War to END WARS
【第三章】
〜Their finest hours〜
ここは、DICE日本支部、支部長室
一週間ぶりに支部長室に戻ってきた園宗寺が、
一週間分の仕事を片づけるために働いている
実際にはDICEの支部長はそれほど仕事の量が多いわけではない
ましてや本人の能力などさほど関係はない
そうでなければ御子柴が支部長などやっていたわけがないのだ
とはいえ、めくら判を押すだけの作業といえども大変なものである
御子柴など、それだけで９to５だったぐらいだ
（言うまでもなく、彼はよけいな仕事ばかりしていて
判子を押すことすら不真面目だったせいもあるのだが）
園宗寺のように有る程度まじめに文書に目を通せば
納期前のシステムエンジニア並の睡眠時間しかとれないと言ってよい
要するに、寝る暇など無いのだ
だから、園宗寺は重要な情報を見落としてしまった
単に名前をチェックするだけで済ませてしまった
その名前が意味するものを理解するべきだったのだ
DICEの内実がいかにでたらめかは熟知しているはずなのだから
園宗寺が見落とした、その文書は、異動通知
DICEのSS長官キングが解雇されたという通知と一緒に
DICEの新研究所の所長に、備前 淳也という名前があったのだ・・・
「お〜い、理子ちゃん、いったい何の工事を始めてるんだ？」
「みんな来たわね」
ここは、藍仙高校の理科実験室
いろいろな実験設備が次々と運び込まれている所だ
空木の仕事は設置位置の指示と据え付けの監督
「やっぱ、現場監督は豆絞りを巻くべきだよな」
「誠志郎君、今日はまじめな話があるから呼んだのよ」
「補習だったら明日にしてくれよな」
「補習だったらカスミまで呼ぶわけ無いじゃない、ね」
「え、でも・・・私もよくわからないところがあるから」
「・・・誰もついていけてないんじゃないのか？」
「あのねぇ、あの程度で音を上げてどうするのよ」
高校生に量子力学を教え込もうという理子ちゃんの方がよっぽど無茶である
「それで、まじめな話ってなんなの？」
「それだけどね・・・いま据え付けている装置は全部イデア研究に使うものよ」
「そんなもの一体なんに使うんだ？」
「園宗寺さんが前に説明したとおり、誘拐命令自体は未だに有効よ
それをかわすためには、カスミさんがDICEに協力しているという
体裁を整えないといけないわけ
だけど、DICEの内実はあんまり当てにならないから・・・・」
「要するに、DICEの研究所に行ったら危ない目に遭うかもしれないって事だろ」
「そういうことになるわね
だから、この学校で研究をやっているという事にするわけ」
「ふ〜ん、・・・DICEも剛気なもんだねぇ
これだけの機材をまるきりダミーのために使うなんてよ」
「研究はやるわよ」
「おいおい・・・・」
「理想の人工臓器の研究をね
どのみち、それが私の研究テーマだから」
「ああ、そのためにカスミが協力するってことにする訳なんだ」
「あなた達が協力するのよ」
「へ？」
「みんな、手伝ってくれるわよね」
「嫌だって言ったら？」
「・・・・・誠志郎君、単位は足りてるの？」
「理子ちゃん、それは無いだろ・・・」
カスミ以外、この脅迫に耐えられるほどの成績を持っている人物はいなかった
そして、カスミは空木の依頼を断る理由など無かったのである
「ところで、園宗寺達は？」
「二人とも元の仕事に戻ったわ
ひとまず危険は去っただろうって
一応念のために安全処置は施しておくって聞いたけど」
「ふ〜ん、安全処置ねぇ・・・」
彼らが、その『安全処置』とやらの実体を知ったのは翌日であった
園宗寺先生に代わる新しい保健の先生に会ったからである
「こんちわ」
「なんだ、雲野に柊、さぼりか？」
「な、なんでこんな所に佐伯さんが？」
「新しい仕事だ」
「新しい仕事って・・・・」
「あたしも生活しないといけないんでね」
「なるほどねぇ・・・」
佐伯は応急処置の腕も一流である
これも戦場で身につけたものだ
確かに後任の保健医として不足はないだろう
しかし・・・
「でも、なんでこんな仕事を？」
「今しばらく様子を見てくれと園宗寺に頼まれたというのもある」
「もしかして・・・念のための安全処置って・・・」
「ああ、念のためにおまえ達の警戒をしてくれという話だ」
「ふ〜ん、・・・でも、奴らが学校にいるときに
都合よく現れてくれるとはかぎらねえだろ」
「ああ、それだが、もう少し学校に泊まっていてくれ」
「まだ合宿が続くのかよ」
「あたしは請け負った仕事には責任を持つんでね」
「いやなのか？」
「いや、まだ馬鹿騒ぎを続けていいのかと思うと嬉しくてね」
「あたしはつきあわないからな」
「まったく冷たいねぇ・・・」
それから数日間平穏な日々が続いた
学校で起きて、それからカスミと瞳の料理で朝食
その間、理子ちゃんは授業の準備で忙しかった
もっとも、ほかの生徒に言わせると
『十夜・・・おまえもっと空木先生のじゃまして授業を進めないようにしてくれよ』
などといわれてしまうのであるが
朝食の後は遅刻する訳なく授業に出席
放課後は理子ちゃんの『イデア研究』に無理矢理つきあわされ
夜は理子ちゃんの指導で無理矢理宿題をやらされる
十夜達は遊びに出るなどと言う贅沢はいっさい許されなかった
別段身の危険を感じたからではない
理子ちゃんが彼らに受験勉強まで押しつけただけである
なに？十夜達がエスケープしないのはなぜかって？
「ＳＣ空間から脱出する方法がわかればすぐにでもにげるのによ」
という、誠志郎のセリフを聞けば、だいたいなにが起きているかわかるであろう
理子ちゃんに言わせると、ＳＣ空間の合理的使用法という事になるのだが
なまじ全員ＳＣ空間にコネクト出来るからこそ可能な大技である
一方、佐伯さんも予想外の仕事をやらされる羽目となった
園宗寺先生も人気者であったが、佐伯先生も人気者になったのである
ただ一つ違いがあるとすれば、佐伯先生は女子生徒に
絶大な人気が出たと言うことであろうか
そんな生活にも目新しさが消えたある夕暮れ時
合宿組が保健室に集合している
藍仙高校はスポーツ振興にも力を入れている
私立高校だけあって減少する中学卒業生の受け入れに熱心なのだ
現に野球部やサッカー部のような花形は全員合宿生活である
それで、十夜達が合宿してもさほど奇異にとられないのだが・・・
「さて、じゃあ教科書の１０６ページを開いて」
「理子ちゃん、たまには休ませてよ・・」
「なにいってるの、そんな事じゃ早稲田みたいな二流大学にも行けないわよ」
「なあ、十夜？」
「・・・・なんだ？」
「早稲田って、二流大学だったのか？」
「ケンブリッジやオックスフォードに比べれば二流でしょ」
「そんなものと比べるなよ・・・」
そもそもどちらも日本の大学ではない
「空木、少しは休ませてやれ
オーバーワークは寿命を縮める」
「でも佐伯さん、最低限の常識を覚えておくことは必要じゃないかしら？」
「微分方程式が解けなくても死ぬ訳じゃない」
「お、佐伯さんいいこと言うねぇ」
「・・・・・・そうね、ならコーヒーブレイクにしましょうか」
「なら私が・・」
「いや、あたしがいれよう」
そういうと、佐伯さんは保健室に備え付けの電気ポットで
インスタントコーヒーを手早く作る
「佐伯さん、これ妙に甘くない？」
「そうか？あたしにはちょうどだが？」
「佐伯さんって甘党だったんだな・・」
「あたしが甘党だったらおかしいか？」
「いや、やっぱりブラックって感じがするよな」
「・・・・ねえねえ、トランプでもやらない？」
「お、いいねえ」
「あたしはやめとくよ」
「え〜、佐伯さんも入ってよぉ」
「トランプが嫌いなのか？」
「いや、あたしが入るとおまえ達がつまらないだろうからな」
「つまらないって・・・・そんなこと思ったこと無いよ」
「いや、カスミの言う意味とは違う意味だ」
「じゃあどういう意味なんだよ」
「・・・・・・いいだろう、１０分だけつきあってやる」
「ならなにやる？」
「そうだなぁ・・・・ばば抜きでもやるか」
「柊ぃ、もっとましなのはできないわけ？」
「じゃ、ポーカーでもやろうか」
「・・・そうだな、俺も賛成だ」
「・・・・・・本当にポーカーでいいのか？」
「佐伯さん、ポーカーは嫌なのか？」
「ふん・・・まあいいだろう、つきあってやる」
十分後
「よ〜し、今度こそいけるぜ」
「やってみろ」
「誠志郎君・・・・やめておいたほうがいいよ」
「カスミ、俺の手を知らないのによく言えるな
ほれ、ハートのフラッシュだ」
「・・・・・２とＪのフルハウス、あたしの勝ちだな」
「げ」
「・・・・なんでつまらなくなるなんていったかよくわかったよ」
そう、佐伯はたったの１０分で全員のチップを巻き上げてしまったのである
「なんなのよ、佐伯さんの手ってほとんど確率無視してるじゃない」
「鍛え方が違うからな」
「鍛え方が違うって・・・」
「あたしのいた環境じゃ、暇さえあれば博打をやっていたからな」
「そんなもんなのか？」
「あ、そういえば戦争映画じゃ暇さえあればＧ．Ｉ．がトランプやってるよな」
「そういうことだ」
そういうと、佐伯は大きくのびをする
「しかし・・それにしても佐伯さんは人気あるよなぁ」
「そうなんだよ、クラスでも佐伯さんの話題で持ちきりなんだから」
「そうなのか？こっちは園宗寺先生の転勤をみんな残念がってるのに」
「あんたたちの動機が不純なのよ」
「ひっでえ言い方だな、名城・・」
「どうしたんですか？佐伯さん」
確かに、佐伯がこれほど楽しそうな表情を見せたのは初めてかもしれない
「・・・・いや、昔はあたしもああいう風だったのかと思ったんでね」
「昔？佐伯さんって昔は総番張ったのかと思っていたのに」
「誠志郎君、それは失礼だよ」
佐伯は、黙ってポケットの中から一枚の写真を出す
「だれだ？これ？」
「なにか旅行の時の写真みたいだけど・・・」
「こっちの、ちょっと気が弱くて実直そうな眼鏡を掛けた男が、
あたしの婚約者だった」
そう、婚約者『だった』
ウツロとＪ．Ｂ．によって殺されたジャーナリスト
その仇討ちのための実力を身につけるために、彼女は戦場へと身を投じたのだ
あれから４年、ウツロには、自分自身でとどめを刺した
Ｊ．Ｂ．もダイス本社ビル別館の崩壊の下敷きになって死んだはずだ
そう、仇討ちは終わったのだ
「じゃあ、その隣の・・・」
「ああ、それがあたしだ」
さすがの誠志郎も、一瞬毒を抜かれたような表情をする
カメラに向かって、いかにも幸せそうな笑顔を見せる女の子と、
目の前の佐伯 柚流とが、同一人物には見えなかったから・・・
でも、確かに、髪の毛の色を黒にして、赤いワンピースを着せれば
・・・・・同一人物になるだろう
「・・・・驚いたみたいだな」
「いや、園宗寺ほどのインパクトはねえからな」
「ひどい言い方だな、あれほどインパクトがあったらおかしいだろ」
「違いない」
誰からともなく笑い出し・・・だんだん止められなくなって・・・
やがて大爆笑の渦へと変わる
・・・・そう、平和なひとときだった
DICEに追い回されていることなど忘れ去る、そんな平和なひとときだった
それから、さらに数日たった
当たり前の事ながら、体育の授業の前には体操服に着替える必要がある
これまた当たり前の事ながら、更衣室は男女別々である
しかし、普通更衣室のロッカーの中に
ディゾナントが入っているなどとは誰も思わないだろう
『ＳＣ空間を確認、オーギュメントを起動します』
「な、なんなのよ一体・・」
ジーザス・シュラウドは比較的持ち運びに便利な形状をしている
名城は手早くジーザス・シュラウドを装備すると
ロッカーの中から出現して来たディゾナントへと戦闘態勢をとった
「げ、なんなんだよ、これは・・・」
「まったくとんだお客さんが待っていたもんだな・・・」
同じ頃、十夜達が着替える教室にもディゾナントが襲いかかってきていた
セイクリッド・デスもバルバロスも、かさばることはかさばるのだが
普段から持ち歩いている
あれで教師達から怒られずに済むのは、あらかじめ園宗寺や理子ちゃんが
学校側に説明してくれているおかげだ
「ふう、とりあえず片づいたな」
「・・・・カスミは無事だろうか？」
「ああ、すぐにいってみよう」
だが、廊下に出た十夜達を再びディゾナントが待ち受けていた
「畜生！」
「やられたな・・・」
再び、戦いに巻き込まれる十夜達であった
「なんなのよ、一体！」
同時刻、職員室へもディゾナントが襲いかかってきていた
戦えるのは理子ちゃんだけ
「長期戦になりそうね」
ヘブンズ・キーは戦闘向きのオーギュメントではない
短期決戦にははじめから向かないのだ
「ふん・・・・油断しているとでも思っていたのか」
佐伯のみは、こういう事態を予測していたらしかった
奇襲を当て込んでいたディゾナント共・・
正しくは、ディゾナントを放ったボスということになるだろうが・・・
彼は判断を誤ったと言うべきであろう
結果、この部屋を襲ったディゾナントはもっとも早く撃破されたのである
（襲うなら、このタイミングが一番なのはわかっていた）
佐伯は全速力で女子更衣室へと向かう
ルートははじめから選定してある
窓を飛び出すと、出来るだけ見晴らしのよい場所を選んで走る
もちろん、ＳＣ空間での戦闘に巻き込まれないためだ
ぱん
校舎の陰を回る瞬間、ディゾナントが待ちかまえていた
だが、佐伯は抜く手も見せずにリボルバーでコアを撃ち抜く
ほかのディゾナントがＳＣ空間を展開するより先に
佐伯はディゾナントの手から逃れていた
後には、無意味に展開したＳＣ空間の中に取り残された
ディゾナントがあるのみ
「まてっ！停まらないと撃つ！」
校舎の陰、通用門のそばで誰かを抱えて校外へ脱出しようとしている
人物があった
だからといって、待てといって待つ馬鹿がいるとも思えないが
『ＳＣ空間を確認、オーギュメントを起動します』
「ちっ、こんなところで」
だが、そのＳＣ空間は担ぎ出そうとしている人物が展開したようだった
これでは佐伯はＳＣ空間を解除するわけにはいかない
また、抱えられている人物に当たる可能性を考えると
銃を放つわけにもいかない
たちまち、ＳＣ空間での戦いでも勝算はあるのだ
謎の人物は、ゆっくりと振り返った
「ほお・・・この俺の作戦を見抜くとはさすがだねぇ、エンジェル・アイ」
「・・・貴様・・・・Ｊ．Ｂ．！」
「おやおや、覚えておいていただけたとは光栄だね」
「誰が忘れるか
今度こそ決着をつけてやる」
「残念ながら、それは出来ないねぇ
なにしろ俺も宮仕えの身だからねぇ」
「宮仕えだと？」
「ま、そういきり立ちなさんなって
まだまだ時間はたっぷりあるさ」
「おまえに残された時間など無い！」
「おっと、それもそうだ、
ここであんたと遊んでる暇はないな」
そういうなり、Ｊ．Ｂ．はカスミを抱えてＳＣ空間を脱出する
「待て！」
だが、佐伯の行く手をディゾナントが阻む
「くそっ、雑魚共が！」
・・・・・だが、佐伯の奮戦もむなしく、
ディゾナントを片づけた頃にはＪ．Ｂ．の姿もカスミの姿もどこにもなかった
「佐伯さん！」
「なにがあったんだ？」
十夜と誠志郎が追いついてくる
「おまえ達は無事だったのか」
非難する調子を抑えられないのは致し方ないであろう
「・・・・・教室でディゾナントに襲われて
あれからカスミの所にいこうとしたら廊下からなにから
次から次からディゾナントに襲われたんだよ」
「そうだろうな、おまえ達では無理だ」
「どういう意味だよ・・・」
「ＳＣ空間を展開する前にディゾナントを破壊しなければ間に合わない」
「・・・・・・それより、カスミと名城は？」
「名城は確認してない
カスミは・・・・Ｊ．Ｂ．に連れ去られた」
「Ｊ．Ｂ．？まさか・・・・」
「あたしが奴を見間違えるわけがない！」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、先生こんな所にいた
すぐに保健室に戻ってよ
名城さんが急に倒れちゃって、いま保健室に運び込んだの」
「・・・・・・・・・わかった、戻ろう」
「佐伯さん！？」
「追っても無駄だ」
「なんてこった・・」
十夜達は、保健室へと向かうしかなかった
「・・・・・・Ｊ．Ｂ．・・・・今度こそとどめを、刺す」
佐伯の前に、再びなすべき仕事が現れたのであった
名城の状態は、さほど悪くなかった
別段洗脳された兆候も見られない
ただ、ＳＣ空間での戦いで敗れた後遺症から、しばらくは安静が必要なようだ
「たぶん大丈夫ね、検査結果も異常はなかったわ」
「運び込んだ機材がこんなことで役に立つとはねぇ・・・」
「・・・佐伯さん、どこへ行くんだ？」
「決まっている、Ｊ．Ｂ．を探しに行く」
「一人でいくのか？」
「・・・ああ、これはあたしが決着をつけなければならない事だ」
「俺達も一緒にいっていいか？」
「いや、おまえ達がいるとかえって動きづらい
・・・・・正直、通常の戦いではおまえ達は足手まといにしかならない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
確かに、その通りであった
今度の相手はＳＣ空間のみで戦いを挑んできているわけではない
ＳＣ空間での戦いなら、ディゾナントやオーギュメント使いが相手なら、
決してひけをとらない十夜達でも、戦闘訓練を受けたSSと戦うとなれば話は別、
戦闘訓練を受けていない十夜達では足手まといになるのが落ちなのは、
言われなくてもわかっている
・・・・そう、言われなくてもわかっている・・・
「・・・俺は・・・俺は、またカスミを守れなかった・・・」
「十夜君が悪い訳じゃないでしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
セイクリッド・デス
正しい目的のために力を求めるものの前に現れる伝説の大鎌
・・・・俺は、カスミを護るために力を求めた・・・
だが、セイクリッド・デスも現実世界の力の前には全くの無力であった
「ジョン・ボールは処刑された・・・」
「おいおい十夜、悪い癖だぜ、また悪い方にばかり考える」
「・・・・・・・・・・」
「しばらくそっとしておいてあげたら？」
「ああ・・・ところで、理子ちゃんはこれからどうするんだ？」
「まずは、園宗寺さんに話をするべきね
何か情報があるかもしれないわ」
「そうだな、なにか食わせてくれるかもしれないし」
「誠志郎君、なに考えてるの」
「腹が減っては戦は出来ぬ、だろ？」
「それもそうね」
「おい十夜、いくぞ」
「・・・・・・二人で行っててくれ」
「おいおい・・・いつまで落ち込んでるんだよ」
「名城を一人にしておくつもりか？」
「・・・ああ、そうだな・・・名城のそばにいてやってくれ」
「じゃあ、行って来るわね」
「・・・・・・ああ」
こうして、十夜は一人残された
品川からお台場へ行き、それから話をして戻ってくるまで
結構時間はあるはずだ
だが、十夜の考えは同じ所をぐるぐると巡るだけであった
『カスミを助けたい』
『だが、そのための力はない』
『でも助けたい、なにか出来ることがあるはずだ』
『出来ることがある時に、俺はなにもできなかった』
「あ、雲野・・・ほかのみんなは？」
「名城、気がついたのか」
「うん・・・・カスミは無事だった？」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・雲野？」
「なんだ？」
「・・・あのね、あたし、備前先生にあったの」
「先生に？」
「・・・・・うん、先生が『こっちだ』っていうから
カスミをそっちへ逃がしたんだけど・・・」
「！」
「ど、どうしたのよ雲野、急に怖い顔になって」
「・・・・わ、悪い・・ちょっと・・な」
「雲野？」
「すまない・・・名城、ちょっと一人にさせてくれ・・頼む」
十夜は、それだけ言うと保健室から逃げるよう出ていった
ダンッ！
ダンッ！
ダンッ！
何度も壁を殴りつける
自分が悪いのだった
カスミが連れ去られたのは、自分のせいなのだ
どう考えても、自分の責任なのだ
奴が死んだなどと、勝手に決めつけた自分の思いこみのためなのだ
「俺は・・・」
なにもかも捨てて逃げ出したかった
自分の思い上がりでカスミを連れ去られたとき、
二度とこんな間違いは犯さないつもりだった
その結果がこれなのだ
・・・・・・・・どれくらいの時間が経ったろう？
すでに放課後となっていた
授業については、空木先生が説明しておいてくれたおかげで
出席することはないのだった
だが、彼の行動をみて事情を知らないほかの生徒は、
単なる変人だと思っただろう
みんな視線を合わせないようにして通っていったのだから・・・
「十夜くん、自分を責めるものじゃないよ」
「！・・・その声は？」
聞き覚えのある声
今、一番聞きたいと思っていた声
十夜はゆっくりと振り返った
そこには、カスミ・アインハルトがいた
「カスミ・・・じゃない・・・」
「お久しぶり、十夜くん」
いや、正しくは、カスミ・アインハルトであってカスミ・アインハルトではなかった
そこにいたのは、Ｐ−３だった
つづく