New War to END WARS
World in Flames
【第十章】
〜Bitter End〜
ここは、世界の都、バグダッド。
少なくとも1000年前はそうだった。
今では、テロの都である。何をどう間違ったのだろうか。
衝撃波が、この都を貫いた。
「伏せろ！」
「テロだ！」
あちこちで声が響き、人々が物陰に隠れる。
誰かが「どこで爆発が起きた？」と聞けば
即座に誰かが「すぐそこだ！」と答える。
「一体何事だ？」
「大統領、西を」
イラクにだって、大統領はいる。
大統領府もある。その、イラクの大統領府から西の空を見る。
太陽が西から昇っていた。
「…一体、何が始まっているんだ？」
一体何が始まっているか？
グラウンドゼロでは、合計６５メガトンの核爆発に耐えて
ＳＣ空間を保持し続けるべくがんばっている、Ｐ−３、瞳、そしてＰ−７がいた。
「３人とも、大丈夫？」
「たぶん、大丈夫なの」
「うん。霰が展開しろって起爆前に教えてくれたからなんとか間に合った」
「あは、まあ、かわりにとどめにはならなかったけど☆」
「俺たちまで巻き添えにする気かよ」
「…きっと、関係ない人たちは巻き添えになったね」
「カスミ、今は、気にするな」
「うん、十夜くん…だけど…」
「オリジナル、気にしてもはじまらないの。
今は、…私たちに出来ることを、するしか、ないの」
「…うん、…私に出来ることを…私たちに出来ることを…するしか、ないよね」
「…なあ壬生さん、おれら、なにしに来たんだろうな」
「…さあな。だが、一緒にいることは出来る」
「そんなもんかね」
「それで十分だ。…それだけで、人は、強くなれる物だ」
要さんは、そういうと霧生の方に手を乗せる。
「園宗寺さん…」
「…そろそろ、奴が来るぞ」
園宗寺の言うとおりだった。
ＳＣ空間が急速に拡大すると、拡大したＳＣ空間の天頂に、ルシフェルが浮かんでいる。
十夜は、回りを見回してみた。ここまで巨大なＳＣ空間はまだ見たことがない。
地平線のその向こうまでがＳＣ空間に覆われているのだ。
少なくとも半径４kｍ以上。たぶん、１０ｋｍぐらいはあるだろう。
「さっきの核爆発で、あらかたイデア情報が欠落しちゃったからそんなに、難しくないよ」
「そりゃ霰基準だろ」
「柊…こんな状況でまだ軽口叩くわけ」
「まじになったところで、状況が良くなるわけじゃないだろ」
「…よくがんばったわね」
「んー、まあ、通常空間戦は引き分けってことにしておいてあげる☆」
「引き分けか」
「引き分けだから、SC空間の中に乗り込んできたんでしょ☆」
「…だったら、どうだというの？」
「いよいよ、こっちも、真打ち登場だってことだよ☆
由佳里ちゃん、一緒にやろ☆
由佳里ちゃんならきっと出来るよ」
「…うん、霰おねえちゃん。…最初で、最後だね」
「させると思う？」
「もうやめなさい！」
オリジナルのカスミ、カスミ＝アインハルトが叫んだ。
「…ルシフェルさん、でしたよね」
「我が名はルシフェル、それがどうしたの」
「…もう、勝負はつきました、やめてください」
「馬鹿なことをいうわ。これからが本当の戦いでしょう」
「いいえ、戦いは終わった。…カナさん…共鳴体がどうなっているか、わからない？
空木効果がはっきりと現れてる。…これ以上の戦いには、耐えられないはず」
「空木効果なんてきいたことないわ。はったりもいいかげんにしなさい」
「やっぱり…。オーギュメントの力を強化することだけ考えて、バランスが成り立ってない…」
「カスミ、一体、何の話をしている」
「園宗寺さん。…オーギュメントは、決して、魔法の杖なんかじゃありません。
エネルギー保存則と、エントロピー増大則を守らなければならないんです」
「それがどうした？」
「共鳴体は、単にコアブレインの出す存在波に共鳴して
増幅する効果を担っているだけではない、ということです。
共鳴体が、コアブレインへ、質量欠損という形でエネルギーを供給し
所有者の持つイデア情報の欠落が、エントロピーの増大を埋め合わせます。
この結果、単に出力を巨大化させると、共鳴体＝デバイスレイン、に負荷を掛け
所有者＝共鳴体、に破滅的な打撃を与える。
その反動でコアブレイン自身も破壊される。
それが、空木効果…ルシフェルさん。あなたには、もうその効果が現れてる」
「…下らない話ね。質量欠損はまだ５ｋｇにもならないわ。ちょうどいいダイエットよ」
「イデア情報の欠落は、それでは補いきれない」
「試してみる？」
「…あのね、ルシフェルおねえちゃん」
由佳里が、ルシフェルに話しかけた。
「…辞世の句として聞いてあげるわ。なにかしら」
「どうして、ルシフェルおねえちゃんは、そんなに辛そうなの？」
「辛そう？」
「うん、辛そうだよ。霰おねえちゃんは、あんなに楽しそうなのに
ルシフェルおねえちゃんは、戦ってる間中、何かに耐えてるみたい」
「…つまらないことをいうわね。私に、辛いとか、苦しいとかいう感情はないわ。
楽しいという感情もないし、うれしいと思うこともない。
私はオーギュメントとしてのルシフェルを制御するプログラム：ルシフェル。
もちろん、一体となって、ひとつの存在ではあるわ」
「ほらほら☆無駄話してても時間の無駄だよ。
由佳里ちゃんも、ルシフェルがかわいそうだと思うんだったら
ぱぱっとＫＯして、楽にしてあげよ☆」
「霰は、本当にうれしそうだな」
「もっちろん☆やっと、ありったけの全力でやれる相手と
本気の本気のそのまた本気でぶつかりあえるんだよ☆
ずっとこういう時が来るのを、待ってたんだから！」
「…立香が心底恐ろしい相手だって呼んだ理由がよくわかるよ」
「あー、十夜くん、なに勝手に落ちつけてるんだよ」
次の瞬間、天から雷が降ってきた。
瞳とＰ−３がとっさに全体シールドを張るが
そのシールドを突き抜けて各人のシールドを引っ張っていく。
「…なんで、俺はＳＣ空間で…無事なんだ？」
十夜が不思議そうにつぶやく。
「私がトーヤくんを支えてるからなの」
「意味のないことをするわね。ＳＣ空間に漂ってもらえば、負担にもならないのに」
「なによそ見してるんだよ☆あなたの相手は、この私と由佳里ちゃんだから。
さあ、これからこっちのターンだよ☆第三世代オーギュメントＰ−７バージョン…」
「だめっ！霰がするとしても、絶対に…絶対に第三世代は使っちゃ！」
オリジナルが叫んだ。
起動しかけていた、霰のオーギュメント化用補助コアブレイン＝実際には
霰の中にアブソートされているのだが＝が、起動状態を脱し、霰を元に戻す。
「オリジナル！」
「…霰も、Ｐ−シリーズの戦闘用ディゾナントだから、オリジナルの
私が許可しなかったことは、出来ないよ。
Ｐ−８ほど厳しい制限じゃないけど、だけど、それはだめだよ。
そんな危ないことをしなくても、もう、大丈夫だから」
オリジナル、つまり、カスミは由佳里ちゃんのそばに行く。
「…私と、いっしょにやろう。
…二人で、きっと、出来るよ」
「カスミおねえちゃん。…大丈夫」
「大丈夫。私を信じて、ね」
みんなの目が、ルシフェルと、カスミに向けられている中、一人だけ
別な言葉を発している人がいた。
「…ねえ、十夜くん。…オリジナルは…トーヤくんの、ともだち、だよね？」
「ああ、友達だ」
「…大切な、友達、だよね？」
「大切な友達だ。どうしたんだ、Ｐ−３？」
「うん…あのね、トーヤくんに、お願いがあるの」
「お願い？」
「…どんなことがあっても、オリジナルのそばにいてあげて。
大切な友達として、どんなことでも、力になってあげて。
それから…」
「それから？」
「手…握って」
「こう？」
「うん。トーヤくんの手…暖かい…」
その、十夜達の姿に、最初に気がついたのは、忍だった。
「おい、十夜、何をやってる。今がどういう時かわかってるのか」
「…俺に何が出来るというんだ？園宗寺が言っただろう。
俺が今するべき事は、大切な人の、そばにいることだ」
その声に、次に気付いたのは、由佳里ちゃんだった。
「Ｐ−３おねえちゃん。なにを始めるつもりなのかな」
それで、オリジナルのカスミも、異変に気付いた。
「Ｐ−３、だめっ！十夜くん、Ｐ−３を止めて！
Ｐ−３、第三世代なんて起動しなくていいんだからっ！」
「…オリジナル…だめだよ。私には、オリジナルの禁止は通じないから。
だって…だって、私も、カスミ＝アインハルトだから」
「Ｐ−３、なんで？」
「あのね…オリジナル。オリジナルが、死ぬためにここにきたのは、はじめからわかってたの。
わたしだって、カスミ＝アインハルトだから。
だから、オリジナルの気持ちが、よくわかるの。
…だけど、…オリジナルは、もう、苦しまなくていいの。
私は…Ｐ−３は…もう、十分、幸せだから。
だから、もう…いいの。
…第三世代オーギュメント、Holy Grail、起動…」
「Ｐ−３！」
「…オリジナル、どうして泣くの？私は今、幸せなのに」
…一瞬の中にも、永遠は、あるよ…
「てか、みんな深刻に考えすぎ☆
過負荷を掛けなきゃ元に戻すなんて簡単だよ」
「うん…そうだね、きっと」
「…おい十夜、おまえのオーギュメントなんだぜ。ささっと使って終わらせちゃえよ」
「…無茶言うな。普通のオーギュメントなら使ったことがあるけど
第三世代の使い方なんてわからねーよ」
「…みんな、力を十夜くんに貸してあげて。
みんなの持ってるオーギュメントをＰ−３に…Holy Grailに同調させて。
由佳里ちゃんも、私と一緒に、ね」
「うん、カスミおねえちゃんと一緒に」
「由佳里、Independenceも誘導してくれ」
「聖杯か。…Ｐ−３にはふさわしいかもしれないな」
「…十夜、今回は力を貸してやる」
「十夜、今までずっと出番がなかったんだ。ここは決めろよ」
「Ｐ−３…私も、一緒だからね」
「P-3…死亡フラグ立ててもだめだよ☆これだけみんなの力が合わさったんだからね」
「ふふ。絆の力ね。…甘いわ。あなたたちの第三世代オーギュメントの力は計算済みよ」
「…計られ、測られ、量られ、分かたれた」
これは、誰の声だったろうか。
天空に声が響くと、十夜のオーギュメント、P-3である第三世代オーギュメント、Holy Grailの口から
巨大なSC空間一杯にカレイドフェノムが放たれる。
「これは…血？こんなものがどうかするのかしら。
さて…手加減なしの火炎の一撃、受けてごらんなさい！」
ルシフェルが杖を大きくかざし、振り下ろす。
ルシフェルの杖から次々と火球が生まれて十夜達のもとへ降り注ぐ。
だが、その火球は、すべて途中の血の雨にあたって力を失い、そして、消えた。
「そう、そういう効果があるの。でも、こっちはどうかしらね？」
再び、ルシフェルが杖を振り上げ、それから振り下ろす。
次に生まれたのは、巨大な雹だ。
氷の固まりのカレイドフェノムが、十夜達の元へ降り注ぐ。
だが、その氷の固まりもまた、血の雨に打たれて溶け、雨に吸収され、消えた。
「…そういうことね」
ルシフェルは、杖をもう一度振り上げる。
SC空間の中が、雷光で埋められる。
そして、その電撃が十夜達の頭上に落ちる。
だが、これもまた、血の雨によって乱反射され、血の雨の中で放電しあい、中和し合い、消えた。
「…思ったより、強力なのね。
だけど…SC空間内で切れる武器は、あなた方が教えてくれたわ」
ルシフェルが４対の翼をたたみ、急降下で十夜をめがけて降りてくる。
ルシフェルの杖はいつのまにか、巨大な剣へと姿を変えていた。
その巨大な剣そのもので、直接、十夜達を斬ろうというのだ。
だが…。
「まさか…からだが、動かない…」
ルシフェルが突っ切ってきた血の雨が、ルシフェルに当たって乾く。
その乾いた血が、ルシフェルの行動の自由を奪う。
SC空間で行動するために必要な時間の量子の蓄積を、Holy Grailが生み出している
カレイドフェノムが妨害しているのだ。
ルシフェルは、まっすぐ十夜達の真ん中に墜落した。
「…抵抗、しないで。
今、オーギュメントの機能を停止させるから。
今まで発動した、カレイドフェノムで、さらにカナさんに負担を掛けてる。
これ以上やったら、完全にイデア情報を失って消滅するわ」
「こんなはずはない。こんなはずがない。最強の出力を持つ、ルシフェルが
たかだか一個の第三世代コアブレインに…押さえ込まれるはずがない！」
「…たかだか一個じゃ、ない」
「十夜」
「これは…みんなの、力だ」
「なにをいいだすかとおもえば、つまらない精神論なの？」
「そうじゃないよ☆その杖だって、４つのコアブレインをリンクさせてるんでしょ。
こっちは、センターオーパスにしてコアブレイン役を務めている
P-3を別にしても、完成されたディゾナントが二人に、オリジナル。
それに由佳里ちゃんがいて、壬生おじちゃんがいて
要さんがいて、忍くんがいて、せーしろーくんがいて、十夜くんがいるんだよ☆」
「…出力合戦なら、いくら４つのコアブレインを投入したとしても、分がない。
だから、もう…やめて」
「…まだ、出来ることはすべて終わったわけではない」
「それなら今すぐこれで決着をつけてやる」
「忍、まて！」
霧生がセイクリット・デスを、オーギュメントによる打撃モードに切り替えて
ルシフェルを殴りとばそうとする。
が、ルシフェルは最大出力で回避すると、同じように最大の出力で打撃を加えようと剣をふる。
霧生はあわてて飛び下がり、ルシフェルの一撃を回避する。
「あはは、いいよ、忍くん。その調子で過負荷掛けちゃえ。
そうすれば焼き切れるはずだから」
「P-7!…そんなやり方しないで。…P-3だって、そんなこと、望んでないから。
…みんな一緒にっていうのは、私たちだけみんな一緒ならいいって意味じゃないから。
マナさんも、シルフィさんも、カナさんも、ガイアさんやフレイアさんも、みんな一緒に帰ろう。
十夜くん。…ルシフェルの杖に力を集中して。ディバイドを掛けるから。
ルシフェルさん。…抵抗しないで。普通のオーギュメント相手にでも
この程度にしか出来なくなってるのが、わかるでしょう？
これ以上戦うことに意味はないから。それに、私たちは、決してあなたたちを
裁こうなんていうつもりじゃないから。…だから、もう、やめて」
ルシフェルは、聞いていない。
この血の雨の重圧をふりほどくために、全力を費やしている。
「だからやめて！そんなことをしたら、カナさんが完全に消えちゃう！
それにこれほど負荷を掛けたら、P-3だって」
オリジナルのこの言葉で、十夜が我に返った。
「P-3に過負荷を掛けないために、俺はどうすればいい？どうすればいいんだ？」
「十夜くん☆今すぐルシフェルを分解しちゃえばいいんだよ。
それぞれ、もとは、完成されたディゾナントだったんだから
元通りの完成されたディゾナントに、強制的に戻しちゃえ。
それでルシフェルは機能を停止。完全決着☆」
「わかった…やってみる」
十夜は、P-3に意識を向けた。どんなフェノムそれを可能にして
そのフェノムをどうやったら作れるのかはわからないにしても。
空中に指が現れ、そして、虚空に文字が現れた。
ルシフェルの杖に組み込まれた、それぞれのコアブレインが光を放つ。
だが、その光が急速に弱くなる。ルシフェル自身が、コアブレインを維持するのに力を使っているようだ。
しばらく、力比べが続く。だが、勝敗は明らかだった。
やがて、碧いコアがころん、と転がり落ち、ＳＣ空間内でマナの姿に戻った。
「………ここは…………」
続いて、蒼いコアがはずれる。
「…………ええ、と………一体何があったのかな？」
見た目は同じだが、存在波の流れははっきりと違う、シルフィだ。
続いて、黄色いコアがはずれ、最後に赤いコアがはずれるが
それらのコアは、ディゾナント化することはなかった。
「一体どうして…」
「………どうやら……過負荷でコアブレインが焼き切れてます…」
「…ガイアも、フレイアも、そんな無茶しなくてもよかったのに」
「…内部に蓄積されてたイデア情報の格差よ。
十夜くんたちと過ごしていた時間のあった、マナさんやシルフィさんと違って
ガイアさんやフレイアさんには、単体で存在することを必要とするイデア情報が
すくなかった。その分、…空木効果の反動に、耐えきれなかった…」
「…反動？」
すぐに、その答えはわかった。
カナはＳＣ空間内を、断片的な存在波として漂っていたから。
「Ｐ−７、なんとかならないのか？」
「要さん、無茶いわないで☆いくら私でも、こんな断片じゃどうしようもないよ」
「…そうだ、Ｐ−３は、もう…元に戻ってもらって、いいんだろう？」
「あ、うん、そうだね。Ｐ−３。もういいよ、オーギュメントモードを停止させて。
ほら、…補助ブレイン、機能停止だよ☆」
「………………あれ？全然動かない…」
「…Ｐ−３、だから、だから言ったのに。
だから…第三世代なんて…使わせられないって…」
十夜の手の中には、みすぼらしい杯の姿をしたオーギュメント、Holy Grailがあった。
かつて、Ｐ−３であった、もう、元には戻らない、Holy Grailが。