少女義経伝外伝論外伝
〜野球やってるぜ〜
そんなこんなで、俺には何の選択権もなく
俺たち一家は俺たちが通う学校のグラウンドへと集合していた。
俺たちの高校の野球部員達は、とっくに集合している。
一応というか、仮にもというか、とりあえずというか
教経の奴は、プロの一軍でホームラン王争いをする
すごい打者なわけで、集まってる野球部の連中も
すこしは気合いが入っているようだ。
「はーい、ではメンバー交換よぉ」
「なんでかあさんが審判してるんだよ」
「キャラクター数の節約よぉ。ほらほら、キャプテンは早くメンバー表を交換する」
「しかたないな。でも、私、野球のルールなんてしらないよ」
「安心しなさい九羅香。すでに私がオーダーを考えてある」
「さすが知盛パパ、すっごく準備がいい」
「親父が監督かよ…もうなんでもありだな」
キャラクターをいちいち考えるのが面倒だったのだからしかたない。
それに、これはあくまで大家族だ。
「…はい、これがメンバー表」
「…対戦ありがとう…これがメンバー表だよ…」
「あれ？高校野球って、女の子も参加してよくなったの？」
「練習試合の体裁を整えるためだよ…こうすれば、草野球に見えるからね…」
「あ、なるほど。じゃ、確かに受け取ったよ」
「では、コイントスするから、表か裏か当ててね」
巴御前がコインを投げ上げる。
「表」「…裏でいいよ…」
「はい、じゃ裏が出たから、野球部が先攻後攻を決めていいわよ」
「…先攻を選ばせてもらうよ…」
「いいのかしら？物語じゃ、後攻側絶対有利よ」
「…練習試合だからね…攻撃が９回出来る先攻の方がいいよ…」
「あら〜殊勝な考えね〜では、プレイボール！」
「プレイボールはいいんだけど、まだ守備位置がどこか聞いてないぜ」
「そうですね〜」
「むろん、この場合は俺が投手だな知盛」
「いや、練習試合でも、勝負は勝負だからな。勝つための布陣で行く。
投手は九羅香、キャッチャーが観月、ファーストに静、セカンド紅葉
教経、おまえはサードに入れ。ショートが玲奈、センターが廉也、レフトが敦盛
ライトが弁慶だ。 」
「また無茶な布陣だな、いくら九羅香でも人間だぞ。女性投手がどこまでもつ？」
「９回投げさせるとは言ってないぞ」
「…なるほど、そういうことか。さすがは知盛」
「あの…知盛様」
「なんだ？」
「観月様が捕手でよろしいのですか？…」
「観月でなければ、捕手はつとまらん」
「静さんの方がむしろ適任ではないかと思うんですけど…」
「静も悪くないが、静よりは観月のほうがより適任だな」
「そういうものなのでしょうか…」
「それより、早く守備につけ廉也。センターラインの守備力が重要なのだぞ」
「はい、わかりました知盛様」
こうして、俺たちは最初の守りについた。
グラブなんてつけるの、何年ぶりだろう。
俺だって、小学生のころはキャッチボールぐらいはしたことあるな、そういえば。
「弁慶！もっとライン際で守れ。敦盛ももっとライン側によれ。
センターは廉也にまかせろ」
「あ、ああわかったよ」
「２７人、全員内野ゴロでお願いしますよ」
「あたしらは定位置でいいんだよな」
「ああ、その通りだ」
「ええと…あのさ、みんなはポジションにつけばいいかもしれないけど
私が投手なんて聞いてないよ。…どういう風に投げればいいのかな？」
「九羅香様。私が念を送りますから、その通りに投げてください」
「う、うん…サインとかは？」
「念話でしたら、サインは不要です」
「なるほど…あ、それで観月がキャッチャーなんだ」
「ええ、そういう事だと思います」
「準備はいい？じゃあ、プレイボールよ〜」
一番、サード、岩城君
…どっかで聞いたような名前だが気にするな。
「きやがれ川原！」「ストライクバッターアウト」
「ど真ん中が打てないのって、お約束なんだね…」
二番、セカンド、兎野間くん。
「やっぱりどこかで聞いたような名前なんだね」
「気にしたら負けです九羅香様」
「それはいいんだけど、ど真ん中に投げておけば大丈夫な人と違って
いろんな小技が使えるんでしょ？どうすればいいのかな」
「小技が使える人相手には、小細工なしの速球が理想なのですが
九羅香様でしたら、速球というわけにもいかないでしょう」
「うん。…」
「ですから、ここは私が相手のリズムを狂わせます。一打席目はそれで大丈夫です。
ミットを下に下げたら、投球動作に入ってください」
「うん…わかった」
♪…♪…♪…
観月ちゃんの低い歌声が、外野で守ってる俺の所まで聞こえてくる。
「ショートフライだな。タイミング全然合ってないぜ」
「投げる方が音痴すぎズラ」
「どういう意味だよ！」
３番、ピッチャー、三原さん。
「…普通に勝負してもらえるかな…」
「普通にしか勝負してないよ」
ぱかーん。
「ありゃ」
「この打球、必ず取ります！」
「さすが廉也。普通ならテキサスヒットなのに」
「観月様の配球、無駄にはいたしません！」
てなわけで、楽々と一回の表は終了。
一回の裏、こっちの一番は玲奈だ。
「さあ、忍者の力みせてやるぜ」
「はじめからバントヒットねらいだね…」
「まあな」
「…当たらなければ意味がないよ…」
「うわ。なんだよ。ボールがくねくね曲がり屋がる」
「はーい、スリーバント失敗バッターアウトよ〜」
「ちぇーこの卑怯者」
「…これが野球だよ…」
二番は紅葉。
「ストライクバッターアウト」
まあ、こんなものだ。いくら紅葉が槍の使い手だからといって
急にボールが打てるようにはならない。
３番は…え？俺？
「さあこい！なんとか打ってやるぜ」
なんだか緊張する。これ、塁に出ないと教経の奴が…
「うわっ！」
「ストライク！」
「…意外と小心なんだね…」
「胸元にのけぞらせるようなストレートかよ」
「…これが投手の生命線だよ…」
２球目
「ストライク！」
「どうした弁慶、腰が引けているぞ！」
「引けてるって…あんな遠くの球…」
「…真ん中外よりだよ…のけぞらせたから、踏み込みが甘くなってるんだよ…」
「ちぃ。…さすがに本職相手じゃ辛いか」
３球目。
「ボール！」
「よく見た。流石弁慶！」
「…ていうか、全然手が出なかったんだろ」
はい、玲奈さん。まったくその通りです…
４球目。
「ストライクバッターアウト！」
「なんだ弁慶。あんな絶好球を見逃すのか」
「膝元ぎりぎり一杯の球が素人に打てるか！ 」
「はーい、けんかはいいから、さっさと守備についてね〜」
２回の表。
４番、キャッチャー山田君
「なんかもうどうでもよくなってきたな…」
「九羅香様。この方には、致命的な弱点があります、そこを突きます」
「致命的な弱点って？」
「…タイムを取って、静様と会話してください」
「あ、ああわかった…」
「一回目の作戦タイムね〜。一応、高校野球だと、タイムは３回までよ〜」
一体どんな作戦を立てたんだろう？なにしろ、相手は漫画の世界の住人だ。
尋常な手段じゃ通用するわけ無いけどなあ…って
あの、静さん、ファーストベースで踊って、何をするつもりなんですか？
「おどっては〜いけないというルールは〜一切〜ありませんよ〜」
「いや、それはそうなんだけど…」
どっかのラノベの読み過ぎではないだろうか。
まさか超能力…
「ストライク！バッターアウト！」
「え？え？なんで、九羅香があんなすごい打者…」
『この人の唯一の弱点、考えすぎを突きました。
静様に、わざと意味のないことをしていただいて、何の目的で
踊っているのか考えてもらったのです』
なるほど…野球はだましあいか…観月ちゃんが捕手になってるわけがわかったよ。
５番、ファースト、土肥垣
「おやおや、どうやらわたくしのライバル登場のようですねぇ」
「一体なんのライバルだ」
「決まってるじゃありませんか。女性の心をつかむライバルですよ」
「投手が、三原さんだから、もう一人のライバルは出そうにないもんな」
などと会話しているうちに、あっさり九羅香にうちとられてしまった。
サードゴロだったようだ。
６番、レフト、ほほえみくん。
「つーか、普通にまた三振…」
「すいません九羅香様、配球が単調になりすぎました」
「ホームランかよ…こりゃ守備以前の問題だな」
「にっこり笑って人を切るのが俺だから」
「静さんといい勝負できそうだな…」
７番、 ショート、石下くん。
「九羅香様、落ちついて、基本通りにやれば大丈夫です」
「基本通りって、まっすぐ投げてるだけじゃ打たれるんじゃないかな」
「ホームランは事故のようなものです。安心して、構えているところへ投げ込んでください」
「うん…わかった」
「ストライク！バッタアウト！」
「やったぁ！」
「だんだん、野球のおもしろさがわかってきたのではないか？」
「…なんでも勝てばうれしいものだよ」
というわけで、いきなり１点を追うことになった二回の裏。
４番、サード、教経。
「さあ、勝負だ！」
「…望むところだよ…」
いくらなんでも、プロの教経と、高校生じゃ勝負にはならないだろう。
ホームランを阻止できれば十分じゃないかな…ほら行った！…なんだってっ！
「いいガッツだな。バットの直前までつっこんでくるとは」
「これぐらいスーパースターなら当然のプレイや！」
いや、すでに人間の野球でなくなってきてます。
バント処理のように投球と同時に猛然とつっこんできて
ホームラン性の打球を捕るだなんて、一歩間違えたら
間違いなく死ぬぜ。
５番、静。
「うふふ〜お手柔らかにおねがいしますね〜」
「…私はいつでも真剣勝負だよ…」
「……私〜こうみえても〜早いんです〜」
「セーフティバント！」
「転がし方が絶妙だ」
「スーパースターに不可能の文字はないんじゃい！」
「あらら〜大暴投です〜」
「１ヒット１エラーでランナーセカンド。ひどいプレイだ」
「いや、あの男、見所があるな。卒業したら是非うちに欲しい人材だ」
「さすがスーパースターはスーパースターがわかるってもんやな」
「筋肉バカ同士波長があうだけだろ…」
６番、廉也。
「えらく短くバットを持ってるね…」
「これが僕のスタイルですよ」
「ファール！」
……………
「はぁはぁはぁ…」
「どうしました？」
「キャッチャーが立ち上がった」
「ファーストがあいてるから歩かせるのか」
「確かに、その方がいいのかもな。…すごい勝負だ」
「いや、勝負でいいよ…まだ、試してない球があるからね」
「これだけ短くバットを持てば、どんな球でも当てて見せますよ」
「…でも、これはどうかな…」
「なっ！」
「…スカイフォーク？！」
「…あれから、私も新しい球を練習したんだよ… 」
７番、敦盛
「さあ、来なさいお嬢ちゃん」
「…グラウンドに立ったら、ナンパは捨てた方がいいよ…」
「ストライクバッタアウト！」
「何もせずに三振かよ。俺よりひどくないか」
「野球は９回まであるんですよ」
かくして３回の表。
面倒だからここからはしょってしまおう。
８番今川は打たされてセカンドフライ、９番の三原さんは見逃しの三振、
一番の岩城は言うまでもなくど真ん中空振りの三振だ。
３回の裏は、観月ちゃんからの攻撃だけど
観月ちゃんが打てるわけない。実質は九羅香からの勝負だ。
が、向こうの配球はだんだん神がかってくる。
全然打てない。おまけにピッチャーの球もすごい、手元でナチュラルに変化する。
…って、教経が言ってた。いくらプロの打者だって、待っている球を
全部読まれたら、打てた物じゃない。
そして、あの化け物キャッチャーは、どうもそれが出来るみたいなんだ。
だけど、それはこっちも条件が一緒。
観月ちゃんの直感力と九羅香の天性の勘で、相手の構えから
待ち球や、打ち気のあるなしが完全にわかるらしくって
打ち気をそらして巧みにうちとっていく。
ランナーを出しても、静さんの隠し球でアウトにしたり
敦盛のトリックプレーで刺したり、みごとなものだ。
俺の所に打球が来ないっていうのが、俺としては一番うれしいかな。
なんて言っているうちに、もう９回、しかも２アウト…いいのかよ
「べーんーけーいー。ぼんやりしているうちに、もうおまえの打席ではないか」
「ていうか、これで弁慶様がうちとられたら終わりです。がんばってくださいね」
「なんというすごいチーム。是非全員ドラフトで指名したいぞ」
「これ、元ネタはオールスターにプロ入り一年目から５人選ばれるチームですよ。
勝てるわけがないんです」
「仕方ないな。人間と化け物では、人間に勝ち目はないか」
「教経がいてこれかよ…」
「はーい、ぼやきはいいからさっさと終わらせなさいよ〜」
「………わかったよ。さっさと三振してくりゃいいんだろ」
「負け犬根性はよくありませんねえ」
「一回もバット振らなかった奴が言うな！」
「弁慶さん…弁慶さんなら、きっと出来ますよ」
「気休めありがとな廉也…」
…どんな球を待っても、何を考えても、悟りの化け物みたいな
キャッチャーに読み取られてしまう。
それでは勝負の意味がない。
大体、俺は野球選手じゃない、剣道をやるんだぜ。
剣道だったら………考えるな、相手の動きをよく見ろ。
相手のリズムにあわせないように、相手の動きを感じ取るんだ。
そして、相手より、ほんの少し、ちょっとだけ先んじる！
「よくやったな弁慶！さすが我がライバル！」
「レフト前ヒット…なんとか仕事は果たしたぜ教経！」
「おお、よくぞやった弁慶、あとは俺に任せろ！」
「…最後の１人だね…私も全力で行くよ…」
「すまんな教経、代打だ」
「なんだと？この場面、俺以外に出すべき人物がいるのか」
「いや、すまんな。どうしても出せと言って聞かないのだよ」
「あーん、お姉さまに会えなくて寂しかった ですぅ…」
「ちょ、ちょっと、あの、さ、人前なんだから、そんなべたべたくっつかれても」
「いいじゃないですか〜独り身には焼き餅やかせておけば〜」
「楓、九羅香になつくのはいいが、今は、野球の勝負中だ。
すまんが、ひとつホームランを打って締めてくれないか」
「ええ、いいわ。…お姉さまのために、このホームランを捧げるわね」
「………ずいぶんと、舐められたものだね…」
「なめてるのはあなたのほうよ。私の力、見せてあげるから」
「…野球の力を見せるよ…」
初球、楓はボールが来る前にスイングして空振り。まあこんなもの…って、おいっ！
「あはははは〜野球のルールのどこにも、妖術で風を起こしてボールをスタンドに
運んではならないなんて書いてないわよね〜ほーむらーん」
「バットに当たってないだろ！」
「…ボーク！テイクワンベース」
「え？なんで、ホームランじゃないの？」
「いや、バットに当たってないから、暴投扱いなんだよ…」
「ふーん。まあいいわ、次はちゃんとバットに当ててスタンドに入れるから」
「知盛、本当にいいのかこれで…野球ではなくなってしまったぞ」
「これでいいのよー。本気で野球なんてやったら、一話で終わるわけないでしょ〜」
「そりゃ、普通に終わるわけ無いけど…」
「当てさせなければいいんだよ…」
「甘いっていってるでしょ！」
「な、ボールが空中で止まった」
「はーい、これを打ってスタンドインーやったぁお姉さま私の勝ち〜」
はぁ…こんなんでいいのかよ…最後の最後で台無しだな。
「バッターアウト、ゲームセット」
「え、なんでよ、なんでよ巴御前。ちゃんとボールを打ってスタンドにいれたじゃない！」
「ファーストベースを踏み忘れてるわよ」
こうして、俺たちの練習試合は終わった。
プロ野球選手を含む俺たちとの試合のおかげで、野球部の連中は自信を深めたようだ。
教経の奴は、あれからちょっとスランプになってしまったらしい、いい薬だ。
…と思ってたのは、２，３試合だけ。すぐに今まで以上に打ち出しやがって、かわいくねえ。