ストライク・ディゾナンツ
第二話
ここは、アメリカにある、DICE本部である。
今や総帥となった園宗寺要が、P-8から報告を受けている所だ。
「状況はどうなっている」
「ひとまず、英国方面への侵攻は止めた、だが、スカンジナビアは手遅れだった。
イタリアも絶望、マルタ島にP-7を派遣してアフリカ方面への展開は阻止したが
それで手一杯だな」
「ロシア方面は？」
「現在SC空間が拡大中だ。ひとまず救援に行きたい所だが、許可が出ない」
「モスクワは状況を理解しているのか？」
「さあ、サンクト・ペテルブルクの例の研究所が、状況を正しく把握していれば
我々の介入が必要だということを理解してくれるはずなのだが」
「事件が起きてすでに２日目か。どうやら、あのSC空間の中も、無限の
戦力を持っているわけではないようだな」
「一体のディゾナントが登場して領域を広げては、さらに新しい一体が現れる。
同時にSC空間外で活動出来るのは、一体だけのようだ。
おまけに、行動は機械的で、有機的に戦力を統合は出来てない。
現状なら、私１人でも十分対処できる」
「だが、それでは、SC空間の中に消えた世界を救う事は出来ない」
「わかっている。だが、今は守るべき時だ」
「その通りだ。それで、我々が使える戦力はどれだけある？」
「今のところ、量子跳躍可能なのは私とP-7だけだ。アフリカへの侵攻をP-7が止め
イギリス方面に私が対処したら、それで終わりだな」
「それでは、封をしたことになるまい」
「北極を超えようとはしていない。それが救いといえば、救いだ」
「緊急連絡です」
「どうした？」
「クレムリンよりDICE本部へ緊急連絡。ディゾナントへの対処に協力して
もらいたいとのことです」
「P-８、出番だな」
「ああ、そのようだ」
「園宗寺さん、P-8を派遣してモスクワを守ったとしても、それは一時的なものですよね」
「ああ、その通りだ、忍」
「我々に出来ることは、何もないのでしょうか」
「量子跳躍はむりでも、空が飛べなければ意味がない。
空が飛べ、SC空間戦が可能な能力者が必要になる」
「各国軍に協力は依頼できないのですか」
「『先生』の手を借りる必要があるな」
「どういうことですか、園宗寺さん」
「新しいデバイスが必要になる。空を飛ぶSC空間戦が可能になる
まったく新しいデバイスが」
「P-7やP-８は、SC空間で空を飛んで、しかも戦えてます」
「彼女達が特殊なのだ。我々には、あのような能力が備わるためには
新しいデバイスが必要になる」
「ですけれど、それが 完成するまで、手をこまねいているわけにも、行かないですよね」
「もちろんだ。…そして、後一人だけ、対応可能な男がいる」
「だれですか？」
「本人がその気になってくれなければならないがな」
「もしかして、十夜ですか」
「ああ、十夜と…ただ一つ存在する第三世代オーギュメント…P-3なら、対処可能だろう」
「他にも、完成されたディゾナントは存在するでしょう。彼女達の手は借りられないのですか？」
「彼女達が飛ぶためには、飛ぶためのオーギュメントが必要になる」
「つまり、我々には…あまり選択肢がない、ということになる」
「先生の開発能力次第、ということですね」
「そうだな」
さて、こちらは日本である。
日本といえども、欧州がSC空間に飲み込まれている事態は把握されていた。
だからといって、何か対策があるわけでもないのも、日本政府らしい。
「なんか地球の反対側じゃ大変なことになってるみたいだなぁ」
「誠志郎くん、なにか人ごとみたいだね」
「人ごとには違いないだろ。俺たちに何か出来ることでもあれば別だけど
俺たちは、P-８やP-7がディゾナントを叩いてくれるのを期待する以外、なにも
出来ることはないんだぜ、カスミ」
「…出来ることならあるの」
「P-3、どうした」
「第３世代オーギュメントの出力があれば、P-8に対抗出来る程度の
ディゾナントが相手なら、迎撃は可能なの 」
「だが、それは…」
「P-3、あなたは、もう戦わないことを選んで、K-unitのオリジナルになったんじゃないの？」
「うん、それはそうなの。だけど、こんな時、私に出来ることがあるのに、なにも
しないっていうことも、出来ないの。もちろん、トーヤくんを危険にさらすのは
気が進まないことなの。だけど、私のことなら心配しないで欲しいの」
「だが、俺に何が出来るかわからない。俺は必要とされてるんだろうか」
「ねこの手も借りたいのは事実だろうぜ」
「先輩方、お久しぶりです」
「立香じゃないか、どうしたんだ」
「立香さん、お久しぶりです」
「さっきまで、先輩のところで空を飛ぶ練習をしてたんです」
「先輩のところでって…P-7の所だよな。なんで空を飛ぶ練習とかしてるんだ」
「空を飛ぶディゾナントを相手にするため、だそうです」
「やーほー、みんな元気してる？」
「P-7、地中海に行ってるんじゃなかったの？」
「オリジナル、量子跳躍使えばどこでも同じ場所だよ。
それでね、…P-3にお願いがあるんだけど、いい？」
「わかってるの。…第三世代オーギュメントの力が必要なの」
「そういうこと。…モスクワに向かうと見えたディゾナントが
サンクト・ペテルブルクへ方向を変えたの。
P-8が追撃してるけど、うまくいかないみたい」
「P-7は行かないのか？」
「私は地中海を守るので手一杯。それで、すぐに行って欲しいんだよ。
大丈夫、P-3なら、トーヤくんつれて、飛べるよね」
「うん、大丈夫」
「十夜君、気をつけて。…仮にも、戦場に行くんだから」
「かならず帰ってくるよ、カスミ」
「十夜君…」
「おーおー熱いことで」
「柊、そこ、冷やかす所じゃないよ」
「へいへい、瞳さんの言うとおり」
「名城、大丈夫、必ず帰ってくる。P-8も一緒なんだから」
「…データ受領完了。量子跳躍準備完了」
「あとは警察に捕まらないようにね〜。」
「それはSC空間を展開して待ち受けるから大丈夫」
「了解、じゃ、私は帰るから」
「先輩、私は『先生』の作る、新しいオーギュメントをもらってから
先輩の所に帰りますね」
「うん、それでいいよ立香。何が起きているか、感じとってくれたとは思うから」
「はいっ」
「トーヤくん、行くよ」
量子跳躍。かんたんに言うと、テレポーテーションである。
無限の動力源…質量をエネルギーに転換することのできるエネルギージェネレーター
K-unitのオリジナルであるP-３には、２点間の距離を十分に強力な存在波で
トンネル効果を起こして、日本からロシアまで飛ぶ事が出来るのだ。
「説明はともかく、ここはどこなんだ？P-3」
「ロシア軍の基地のどこか…すぐにSC空間を張るね」
ロシア軍の軍事基地のど真ん中に量子跳躍したのだ。
さすがにすぐに歩哨に誰何される。
その声がこだまするまもなく、この付近一帯がSC空間へと変貌した。
「P-８と連絡は取れないのか？」
「まって、トーヤくん。今聞いてみるから…うん、うん、…もうすぐここへ現れるよ。
P-8がSC空間を同期させて連結させるって」
十夜が今まで見たこともない、巨大なSC空間が現れる。
一都市を飲み込むどころか、一地方を飲み込む巨大なSC空間だ。
「これでも、あのディゾナントが発生させてるSC空間と互角でしかない。
なのに、私はオーバーワーク気味…向こうのディゾナントも合わせてくれてるから
対応出来てるけど」
「合わせてくれている？」
「うん、理由はわからないけど、あのディゾナント、SC空間にすべてを飲み込む
のが目的で存在して居るみたい」
「すべてをSC空間に飲み込む…一体どういう訳なんだろう」
「理由探しはあとだよ、十夜君…そろそろ、ディゾナントが見えてくるはず」
P-3の言うとおりだった。SC空間でゆがむ空の中に、一点、黒い何かが見える。
それに追いすがるP-8の存在波も感じ取れる。
『P-8だ、十夜、聞こえるか』
「ああ、聞こえるよ。どうやって声を伝えてるのかはわからないけど」
『量子跳躍の応用だ。声をおまえ達のそばに存在波で伝えている。
それより、こちらからあのディゾナントのデータを送る。
どうやら、奴らも進化をするらしい、私では対処仕切れない』
「あんたに対処出来ない物が、俺たちなら対処できるというのか？」
『私の記憶が正しければ、こいつは地上からの攻撃に弱いはずだ』
「地上から…」
P-3がP-8から、相手のディゾナントの情報を手に入れる。
「…データベース検索……Ju-87タイプのディゾナント、大きさは１００ｍ。
早くはないけど、巧みな機動でP-8の攻撃をことごとく避けてる。
これを倒すには、相手が一定の動きをする瞬間を捕らえるしかないみたい」
「一定の動きをする瞬間？」
「こういうとき、せーしろーくんがいると蘊蓄を語ってくれるんだろうけど、
たぶん、元のイデア情報は、ルーデルだよ」
「あの化け物か。…どうやって落とせっていうんだよ」
「イデア情報がルーデルだからこそ、落とせるチャンスがある、私はそう思うの」
「どうやるんだ？」
「出力なら第三世代のこっちが上なはず、だから、囮を作れば…」
P-3は、軍事基地＝軍港＝にある一隻の船へと十夜を導いた。
「ここで、どうするっていうんだ」
「この港で一番大きな船に隠れて…って、隠れるなんて無理か。
これだけ存在波を出してSC空間を作っているんだから」
「それで、一体これから何を始めるんだ？いや、何が始まるっていうんだ」
「チャンスは一度だけ。たぶん、あのディゾナントは、急降下で
私たちを襲うはず。だから、あとは、動きを逆に読んでやられる前にやる！」
「…大変なことで」
「P-8のたてた作戦だよ。これが一番確実だって」
「…言う方は気楽でいいよな」
「………トーヤくん」
「何？」
「来たよ」
P-3の言うとおりだった。
今やディゾナントは空に浮かぶ点ではない、巨大な翼を持つ飛行機。
十夜達にとっては、死を呼ぶ翼かもしれない。
「右旋回…急降下開始…トーヤくん、チャンスは一度、照準をこちらに
合わせた瞬間！」
「そんなのが…」
「わかるよ。存在波でつながる限り！」
「……………今！」
Ju-87タイプのディゾナントが、爆撃を加えるのと、十夜達が
全力のカレイドフェノムを放つのとは、ほとんど同時だった。
P-3のシールドが大きく削られる。
「………なんとか、耐えきったかな」
「向こうは？」
「まだ、わからない」
『こちらP-8、良くやったな十夜。ディゾナントは撃退した』
「良かった…けど、こんなことをいつまでも続けられるとは思わない」
『私も同感だ。私は疲れを知らないとはいえ、限度というものがある。
だからこそ、『先生』の、新しいオーギュメントに期待するのだ』
「新しいオーギュメント」
『そう、空を飛び、ディゾナントを迎撃出来る新しいオーギュメント。
第二世代の出力で、SC空間の空を飛び戦うオーギュメント、能力者が得る
新しい翼を』
「それは、いつ出来るんだ？」
『もうすぐだ。…技術的には、あまり難しいことはないから』
空飛ぶディゾナントの侵攻は、モスクワ前面、そして、ペテルブルクのそばで停止した。
だが、それはP-8,P-7、そして十夜の戦いによるものでしかない。
今だ、ヨーロッパのほぼ全域がSC空間で埋まっていることに変わりはないのだ。
『先生』の作る新しいオーギュメント。それが備わったとき、初めて
本当の意味での、戦いが始まる。