二人分の紅茶代、二人分の紅茶。

湯気を立てているそれを前に、俺は今起きたことが

現実かどうかさえ、疑っていた。

 

俺の名前は、雲野十夜。藍仙高校の3年生だ。

2年生の時、オーギュメントという新時代の兵器を巡る戦いに

巻き込まれたことがあるだけの、普通の高校生だ。

改造制服だったり、頭を金色に染めたりはしているが、この程度

世紀末2000年の高校生としてなら、まあ、当たり前の部類だろう。

藍仙高校は、進学校ではないのだ。

 

「紅茶が二人分あるってことは、やっぱり、夢じゃないよな」

 

そうつぶやいてみる。テーブルの上にある二人分の紅茶代を手に取ってみる。

間違いなくお金だ、幻覚などではない。

だとすれば、彼女、P-3との出会いも、幻覚ではなかったということだろう。

 

「……」

 

彼女が現れた意味を、じっと考えてみる。

彼女は、確かにこういった。先生がなにをやろうと十夜くんには関係ないから。

先生とは何者なのかについても、たいした説明はなかったし、P-3自身についても

信じがたい説明しかしなかったが、先生が何かをやろうとしているのは確かなのだろう。

 

だけど、なぜ彼女は、俺にそんな警告をしたんだろうか。

もし、本当に関係のないことなら、俺は、何が起きようと、そもそも

知らずにいることが出来るはずだ。

もし、俺が知らずにいることが出来ないとすれば、どんな可能性があるだろうか。

 

たとえば、先生がカスミを襲おうとしている、というのは考えられる。

それなら俺は無関係ではいられない。先生が何者だろうと、俺は、カスミを守るために

出来る限りのすべてをやるつもりだ。それが、たとえ再びオーギュメントを

手にしての戦いだとしてもだ。

 

だけど、彼女はこうも言った。私も、カスミ＝アインハルトだもの。

もし、彼女が本当にカスミなのなら、俺がそうすることは知ってるはずだ。

彼女は誠志郎達のことも知っていた。だから、彼女が何者であろうと

俺がカスミのことについて、無関係でいられないことぐらいは、わかってるはずだ。

 

先生がカスミのコピー？　クローン？　いや、正体はなんでもいい。

P-3達を使って、何かしようとしているんだろうか。それは間違いないだろう。

そうでなければ、P-3がわざわざ姿を現して何かをしようとするはずはない。

 

……情報が少なすぎる。

 

俺は、俺の目の前にある紅茶を少し飲んだ。まだそれは暖かかった。

 

「思ったより時間は経ってないんだな」

 

時計を見てみる。携帯で誠志郎か名城にはなしてみるべきだろうか。

カスミへ、彼らより先に話そうという気にはならなかった。

だが、いったい何から話せばいいというのだろう。

カスミのそっくりさんに出会って、P-3と名乗ったってことからか？

そして、先生が何か企んでるっていっていたと？

先生が何者で、P-3とどういう関係なのかさえわからないのに

そんな話をしてどうなるというのだろう。

それとも、空木さんにはなしてみるべきだろうか。

DICEの研究所に戻った空木さんなら、何か先生についても知っているかもしれない。

ビショップやジョーカーは、当てにしない方がいいだろう。

どうせ何も知らないはずだ。

やっぱり、こんな時に話をしてみるべき相手は、誠志郎だな。

あいつなら、役に立たないなりに、自分の考えははっきりと教えてくれるはずだ。

俺は、携帯を使って、誠志郎を呼び出した。

 

『よう、十夜か？　どうした』

「誠志郎か、今、暇か？」

『暇といえば暇だが、どうかしたのか』

「いや、カスミのそっくりさんに出会ってな」

『そうか。やっぱり見間違いじゃなかっただろ。それで、お前、見ただけで済ませたのか』

「紅茶をごちそうになった」

『そっか、それはよかったな。俺も混ぜろよ』

「すぐにこいよ、まだ紅茶が残ってるぜ」

『本人がいないなら、行っても仕方ないだろ。また明日詳しい話は聞くぜ。じゃあな』

 

切りやがった。

あれでは、何も伝わってないな。明日ゆっくり話してみるか。

 

俺は、もう一口、紅茶を飲んだ。

レモンを取り除かずにいたから、少し苦みが出ている。

俺は、両方の紅茶からレモンを取り出した。

 

肩をすくめる。俺は何を心配していると言うんだ。

わざわざP-3が警告に来たことを気に病んでるのか。

変にもったいぶって俺を呼び出したりして、伝えたかったことと言えば

……いったいなんだというのだろう。

先生が何をしようと、俺には関係ないと言うためだけだったのだろうか。

先生がすることが、普通に俺を巻き込むという警告なのだろうか。

それとも、俺を巻き込むとしても、見て見ぬふりをしてくれ、ということなのか。

 

考えは、まとまらない。

情報が少なすぎるんだ。

 

だが、彼女がわざわざ警告しようとした、ということは、間違いなく

いつもの日常が崩れ去ろうとしている、ということなんだろう。

それが、いつ、どういう形で現れるにせよ。

 

だが、それが、JB事件の再来、という形で現れるとは、俺の予測の範囲を超えていた。

 

 

 

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