「恭介〜、来たよ〜、あれ？」
「あら、上条さんのお見舞い？　上条さんなら、昨日退院したわよ、聞いてなかった？」
「そう、なんですか。ありがとう、ございます」

ここは、都内のとある病院。上条恭介は、ここに昨日まで入院していて、美樹さやかは毎日のように
お見舞いに来ていた。それが、連絡もなしに昨日退院してしまっていたのだった。
連絡もなしに、というのが、恭介らしいといえばらしいのかもしれない。
不義理ではある。

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というわけで、その翌日。

「まどか、まった？」
「ううん、全然」
「聞いてよまどか、恭介の奴、一昨日退院してたんだって。
　あたしってば全然聞いてなくって、昨日無駄足踏んじゃった」
「噂をすれば、その上条さんですわ。美樹さん、あなた、挨拶しなくてよろしいんですの？」
「え、えと……まあ、今はいいよ。他の人と話するので忙しそうだし」
「そうですか。私は後で挨拶しておきますわ」
「そうなんだ、ひとみも後で挨拶するんだ」
「どうしたのさやかちゃん、ひとみちゃん、なんか二人とも上条くんと何かあったの？」
「ちょっと、ね」
「ええ、ちょっとしたことが」
「？」

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登校時間はそんなに長くかからない。というか長く掛けていては遅刻してしまう。
学校についたらすぐ授業だ。
授業が始まり、授業が終わる、そして昼休憩、やがて放課後がやってくる。

「やー、今日も一日終わった〜」
「終わったね、さやかちゃん」
「まどか、今日はどうする？」
「えと、今日はほむらちゃんやマミさんと一緒に魔女退治の約束してるんだ、ごめんね」
「まどかが謝ることじゃないよ。それじゃ、お仕事がんばってね」
「うん、じゃあ、また明日ね、さやかちゃん」
「また明日」
「さて、あたしも帰るとしますかね」

そういうと、さやかは家路へと急ぐ……訳ではなく、家とは逆方向へと足を向けた。
向かう先は、上条恭介の家だ。昨日渡し損ねたCDを渡すために家へ持って行くつもりである。

だが、上条家の前まで来ると、少し気後れしたように、呼び鈴を押すのをためらう。
すこし深呼吸。そしてまたためらい、決然としてきびすを返そうとして……首を振る。
やがて、ぎこちないバイオリンの音が、上条家から響いてくる。

そのぎこちなさにはとまどうものの、バイオリンの音が響いたことに安心して、さやかは
そのまま家路についた。

「ちょっとまった、あんた、わざわざ家の前まで来て、そのまま帰ろうってのかい」
「だれ、あんた」
「あたしは佐倉杏子ってんだ。ったく、いったい何しに来たんだっての」
「何しに来ようがあたしのかってでしょうが」
「まあそういいなさんなっての。あんた、あの坊やに用事があったんだろ。
　じゃ、あっていきなよ。そんぐらいのことはできるだろ」
「別に……用事って言うほどの用事じゃないし、別に明日でもかまわないっていうか……」
「わざわざ家と逆方向に歩いてきて、用事っていうほどの用事でもない、か」
「何が言いたいのよ」
「少しはこの街のことについて調べたんだよ、あんた、あの坊やのために、魔法少女になろうとしたんだって」
「……だとしたら、どうだっていうのよ」
「遊び半分で魔法少女になろうとなんてするんじゃねえよ。そんな半端な気持ちで魔法少女になろうってんなら
　あたしが速攻でぶっつぶしてやるからな」
「……もう、それは済んだ話だってば」
「それならいいんだけどさ。ま、心にきざんどきな」
「言いたいことはそれだけ」
「いや、これからが本題さ。
　あんた、あの坊やがお気に入りなんだろ、じゃ、思い切ってものにしちゃいなよ。
　なに、自分でやるのは気が引けるっていうんなら、あたしが手伝ってやるよ。
　腕の２，３本もへし折ってやれば抵抗も……」
「なにいってんのよ、そんなこと……できるわけないじゃない！」
「後悔するぜ、競争相手いるんだろ」
「……」
「こういうのは早いものがちなんだよ。幼なじみだからってぼやぼやしてると
　ただの幼なじみでおわっちまうんだよ。さっさとやっちまわないとな」
「だからって、なんの話をしてるのよ」
「あの坊やをものにするって話さ。お気に入りなんだろ、あんたの」
「……」
「図星だろ、じゃ、ためらってる暇はないはずだぜ、特に、競争相手が目の前にいる時はさ」
「だからって、腕を折ったら本末転倒じゃない」
「それはもののたとえだって。ま、あたしはそんな不器用なあんたが嫌いじゃないぜ。
　今日はこれで帰るわ。けど、あたしは帰っても、競争相手は待ってもくれないし
　帰ってもくれないってこと、忘れるんじゃねぇぞ」

そういうと杏子は姿を消した。
残されたのは、渡しそびれたCDとさやかばかり。

「なんか、あたしのまわりって、おせっかいやきばかりなのかな」

それはそれで人徳のような気もする。
だが、ひっかかるのは、バイオリンの音のぎこちなさであった。
ドナーは、天才バイオリン少年、とは行かなかったらしい。
もちろん、適合に時間がかかっているだけなのかもしれないが……。

もっとも、それはさやかが考えてもしかたのないことであった。