「じゃ、読む」
「お願いします」

フォビアさんは、ひとまず目次を調べます。

「分厚い回想録だけあって、必要な部分を探すのは大変」
「魔女の森にかんする回想があればいいのでしょう？」
「そうだけど、目次には直接は書いてない。
　シュトラに行ってからの項目を拾ってみる」
「はい」

ページをめくって、フォビアさんは、シュトラにリッドが到着してからのページを黙読しはじめます。

「どうですか？」
「途中は、はしょって大雑把に説明する。
　リッドがシュトラに来たのは、オリヴィエの友人として。
　リッド自身の旅の途中で偶然オリヴィエと出会ったのが、知り合った始まり。
　その後、しばらく食客としてゼーゲブレヒト家にいたが、オリヴィエがシュトラに向かったので
　オリヴィエの友人としてシュトラへ向かったと書いてある」
「それは私も覚えてます。
　同時ではありませんでしたが、ほどなくリッドも見えましたね」
「リッドとオリヴィエ、そしてクラウスは仲が良かったと書いてある。
　オリヴィエは同い年だが、クラウスやリッドより年長のように振る舞ってたそうだ」
「そうでしたね」
「クロゼルクとも親交があった。これは当然。
　ただ、リッドとはケンカしあう仲だったと書いてある」
「それも覚えてます。ネコのようなクロとリッドとは不思議とケンカしてましたね。
　殴り合うとか、そういうのではないのですが」
「クラウスとリッドは親しく殴り合う仲だったみたいだけど」
「ええ、リッドはいい友人であり、ライバルでした」
「ええと……それから、数年は、戦乱の世としては比較的平穏な日々が続いたよう。
　もちろん、なんの戦もないとはいかないけれど、クラウスとオリヴィエとリッドの関係は
　変わらずに続いてた……あの事件までは」
「あの事件？」
「聖王家がオリヴィエを使ってゆりかごを起動しようとした事件」
「ゆりかごって、なんなの？」
「聖王のゆりかご、最強の禁忌兵器。月の魔力を受けて次元跳躍攻撃を加える宇宙船」
「そんなものがあるんだ……」
「あっただよ。もう壊れちゃった」
「それは幸いなの」
「うん、全く」
「ゆりかごを起動できるのは聖王家の血筋のみ。そして、起動した聖王は
　自らの生命力をゆりかごの動力源として、おおよそ一月で命を落とす。
　その後、ゆりかごは再び眠りにつく」
「……むちゃくちゃな兵器なの」
「私もそう思う。当時の人もそう思ってたよう。
　少なくとも、クラウスとリッドはそうだった」
「当然ですね」
「しかし、聖王家はそうは考えなかった。
　だから、オリヴィエを使ってゆりかごを起動し、それをもって
　戦乱に終止符を打とうとした。
　あるいは、単に聖王家の地盤固めを計ったのかもしれない。
　それはリッドには分からない。
　ただ、クラウスは聖王家に反対の意志は伝えたと書いてある」
「それは私も覚えてます。しかし……」
「……聖王家の意志は固かった。
　そして……いや、ここからはちゃんと詳しく読む」
「どうしたんですか、クロ」
「魔女の森の話が書いてある」
「どう書いてありますか」
「魔女の森、ここは名目上シュトラの領土に数えられていたが、魔女クロゼルク一族による自治がおこなわれていた。
　インクヴァルド家は、保護者としてシュトラの魔女の森を統治していたと言って良い。
　だが、そのことが逆に魔女の森にとっての不幸となった。
　シュトラの覇王クラウス＝インクヴァルドや、姫騎士オリヴィエの騎士団に正面から対抗できる勢力は
　シュトラの近隣には存在しなかった。
　だが、シュトラの覇権を快く思わない勢力は、シュトラの近郊にも存在していたのは事実である。
　彼らは、シュトラの国力を漸減していく事を意図した。
　そのための標的として、まず選ばれたのが、魔女の森だった。
　この森は経済的にはシュトラにとってほぼ無価値であったが、水源を守り、広大な緩衝地帯を得る、という意味では
　非常に重要であった。
　彼らは、そこに目を付けた。
　彼らは森全体を一気に焼き払うべく、一斉に燃える水を用いての焦土作戦を決行したのだった」
「燃える水？」
「油の中でも、特に燃えやすいものを、燃える水、と当時呼んでいました。
　今なら、ガソリンとかそういう油になるでしょうね」
「クラウスはただちに軍を率いて救援に向かったが、そのときには手遅れで、クロゼルクの族長も命を落としていた。
　自然をそのまま残しているために、大した経済価値もないし、誰にも敵意を向けたことのないクロゼルク一族の統治だったから
　まさか森を焼き払おうとする存在が出るとはクラウス達にとっても想定外であった。
　賊は討伐されたが、森は帰ってこない。もちろん、失われた命も」
「……クロはその後別の森へ移り住みましたね」
「そういう伝承になっている」
「……クロ？」
「もう少し続ける」
「どうしたんですか、クロ？　森の話はこれで全部なのではありませんか？」
「多分そう、だけど、これからがオリヴィエとクラウスの関係の重要な部分みたい」
「クラウスの……」
「……クラウスの記憶は一面的。第三者の目でみたことを知るのも大事」
「ありがとう、クロ」
「礼には及ばない。私もすこし興味がある。
　オリヴィエはゆりかごについては十分に知っていた。
　聖王家に連なるものとして、それは常識であった。
　それでも、オリヴィエはゆりかごに向かうことを決意したようであった。
　クラウスとリッドは翻意させるべく手を尽くした。
　しかしながら、オリヴィエの意志は固かった。
　オリヴィエ自身は自らに何が起きるかをクラウスにもリッドにも説明しなかったが
　過去のゆりかごの起動事例を見れば、それが何を意味するかは明らかであった。
　聖王家は焦り始めた。ゆりかごを起動しなければ、それは聖王家の命運に関わる。
　ゆりかごについて熟知していない人々は、聖王家がゆりかごを起動することを求め始めていた。
　その期待に応えられなければ、聖王家はいっきに人心を失いかねない状況だった。
　聖王家とその同盟国は、必要とあらばシュトラに武力を用いることすら検討を始めていたのだった。
　クラウスはこれに対し、迎撃戦の計画を練り始めた。
　それが、皮肉にも、オリヴィエの決意をさらに強固にするものとなった。
　シュトラと聖王家との全面戦争を回避する唯一の方法が、自らがゆりかごの聖王となることであるように思われたのだ。
　たぶん、オリヴィエの判断は間違っていなかったろう。
　クラウスも、聖王家も、後にはひけない状況になっていたのだから。
　オリヴィエは、クラウスに別れを告げて王都へと向かった。
　さすがに、黙って行くのは忍びなかったのだろう。
　リッドはその後を追ってすぐに王都へと向かった。
　ゼーゲブレヒト家から帰還命令が出ていたのを、クラウスの希望という形で断っていたというのが理由の一つ。
　そして、オリヴィエから事情を聞こうとするのがその二つ。
　しかし、リッドはオリヴィエと会うことが許されず、そのままゆりかごは起動され、天空へと向かった。
　戦乱を抑える切り札は、起動したのだった。
　しかしながら、オリヴィエは何度も書いては消し、書いては消しした、リッドとクラウスへの
　手紙は用意していた。
　クラウスに送られた手紙の内容は分からない。いや、それどころか、その手紙が届いたかどうかさえ謎であった。
　聖王家は、クラウスとオリヴィエのつながりをできるだけ消そうとしていた。
　リッドへの手紙はまともに届いた。
　その内容は、リッドのこれからの身の振り方についてのアドバイスが主であった。
　しかしながら、オリヴィエの本音が透けて見える文も存在した。
　『クラウスに、よろしくお伝えください。手紙は別に書きましたが、届くかどうかは不明です。
　　クラウスには悪いことをしました。あの人は子供のようにまっすぐです。すべてがまっすぐな人です。
　　ですから、私を止めようと拳を握ったときも、あなたとなぐりあうときのような本気は出せなかったようです。
　　あなたも私と同様、女の子ですのにね。
　　話が脱線しました。ゆりかごのプログラムは聖王家に逆らうものすべてを攻撃するようになってます。
　　少なくとも、ゆりかごが浮いてるうちは、シュトラが聖王家に敵対行動をとらないよう手を打ってください。
　　私の意志ではどうにもできないので、あなたにお願いします。
　　あと、クラウスには、私が笑顔でゆりかごに乗ったとお伝えください。
　　あなたには真実が分かっておられるでしょうが、クラウスには伝えないようにお願いします』
　本当に笑ってゆりかごに乗れるのなら、オリヴィエとリッドを会わせない理由はないはずだった。
　オリヴィエの本音を知られたくないから、リッドはオリヴィエと引き離されたのだと理解した。
　そして、本音がどこにあるのかも」
「……オリヴィエは、あのとき、笑顔で別れたはずです」
「でも、リッドの回想録にはそう書いてある。信じられなければ自分で読む」
「いえ、クロを信用しないわけではないのです」
「なら、何を疑問に思う」
「リッドが女の子だったというのもクラウスは知りませんでした。
　それに、オリヴィエは終始笑顔でゆりかごに乗ったと思ってました。
　リッドはあれからシュトラには見えなかったのですが……」
「そのことについても説明があるはず、読もうか？」
「いえ、それはいいでしょう。リッドにはリッドの事情があったのでしょうから。
　しかし、私の記憶のオリヴィエが笑顔でなかったことはありませんでした」
「クラウスはまっすぐだったと書いてある。人を疑うことを知らなかったと思う」
「そうでしょうね」
「だから、オリヴィエはゆりかごに乗らざるを得なかった。
　オリヴィエの体は王妃になるには向いてなかった」
「腕がないことですか？　義手で十分対応できていたと記憶してますが」
「そっちじゃない。王妃の仕事の一つは王家の血を絶やさないこと。
　特にインクヴァルドの一族には記憶の伝承という任務がある」
「そうですね、それと……」
「鈍いのも時々犯罪。オリヴィエの体は妊娠できないものだった。
　だから、シュトラの王妃にはなれなかった。
　それがオリヴィエがゆりかごに乗った本当の理由。
　オリヴィエがクラウスと一緒に居続けることはどのみちできない。
　遅かれ早かれ、クラウスは王妃を迎えねばならない。
　それを笑顔で祝福できれば、多分、オリヴィエはゆりかごに乗る必要はなかった」
「……」
「どうした」
「私は、クラウスの事についてはよく知っているつもりでした。
　クラウスの記憶だけでは、その当時のことは本当の意味では分からなかったのですね」
「そういうもの。私も、森のことについての伝承の誤りを知った」
「この本は？」
「禁帯出って書いてあるから、持ち出しはできないよ。
　コピーならできるだろうけど、司書長の許可を得ないと」
「分かりました、できれば写しをとる許可を得てください」
「うん、今から司書長に連絡を取るね」

ヴィヴィオは、携帯を取り出すと、司書長に掛けます。
私達はその返事をじっと待ちます。

「コピーは後で司書さんにとってもらって、送るって。
　今は帰るように、だって」
「分かりました」

こうして、私達の無限書庫の冒険は終わったの。
だけど、やっぱり私達の知らないことだらけだったの。
それは、フォビアさんやアインハルトさんを含めて。


　

 

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