翌日

「すまんな、一夜の宿を借りさせてもらって」
「どういたしまして……って、普通に居候してもらっても困るんですけど」
「ていうか私がここにいるのは仕事なんですからね、ニートのニャル男兄さんはさっさと仕事を見つけて帰るですよ」
「納得いく説明を受けたら帰る。で、この男はおまえのなんなんだ、というかなんでクトゥグワと一緒にいる」
「真尋さんは私の夫です。で、こいつは不本意ながら仕事の同僚」
「その説明はちょっと違う、少年は家主、ニャル子は私の嫁で仕事の同僚」
「その説明では全然わからんぞ」
「はっきりしてることは、これから学校に行かないと遅刻するっていうことです。というわけで僕らは学校に行ってくるんで
　ニャル男さんはしばらく家の外で時間をつぶしててくださいね」
「そうはいかん、そう言って逃げるつもりだろう。私も学校とやらに行くぞ」
「……勝手にしてください。でも、学校を訪問するんなら、ちゃんと手続きはとってくださいね」

僕の判断は、甘かった。
砂糖菓子に蜂蜜をぶちまけたぐらいに、甘かった。
どう見ても変態にしか見えないあのニャル子の兄が学校に受け入れられるとは、とうてい思えなかったが
よく考えたら、この学校は、得体の知れない生物ですら平然と受け入れられているんだった。

「得体の知れない生物とは失礼な言い方だね」
「うわっ。なんでここに無感情生物キュゥべえがいるですか。
　地球は宇宙警察機構に保護されてるですよ。地球を破壊するようなまねはしてはいけないですよ」
「地球を破壊しない範囲での勧誘にとどめてるってば。
　極端に強力な魔法少女を作らないように気をつけてるよ」
「キュゥべえはあまり信用できない。けど、時間ループが起きてないから……」
「そ、そうそう、この時間軸なら大丈夫だよ」
「まあ、そういうことにしておいてあげるですよ」

ここで、勇姫が話しに割って入る。

「宇宙警察機構って某胸にカラータイマーがついている銀色の巨人達も所属してるの？」
「そういう人たちは所属してないけど、0.05秒で変身できる人たちなら所属してる」
「ぼけてるのかぼけてないのか判断に苦しむな……」
「おーい、八坂、ホームルームが始まるぞ」
「ありがとう典泰、ニャル子、クー子、行くぞ」
「あ、待ってくださいよ真尋さんってば〜」

というわけで、昼休憩。

「そういうわけでだ。どういう関係なのかはっきりさせてもらおうか」
「なんで学校の中にまでついて回るんですか」
「ていうかニャル男兄さんには関係ない話じゃないですか」
「関係ないことあるか。下手をすると義理の妹なり弟なりになるかもしれん相手なんだぞ」
「つまり、ニャル男兄さんも真尋さんとの関係を認めてくれるんですね」
「お兄さんはニャル子との関係を認めてくれるんだ」
「なんでそうなる」
「いまそういった」
「かもしれんと言っただけだろうが。ともかく、ニャル子。おまえらの関係を整理するまでは絶対に帰らんからな」
「うぅ……真尋さん。ここはもう思い切って私と真尋さんが結婚するしかないですよ」
「なんでそうなるんだよ」
「でも、そうでもしなければニャル男兄さんは納得してくれないですよ」
「普通に居候二人なだけだろ」
「ニャル子はそうは言ってないぞ」
「そうですよ真尋さん、ここは一言びしっと言ってください」
「だから普通に仕事で居候してるだけですってば」
「ならなにもおまえの家に居候しなくても、ホテルにでも泊まればいいだろう。なんでこの家に居候している」
「それは……最初に僕が悪の組織に負われてて、その護衛にニャル子がついてたからですけどね、居候したのは」
「そうです。これは運命的であいだったのですよニャル男兄さん」
「宇宙幼稚園でニャル子と出会ったときからニャル子と私が結ばれるのは必然だったの」
「あんたは黙ってるですよ」
「ある意味、この学園に生息している会長と同レベルだなお前の兄は」

通りがかった無月が論評する。

「ていうか無月先輩、論評してないで助けてくださいよ〜」
「通り過ぎて行きましたよ」
「関わりたくないみたい」
「自力でなんとかしなきゃいけないのか〜」
「ていうか変ですねえ」
「なにが？」
「ニャル男兄さんの性格からして、そもそも私のことをこういう風に心配することなどないはずなんですが」
「……べ、べつに私がおまえのことを心配したからといって怪訝に思う必要もあるまい」
「急に動揺した」
「ニャル男兄さん、誰に入れ知恵されたんです？」
「べ、別に誰に入れ知恵されたとかそういうわけでは……」
「……怪しい」
「露骨に怪しいですね」
「ていうかニャル子、普段のニャル男さんって、どんな人なんだ？」
「小さい頃から落ちこぼれですよ。ずっと私と比較されてひねくれてますから、私の名前を聞くのもいやがってますし
　親戚が集まるときでも自分の部屋に引きこもって出てきたりしませんよ。第一私の就職祝いだってしなかったし
　地球に行くっていうときにも、他の人は土産とかほしがったのにニャル男兄さんは挨拶一つしなかったじゃないですか。
　それが今になって急にこの態度……なんか怪しいですねえ……誰かに入れ知恵されて何か企んでるとしかおもえないんですが」
「そ、そんなことはないぞ。わ、私がおまえの心配をするのがそんなに異常な事に見えるか？
　というかクトゥグワがニャルラトホテプラヴになる世界ではないか。何が起きても驚くにはあたらんだろう」
「……ない知恵絞りましたね。これは一本とられたかも」
「納得するなよニャル子」
「……会長と同レベル……」
「どうしたクー子」
「発想が会長と同レベルなら、入れ知恵したのも会長と考えるのが自然……」
「だ、だとしてもわ、わたしは納得いく説明を受けるまで帰らんからな」
「語るに落ちましたねニャル男兄さん」
「う」
「そーゆーからくりだったのか」
「……つまり、心配してたんじゃなくて、ただの嫌がらせだったのかよ」
「それでも満足行く説明が出来ない関係なのに変わりはないだろう」
「だから仕事の居候だってさっきから何回も説明してるじゃないですか」
「……真尋さんはああいって照れてますけど、結婚を前提のおつきあいなんです」
「そう、ニャル子は照れてるけど結婚を前提のおつきあい……」
「あんたは黙ってなさいって」
「そこまでにしておけよ。あんまり意地張るのも見苦しいぜ」
「わ、私の背後をとるとは、貴様……」
「弁慶先輩」
「できのいい奴と比較される気持ちもわからなくもないぜ。俺の兄貴はJリーガーでエースストライカーやってるし
　俺の妹はボクシングでプロデビューして連戦連勝だ。それに比べれば俺なんてしがない高校生でしかないからな。
　比較されればぼんくらでしかないさ。
　でもな。本当に比較されて負けちゃいけないのは、昨日の自分だろ？　違うか？
　おまえは昨日の自分に恥ずかしくないことをしてるっていえるか？
　……ま、それについても俺はえらそうなことをいえた義理がないけどな。
　昨日の自分に負けたことがあるかさ。
　でも、それを意識するだけでも、ちがってくるもんだぜ。
　人をうらやんだって始まらないんだよ。いつだって敵は自分の中にあるんだ。人を憎んでも仕方ないんだぜ。
　会長に何を吹き込まれたかしらないけど、ニャル子を憎むのは止めろよ」
「……おまえに何が分かる。ニャル子が生まれたときからずっと比較されてきた私の惨めさが、おまえにわかってたまるか」
「それでも宇宙に誇るニャルラトホテプ族なんだろ。十分じゃないか。上を見ればきりがないぜ。それとも、何か一つでもニャル子に勝てるものがほしいのか？」
「ニャル男兄さんに負けるものなんて一つもないですよ」
「そうか？」
「何が負けてるっていうですか」
「立って見ろよ」
「？」
「ほら、身長で負けてる」
「女の子は無駄に高くない方がかわいいんですってば」
「……なんか、意地を張るのがばかばかしくなってきた」
「それじゃ」
「だが、帰ればまたニートとしてニャル子と比較されて馬鹿にされるだろう」
「フリーターでもなんでも仕事を見つけろよ。宇宙警察機構なんて高望みしなければ、何か見つかるだろう」
「最近は就職難だからな」
「宇宙も世知辛いな。でも、がんばれよ。自分が変われば、世界も変わってくるさ」
「……ああ」

ニャル男さんは去って行った。

「弁慶先輩、ありがとうございました」
「礼には及ばないよ。たまには先輩みたいなことをしたかっただけさ」
「はあ……思い切り疲れたですよ」
「ニャル子……かわいそう」
「あんたが話をややこしくしなければもっと話は早くすんだですよ」
「いや、そういう問題でもないと思う」