召喚少女別伝
【第七章】
終わりの始まり？始まりの終わり？
「せんぱーい。こんちはー」
「いらっしゃーい」
「あれ？先輩、なんでみんな揃ってるんだ？」
「え？レッジが戦場に戻るって話だったから、みんなで送ろうと思って」
僕の名前はコオル・リアロ。マグストラタム学園の3年生だ。
レッジは僕の後輩、これはもう説明したよね。剣士志望で、学園で
魔法剣を学んでいる。王国軍の剣士隊に応募して合格もしてる。
「そして、じゃーん。見てくれよ先輩」
「見てくれよって・・・卒業証書じゃないか、一体どうしたんだよ？」
「将軍から感状をもらったから、卒業出来たんだよ。ほら、うちの学校って
王国軍に兵士を供給するって建前だからさ」
マグストラタム学園は、軍に優秀な兵士、指揮官、魔導師を送り出すのが主任務だ。
だから、軍から一人前だと見なされれば、教えるべき事もないってことで卒業できる。
今年の夏休みには、そういう理由で臨時の卒業式があったぐらいだ。
「だが、おまえがそんな卒業をしてもいみがないな」
「………研究職……志望……でしたよね………」
「軍人になっちゃ意味ないね」
「だけど、レッジ君は、部隊まで送ってあげるんでしょ」
「心配性だな先輩もみんなも、そんなに危ないことはないって」
「じゃ、ピクニック代わりに出かけてもいいんじゃないかな」
「そんな遊びで行く気持ちで来られても困る。なにしろ部隊のいるところは、もう戦場なんだぜ」
「それなら、1人で行くのは危ないんじゃないか」
「…そういうことになるかな」
「そういうことになる。安心しろ、我々も決して足手まといにはならない」
「は、はい……毎日……ちゃんと……努力は…されて……ます………から……」
「おね〜さんもびっくり〜」
「毎日アスレイと練習してるってメール来てるしね」
「そうそう。そういえば、今日はアスレイどうしたの？」
「今日はって…アスレイだって自分の勉強があるんだよ」
「アスレイ先輩も、研究職志望だったよな」
「うん、アスレイは王都の魔法研究所だけどね。
僕は、父さんの遺産の解析が目的だから、卒業後の進路は違うよ」
「卒業できればの話」
「はうはうはう…」
「あ、あの……おねえちゃん……そろそろ時間………」
「そうだった。日が暮れる前には、こっちに帰りたい。早めに出かける」
「そうね。レッジ君が向こうにたどり着く頃、ちょうどお昼になるようにしようと思ったら
今でも遅すぎるぐらいかも」
「そうだな。じゃ、言葉に甘えて、出かけようか」
「おーっ！」
「…先輩、気づかないか？」
「気づかないかって、何が？」
「誰かにつけられてるよ」
「べつに邪悪な気配は感じないけどなぁ…」
レッジの部隊へ戻る道中、急にレッジがこんな事を言い出した。
卯月も誰かにつけられてるなんていうけど、べつに邪悪な気配は感じないし
レッジの気のせいじゃないかな。
「ねえ、キミ、どうして何もないって言い切れるの？」
「召喚術師は、異世界の気配を感じ取って召喚するものなんだよ。
だから、こっちの世界の魔法生物の気配だってちゃんとわかる。
魔族は今のところ近くにいないから大丈夫」
「魔族以外にも、脅威になる物はある、のんきすぎ」
「ていうか〜ちょっと鈍いんじゃないかな〜」
「ちょっとじゃなくて、ものすごく」
「…え、えと……一応……本人は………気配を殺して……後をつけてるつもりなんですから……
………その……あんまり……ばればれだって言い方しなくても……よろしいかと……」
「結ちゃん、追い打ち掛けてる」
「なあ、アスレイ先輩、もう完全にばれてるんだから、こっち来たらどう？」
「…奇遇ですわね」
「奇遇ってレベルじゃないだろ…」
「アスレイも、こっちに用があるの？」
「え、ええ…ちょっと、軍の方に」
「へー、一体何の用事？」
「な、なんの用事でもいいじゃありませんか。あなた方になんの関係がありますの」
「あら〜アスレイちゃんと〜同じ用事〜」
「な、なんで召喚獣風情が…」
「アスレイ、そういう言い方しないでってば。彼女たちは僕の友達なんだから」
「…つくづく、不思議な関係ですわね」
「ま、世の中、不思議が多い方が楽しいんじゃない？」
「…！…アスレイ、感じた？」
「なにがですの…？……！…無駄話をしている場合ではありませんわね」
「魔族か？」
「…それも、かなり多数ですわね。どうやら、有力な遊撃隊が背後に回り込んできてるようですわ」
「前方に逃げよう。部隊と合流すればなんとか助かる」
「けど、普通に逃げるって言っても…」
「分散すれば大丈夫。俺は抜け道知ってるんだ」
「みんなでその道を行く事は出来ないの？」
「無理だよ。全員で行けばバレちまう。ていうか、よほど鍛えてないとあの道は無理だぜ」
「我々に囮になってくれというのだろう。心得た」
「…それもある、正直済まないって思うんだけど…」
「いいよ。アスレイもいるし、たぶん大丈夫」
「ボクたちもいるし」
「いや、卯月達は一旦戻っていて欲しいんだ。人数が少ない方が目立たないから。
もちろん、いざというときには呼ぶからさ」
「…わかった。けど、気をつけてね」
「もちろん」
「そうね〜二人の逃避行ね〜」
「…あ、あの……その言い方は……ちょっと……」
「無駄話はここまで、行くぞ」
「ああ、無事でね、レッジ」
「先輩こそ」
「アスレイ、行こう」
「同じ道ですの？」
「僕らは囮役だから、本道を全力で走るよ」
「ええ、わかりましたわ」
「みんな、逆召喚するよ。…できれば、呼び出さずに済むようにしたいんだけど」
「危なくなったら遠慮無く呼べっ！」
「いっつ〜」
「なんで召喚獣が殴るんですの」
「コミュニケーションだよ」
「ま、まあ…そんなことしてる場合じゃない」
僕は、アスレイの手を取って走った。
普通に走って逃げるってのも芸がないが、逃げる訓練なら
マーク先生の特別講義でたっぷり積んでる。
魔族が相手だって遅れはとらないぞ。
…とはいえ、ずっと走り続けるのもつかれる。
走ったり、隠れたり、方向を変えたり、気配を変えたりするけど
魔族の方も、僕らに気づいていて、追ってきてるみたいだ。
「アスレイ、大丈夫？まだ走れる？」
「大丈夫ですわ。…それより、先を急ぎましょう」
「そうだね、じゃあ…」
「あの…」
「なに？」
「何も、手を引っ張っていただかなくても、自分で歩けますわ」
「あ、ごめんアスレイ。けど、…べつに、引っ張ったら悪い理由があるの？」
「どうしたんですの？」
「い、いや…何かつかんでないと、不安になるから」
「それで私の手を…」
「迷惑？」
「…そういうことなら、べつにかまいませんわ。
先を急ぎましょう」
「そうだね…さあ、…うわっ！」
「どうされたのかしら？」
「どうって、ちょっと足を滑らせただけだよ。
どうやら、足下が悪いみたいだ、アスレイも気をつけて」
「私はちゃんと気をつけてますわ。あなたこそ、転ばないようにすることですわね」
「う、うん…」
今足を滑らせたのって、アスレイの手が急におもくなったからなんだけど
一体何があったんだろう。
けど、そんなこと考えてる場合じゃないよな。
僕はアスレイの手を引いて…引いて…あれ？アスレイの手が本当に重い。
僕の動きについてこれてない雰囲気がある。
何があったんだ？
「アスレイ、ちょっと足見せて」
「足？べつになんともありませんわ」
「いいから見せてって………うわ、どうしたのこれ？」
「ちょ、ちょっとひねっただけですわ。痛みもそんなにありませんし、魔法で治療してありますわ」
「…いいから見せてってば、……これはひどい。血だらけじゃないか」
「かすり傷ですわ。…こんなところでぼやぼやしていてよろしいんですの？」
「…困ったなぁ…背負って走るっていうわけにもいかないし、みんなを召喚するといっても
今召喚すると、完全に見つけられそうだし…」
「では、私を置いて二手にわかれては」
「だめだよ。アスレイの方が先に見つかる可能性が高い…アスレイ、無理はさけて
きちんと治療することにしよう。…ここじゃ危ないから身を隠せる場所…」
大地の精霊の空白、封じられた風の精霊、そこに洞窟がある。
アスレイとの修行でそれぐらいは僕にだって感じ取れるようになってるんだ。
…ほら、近くに洞窟がある。
「アスレイ、この先に洞窟がある、そこに一旦隠れるよ」
「洞窟？」
「精霊力で見つけた。そんなに遠くない、さあ行こう」
「あ、あの…」
「この距離なら僕でも背負っていけるよ。さあ」
「…これで、よしっと」
「…ありがとう…」
思った通りの場所に洞窟があった。
けど、期待したほど深い洞窟じゃなくて、雨宿りが出来る程度の大きさしかなかった、残念。
見つかったらみんなを召喚して背水の陣を敷くしかないだろうけど
街道からかなり外れたがけの下だから、簡単には見つからないと思う。
アスレイの怪我には、ルテジアが持たせてくれた薬草をつけておいた。
ルテジアの薬は、しみるけどよく効く。2時間ぐらいすれば、大丈夫じゃないかな。
幸い、骨は折れてなかったけど、かなりひどく固い物にぶつけたような感じがする。
一体何があったんだろう…けど、それを聞くのも悪いかな。
「………魔族の気配は今のところなし。
たぶん、気配を殺してじっとしてれば、やりすごせると思うよ」
「…………………」
「アスレイ、どうしたの？」
「…どうしてですの？」
「何が？」
「…私は……あなたの手助けに来たはずなのに…」
「？」
「どうして、あなたが私を助けてますの。
どうして、私は、あなたに助けられてますの。
どうして……私は……」
「どうしてって、そりゃアスレイに助けられることもあるし
アスレイを助けることもあるよ。ケースバイケースじゃないかなあ…」
「あなたには、これがケースバイケースに見えますのね」
「…どういうこと？」
「あなたは、洞窟をどうやって見つけ出しましたの？」
「精霊を感じ取ればすぐにわかるよ。アスレイが教えてくれたんだし」
「……私には、何も感じられませんでしたわ。
同じように逃げていたはずなのに、私には、あなたが正しいことはわかっても
あなたが次にどう逃げるかが読めませんでしたわ」
「そりゃ、マーク先生の特別講義のおかげだって。
あの先生、無茶苦茶な講義するもんなあ…」
「それは、私も受けてたはずですわ。……成績も…私の方が良かったはずですわ」
「そりゃ、アスレイは優等生だし…」
「………それが、何の役に立ちますの？」
「？」
「…肝心な時には、私はいつでも無力ですわ。
死霊の森で、私の体が固まってしまったときの恩返しをして
私があなたを守ってみせるはずでしたのに。
一度も召喚に成功しないあなたでは不安だから、私が
レッジを部隊に無事送り届けられるようみまもるつもりでしたのに
…私は、結局、あなたの足手まといにしかなりませんでしたわ」
「…気持ちだけでうれしいよ、アスレイ」
「気持ちだけですの？」
「気持ちだけって…」
「……う………うわぁああああああ」
なんでアスレイが急に泣き出すんだよ。
僕が一体何をしたっていうんだ？
「どうしてですの？…小さい頃から、ずっと、ずっと私の方が優等生でしたのに。
何をやっても、あなたに負けたことはなかったはずですのに。
私があなたを守る騎士になれるはずでしたのに…なのに、気がついたら
いつでも私はあなたに守られるばかりで……」
ここから先、アスレイは言葉に出来なかった。
ただ、洞窟の壁を叩いて泣くだけだ。
だからといって、僕に何が出来るだろう？
アスレイの言うとおり、アスレイと僕とは幼なじみで
小さい頃から、何をやっても僕は落ちこぼれでアスレイは優等生だった。
何をやっても、アスレイに勝った例しがない。学園に入ってからもそうだった。
いや、一つだけ勝ってるかもしれない。僕は飛び級で学園に入ったのに
アスレイは正規の年齢で学園に入ったから。
けど、それは師匠のおかげであって、僕の実力とは関係がない。
「アスレイ…」
「…なんですの？」
僕は、黙ってアスレイの肩を抱いた。
なんだか、そうするしかないような、そんな気がした。
「………」
「・・・」
僕は、黙ってアスレイを抱きしめた。
そうすることが、義務であるかのように。
アスレイに掛けるべき言葉は、僕にはなにもない。
何もないけど、アスレイに気持ちを伝えたい。
僕が、アスレイを大切に思ってる。その気持ちだけは。
そして、僕には、他の方法がわからないんだ。
「…………アスレイ、落ちついた？」
「…………もうすこし、このままで…」
「いいよ、アスレイの気が済むまでで…」
「…ありがとう…」
「……………」
僕も、レッジにちっちゃい先輩なんてからかわれるぐらいで
全然大きくない。まどか達よりちっちゃいぐらいだ。晶は例外だけど。
けど、アスレイって、…僕が想像してたより、もっとちっちゃくて
弱くって…柔らかくって……………僕が、守らなきゃって、そんな気持ちになって…。
「アスレイ、もう足は大丈夫？」
「…たぶん、大丈夫ですわ。あなたのくれた薬が効いているみたいですから」
「良かった。じゃあ、もうひとがんばりしてもらうけど、いい？」
「ええ、もちろんですわ」
「よし、じゃ、レッジとの合流を急ごう。
ここから街に戻るより、レッジと合流して、部隊の駐屯地に入る方が安全だよ」
「ええ、私も同感ですわ」
こうして、僕らは、レッジの部隊のやっかいになることになった。
どうやら、戦況は、戦場を知っているレッジが想像しているより、厳しいものになってるようだ。
それが、僕たちにまで影響してくるのか、まだ、僕にはわからない。