魔法のプリンセス
シルキー＝ピア
【第一話】
〜空から星が降ってきた〜
「アイラ〜、今度の日曜日暇？」
「暇なんてないわよ、アルバイトよアルバイト」
「あは、じゃあたしと一緒だ。残念、こんどあたしこの町で
コンサートやるから、せっかくだからチケットをあげようと思ったのに」
「チケット？ただならちょうだい」
「ただな訳ないでしょ。こう見えてもあたしのチケットはプラチナなのよ」
「白金でできてんの？」
「しつれいね。電話予約分があっという間に売り切れるって意味よ」
「知ってていったわよ。転売していいんなら買う」
「ん〜これ販売時に記名式だから。 無記名のまま渡すってのもね〜」
「あ〜わかったわかった」
「やあ、アイラにフェイ。なんの話？」
「あ、いいとこにきたルシエル。フェイがチケット売りやってんだって。
ルシエルも協力してやって」
「チケット売りじゃない！」
「アイラ、フェイをあんまりからかうなよ」
「あたしがからかわれてるの。なによ、嫌みったらしく
あたしが休めないの知ってて持ってくるんだから」
「休めないのはフェイも一緒。なんなら俺が店長さんに掛け合うよ。
アルバイトって、どうせ例のＣＤショップだろ？」
「あのね。そのＣＤショップも今度のコンサートに参加するの。
あたしはそのコンサートで、フェイのＣＤ売るのが仕事なの。
売り子がコンサートに行けるわけないじゃない」
「あ、そうなんだ。じゃ頑張ってね。お願い♪
サイン色紙あげるからね」
「サイン色紙？」
「フェイのサインだって今プレミアついてるんだぜ。」
「じゃ、ちょうだい」
「たくさん売ってくれたらね」
「あ、そ」
きーんこーんかーんこーん
「おっと、授業授業」
「みたいね」
こうして金曜日の授業がはじまる。
ここは、都内某所にあるメルデルビア高校。
都内某所、といっても山手線の内側というわけではなく、
いやそれどころか都心からはずいぶんと離れているので
周りは緑に囲まれている。
この高校、昔はお堅いミッション系の女学校だったのだが、
今流行の少子化によって経営が破綻してしまった。
経営再建に乗り出した新理事長は、お堅いイメージがあるこの高校を
校則を緩やかにしてできるだけ幅広い生徒を集める学校へと変革した。
理事長の計画は図にあたり、フェイのようなアイドルやルシエルのような
いいところのお坊ちゃんなど、鷹揚な寄付に応じてくれるお金持ちな親を持つ生徒を
集めることに成功した。
経営のほうはもう完全に安定している。
さらにこの理事長は抜け目がない。
一方ではアイラのような貧しい少女を特待生として入学させることで
昔からの学校のイメージを崩さない手もきちんと打っている。
そう、もしこの学校に入学できなければアイラは授業料が払えずに
中卒で就職先を探さなければならなかったろう。
「やかましい！」
「アイラさん。ホームルーム中にどうしました？」
「あ、先生、すいません」
教室内はくすくす笑いで一杯。
お金持ちとかよい家柄の坊ちゃん嬢ちゃんばっかりの学校では
アイラのような特待生は珍獣扱いなのである。
しかし、教師の方までそれに飲み込まれる訳ではない。
少なくとも、ここの担任、フラッシュはそんな教師ではない。
「みなさん。笑うものではありませんよ。
人にはそれぞれ事情というものがあるんです。
アイラさん。なにか窓の外にでもありましたか？」
「え、ええまあ。・・・」
ここで素早く窓の外に目を走らせる。
「何か”ぴかっ”って光ったみたいなんです」
「そうですか。でも、ホームルーム中には静かにしてくださいね」
「はい、フラッシュ先生」
ちょっとしただじゃれでごまかす。
そうして、もう一度窓の外を見ると・・・
確かに、光った。見間違いじゃない。
天から何か光るものがすごい速さでこっちに向かってきてる。
教えようか、とも思ったけど、静かにしているように言われた
直後に声を上げるのもおかしいのでだまってる。
その光に気づいているのはアイラだけのようだった。
他の生徒はみんな黒板の方を向いている。
もちろん、ホームルーム中だから、生徒一同みんなそうしてるはずだけど。
その、光る何かは、アイラが見つめる中、学校の裏にある森に落ちた。
あの光るものって、なに？
天から落ちる光るもの→ＵＦＯ→正体は隕石→希少価値→博物館→お金！
ここまで０．２秒で思考を進めると、アイラは手を挙げた。
「先生、ちょっとおなかが痛いです」
「どうしたんですか、アイラさん」
「どーせトイレだろ」
ここで爆笑。
いいわよ、笑いたければ笑いなさい。
あの隕石の第一発見者になれば新聞に名前が載るんだから。
「アッシュさん。からかうものではありません。
アイラさん、どうぞ行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
廊下を超特急で走る。走る。玄関も走る。
とにかく誰より早く見つけないと。
第二発見者なんてまっぴらごめんだわ。なんにもなしじゃない。
アイラは、確かに隕石が落ちてきたと思う場所のそばにまで駆けつけた。
弾む息を整えるために何度か深呼吸をする。
「はぁ・・・っと、まだ誰も来てないわね。よしよし。
ん〜と、たしかこの辺だったと思うんだけど・・・・」
隕石といっても、大抵はそれほど大きくない。
屋根を打ち破って落ちてくればすぐにわかるが、
こう石ころばかりがある場所に落ちてきた場合には、
注意深く地面を見つめない限りわかるはずがない。
アイラの場合、そこまでは考えていなかった。
しかし、天から何かが降ってくれば、回りに何か違ったものが
見えるだろう。それぐらいしか考えてなかったのだ。
なにはともあれ、五感をとぎすまして隕石探しに取りかかる。
授業を一日さぼることになるわけだが、それぐらいの値打ちはある。
隕石は科学にきわめて高く貢献するのだ。
あれ？どうやら先客があったらしい。
なにやら話し声がする。
・・・・
遠すぎて聞こえない。もう少し近づかないと。
アイラは、そっと話し声のする方へ近づいていった。
「ええと、これからどうすればいいのメーちゃん」
「そうじゃのお。わしがこの前来たときには、『手形』というものがひつようじゃったな」
「手形を見つければいいの？」
「見つけるのではなく、偽造するのじゃ。心配要らぬわ」
手形、偽造→犯罪→摘発→感状→金一封！
アイラの思考はここまで１秒も掛かってしまった。
その一秒が命取りになる場合もある。
「これ、そこのおぬし。いつからそこにおるのじゃ」
「だれがそこのおぬしよ！あんたたちこそいつからそこにいるの！」
「わしらはべつになにもしておらぬわ。
おぬしこそここで何をしておるのじゃ」
「あたしは、ここで、隕石を探してるのよ。あんたたち見なかった？
空からなんかおっこちてきたでしょ」
「はて、空から落ちてきたなにかじゃとな？
何も落ちてきたものは見ておらぬぞ」
「あ、そ。じゃいいわ。このあたりには隕石はないのね」
話しながらアイラはそっと話し声の方に近づいていく。
告発するにせよ、顔を見ておかないでは告発のしようがない。
それに、手形偽造の動かぬ証拠を、向こう側に気づかれないようにつかまないと
金一封を手に入れるわけに行かない。危険は承知の上である。
「それで、あんたたちは一体ここでなにをしているの？」
「わしらか。わしらは・・・」
話し声の場所までアイラがたどり着く。
そこにはかわいい女の子が一人で立っていた。
「え？ひとり？」
そう、一人
「・・・後一人いるはずなのに」
「おぬし、なにをたくらんでおる？」
「失礼ね、あたしはただ隕石さがしてお金にしようと・・・・」
次の瞬間、アイラは目を疑った。
おとぎ話に出てくる妖精のそっくりさんが真後ろにいるではないか。
「あ、あんた・・・一体、何物？」
アイラが驚くのと同じぐらい、妖精もどきも驚いたようである。
「・・・お、おぬし。わしが見えるのか？」
「見えるのかって、・・・見えるに決まってるじゃない。
あ、見えるのかって、これってトリックかなにかでしょ。
安心して、手品師は見えてないから」
「手品ではないわ。・・・おぬし、ほんとうにわしが見えておるのか？」
「見えてるってば」
「あの・・・メーちゃん」
ここで、女の子がメーちゃん＝どうやら、あの妖精もどきのようだが＝に声を掛けた。
「あの、天から降ってきた光って・・・ピア達のことだと思うの」
「・・・つまり、わしらがこちらに来るのが見えたということか」
「うん・・・」
「え、ええと・・・もしかして・・・あんたたち・・・宇宙人？」
「宇宙人？宇宙人とはなんのことじゃ？わしらは魔法の国から来たのじゃ」
「は？魔法の国？」
お互い、理解不能な事が起きているらしい。
アイラにとって理解不能なのと同様、ピアとメーちゃんの二人にとっても、
アイラの存在は理解不能なようだ。
「メーちゃん。ピア、この人、悪い人じゃないと思う・・」
「ピアがそういうならそうなのじゃろう。
わしらが見えるというだけで、虚無にとりつかれてはおらぬわ」
「見えると言うだけでって・・・どういう意味よ」
「のう小娘」
「あたしの名前はアイラっての」
「わしから見れば小娘じゃ。いいから話を聞け」
「話を聞けって・・・あんた、何様？」
「あそこにおわすお方をどなたと心得る。
おそれおおくも魔法界のプリンセスであらせられるピア様なるぞ」
「魔法界？プリンセス？あの子が？」
「その通りじゃ。いいから話を聞け。決しておぬしの損にはならぬわ」
「損にならないって・・」
「ちゃんと礼をする、という事じゃ」
「・・・できたら、現金でちょうだい」
「がめついのぉ。家は商人に属するのじゃな」
「ま、昔はね。・・・・」
アイラの顔が曇る。アイラの小さい頃、家は田舎で商店を開いていたのだ。
田舎の再開発とやらで地上げ屋が来たとき、アイラの両親はこれに反対した。
ゴルフ場を作ると言っても、せっかくの自然を破壊する上に地元にはろくなメリットがなかった。
しかし、地上げ屋に理屈はなかった。
やくざ、いやさ暴力団の嫌がらせによってアイラのうちのお店はめちゃめちゃになって倒産。
地上げ屋との闘争の最中に父は心労でそのまま帰らぬ人になった。
反対派の中心だった父がいなくなった事で開発計画は一気に進んで、ゴルフ場は着工。
アイラの母はアイラを連れて、東京へとやってきたのである。
もっとも、その母も慣れない生活に身体をこわして程なく他界。
アイラは天涯孤独の身として取り残されたのである。
幸い、中学の先生が親身になってくれたおかげで、なんとか、
このメルデルビア高校への特待生として入学できたのである。
余談ながら、ゴルフ場は着工したのはいいが完成する間もなく、不景気のせいでつぶれたそうである。
「・・・こほん。そろそろいいかの」
「いつでもいいわよ。話してちょうだい」
「この人間界とは別の次元にある世界に、魔法の国があるのじゃ。
その魔法の国では、王族に連なるものは、大人になる前に人間界に来て、
勉強をすることになっておる」
「なんでいちいち人間界で勉強するわけ？魔法の国で勉強するんじゃいけないの」
「良い質問じゃな。魔法の国というのは、別名夢の国じゃ。
ユートピアとも、ネバーランドとも、イデア界とも呼ばれておる。
言ってみれば、人間の空想の源泉になっておる世界じゃ。
そして、人間の空想が魔法の国にとってはエネルギー源になるのじゃ」
「なんか言っていることがおかしくない？一体どっちが先なのよ」
「人間界がたまごで、魔法の国がにわとりじゃ」
「それじゃどっちが先かわからないじゃない」
「どっちが先でもよいのじゃ。とにかく、魔法の国の王族は人間界の事を知って、
魔法の国と人間界とが常によい関係にあるように保たねばならぬ。
もし、魔法の国と人間界との調和が乱れるようなことになれば、
魔法の国では精霊が次々と消え去り、人間は夢を失って虚無が支配する世界となるのじゃ」
「ふ〜ん。ネバーエンディングストーリーみたいな話ね」
「わかったかの？」
「全然わかんないわ。それと、あんたたちと何の関係があるのよ」
「ピアは、人間でいうところのティーンエイジになられたのじゃ。
それで、ピアも人間界での勉強をするためにこちらに来たのじゃ」
「あ、そ。それで、どういう風に勉強するか決めてる？」
「そこなのじゃ。前にわしが人間界に来たのは１５０年も前の話じゃからのぉ」
「古すぎるわよ！もっと人間界について知っている人はいないわけ！」
「心配するな小娘。わしは１５０年前にきたのじゃが、人間界のことはちゃんとしらべておる。
そこまで非常識なことはせぬ。」
「あ、そ。それならいいけど・・・っていうか、それ聞いてあたしにどうしろってのよ」
「こうして出会ったのも何かの縁じゃ。人間界でわしらが暮らすために、
すこしばかり手伝ってくれんかの？お礼はするぞ」
「お礼ねえ・・・・あんたらどっか住む家の心当たりでもあるわけ？」
「ない」
「・・・・ないって・・・」
「あればそこへとっくに行っておるわ」
「言われてみればその通りね」
「ついでにいうと、生活費を稼ぐ方法もないぞ」
「あ、あんたさっきお礼をするって言ったじゃない！」
「お礼というのは、魔法を使ってなにかしてやるということじゃ。
現金とやらが儲かる魔法というのはないのかの？」
「宝くじが当たる魔法ってないの？」
「それは禁止じゃ、いかさまは許されておらぬ」
「全然役に立たない魔法ねえ・・・」
「ごめんね、アイラちゃん・・・」
アイラはピアの方を見つめる。
今朝の光景が頭の中によみがえる。
フェイだって、高校に来る前は普通の女の子だった。
ルシエルがコネを使ってレコード会社に紹介してブレイクした。
そうだ。魔法のプリンセスっていったらやっぱりこれでしょ。
王道よ王道。
「あんたたち、それで、仕事とか予定ないわけ？」
「それじゃ！仕事じゃ！働きながら人間界の事を学ぶというのはよいことじゃ！
おぬし、なにか仕事先でも紹介してくれるのか？
おお、言うておくが違法行為はなしじゃぞ。
わしらは魔法が使えるからの。わしらをだませばあとで必ず仕返しをするぞ」
「失礼ね、そんな仕事じゃないわよ。みんなに夢を与える仕事よ」
「夢を与える・・・」
「人間界にそんな仕事があったかのぉ？」
「江戸時代にだってあったでしょ。スターよ！アイドルよ！
この子絶対に売れるわ！フェイが大スターならこの子は超スターよ！」
「・・・・スター？アイドル？芸人は男限定であろう」
「誰が歌舞伎役者の話をしてるのよ。
今は女の子がアイドルになる時代よ。
歌を歌って、踊って、みんなに電波で夢を送るのよ」
「毒電波と夢とどうつながるのじゃ？」
「・・・・・つまらない事は良くしってるのね」
「ほっとけ。しかし、スターになるのはそう簡単でもないじゃろ。
どうするつもりなのじゃ？」
「それ以前に、どんな魔法が使えるのよ」
「つこうていい魔法と悪い魔法が決まっておるからの。
人間界で生活するのに最低限度の魔法はつかえるぞ」
「変身魔法ってのは？魔法のプリンセスのお約束でしょ」
「使おうと思えば使えるが、・・・おぬし、何をかんがえとる」
「ま、ちょっとね。いいから話を聞きなさい。損はさせないわよ。
あ、そうそう、もうけは折半だからね。」
「がめついのぉ」
「その代わりに衣食住は全部あたしが提供したげるわよ。
どうせあたしの暮らしてるアパートって、一人じゃ広すぎるのよね」
「それならかまわんぞ。それで、具体的にはどうするのじゃ？」
「１つずつ説明するから待ってちょうだい。
ええとね・・・」
アイラは、ピアとメリルに計画を話した。
それがどんな計画なのか。
それは次回のお楽しみ。