＊プロローグ

　星のない夜
　街灯だけがぼんやりと頼りなげなひかりをはなつ
　人気のない石畳
　野良猫さえ、いまは姿を見せない

　今は夜、草木も眠る丑三つ時

　通りのなかに、一軒の家
　屋根裏部屋に、ぼんやりとランプの明かり

　部屋にいるのは、一人の少女
　ランプの下で、裁縫の手を休めることなく動かしている

　へやは、雑多なものがおかれてはいても
　ちゃんと整頓が行き届いている
　部屋の主の人柄がしのばれる

ウェンディ：・・・・・・どうせ、私なんて

　少女の手にあるのは、一着の服
　でも、どう見ても少年の服

ウェンディ：・・・・・結局、みんなアンディがかわいいのよ

　アンディ？ああ、少女の弟か

ウェンディ：おかあさんに話しかけても
　　　　　　おとうさんに話しかけても
　　　　　　「アンディはどこ？」
　　　　　　「アンディを学校に連れていった？」
　　　　　　「アンディに・・・・・」

　どうやら、アンディは目の中に入れてもいたくないほどかわいがられているようだ

ウェンディ：・・・そうね、私じゃミゼリア家は継げないわね

　どうやら、アンディはミゼリア家の跡取りになるらしい

ウェンディ：もう、ミゼリア家は名門なんかじゃないのに・・・

　没落貴族・・・珍しくはない、今の時代には
　古の幻の中に生きる人々
　過去の遺物・・・・・・遺産ではなく

ウェンディ：・・・きっと、私なんか生まれなかった方が良かったのよ
　　　　　　私なんか、なんの取り柄もないし・・・・
フィリー　：あー、もう、うっとうしいわね！
　　　　　　さっきから聞いてりゃぐちばっかり
　　　　　　あんた、そんなことばっかりいってるから
　　　　　　いっつもいじめられるのよ

　あ、こら、フィリー、勝手に出て行くんじゃない！

ウェンディ：誰よ・・・(ｷｯ)
　　　　　　え、ぬ、ぬいぐるみ？
フィリー　：一体誰がぬいぐるみなのよ

　・・・仕方がない、私も行くか

　（ぽろろん）

ロクサーヌ：こんばんは、お嬢さん
ウェンディ：だ、だれよ、あなた
ロクサーヌ：私の名前はロクサーヌ
　　　　　　吟遊詩人です
ウェンディ：吟遊詩人？
　　　　　　吟遊詩人だからって、勝手に人の家に入って
フィリー　：ねえ、ロクサーヌ
　　　　　　こんな奴ほっといて他の家に行こうよ
ロクサーヌ：それはできませんよ、フィリー
　　　　　　彼女のような人こそ、助けが必要なのです
ウェンディ：・・・・助ける？だれを？
ロクサーヌ：もちろん、あなたをですよ
　　　　　　ウェンディさん
ウェンディ：・・・どうして私の名前を？
ロクサーヌ：私が知らないことはありませんよ
フィリー　：ねえ、ロクサーヌ
　　　　　　わたし、やっぱり気が進まないんだけど
ロクサーヌ：（無視して）
　　　　　　だから、私には分かります
　　　　　　あなたには、休息が必要なのです
　　　　　　それと、ちょっと夢見ることが
ウェンディ：・・それができれば、いいんですけど
　　　　　　この服を朝までに仕上げないと、
　　　　　　またおかあさんにしかられる・・・
ロクサーヌ：そのことなら、心配は要りません
　　　　　　ちょっとだけ、私の言うことを聞いてもらえませんか？
ウェンディ：ちょっとだけ？
ロクサーヌ：そう、ちょっとだけ
　　　　　　目を閉じて、３つ数える
　　　　　　いち、に、さんって
ウェンディ：・・・・私をからかって楽しいですか？
ロクサーヌ：からかってなんかいませんよ
フィリー　：そうそう、あんたなんんかからかってもちっとも楽しくないわよ
　　　　　　何言ってもいじけるばっかりだし
　　　　　　たまには、人の言葉を素直に聞いてみたらどうなの！
ロクサーヌ：フィリー、言葉が過ぎますよ！
ウェンディ：・・いいんです、・・・
　　　　　　だって、本当のことですから
　　　　　　・・・・目を閉じて、３つ数えればいいんですね？
ロクサーヌ：そう
　　　　　　３つ数えてください
　　　　　　ゆっくりと

　少女は、静かに目を閉じて・・・・・・

ウェンディ：ひとつ

ウェンディ：ふたつ

ウェンディ：みっつ

フィリー　：まさか、あんたがここにこれるとは思わなかったわ
　　　　　　さあ、目を開けて！

ウェンディ：え？

　少女が目にしたものは・・・・・・・・

　抜けるような青い空
　輝く太陽
　ぽっかり浮かぶ白い雲
　コバルトブルーの海

　吹き抜けていくのは心地よい潮風

　そして・・・・

メイヤー：ようこそ、調査船、ティンカーベルへ