さて、ここはいつものつぶれ荘、ではなく弁慶が通う高校である。
ホワイトデーも近づいた3月、廉也は浮かない顔をしていた。
言うまでもなく、ホワイトデーのお返しのめどが立たないからである。

「廉也……大丈夫か？」
「あ、無月さん……あまり大丈夫じゃないです。
　お返しといっても、あまりに量が多くてどうしていいやら……」
「こっちも金欠だがバイトの紹介はできるぞ」
「本当ですか。お願いします」

こうして、廉也は無月の紹介で、前借りのできるアルバイトを始めることになったのだった。

だが、名前のわかる返し先はそれでいいとして、名前のわからない相手はどうすれば
いいのだろう。

「はーはっはっは、これは我々の出番もないようだな」
「何勝ち誇ってるんですか」
「そうそう、さゆりくん。匿名のクッキーは受け取ったかね」
「匿名って、宅配便は送り主の名前が書いてあるに決まってるじゃないですか」
「まあ、そうとも言うな、気にするな、人間誰しもミスはある」
「まあ、どうでもいいですけど、自分で行ってる時点で意味ないですよ。
　今回は何にもしないんですね」
「私が手を下すまでもあるまい、自滅するに決まっているからな」
「会長が何もしない方がうまくいきそうですもんね、今回は」

さて、会長の思惑通りに行くかどうか、それは起きてみなければ、わからない。

バイト先に現れたのは、修吾と勇姫である。

「あと廉也、匿名希望者用のお礼の言葉考えておいてくれよ」
「なんですか、修吾さん、急に現れて」
「えっと廉也君はバレンタインのお返しは三年生に２８人、二年生に１５人、一年生に４８人だね」
「なんでそんなこと知ってるんです？」
「学園の情報は押さえてるから誰が廉也君に渡したか把握してるよ」

勇姫の情報網は伊達ではない。女の子には女の子の特殊な情報網があるともいう。
修吾にも独自の調査網があって、そちらからも情報が入っているのだ。

「けど、誰から渡されたのかは言えないよ……そもそも直接渡せなかったんだから察してあげてね」
「それはいいですよ。知ってもどうしようもないですから……けど、改めて人数を聞くとすごい数ですね。
　本当に準備できるんだろうか」

準備できるだろうか、ではなく。準備しなければならないのである。
ていうか、返すといったん決めたからには、お返しをしなければならないのだ。

というわけで、ホワイトデー当日がやってくる。

お返しは、実名がわかるひとは、廉也が自分で探して渡せばいいが、匿名の人は廉也には返しようがない。
それでも勇姫にはわかっているので無問題。

「はい、水野さん廉也君からのお返しだよ♪」

もちろん修吾も配って回っている。

「え〜失礼します、廉也君からのお返しを持ってきました」

戦い終わって日が暮れて。
すべてが終わった生徒会室に、廉也と九羅香達が集まっている。

「九羅香達かちょうど良い……義理チョコのお返しだ」
「ありがとう、無月」
「また明日からバイト漬けだ」
「大変だね、無月も廉也みたくホワイトデーのお返しで金欠なんでしょ」
「僕もバイト代の前借りをしてるから、前借り分を返し終わるまではずっとバイトですよ」
「その分チョコレート食ったろ」
「玲奈様も食べたではありませんか」
「まあ、そんなこともあったかな」
「玲奈様もアルバイトされますか」
「中学生はバイト禁止だから遠慮しとく」
「たく、都合のいいときだけ中学生だな」
「はい、ご苦労様…疲れを癒す意味でシュークリームは如何かな？」

そういうと、修吾は、　翠屋と入った箱を取り出した

「お疲れ様でした。ありがとうございました、修吾さん」

「そうそう、買いに行ったついでに会って来たけど向こうは向こうで楽しくやっているってよ」
「それはよかった、サバイバルな出会いかたをしたから、ちょっと心配してたんだ」

そこへ、京介がひょこっと現れた。

「みんなお疲れ様、パイができあがったからみんなで一緒に食べよう。
　これがアップルパイで、こっちがカスタードパイ、ブルーベリーパイにチェリーパイ、
　これが沖縄の田芋パイでこっちがお土産用のミートパイと････」

パイづくしである、何かいわれでもあるのだろうか。

「みんなクッキーとかばかりで飽きちゃうだろうと思って、それと今日は3月14日は円周率の日とも言うんだって、
　円周率だけにパイと言うわけなんだけど････面白くない？」

そして、その晩。
晶の喫茶店。

「バレンタインの時は色々と手伝ってくれてありがとう。
　これは、僕からの気持ちです、これからもよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。それから、バイト二人、前払いでバイト代を払ってるんだからしっかり働く」
「はい」

晶の喫茶店は今日も繁盛しているようであった。