さて、ボクシングをやるといっても、弁慶の妹はともかく、にゃる子とクー子は素人である。
リングは、気のいい本能寺学園のボクシング部が、練習用と試合用にと、試合を受けた翌日に
搬入してくれたが、さてリングだけあってもボクシングが出来るわけではない。
「うちの妹が練習見てくれるといいんだけどな。今日は自分の試合があるっていうから、練習は明日からになるよ」
「大丈夫ですよ弁慶さん。私たちだって昨日のんびり休んでたわけじゃないんですから、ね、真尋さん」
「漫画ばっかり読んでただろ」
「ちゃんとしたボクシング漫画ですよ。はじめの一歩とか」
「それなら大丈夫だろうな」
とか、というのに不安を感じることのない、おおらかな弁慶であった。
スパーリングの相手を買って出たのは、B.S.Eである。
「バーン○ックル」「グワーッ！」
「ファラ○の呪い」「グワーッ！」
「グルグルパン○」「グワーッ！」
「アラフォー○魔拳」「グワーッ！」
「デンプシ○・ロ○ル」「アバーッ！」
「ニャル子殿･･･最後のパンチ以外････全部反則で･･･ゴ･･･サヨナラ!」
B.S.E.はネギトロめいた状態になり、リングの外でダウンしたのであった。
「……なあ、にゃる子、おまえどんな漫画読んだんだ？」
「え？ だからはじめの一歩とかですよ、真尋さん」
「とか、っていうのが問題だろ。あしたのジョーは読んだか？」
「いや〜それは読まなかったですねえ。リングにかけろとかは読んだんですけど」
「そっち読んでもボクシングの知識は身につかないから。っていうか間違った知識が身につくから」
「はあ……こりゃ明日から練習のやり直しだな。っていうか、アラフォー○魔拳なんて高校生の使うものじゃないだろ」
「……つっこみどころが間違ってると思う」
「で、そういうクー子は何勉強したですか」
「……ロッキー見てちゃんと勉強した。最後エイドリアンって叫べばいい」
「負けてどうするですか。ちゃんと勝つですよ」
「知ってるんじゃないかにゃる子」
「クー子と一緒に見たからわかるですよ。クー子に無理矢理つきあわされたですよ。
まあ、私はバキを読みながらでしたけどね」
「間違ってる、間違ってるぞにゃる子。あれはボクシング漫画じゃないし、格闘漫画ですらない気がする」
「じゃなんなんですか真尋さん」
「キン肉マンに似た何かだろうな……って、漫画の話はもういい、とにかく、まともなボクシングを明日から身につけろ」
「は〜い」
そんなわけで、翌日からボクシングの基礎を学び直すことになった、にゃる子とクー子であった。
で、試合当日。
「よく逃げずに試合を受けたな。その度胸だけはほめてやる」
「いけしゃあしゃあといえた立場かよ……」
「こほん、では、団体戦を始めるぞ。レフリーは……」
「私がつとめさせてもらいますよ。ボクシングには一家言もってましてね」
「なっ！ おまえは……」
「リンクス先生」
「さすがに、生徒がレフリーでは後々もめることになるとは思いませんか」
「……まあ、いいでしょう。では、両チームの先鋒前へ……って、おい」
「ん？ どうしたの。私が先鋒じゃ不満が？」
「い、いや、別に……」
「勝負事は先手必勝。そっちも最強の選手を初手に出して逃げ切りはかったんでしょ。
そうはいかないってことよ」
「うぐ……」
「では、始めましょうか」
第１ラウンドから、弁慶の妹は相手選手を圧倒した。
そりゃ仕方がない。チャンピオン相手に、そう強くもない高校の最強選手では、勝負にならないのだ。
「タオルだ、タオル……」
「ざっとこんなものよ」
「次行くぞ……まあいい、我に秘策がある」
「秘策？」
「本来はありえんことだが……このグローブを貸してやる。
これで、相手を圧倒しろ」
「あの……本当にいいんですか？」
「ああ、これで負けたら、いずれにせよこのグローブは剥奪されるからな。
それなら貸しても問題はあるまい」
「わかりました、部長のためにも、この勝負、必ず勝ちますね」
「クー子、ここで決めろ。大将戦にもつれさせるな」
「……わかった」
「なんで私まで回したらだめなんですか。私も戦いたいですよ」
「にゃる子は反則負けが怖い」
「なんでそんなに信用ないですか」
「信用されるようなこと練習でやってないだろ」
「そろそろいいか、始めるぞ」
ラウンド１。
「すごい、このグローブ、体が軽くなったよう」
「……これが、最初の選手より弱いって」
「ふふふ、これが二つ星の力なのだよ。
このグローブがあれば、付け焼き刃の選手を圧倒することなどたやすいこと」
「あちゃあ……こんなことなら、勝ち抜き戦を提案すればよかったわ」
「それじゃ向こうが受けなかっただろ。団体戦だから受けたんだよ」
「……でも、その動きはグローブのおかげ、なら」
「おいクー子」
「どこをどう見ても反則ですね」
「ブラスタービットでグローブを破壊するなクー子」
「……にゃる子、あとは任せた」
「任せたって、そういう問題じゃないでしょうが。あんたまじめに戦う気あるですか」
「……あんま、ない。殴られるの、嫌い」
「そういうもんだいじゃなくて……」
「おまえらあ……神聖なグローブをなんと心得てるんだ」
「つーか、ドーピンググローブに頼る時点で何か間違ってるでしょうが。
己が肉体に頼って戦いなさいよ」
「あああああああああああああああああああああああああ」
「何狂ってるのよ。たかが階級章でしょうが」
「あのグローブは単なる階級章ではない！
あのグローブは……」
「そこまでだ、部長。それ以上はしゃべるな」
「風紀委員長」
「見苦しいぞ。まだ勝負はついていない。部長なら、部員を信じて最後まで見守るのだな」
「は、はい……」
「そういうことでげすよ」
「そろそろ、初めてもいいでしょうかね」
ラウンド１。
「さて、長々と結論の出た試合をやっても仕方ないし、勝負は一気に決めましょうかね」
「勝負はまだ始まってない」
「終わってますよ、オラオラオラオラオラオラオラオラ」
あっという間にタオルが宙を舞った。
「……」
「……」
「風紀委員長……」
「……なんだ」
「俺、これからどうなるんですかね」
「それは、会長が決めることだ」
「やっぱり、そうですか」
「部員を大事に思っていたことは、報告しておいてやろう」
「……ありがとう、ございます」
「真尋さん、ちゃんと反則抜きで勝ちましたよ」
「少しはボクシングらしい試合をしろ、なんだあれは」
「ちゃんと拳で相手を圧倒して勝ったじゃないですか」
「いや、まあ、確かに、それはそうだがボクシングじゃないだろ」
「いやー拳で語るって気持ちがいいですねぇ」
「いや、語ってない語ってない。一方的に殴っただけだから」
「なんにせよ、これで本能寺学園も懲りてくれるといいけど」
「むしろ本気にさせたかもしれませんね」
「そうなのかな」
なんにせよ、今回の本能寺学園の無理は切り抜けた弁慶達の学校であった。
しかし、本能寺学園がこれであきらめるという保証はどこにもなかった。