ワシの名前はフーカ・レヴィントン、１２歳、中島ジム所属のアルバイト兼U-15の格闘選手じゃ。
リンネとの試合から一夜明けた。とはいえ、ワシには試合終了からここまでの記憶はない。
目が覚めたらベッドの上じゃ。リンネに殴られたのはよほど効いたんじゃな。
「目が覚めた？ フーカ」
「あ、はい、目は覚めました。イクスさん、シスターシャンテ」
「シャンテでいいって。リンネはまだ寝てるみたいだな」
「そうみたいですね」
「イクス、リンネも起こすか？」
「そうだね、その方がいいよシャンテ、待ち人もいるし」
「待ち人って？」
「それはリンネを起こしてから」
「おーい、朝だぞ〜リンネ、朝〜」
シスターシャンテは相変わらずじゃ。
リンネを揺すって起こす。
「おはようございます。シスター」
「おはよう。リンネ。体の方は大丈夫か？ 痛むところとかはないか？」
「ええ、大丈夫です」
「フーカは……歯が折れてるな。それ以外は無事か？」
「あ、はい、大丈夫です。痛むところもないです」
「なら良かった」
「それで、リンネ、ジルコーチが会いに来てるよ。
今話をする？ それとも、朝食を済ませてからにする？」
「今お話します」
「分かったわ。じゃあ、私達はアインハルトさん達の練習場に行ってくるから」
「はい、行ってらっしゃい」
そういうわけで、ワシらはアインハルトさんがいる練習場へと向かう。
アインハルトさんはアインハルトさんで、いろいろ練習してるんじゃろう。
練習場では魔力光が輝いていた。それだけ激しい練習をしてるということなんじゃな。
「はい、二人ともお疲れ様〜」
練習場のリングの中にいるのは、ジークさんとアインハルトさんじゃ。
ジークさんはU-19のチャンピオンと聞いたことがある。
そのジークさん相手に五分の練習試合か、ハルさんはさすがじゃな。
「怪我はありませんか、フーカさん」
「ええ、それは大丈夫です」
「なら、明後日の決勝戦の方も大丈夫ですね」
「ええ、それは大丈夫です。万全の態勢で臨ませていただきます」
「それは私も同様です。そういうわけで、私の練習を見るのは禁止ですね。
今、私はあなたを倒すための練習をしてますので」
「分かりました」
ハルさんたちとは、挨拶だけしてホテルへと引き返す。
ジークさん以外にも、そこにはハリーさんやエルスさん、それに
ヴィクトーリアさんもいた。
つまり、あの人達を相手に練習をするということなんじゃろう。
ワシを相手に大仰だとも思うが、ワシがハルさんとまともに試合をするつもりなら
それに見合った準備が必要になる、ということでもある。
「フーカさん、ジルコーチは一足先に帰るそうです。
フーカさんとリンネさんは、夕方の便で帰るように手配してるそうですよ」
「分かりました、イクスさん」
「それで、お菓子とお茶をリンネさんに持たせてあるから、帰りの便までゆっくりしてるように、って
メガーヌさんから通信がありましたから」
「あ、はい、お気遣いありがとうございます」
「話もいろいろあるだろうから、ゆっくりとね」
「そうします」
リンネはお菓子を並べてまっとった。
「フーちゃん、お帰り」
「ただいま、リンネ」
「フーちゃん、いま、お茶入れるね」
「ありがとう」
お茶と言っても紅茶じゃ。
紅茶の入れ方もリンネは上手なものじゃ。
「いただきます」
「いただきます……おいしいね」
「そうじゃな」
しばらく沈黙が続く。
「フーちゃん、歯の方は大丈夫？」
「歯は抜けたが痛みはない、大丈夫じゃ」
「ナカジマコーチは、歯医者をもう予約してるって」
「また高く付きそうじゃな、それに、歯医者は好きじゃない」
「私も好きじゃないよ。ごめんね、思い切り叩いちゃって」
「それは気ににせんでええ。それより、リンネの方は怪我は大丈夫なんか？」
「それは大丈夫。保護が十分に働いたみたい」
「それはよかった」
「フーちゃん、ありがとう」
「何が？」
「やっと、自分と向き合えた」
「自分と向き合うのは、誰から指示されて出来ることでもないとワシは思う。
自分と向きおうたんは、リンネ自身じゃ」
「けど、そうするように勧めてくれたのは、フーちゃんだよ。
ジルコーチとも話したよ」
「どういう話じゃ？」
「私は格闘を続けるって。単に強くなりたいっていうだけじゃなくて、私は、格闘が好きなんだ」
「好きなことが見つかってよかったな、リンネ」
「うん」
素直な返事、昔のリンネは確かにこうじゃった。
たぶん、自分と和解したんじゃろう。
誰かがリンネを責めてたわけじゃない。
リンネを誰かが責めてたとすれば、それはリンネ自身じゃ。
「フーちゃん、次はアインハルトさんと試合だよね」
「ああ、そうじゃな」
「頑張ってね」
「勝てる気はせんが、勝つつもりじゃ」
「勝てる気がするようになるまで練習だよ」
「お前に勝つにもさんざん練習したが、その上がいるの」
「そうだね」
お互い笑い合う。
そんな風に笑い合うのは、たぶん４年ぶり。
けど、それは決して回り道なんかじゃないと思う。
それは、たぶん、大人になっていくのに必要は道だったんじゃ。
さて、明後日は試合じゃ、帰ったら特訓じゃな。
ハルさんはこっちで練習して、ジムに帰るのは試合の当日じゃそうじゃ。
ワシはジムに帰って、ナカジマ会長以下ジムのちびちゃんたちと一緒に練習することになるじゃろう。
相手は強敵じゃが、無様に負けるつもりは、ない。
ワシの話はとりあえずここでおしまい。
けど、それはワシらの物語が終わることじゃない。
これは最終章じゃなくて、ただ、読み疲れた本にしおりをいれるだけのこと。
ワシらの未来は、これからじゃ。