（あ〜今日もいい天気だな・・・）

 

窓の外は初夏の陽光が降り注いでる。
こんな日にはぶらりとどこかへ散歩に行くと気持ちいいだろうな。
べつになにをするという当てがあるわけではなくただ歩く。
お弁当はおにぎりが二つ三つあれば十分だろう。
水筒にはお茶を詰めて・・・。

 

先生の声で現実に帰る。
自分の名前が呼ばれた訳じゃないけど、そろそろ自分の番が来そうだ。
あわてて黒板を確認して今やってる所の教科書のページを開く。

 

俺も一応高校生だから、修学旅行が終われば受験モードに突入だ。
だけど、なんとなく修学旅行が終わってから勉強が手につかない。
ぼんやりする時間がいつもより増えたような気がする。

 

理由はわかってる。
あのときの決断が間違っていたような、そんな気がする。
もちろんあの時代に残ったところで、俺に何かが出来た訳じゃない。
だけど、、、今の俺だってだれかに何か出来る訳じゃない。
受験に合格して、大学に行って、、、それがなんだというのだろう。

 

あれ？本当にあんな事が起きたなんて信じてるのか俺？
確かに、あのときの髪は今でもお守り袋に入れて肌身離さず持ってる。
だけど時間が経つと段々記憶まで薄れてきてしまう。
今ではお守りの中の髪でさえ信じられなくなってきた。

 

おれはそっとお守りに手を触れる。
そうすればもう一度繋がりが取り戻せるんじゃないか。
そう・・・信じたい。

 

（いい天気だな・・・・こんな日はどこか行きたいな。当てもなく・・）

 

わっ！
当てられちゃったよ。ええと・・・どこだったっけ。

 

「えと、どこ？」

 

小声で隣の奴に聞いてみる。

 

「ほら、よそ見してちゃだめでしょ。
　教科書の・・・」

 

なんだ、よそ見してたのがばれて当てられたのか。
っしょー！先生も意地の悪いことしやがって。

 

「よそ見する方が悪いんしょ！八つ当たりしない！」

 

はい、その通りです・・・。

 

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（はぁ）

 

授業中も帰ってからも毎日がこんな調子である。
成績も模試の結果も芳しかろうはずがない。
テストなど親に見せられるような数字が並ばないから見せてない。
さすがにこれじゃまずいとは思う。
思うから机に向かう。
机に向かって、教科書を開いて、ノートを開いて・・・ため息をつく。

 

真っ白。

 

当たり前だ。窓の外をみてぼんやりしているからノートなんて取ってない。
言うまでもないことだが教科書を見て理解できるほど賢くはない。
ましてノートを取らずに先生の話だけ聞いて覚えられるような物覚えの良さなどない。
どうやって勉強しろというのだろう。

 

あ、そうそう、こういう時のために参考書があるんだよな、参考書・・・

 

（はぁぁ・・・）

 

教科書を見て理解できないのに参考書を見て理解できるわけがなかった。
机に頬杖ついてぼ〜っとする。

 

ああ、いかんいかん。
せめてテストで間違えたところの復習ぐらいしておこう。
一体正解なんだったっけ・・・。

 

（はぁ・・・）

 

聞き逃してる。正解がわからない。
だめだこりゃ。
なに教科書とか参考書とかあるだろうから見て調べろ？
教科書見てわかればはじめから苦労しないよ。

 

（はー）

こんな時、・・・なんて言うかな。彼女だったら。

 

「ため息をつくと幸運が逃げますよ」かな？
それとも「無理はなさらないでください」かな？
それとも「こちらを向いてくれませんか」だろうか・・・って、え？え？

 

瞬き２回。
それから深呼吸。
回りを見回す。

 

間違いなく、俺の部屋・・・だよな。
部屋の扉が開いた気配はなかったぞ。
それなのに、なんで・・・。

 

「弁慶さま。 机に向かってため息ばかりついて、どうされたんですか」
「どうって、、、紅葉、だよな」
「はい」
「・・・ここは、俺の部屋・・・だよな」
「そうですよ」
「ああっ。なにがなんだかわからん。
　今俺は夢を見てるのか？それとも夢の中で夢を見てるのか。
　目が覚めたら俺は一体どこにいることになるんだ？
　ええと・・・」

 

無意識にお守りに手を触れる。
確かに、半年以上前からずっとそこにあったように、
俺の手にお守りの感触があった。
・・・でも、それが本当に現実なんだろうか・・。

 

「落ち着いてください。弁慶さま」
「落ち着けって言われても・・・一体どこからどうやって・・・」
「弁慶さまが天の扉の向こうに向かわれた後も、
　しばらく扉が開いたままだったんです。
　・・・それで・・・あの扉が閉じてしまったら永遠のお別れだと思ったら、
　・・・・・扉が閉じる前にあれをくぐれば・・・弁慶さまに、また会えるような気がしたんです」
「ただ、それだけの事で、・・・そんな危険な事を？
　天の扉に入ったからってどこに行くかわかったものじゃないのに！」
「はい。冷静に考えたらそうですよね。
　でも、私はちゃんと今ここにいます。
　だから、それでよかったんです」
「だからって・・・無茶は無茶だよ。
　紅葉に何かあったら・・・俺は・・・」
「何が起きても、弁慶さまにとっては、過ぎたことです」
「そんなことはない！俺にとって、紅葉は・・その・・・」
「はい？」
「・・・あれからの紅葉が、『幸せに暮らしましたとさ』っていう話であって欲しいとずっと思ってた。
　こっちに帰ってから調べてたら、屋島で討ち死にっていう話だったのに、
　俺たちは壇ノ浦までそろってこれたんだから、きっと、、、それからも上手く行ったんじゃ・・ないかって・・・」
「弁慶さま・・・・」
「ごめん。上手く言えなくて。
　だけど、、、無事で良かった、本当に・・・」
「弁慶さま。ありがとうございます」
「え？」
「言葉は出なくても、顔に全部書いてありますよ」
「・・・・・・・」
「ところで、さっきから手にしてる袋って、何が入ってるんですか？」
「え？何って・・・その・・・」
「なんでしょう？」

 

目の前にあるのは、まっすぐに俺を見つめる紅葉の瞳。
そして、紅葉の瞳に映ってるのは、妙に気後れしてる俺の顔だ。
紅葉は天の扉さえ越えて俺に会いに来てくれたのに、
俺がこんな調子でどうするんだろう。

 

俺は今何が出来るだろう。
ふと、昼間に浮かんだ疑問がまた浮かぶ。
今ならその答えが言えそうな気がする。

 

「紅葉の髪が入ってるんだ。・・・
　それを無くしたら何もかも忘れてしまいそうだったから、
　それで、ずっと肌身離さず持ってようって決めたんだ」
「それで・・・今でも、持ってくださっているんですか」
「うん・・・・見せようか」

 

紅葉はそっと首を横に振り、、突然顔が赤くなった。

「どうしたの？まさか病気が・・」
「い、いえ、そういうわけじゃありません。その・・・」
「なに？」
「・・・・・・・」

 

紅葉には俺の顔に書いてある俺の気持ちが読めるらしい。
俺も紅葉の顔に書いてある言葉が読める様な気がする。
それで、普通なら恥ずかしくて絶対言えないような言葉がさっと出てきた。

 

「これからは、お守りじゃなくて、本物の方を大切にするよ」

 

何のために？その答えが、今、俺の目の前にある。

 

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