世界に向かって開かれた港町リスボン 　その小型船埠頭、倉庫の影に３人の人影 　別に隠れているわけでもなんでもない 　だが、誰も注目してみるものもない 　そういう街なのだ、リスボンという港町は 　そう、たとえ、そこで今から決闘が行われようとしていたとしても 　　リリト：ふん、手加減すると思ったらら大間違いだ 　　　若葉：その方が好都合です 　リリトは、それには答えなかった 　彼女もまた、若葉の変化に気づいたから 　リリトは、だらりと垂らした左手の親指で、人差し指に巻き付けていた 　一本の糸を切る 　音もなくリリトの左手に小さな袋が滑り込む 　だが、これは注意して見ていたとしても誰も気づかなかっただろう 　ちょうど、手品師がカードを空中から取り出して見せてもトリックに気づかぬように 　次の瞬間、リリトはその小袋を若葉に向かって放つ 　小袋はちょうど若葉の目の前で弾ける 　言うまでもなく、目潰しだ 　だが、リリトは目潰しの効果をゆっくりと確かめるほどのんびりしてはいない 　小袋が弾けた次の瞬間には、一歩踏み込んで、フックのついた右腕が 　パンチを繰り出している 　　カレン：！ 　一瞬、リリトのパンチが若葉を捉えたように見えた 　　リリト：！ 　だが、実際には紙一重でリリトのパンチは空を切った 　一瞬、意外に感じるリリトだが、この程度で動きを止めるわけはない 　左、右、左、左、左、右、右、、、、 　素早いラッシュが若葉を襲う、一発でもヒットすれば若葉を沈めるには十分だろう 　そう・・・一発でもヒットすれば、 　　若葉：・・・・勝負はつきました、もうおやめ下さい 　リリト：何を馬鹿な 　　若葉：・・・・まだ、気づきませんか？動きを封じるつもりなら 　　　　　視覚を封じただけでは不十分だという事に 　リリト：なんだと？ 　　若葉：・・・・紅流奥義、胡蝶縛縄 　若葉が大きく後ろに飛び退く 　リリトもそれを追って大きく一歩踏み込むと、 　右手の一突きが若葉を捉える、と思われた瞬間 　突如として、糸がリリトの体の動きを封じていた 　・・いや、カレンは気配を感じていた 　若葉の袖口から、何かが吐き出されているのを 　リリトは目潰しを確実に決めたという油断から、そこまでは 　注意をはらっていなかったのだ 　　若葉：蚕の糸を応用した特殊な紐です 　　　　　ゆっくり動かせばいくらでも伸びますが、 　　　　　急激に力を加えれば堅い紐となって相手を縛ります 　　　　　一旦締まればほどくことは不可能です 　リリト：・・・・ 　もし、手負いの虎が罠にはまったとすれば、 　いまのリリトと同じ目をしたかもしれない 　　リリト：・・・殺れ、勝負はついた・・・いずれにせよ 　　　　　　この怪我では、賞金稼ぎを振り切るのは不可能だ 　　　　　　せめて、力で私に勝ったものに首を取られたい 　　　若葉：お断りします 　　リリト：何故だ？賞金首だぞ？ 　　　若葉：いえ、あなたはいい人です 　　リリト：悪党だ 　　　若葉：でも、いい人です 　　リリト：人殺しだ 　　　若葉：でも、いい人です 　　リリト：なぜそう言える？ 　　　若葉：・・・・・・・私の父はいい人でした 　　リリト：おまえの父と私となんの関係がある？ 　　　若葉：・・・紅　牙紫という名前に聞き覚えはありませんか？ 　　リリト：紅　牙紫？？？ 　　　若葉：・・・・・『紅の牙』と言わなければわかってもらえませんでしょうか？ 　　リリト：紅の牙・・・紅！まさか、その父上というのが、あの『紅の牙』か！？ 　　　若葉：はい、その『紅の牙』牙紫が私の父です 　　リリト：・・・・なるほど、あの紅の牙の娘か・・・ 　　　　　　道理で強いわけだ 　　カレン：・・・・紅の牙って・・・一体何者なの？ 　　リリト：ふん・・・おまえが知らないとは驚いたな 　　　　　　この道では有名な人物だ・・まあ、１０年ぐらい前に 　　　　　　名前を聞かなくなったから、場合によっては知らないかもしれないが 　　　　　　金さえ払えば誰の依頼でも受け、受けた依頼は必ず果たす、一匹狼の 　　　　　　殺し屋の名前だ 　　　　　　表の世界に名前が出たことはないから、普通の人間なら知らなくても 　　　　　　驚くには当たらないがな 　　カレン：・・・・・殺し屋・・・・・ 　カレンの頭が混乱しているのは、致し方ないであろう 　あの、方向音痴で、虫も殺せない心優しい若葉と、 　今目の前にいる、殺気を帯びた若葉とが同一人物であると信じるのは難しい 　　リリト：だが、それでも私を討たぬ理由にはなるまい 　　　　　　私はおまえ達を殺そうとしたのだぞ 　　　若葉：いえ、あなたは誰も殺そうとしてません 　　　　　　本気で殺すつもりなら、決闘など始める必要はありません 　　リリト：何を馬鹿な 　　　若葉：・・・本当の人殺しは、猟師が獣を狩るように 　　　　　　人をあやめることが出来るのです 　　　　　　あなたは、そんな人じゃありません 　『おまえに何がわかる！』・・という言葉を、リリトは飲み込んだ 　何がわかるか？ 　それは聞くまでもないことだ 　正真正銘の殺し屋、伝説の暗殺者、『紅の牙』の娘の言葉なのだ 　そう、殺し屋についてなら、リリト自身よりもよく知っているはずだ 　　リリト：・・・・・私に、どうしろと言いたい・・・・ 　　　若葉：もう、こんな仕事はおやめ下さい 　　　　　　リリトさんには向いてないんです 　　リリト：・・・・他の仕事があるぐらいなら、とうの昔に転職している・・ 　　　若葉：やっぱり、いい人じゃありませんか（ほにゃ☆） 　今、そこにいるのは、普段の若葉だった 　いつも見慣れた、天然ぼけを感じさせる若葉ちゃん 　　カレン：とりあえず、おね〜さん達の船に乗ったらどう？ 　　　　　　海の向こうの新世界なら、また別の人生があるかもしれないわよ 　　リリト：・・・考えておこう 　　　若葉：いえ、いますぐ行きましょう 　　　　　　善は急げと申しますし 　　リリト：・・・いや、今は・・・ 　　カレン：強情はるのはよくないわよ 　　リリト：？ 　　カレン：今、リリトちゃんがどうなってると思ってるの？ 　そう、まだ、リリトは、若葉の奥義で縛られたままであった 　カレンはリリトをひょいとかつぎ上げると、 　ティンカーベルへと足を運ぶ 　若葉もカレンと一緒に船へと帰っていく 　・・・・・リリトは、抵抗しなかった 　そして、場面はティンカーベルへ 　　　リラ：！あんたら一体何があったわけ？ 　　カレン：ちょっとごたごたがね 　　　　　　ところで、船長は？ 　　　リラ：船長ならいま港湾事務所に抗議に行ったわよ 　　カレン：抗議？一体何の？ 　　　リラ：・・・・ウェンディが、ガーベルとかいう 　　　　　　貴族に連れ去られたの 　　カレン：なんですって！