ストライク・ディゾナンツ

それがわかったときには、既にドイツ南部バイエルン州は、SC空間に完全に飲み込まれており
それが何を意味するか、検討を始めたときには、すでにオーストリア、ドイツ、ハンガリーは
SC空間の中に消え、ポーランド、フランス、ルーマニア、北イタリアも消えかけていた。

「状況は知っているか？P-８」
「要か。今存在波を確認した。…困った物だ。何かが起きていることはわかっていたが
　何が起きているかの確認を自分で行う事を怠った。まさかと思っている内にこの体たらくだ。
　それにしても信じられん。これほどの大事件が起きているとはな」
「…直ちに対処出来るか？」
「……現在SC空間に飲まれた領域については、手の施しようもないな。
　とりあえず現地に飛ぶ。先生にはそちらから連絡を」
「了解した。とにかく、何かが起きているということだな」
「そういうことだ」

量子跳躍。完成されたディゾナントの中でも、特に優れた能力の持ち主のみが可能である。
わかりやすく言えば、テレポーテーションだ。
とはいえ、この能力にも限界がある。量子跳躍が可能なのは、存在波で結びあわされた２点間のみ。
つまり、SC空間内部に量子跳躍するわけにも行かないし、二点間を結ぶ存在波の共鳴が
乱されるような状況でも、跳躍擦るわけにはいかない。
P-８が調査のために飛ぶとしても、異変の起きている現場へはとても飛べない。
飛ぶことが可能なのは、異変の前線から十分に離れた場所。

ドーバーの断崖に立つP-8は、まだフランス上空に存在する「それ」を感知した。
P-8は直ちに空を飛ぶ。…こんどは、量子跳躍ではなく、普通の飛行だ。
レビテートでもない。鳥のように大空を舞う。

亜音速での飛行である。あっという間に接近する「それ」を、存在波感知ではなく
肉眼で確認～いや、P-8にとって肉眼での確認というのは意味を持たないが～出来る距離にまで接近する。

P-8の思考はここで止まった。
巨大ディゾナントが、カレイドフェノムをP-8に向かって放ってきたのだ。
P-8は、放ってきたカレイドフェノムを軽く回避する。
しかし、これはやっかいな相手に間違いない。核攻撃のイデア情報を打ち込んで
どうこう出来るような柔な相手ではないだろう。
出力だけ言えば、おそらくは、自分をもしのぐ強大さと考えていい。
なにしろ、２００ｍ級のディゾナントである。歩く研究所P-4が作る、ただの研究室ですら
こんな大きさではない。それに、今のフェノムの出力だ。
あんな巨大な出力は、最終兵器として作られた自分ですら、発揮することは不可能だ。
逆算して、相手は第３世代オーギュメント級の出力を持っていると見て間違いない。

こうまで急速にヨーロッパがSC空間に飲みこまれていった理由がわかる。
これほど強力な出力があれば、半径２００ｋｍをSC空間に飲み込むことも可能だろう。
だが、デバイスレインには、そこからが真の戦いだ。

「…わたしだ。聞こえるか？」
「おまえか、どうした」
「巨大ディゾナントを確認した。どうやら、こいつが異変の元凶らしい。
　今イングランドに向かって侵攻中。ただちに迎撃する」
「撃破出来るか？」
「やってみなければわからないな。
　私の姉妹を集めてくれ。…万が一に備えて」
「わかった。緊急に取りかかる」
「頼んだ」

K-unit。…オリジナル、カスミ＝アインハルトのイデア情報を正確にコピーして作られた
P-シリーズすべての元になった”完成されたディゾナント”の一号をモデルにして
作られた、エネルギージェネレーターである。
その詳しい説明は、また別な物語である。
ここでは、ただ、SC空間を利用して質量からエネルギーを取り出す、究極の
エネルギージェネレーターとだけ理解して欲しい。
もちろん、単にエネルギーを発生させるだけではなく、そのエネルギーを
適当な形で取り出せるようになっている。
その、適切な形で取り出す…という部分が壊れて、暴走を始めたとしたら？

P-8のつぶやきももっともだ。あの巨大ディゾナントは、大きさこそ２００ｍ級であるが
その姿は、ドイツが作り出したゲテモノ爆撃機～いかにもドイツらしいとも言えるが～
双子エンジン搭載、急降下爆撃可能な４発重爆、He-177だったのだから。

SC空間戦では、通常空間ほど距離は意味を持たない。
SC空間には、端っこというものが明確に存在する。
だから、一定距離以上相手から離れるわけにはいかないのだ。
このことは、より強大なパワーを持つ側が有利であることを意味する。
無限に逃げ回られずに済むのだから。

P-8は、巨大ディゾナントを相手に、高速機動で、カレイドフェノムをあちこちに打ち込む。
巨大ディゾナントの方は、回り中にカレイドフェノムをばらまくが、どれ一つまともに
P-8には命中しない。P-８の機動予測が出来ていないのだ。
一方、巨大ディゾナントの方は、その巨大さそれ自体が不利益となり、P-8の動きについていけてない。
それでも、放つカレイドフェノムの量を増やすことで、P-8の機動を封じ、出来れば
P-8がカレイドフェノムを有効に放てない距離にまで追いやろうとはする。
戦闘経験がなければ、まるで噴火山とも見えたろう。

カレイドフェノムに手応えを感じる場所を見つけ出した。
そこが、あの巨大ディゾナントのコアブレインの場所。
コアブレインを、存在波的に破壊すれば、ディゾナントは存在を辞める。
だが、あれほどの圧倒的な出力を持つコアブレインをどうやって破壊するつもりなのか？

「…相手がK-unitだとわかっていれば対処法はある。
　単体の出力はそれほどでもないはず。…存在波の同調を乱せば、位相のずれが出力の低下をもたらす。
　その出力低下は必然的に内部のエネルギー損失の増大となり…」

難しい話を抜きにして、直感的な言い方をするなら、エンジンそのものを止めることが出来なくても
オイルタンクに穴を開ければ、いずれエンジンオイルが抜けてエンジンが焼き付くのと同じである。
それで分かりにくければ、マラソンランナーに服をどんどん着せていくような物。
そんなことになれば、ランナーは自分自身が運動で出す体温で熱射病になってしまうだろう。
あるいは、…いや、比喩を並べればならべるほど混乱するだけかもしれない。
とにかく、P-8は、発見したコアブレインそれ自体に、調整したカレイドフェノムを打ち込んでいく。
もちろん、巨大ディゾナント側も必死だ。全力でP-8を撃破しようとさらに出力を高めていくが
その高めた出力が、自らの内部損失によって、自分自身を構成するK-unitをオーバーロードで
破壊することになる。…その破壊されたK-unitの出力を補うためにさらにオーバーロードを
加え、それが破壊を生み出し………加速度的にコアブレインは崩壊していった。

「…私だ。ひとまずイギリスへの脅威は排除した」
「そうか。…先生には連絡を取ったよ。おまえから直接話を聞いた方がいいだろう。
　状況がまとまり次第、本部に戻ってくれ、対策を練る必要があるようだ」
「そんな暇があるのか？」
「どうやら、彼らの力にも限度があるようだな。
　今のところ、SC空間の拡大は抑えられている」
「…そうか。では、今から先生の所へ飛ぶ」
「わかった。報告は出来るだけ速く頼む」
「済まなかったな。あなたの時間に割り込んで」
「いや、今起きていることからすれば、当然のことだ」

そう、今起きていることからすれば、当然のことだった。
ドイツを中心として、ヨーロッパのほぼ全域が、SC空間に飲み込まれてしまったのだから。
なるほど、イギリスを飲み込もうとしたディゾナントは、P-8が撃破した。
今のところ、あの巨大なSC空間から、新たなディゾナントが現れようとはしていない。
しかし、それは、これですべてが終わったということは意味しない。
いや、これは、始まりの、そのまた始まりに過ぎない。

ストライク・ディゾナンツ

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