「今日も部活が終わりましたよ真尋さん」
「ああ、そうだなニャル子」
「待ちくたびれた」
「待ってなくてもいいですよ。先に家に帰ってゲームしてても」
「携帯ゲームをやってたから問題ない」
「それは待ちくたびれたうちに入ってないだろ」
「少年、それはそれ、これはこれ」
「そうなのか。まあいいや、なにはともあれ帰ろうぜ」

いつの間にか、ニャル子やクー子がいることになれてしまった。
人間、何事にも簡単になれてしまうらしい。
まあ、母さんや父さんが簡単に新婚旅行に出かけていなくなってしまうことにも
なれてしまったんだから、こういうことにもなれていいんだろう。

「ニャル子、クー子、僕は買い物して帰るから、先帰ってて」
「了解です真尋さん。真尋さんについて行きたいところなんですけど
　どうしても見ておかなければならない特撮があるんですよね〜いやー残念残念。
　録画予約してるから……あ、今朝予約するの忘れた、こうしてはいられません。
　急いで帰らないと」
「あ、ニャル子待って」
「突風のように去って行った。よっぽどみたい番組だったんだな。さて、と……」

買い物に行っておかないと、今日の晩ご飯も明日の朝ご飯もお弁当も作れない。
学生鞄の中にはエコバッグも入っている。大丈夫、余計な出費はしなくていい。

少し遠回りをしながら、スーパーに向かっていく。

どすん。

「あ、ごめん、よそ見してた」
「いえ、こちらこそごめんなさい」

僕がぶつかったのは、金髪を編み込んだ少年だった。
背は低い。見通しの悪い交差点での衝突事故。車同士でなくて良かったよ。
そうはいっても、向こうは体が小さい分ダメージが大きかったらしくて尻餅をついている。

「大丈夫かい。怪我はない？　たてる？」

僕は手を貸した。

「ええ、大丈夫です、ありがとう」

少年は手をつかんで立ち上がった。

「鞄が落ちてる」

僕は、鞄を取り上げると、埃をはらってから、少年に手渡した。

「はい、これは君のでいいんだろう」
「ええ、そうです」
「怪我がなくて良かったよ。ごめんね」
「いえ、こちらも前をよく見ててごめんなさい」

そう言うと、少年は地図を広げて、地図とにらめっこしながら歩き出した。
あれじゃ確かに危ないな。相手が人間だったから良かったようなものの
次は車と衝突しかねない。

「ねえ君、どこかへ行こうとしてるの？　良かったら、案内しようか？」
「いえ、どこかへ行こうっていうわけじゃなくて、人を探しているんです？」
「人捜しか。誰を探してるの？」
「誰って……父に頼まれて、八坂頼子っていう方を探してるんですけど」
「八坂頼子……それって、もしかして僕の母さん？」
「お母さん……って、もしかしてあなたは八坂真尋さん？」
「そうだけど……」
「うわあ、良かった。でしたら、是非八坂頼子さんのところに案内してくれませんか」
「それが……その……今、母さんは旅行中でどこにいるかわからないんだ」
「そうなんですか」

少年は目に見えてしょんぼりしてる。……なんだかかわいそうだな。

「どこにいるかはわからないし、普通の携帯でも連絡つかないけど、もしかしたら向こうから
　連絡が来るかもしれないし、とりあえずうちにおいでよ」
「いいんですか？」
「いいよ、居候ならもうすでに二人いるしね」
「ありがとうございます。僕、ハス太っていいます」
「ハス太か、いい名前だね……って、ハス太？」
「ええ、どうかしましたか」
「いや、どうもしないけど……」

ハス太か……もしかして、また邪神じゃないだろうなぁ……

「真尋さん、真尋さんはなんでこう邪神を連れてくるですか」
「ニャル子、おまえが言っても説得力ないぞ」
「あの……こちらの方は」
「あ、こっちの銀髪の騒がしい方が宇宙警察機構のニャル子、こっちの赤髪のゲームやってるのが同じく宇宙警察機構のクー子」
「少年、髪の色で紹介するなんて、キャラのかき分けの出来ないデザイナーみたいだからやめてほしい」
「でも、よく分かりましたよ」
「で、金髪の小僧は何をしに来たって？」
「父さんに言われて、真尋君のお母さん……つまり、八坂頼子さんを探しに来たんです」
「またどういう理由で？」
「そこまでは聞いてないんです。とにかく、重大任務だから探してくるようにって……」
「ハス太の父さんって、何をしてる人なの？」
「おっきな会社の重役をやってるって言ってた」
「うーん、うちの母さんが宇宙の大会社の重役と関わるような研究なんてしてないはずなんだけどなあ」
「で、金髪の小僧はどうするですか、真尋さん」
「母さんを探してるっていうんなら、ほっとくわけにもいかないだろう。そういえば地球に来てからの宿はどうしてたんだ」
「今日地球に北ばかりで、まだ宿とかは考えてなかったんです。これから探すところだったんですけど……」
「じゃあうちにとまっていいよ。居候が2人になるのも3人になるのもかわらないし」
「ちょっと真尋さん。得体の知れない邪神を泊めるんですか」
「だからニャル子おまえが言うな」
「私は真尋さんを護衛に来たんじゃないですか。ちゃんとナイトゴーントレットから真尋さんを守ったでしょ」
「クー子はどう説明するんだよ」
「私はちゃんと課長からも少年の母からも許可をもらってる」
「じゃあ、なんかあったらニャル子が僕を守るでいいだろ。とにかく今日一日はハス太をうちに泊めるからな」
「……なんかあったら真尋さんを私が守る……アイアイサー、了解でありますよ」
「いまなんか悪寒が走ったんだが」
「やだなあ、気のせいですよ真尋さんってば。じゃあ、そういうことで」
「少年、安心する、少年の身は私が守る」
「クー子、頼むぞ」
「なんですかその頼み方は」
「いや、気にするな……ハス太、とりあえず夕食にしようか」
「え、いただいていいんですか」
「いいんですかって、腹減ったろ。とりあえず、僕はおなかがすいた。そろそろ晩ご飯にしよう」

そういうわけで、晩ご飯を作ってお風呂にする。

「ニャル子にクー子、先に入っておいてくれよ」
「真尋さんが先でいいですよ」
「僕は後片付けやっておくから。あ、風呂から上がったら宿題もやっとくんだぞ。ニャル子もクー子もゲームばっかりやるんじゃないぞ」
「うう、まるで真尋さんが教育ママみたいです……」
「真尋君も大変だね」
「まあね、なれたよ」
「僕も手伝いましょうか」
「いいよ、せっかく地球に来たんだろ。ニャル子みたく、地球の文化でも見てたらどうだ」
「……僕はいま真尋君を手伝いたいな」
「そうか。まあ、これも広い意味じゃ地球の文化かもな。じゃあ、せっかくだから手伝ってもらおうかな」

1時間後。

「上がりましたよ真尋さん」
「そうか、じゃあハス太、お風呂に入るか」
「え、僕も一緒に？」
「使い方分かるか？」
「ちょっと待った〜、真尋さん、もしかして、一緒にはいるとか言わないでしょうね」
「うちのお風呂の使い方を教えるだけだよ。別に男同士なんだし……」
「地球のお風呂も宇宙のお風呂も基本は一緒、別に変わった事なんてないし
　どうしてもというなら私が教えますから大丈夫ですっ！」
「ニャル子おまえなんでそう力説すんだ。男同士だから問題ないっていうのに」
「男同士でも問題ありです。っていうかなんで真尋さんは私と一緒に入ってくれないのに
　ハス太とは簡単に入るですか」
「涙目で力説するな、男女と男同士を一緒にするなっての」
「うぅ……分かりました。じゃあ、お風呂の入り方の説明は私がしますから」
「なんでそうなるんだよ。分かったよ、ニャル子が泣くから使い方だけ説明するから
　一人で入ってくれよな」
「ええ、いいですよ……ちょっと残念だけど」
「え？」
「い、いえ、なんでもないです……じゃあ、説明お願いします」

翌日。

「ふぅ……こっちから電話をかけても圏外か。一体母さん達はどこへ旅行に行ってるんだろう」
「そもそも、携帯が入らないって、どこに旅行に行ってるんですか」
「どこなんだろうね、邪神狩りが副業で趣味の夫婦だから、人外魔境に出かけることが多いんだよ」
「それじゃどうやって向こうから連絡してくるんです？」
「それが謎なんだよなあ……ていうか、どうやって課長は連絡したんだ、課長経由で連絡をとればいいんじゃないか」
「公用の回線で私用電話は禁止」
「ですよね」
「でも、連絡が取れないと、いつまでもご厄介になるわけにもいきませんし、探しに行かないと」
「いつまでも新婚旅行には出かけてないはずだし、一年以内には戻ってくると思うけど」
「十分いつまででもですよ真尋さん」
「そうかもな……って、そろそろ学校に行かないと。ハス太、留守番頼む。もしかしたら、母さんから帰る、って電話があるかもしれない」
「分かりました。今日一日は留守番してます」
「ゲームとかして時間をつぶしてるといい」
「真尋さんの部屋で変なこととかしてたら許さないですからね」
「ニャル子じゃあるまいしするわけないだろ、な、ハス太」
「え、ええ……」
「言葉を濁すあたりが怪しい」
「疑いすぎだろニャル子……」

というわけで、放課後。

「やー、今日も部活が終わりましたね真尋さん」
「そうだな」
「待ちくたびれたニャル子〜」
「あんたはさっさと帰ってもよかったですよ」
「そんなこといわないでもいいのに〜」
「今日はまっすぐ帰るぞ、ハス太が待ってるからな」
「そうでした真尋さん。ハス太が悪さしてるかもしれません。急いで帰らないと」
「悪さって、ハス太はそんな奴じゃないだろ。現金はちゃんと鍵のかかるところに
　仕舞ってあるんだし、印鑑類は母さん達が持って出てるし」
「そう意味じゃなくてですね、真尋さん」
「じゃあどういう意味だよ」
「戻ってみれば分かるですよ」
「少年は人を疑わなさすぎ、ニャル子は人を疑いすぎ。
　けど少年は鈍すぎる」
「どういう意味なんだ」
「そこが鈍い」
「え？」

ともかく、僕らは普通に家に着いた。

「あれ、鍵が開いてる。ただいま〜ハス太、ちゃんと留守番してたか」
「お帰りヒロ君、ただいま」
「あれ、母さんおかえり、父さんは」
「父さんは休暇の取り過ぎで当分会社に缶詰。母さんだけ帰ってきちゃった。
　で、事情はこの子から全部聞いたわよ」
「ていうか、課長さんからも話は聞いてるんでしょ」
「まあ、クー子ちゃんが居候するまでの話はね。そこから先の話はこの子に聞かないと分からないから」
「それで、母さん、ハス太の用事って……」
「お母様、お初にお目にかかります、私、這い寄る混沌、ニャルラトホテプと申します、ニャル子とお呼びください。
　私、あなた様のご子息真尋さんとご結婚させていただきたくお願い申し上げます」
「うーん、でも、うちのヒロ君もまだ高校生だし、結婚とかそういうのはまだ早いんじゃないかしらね。法律的にも。
　とりあえずは、高校生的なおつきあいから始めるのがいいんじゃないかしら」
「がーん……うう、私はもう宇宙警察で働いてるのに……」
「僕は高校一年生だから」
「ニャル子、私はニャル子と同い年」
「あんたのことなんて聞いてないですよ」
「そうそう、ヒロ君、お土産は見てくれた？」
「お土産？」
「古いゲーム機」
「あ、あれね……母さんも古いゲーム機を集めるのが好きだなあ。マニアの域だよ、それ」
「あはは、つい見かけると買っちゃうのよね」
「プレイしていいですか？」
「いいわよ、クー子ちゃん」
「ありがとう」
「それで、明日にでも父さんとあってほしいんですけど……」
「明日にでも？　また急な話ね。一体どういう用件なのかしら」
「それは聞いてないからわからないんですけど……なんでも、会社の大事な話だそうで……」
「待ちなさい」
「誰？」
「ふっ、あなたたちには名乗る必要はないわ、私はこのご婦人に用事があるの」
「母さんに用事？　一体どういう……」

突如現れた、おばさん、というにはちょっと若く、おねえさん、というにはちょっと年のいった
緑の髪の女性は、母さんのそばへと歩み寄った。

「というか、どこから現れたですか」
「失礼な、ちゃんと玄関から入りました。ただ、急いで上がったから呼び鈴とかは押してませんけど」
「それはそれで失礼じゃないですか」
「急がないと先を越されそうでしたから」
「先を越される？　なんのことなの？」
「しらばっくれても無駄よ。　このご婦人こそ、宇宙を手に入れる鍵を握るお方、是非とも我が陣営に手に入れなければ」
「我が陣営にって、何のことかしら」

現れた謎の女性は、母さんに耳打ちした。

「……分かりました。ヒロ君、母さん、ちょっと出かけてくるからね」
「母さん、それって一体……」
「大丈夫、ヒロ君は心配しなくていいから」
「ニャル子、クー子」
「お任せください真尋さん。行きますよ〜」
「少年、安心する」

謎の女性は、まるで風のように動いたかと思うと、クー子に耳打ちした。

「！」
「クー子？」
「少年、ニャル子……ごめん」
「ニャル子っ！」
「くっ」

クー子は突然ニャル子を攻撃して落とした。

「ニャル子、大丈夫か？」
「う、うぅ……あんまり大丈夫じゃないです」
「あ、真尋君、3人が逃げますよ」
「え、あ、待てクー子」

母さん達は表に止めてあった車に乗ると、そのまま空へと飛んでいった
空飛ぶ車って、デロリアンかよ……

「真尋さん、すいません、私がついていながら……」
「ニャル子、もう動いて大丈夫なのか？」
「あんまり大丈夫じゃないですが、真尋さんのピンチにのんびり休んでもいられません」
「いや、休んでろニャル子、あんまり無理をするな。……しかし、これじゃどこへいったのかも分からない……
　詰みかな」
「いえいえ、真尋さん。きゃっつらはクー子を連れて行ったでしょう？」
「そうだけど……」
「ということは、クー子の携帯も一緒に持って行ったと言うこと、クー子の携帯の場所なら追えるんですよ」
「本当か？」
「お互い連携して仕事をしろ、ってことになってるから、お互いがお互いの場所を確認しあえるようになってますからね。
　ええと……これは……ふむふむ……なんてとこに……」
「どこなんだ、ここは」
「どうやら、クー子の奴は、ルルイエランドに向かったようですね」
「よし、じゃあ僕らもさっそくルルイエランドに向かおう」
「了解です真尋さん、クー子達を懲らしめ……」
「ニャル子、どうした？」
「ニャル子さん、どうしました？」
「な、なんでもないですよ。さっそく……」
「なんでもないって顔じゃないだろ。……こういうときは……やっぱり、部長に相談するか」
「部長って？」
「弓道部の部長だよ。那須与一って名前で、僕と同じ高校一年生だけど、荒事とか、修羅場とかをいくつもくぐり抜けてるオーラを感じるんだ。
　こういうときには、きっと力になってくれるはず。とはいっても、部長は携帯を持ってないから……弁慶先輩経由になるな。
　弁慶先輩の携帯番号はっと……」

弁慶先輩に事情を説明した。弁慶先輩は、当然のように力になるといってくれた。

「……ルルイエランドへは私も行くですよ」
「行くって、大丈夫なのか？」
「招待状もないのにどうやってルルイエランドへ行くですか。ルルイエランドへ行く手段を手配できるのは私ぐらいですよ。
　まあ、安心して私に任せるですよ」
「頼む、ニャル子……」

その間、弁慶先輩は、つてを当たって、母さんの救出準備を整えてくれてるようだった。
母さん、まっててくれよ、今行くから。