第３ラウンドのゴングが鳴るの。

「アインハルトさんはどんな修正をしてきたんだろう」
「エーデルハルトさんの方は？」
「エーデルハルトは今まで通りに戦うだけでしょう。
　アインハルトの作戦変更を見てから対応を変えるでしょうね」

ジルコーチの言葉通り、エーデルハルトさんは自然体で構えてるの。
アインハルトさんは、前２ラウンドで劣勢なの。判定に持ち込まれたら、このままだとアインハルトさんの負けなの。

「お互い様子をうかがってますね」
「このラウンドは様子見で終わり？」
「そんな勝負は二人ともしないでしょう」

アインハルトさんも、エーデルハルトさんも、本当に隙が無いの。
無理に隙を作ろうとすると、逆につけ込まれるのは、前の２ラウンドでわかってることなの。

アインハルトさんが強引にエーデルハルトさんのガードの上を叩くの。
もちろんエーデルハルトさんはこれを難なくガードするの。

「覇王　断空拳！」

さらにガードの上に断空拳を打ち込むの。
もちろんエーデルハルトさんはガードするけど、その威力でリング際まで吹き飛ばされるの。
第２ラウンドは、アインハルトさんが追い打ちを掛けなかったけど、今回はアインハルトさんはそれを追って間合いを詰めるの。
態勢を整えようとするエーデルハルトさんに正面からストレートを打つ、エーデルハルトさんはそれをガードするの。
アインハルトさんはさらに強引に逆の腕で……違う！　本命はボディアッパーなの。

これがまともにエーデルハルトさんに決まるの。
エーデルハルトさんは苦痛に顔をゆがめるけど、ダウンはしないの。
逆にアインハルトさんへフックを打つの。アインハルトさんはそれをまともに受けつつクロスカウンターのフックを打つの。
でも、アインハルトさんのフックの方は、エーデルハルトさんにガードされてしまうの。

ここでアインハルトさんは間合いをひらき直すの。

「今、エーデルハルトさんがガードし損ねたね」
「多分、ノーヴェが修正を入れたんでしょうね」
「修正って、気配を変えて打つ能力がアインハルトさんにもあるってことなの？」
「そうではないでしょうね。でも、気配を殺して殺気を出さずに放つ技術はアインハルトにもありそうです」

さすがに、練習でやってないことは出来ないの。
でも、言われただけで殺気を消して打撃を放てるのは、さすがアインハルトさんなの。

「お互い、殺気のない打撃を打てると、予測して防御ができない事になりますよね」
「見てから反応するしかないってことだよね」
「そうですね。でも、多分それでは間に合わない早さでお互い打てる」
「断空拳がそういう打ち方出来れば……」
「それが出来ればアインハルトにも逆転の目はあるでしょうけど」

断空拳はアインハルトさんの必殺の一撃なの。
だから、きれいに決まればそれで勝負ありだったの、いままでは。
そして、きれいに決まるぐらいに相手が消耗してから繰り出してきたの。
だけど、エーデルハルトさんは、第１ラウンド、まともに断空拳を受けても膝をつくだけだったの。

「エーデルハルトは耐久を鍛えてますね。断空拳をまともに受けても膝をつくだけで済むぐらいにまで」
「それでも、良いのがもう一度決まればわからないかも」
「断空拳を放つときに殺気のない一撃を使えればあるいはわからないかもしれませんね。
　でも、アインハルトがそういう練習をしてたとは思いませんよ」
「確かにそうなの」
「じゃあ、今からでも殺気を消して打てばいいんじゃないかな」
「練習で出来たこと以外、実戦では出来ません。
　練習で出来たことの７割実戦で出来れば一流です。
　もちろん、二人とも一流、あるいは超一流ですよ。
　それでも、練習で出来たことがすべて出来る以上の事はむりですよ」

そう、練習の段階で勝負は８割ついてるの。
どれだけのレベルの練習が出来てるか、そのレベル差がつまり、勝負の結果なの。
ジルコーチのいうことはわかるの。

「んじゃんじゃ、今から練習すればいいんだよ、残り３分このラウンドで練習して、次のラウンドで実践すればなんとかなるよ」

ジルコーチはそれを聞いて苦笑いします。

「そんな短時間に身につくなら誰も苦労はしませんよ、ヴィヴィオ」
「でも、そうでもしないと、アインハルトさんに勝ち目がないよ」
「それは同意しますね。練習のレベルが、ほんの少しですけど、エーデルハルトの方が上ですね。
　気配を殺して打つ技術の点で、アインハルトより、エーデルハルトの方が上です。
　そして、それを埋め合わせる何かが、アインハルトにあるようには見えない」
「アインハルトさんが動いた」

アインハルトさんが再び間合いを詰めて行くの。
エーデルハルトさんは間合いを維持しようとゆっくりリングを回って行くの。
アインハルトさんはそれを確認して、間合いを急速に詰めて行くの。
逆にエーデルハルトさんが間合いを詰める！
そして、両者同時にストレートを放つの。
それを二人とも同時にスウェイでかわすの。

「気配がないのに読めたの？」
「気配がなくても、相手の考えが読めたのでしょう。
　読んだのは気配ではなく、頭の中ですね」

アインハルトさんもエーデルハルトさんも、もう間合いを開いて勝負する気はないみたいなの。
両者ともミドルレンジでの打ち合いを始めるの。
でも、お互い打撃を受けないことを打撃を与えることより重視してるみたいで、有効打はお互いにないの。

「見て反応しても対応できてるのかな」
「どうなんでしょうね」

エーデルハルトさんの一撃が再びアインハルトさんを捕らえるの。
その一撃でアインハルトさんはダウンするの。

「テンポを半拍だけエーデルハルトがあげましたね」
「それでアインハルトさんが反応出来なかった？」

アインハルトさんは再び立ち上がるの。それほど打撃は受けてないみたいなの。
だけど、このラウンドも失うと、第４ラウンドよっぽどいい勝負をしないと、判定負けなの。

「このラウンドを失うなら、アインハルトにはノックアウト以外での勝ち目がなくなりますね」
「ダウン回数から見て、ラウンドを失うのは確実にみえますが」
「ほんの少しの差なんですよ。でも、確実にエーデルハルトの方が上ですね。
　一撃の重さならアインハルトに分があります。でも、それを当てさせない能力がエーデルハルトにある」
「だけど、当たれば……」
「れば、たら、は勝負に禁物ですよ」

ジルコーチの言葉通りなの、運任せの勝負に持ち込むと、大抵大負けするの。
だけど、紙一重の差でも、それを破れないと、アインハルトさんに勝ち目がないの。

アインハルトさんは立ち上がると、再び中距離での殴り合いを挑んで行くの。
エーデルハルトさんもそれに応じて殴り合うの。

「同じ事の繰り返しをやるほどアインハルトも熱くなってるとは思いません。
　でも、どんな策があるのかしらね」
「半拍テンポをあげるのをアインハルトさんが出来ればこんどはアインハルトさんにチャンスがあるかも」
「それはエーデルハルトも想定内でしょうね」
「覇王　断空拳！」

！

アインハルトさんの断空拳がエーデルハルトさんにクリーンヒットするの。
エーデルハルトさんがこの試合、始めて、完全なダウンをするの。

「今のは？」
「半拍あげたテンポで断空拳を放つ、断空拳の”ため”を考えると、一拍早く打ててる」
「そんなことが出来るの？」
「断空拳を連打のフィニッシュで放つ練習のたまものでしょうね」
「それを、殺気無く放ったってこと？」
「ですね」

エーデルハルトさんは、やっぱり楽しそうに立ち上がるの。
アインハルトさんも、エーデルハルトさんが立ち上がってくるのは想定してたようなの。
そして、こんどはエーデルハルトさんが一気に間合いを詰めて行くの。
アインハルトさんは落ち着い迎撃のパンチを打つの。
それをエーデルハルトさんはガードして、クロスレンジでフックを打つの。
そのフックがまともにアインハルトさんに当たるけど、アインハルトさんはそれに耐えて間合いを開くの
でも、エーデルハルトさんはさらに間合いを詰めて足払いを掛けるの。

軸足を払われてアインハルトさんがダウンするの。

ここで、第３ラウンド終了のゴングが鳴るの。

「アインハルトさんにも目がでできたのかな」
「確かに、断空拳がきれいに入って、完全なダウンを奪いましたね。
　だけど、このラウンド、ひいき目に見ても互角でしょう。
　第４ラウンドにノックアウト出来無ければ、アインハルトに勝ち目はないでしょうね」
「もちろん、エーデルハルトさんもそれはわかってますよね」
「もちろんそうでしょうね」
「無理せずに判定勝ちを狙われたら終わりってことなんじゃ」
「そういう勝負はしないでしょう。でも、追い詰められてるのがアインハルトであることは間違いないですね」

このラウンド、アインハルトさんは練習の成果を出して、ダウンを奪ったの。
だけど、ダウンしても大してエーデルハルトさんに効いてるようには見えないの。
最終第４ラウンド、アインハルトさんはどんな策が残ってるのかな。

「断空拳を何度かクリーンヒットさせる。それ以外にアインハルトの勝ち目はありませんね」
「完全に入ったら一撃で決まらないかな」
「さっきの一撃を見る限り、一撃では終わらないでしょうね。
　ダウンした後の動きを見る限り、十分な打撃には結びついてません」
「でも、もしかしたらものすごい威力の断空拳が残ってるかも」
「練習でそういうものが有りましたか？」
「見たことないよ」
「なら無理ですね」
「うーん……じゃあ、さっきの一撃みたいなのを何回か入れるしかないってこと？」
「そうですね、それで打撃を累積させて１０カウント立ち上がれないだけの打撃を入れることが出来れば、アインハルトにも勝ち目がある」
「だけど、それはエーデルハルトさんも計算してますよね」
「ええ、そうでしょうね、半拍早くする手がなんども通用するようなら、アインハルトが勝てるでしょうが……」
「さすがにエーデルハルトさんに限って、それはないよね」
「そうですね」

確かに、エーデルハルトさんは、さすがチャンピオンになってるだけあるの。
そして、アインハルトさんに対応するための練習を積んできてるの。
アインハルトさんもエーデルハルトさん対応の練習はしてるはずだけど、今までその成果は十分には出てないの。
練習以上は無理、それでも、練習で出来たことが１００％出来ればまだ……


 

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