか。何かあったの、弁慶」
「いや、話せば長くなるんだけど、簡単に言うと、教経が帰ってきた」
「あ、そう…もっと遅く来る予定じゃなかった…はにゃー」
「九羅香、顔を洗ってきた方がいいぜ。完全に寝ぼけてるじゃないか」
「ふふ、九羅香様。もうすぐ朝食にいたしますからね」
「俺はさっさと学校に行く。紅葉、俺だけすぐ食べるから」
「おお、学校に行くのか、さすがは弁慶、見直したぞ」
「そうだろそうだろ。俺は学校で朝練してくるから、教経とはつきあわないからな」
「何を勘違いしている？」
「はい？」
「あー。弁慶、言ってなかったっけ」
「なにを？」
「…ふみゅ…今日は、野球部の頼みで、うちの家族チームと
　野球部の練習試合をやるんだよ……ぐぅ…」
「あらあら〜九羅香さんは〜立ったまま眠っちゃいました〜」
「仕方がないやつだな。紅葉殿、すぐ朝食にしてくれ。
　食べるとなれば、九羅香殿も目を覚ますだろう」
「はい、そうですね。では簡単に済ませてしまいましょう。
　味噌汁は出来てますから、あとは冷蔵庫から、ソーセージでも出して
　軽く炒めますね」
「うむ、俺は簡単なものでいいぞ」
「量さえいっぱいあればいいもんな、教経は」
「私は朝食はいりませんよ」
「すこしは食えよ朝帰り」
「いえ、出がけに、朝食は頂きましたからね」
「こんな朝早くに朝食出させたのか」
「頂いたのは、冷凍食品ですよ。電子レンジで３分の朝食です」
「ま、そりゃそうか。それでも紅葉の料理もくってけよ。たぶん、おまえの分もあるぜ」
「それは教経にお譲りしますよ」
「おお、すまんな敦盛」
「いや、それ、普通に皮肉だろ…」
「ところで、かあさんはどうした？」
「玲奈、かあさん起こしてきてくれよ」
「なんでだよ。弁慶が行けばいいだろ」
「そんななんで嫌うんだ玲奈」
「そういう弁慶だって」
「ああもう、二人とも喧嘩するな。私が行ってくる」
「頼むよ九羅香」

 

今、二階にかあさんを起こしに行ったのが、九羅香だ。
俺や紅葉と同い年だけど、一応妹ってことになってる。
学校じゃ俺と同級生で剣道部の部長なんだ。
今牛若ってあだ名が付いてるぐらいで、全国大会でも屈指の成績をあげてる。

 

俺の方は、まだまだ県大会レベルの実力しかない。
しっかり精進して、全国で通用する実力を身につけないとな。

 

「あら〜みんな朝早いのね〜先生感動しちゃった」
「これで、全員揃ったようだな」
「…結局こうなるのかよ…」
「ぼやくな弁慶。家族が久しぶりに揃ったのだ。喜べ」
「なんか手放しで喜べないんだよなあ」
「ふむ。この食卓につくのも久しぶりだな」
「私もこの時間に家にいるのは久しぶりですね」
「おまえの場合は、家に帰ってこないだけだろ」
「帰ろうとは思うんですけどねえ」
「さっさとNice boatになっちまえ」
「なあ、弁慶、Nice boat.って、どういうことなんだ？」
「健全な〜ギャルゲキャラには〜関わりないことですよ〜」
「あー、静、また人をお子様扱いしただろ」
「いや、今回ばかりは静殿の方が正しいな」

 

本当に静の言うことが正しいから困る。

 

「とにかく、さっと食べて学校に行くようにしようよ。
　野球部を待たせても悪いからね」
「ええ、教経様に教えてもらうのを、みんな楽しみにしてるんですよ」
「プロ野球選手が高校生に教えていいのか？」
「最近、限定的にプロ野球選手が教えるのも良くなったみたいですね」

 

現実には、練習試合や直接指導は不許可である。
でも、このお話が２００７年のお話だとは誰も言ってない。
近未来のお話だと思って読み進めて欲しい。

 

「ところで弁慶、おまえは野球の練習をしているか」
「してるわけないだろ。俺は剣道部員だ」
「朝飯前に、すこしだけつきあえ」
「ったく、…なあ九羅香」
「何弁慶」
「俺も、練習試合のメンバーに入ってるんだろ？」
「もっちろん」
「じゃ、仕方ないな。教経にすこしだけつきあうか」
「おお、ではさっそく勝負するぞ」
「勝負ったって、うちの庭だって野球出来るほど広くないぜ、何やるんだ？」
「なに、簡単な事だ」
「わっ！危ないじゃないか、急にボールを投げるなよ」
「よく取ったな」
「そりゃ動体視力は鍛えてるからさ。ったく、サードが背面投げなんて意味あるのかよ」
「こういう場合には意味がある」
「バックトスかよ」
「いや、思い切り投げると、危ないではないか」
「危ないことを自覚してるのかよ！ったく、室内でやんな」
「ふふ、仲がいいですね」
「どこがだよ…、って、そういってるうちに全部出来てるんだな」
「はい。」
「じゃ、いただきまーす」

 

みんなが俺をかついでいたことも、だんだんどうでも良くなった。
これが俺の家族なんだし、ここが俺のいるところなんだから。

 

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