神社少女？
ここは、大洋州四国の片田舎、とも言い難い山の中だ。
片田舎とも言えないような山奥にも、アスファルトで舗装された道路ぐらいはある。
アスファルトで舗装されていると言っても、所詮は山奥の道。いわゆる
1．5車線の道だ。２トントラックが来れば道幅目一杯だろう。
そんな山奥の道を走る一台のバイク。オフロードタイプの２２５ｃｃ。
あえてメーカーや商品名は出さないが、どこのメーカーのバイクであっても
排気量と形式が同じなら、大きく違ったりはしない物だ。
杉の落ち葉とアスファルトがモザイク模様を織りなす道を
あるいはアクセルを全開にし、あるいは急ブレーキを掛けて走っていく。
ギアチェンジもひっきりなしだ。対向車？そんなものは気にする必要ない。
こんな道を行く乗り物なんて、このバイクだけだ。
目の前に狸。素早くハンドルでかわす。
いや、かわしたと思ったのは幻想だった。
驚いた狸のほうもバイクの動きに合わせて突っ込んできた。
これ以上はかわせない。バイク乗りが最初に覚えるべき事。
つまり、正しい転び方を実践すべき時である。
急ブレーキを掛け、素早くバイクを押し倒し、転んだ瞬間バイクを
体から突き放す。無理に体を止めようとせずごろごろと転がる。
フルフェイスのヘルメットと、皮のジャンパーに革ズボンに革手袋の
完全防備のおかげで、アスファルトで擦っても特に怪我をするということはない。
「いたた…」
石段にぶつかればその限りでもないが。
「バイクは大丈夫かな？それより携帯携帯…」
ベルトポーチに取り付けてある携帯電話が壊れてないかどうか調べる。
…調べる意味がなかった、どうやらここは携帯電話の圏外のようだ。
「圏外だってわかるってことは、一応動いてるのかな。よしよし。
それじゃ次にバイクでも探そう…あれ？」
自分がぶつかった場所をしげしげと見る。
石段の前に、崩れかけた鳥居がある。
いや、鳥居っていうのかなこれ？石の柱が立ってて、上に石の橋みたいなのがかかってるのはわかるけど
鳥居なんていうものは、図鑑でしか見たことがない。大洋州四国にあるのは、教会だけだ。
それに、石段っていっても、そんな見上げるような代物じゃない。せいぜい３段ぐらい？
その石段の向こうに見えるのも、崩れかけた何かでしかない。
とくに背が大きいとも言えないその人物にも、石段の上の構築物がはっきり見える。
いやさ、あれを構築物と言ったら、構築物が怒るだろう。
崩れかけた何か。あばら屋ともいえない廃屋。
「大戦争の前からあるのかな。…ちょっと、見てみようか」
好奇心から、崩れかけた何かへと歩いてみる。
こういう、誰も知らないような何かに出会うことも、旅の醍醐味の一つだ。
ここ１０年で過疎化が一気に進んだ大洋州四国の山中には、歴史どころか
人間の活動範囲、いやさ、人間の記憶からも消え去ってしまった
人間の活動の証拠の数々が、静かに自然へと帰る日を待っている。
「これはすでに自然に帰ったっていってもいいかな」
かやぶきの屋根は雑草だらけ。雑草という草はないが
興味が無く、役にも立たない植物は、雑草と呼ぶほかない。
雑草という草はないと言えるのは、あらゆる草を見分ける植物学者だとか
どんな草にも愛着がもてる、やんごとない身分の持ち主といった人たちだ。
「…？」
さっきの狸が、こちらを見つめている。
「あんた、つっこんでくるんじゃないわよ。
もうちょっとで死ぬところだったじゃない。
ったく…バイクはこかすし、あたしは怪我するし。
…けど、あんたは無事でよかった。
さっさと行きなさい。こんどはちゃんとよけてよね。
車は急に止まれないんだから」
狸に言葉がわかるわけがない。
だが、狸も雰囲気を察するぐらいのことはしたようだ。
さっと山の中に姿を消す。
「さてと、バイクをひろわなきゃ。まだお昼にもなってないけど
バイクがこわれてでもいたら、歩いてこの山を下りることになっちゃうわ」
そう独り言を言うと、彼女は何かに力を吸い取られたかのように、右足から崩れ落ちた。
「つ…打ち身になっちゃったかなあ。力が入らない。
てか、なんか眠い…朝早かったからかなあ。
けど、バイクだけでも拾っておかないと、万が一
トラックでも通って壊されちゃ大変だわ」
…助けて、ください。
「？」
…あなたの助けが、必要なんです。
「？誰？」
辺りを見回す。なにもない。誰もいない。
…目を閉じて。
「？…」
…すいません、すこし、力を使いますよ…
「？…」
ＺＺＺＺＺＺ
「良かった。ここでなら、あなたと会話できますね」
そう語りかけてきたのは、さっきの狸だった。
「あんた、しゃべれるの。って、狸がしゃべってる！？
そっか、これは夢か、変な夢」
「ええ、これは夢です。ですが、語りかけている僕は現実です」
「わけわからないこと言わないでよね。
あんたが夢なら、つまり、夢なんでしょ」
「何からお話ししましょうか」
「何も言わなくていいわよ。夢ならゆっくり寝かせてよ。
朝早かったから、ちょっと寝不足なの。おやすみ〜」
「眠ってもらっては困るんです」
「今夢の中だって言ったでしょ」
「ええ、夢の中で、あなたに現実のお話をさせてもらっているんです」
「夢の中で現実って、どういう意味よ」
「あなたに、助けて欲しいんです」
「どうしたの？どこか怪我をしたの？みせてごらんなさいよ。
消毒薬ぐらいなら持っているから」
「いえ、そういう意味ではないんです」
「じゃ、どういう意味？お金なら持ってないからね」
「油揚げは？」
「お腹、すいているんだ」
「いえ、お約束なんで言ってみただけです」
「つまらない冗談を聞きたい気分じゃないわよ」
「では、本題をお話ししましょう。助けてください。正しい歴史を、取り戻してください」
「はあ？正しい歴史？正しい歴史も間違った歴史も、今の歴史が歴史でしょ。
ほかにどんな歴史があるっていうのよ」
「ですから、正しい歴史です。本来の日本の歴史を、取り戻して欲しいんです」
「日本？日本って、あの大戦争で滅んだ国のこと？
今は５つに分裂してるでしょ。津軽海峡の向こう側にある北海道ソビエト共和国。
あそこはソ連邦が崩壊した後も、共産主義を維持してるって話ね。
本州の東側の分割されてる東日本合衆国は、毎日のようにテロがあるって聞いてるわ。
近畿民国は、まあ、西にヨハネスブルクあらば東に民国ありっていう状況のようね。
日本人民共和国…っていっても、近畿民国から分離した中国地区と、本来の人民共和国の
九州島とで冷戦状態になってるって学校で習ったわ。
一つの中国の原則とやらで、中国地区と国交があると九州島とは国交がもてないし
その逆も真みたい。めんどくさいったらありゃしない。大洋州四国は
コモンウェルスの一員で、分裂の範疇っていうか、もう日本じゃないからいいわ。
鯨教とかいうのに強制加入で、鯨様を毎日拝まないと、海の猟犬とか緑豆が
電気もり持って殺しに来るのよね。
あそこはタスマニア人を絶滅させた前例があるから、本気で四国人もやられちゃうわ。
はー息が詰まる。時々はワインディングに出かけないと、息が詰まっちゃう」
「糸巻きの趣味があるんですか？」
「どこをどう解釈したらそういう結論になるのよ。
さっきバイクに乗ってたでしょ。それが私の息抜き。
誰もいない山道を、一人きり風になって吹き渡ると、いやなこともなにもかも
忘れる事が出来るの」
「風になっても花粉と黄砂でいやなことだらけですよ僕は」
「誰が千の風だ」
「まだ言ってないです…とにかく、それは正しい歴史ではないんです。
正しい日本の歴史では、大戦争の後も日本はちゃんと一つの国を保って
鯨教なんていう怪しげな宗教も出来たりはしないんです」
「じゃあ、なんで今、そういう歴史が発生してるのよ。
あたしの父さんは、なんで電気もりで撃たれて標本にされなきゃならなかったのよ。
あたしが今生きてる唯一の理由は、かあさんが、あたしを私生児だって言い張って
逃がしてくれたおかげだって。
大洋州四国じゃ、私生児は許されても、反鯨教徒は、野良犬未満の存在なのよ」
「…ですから、助けてください。本当の歴史を、取り戻す手伝いをしてください」
「あたしに何をして欲しいわけ？」
「戦ってください」
「なにと？」
「歴史をまげた存在と」
「どうやって？」
「…来ます」
「何が？」
「奴らが」
「奴らって…きゃあ！」
奴らは、来た。
そうだ、たしか、父さんが殺されたときも、こんな風だった。
顔のない男達。仮面で顔を隠してるじゃない。背広にサングラスの
エージェントスミス達なんかじゃない、本当に顔のない男達。
「…時間警察だ。時間管理法違反でおまえ達を処分する」
「時間警察？そんなの聞いたことも無いわ。一体どんな権限があって
あたしを処分するっていうのよ。わたしは毎日ちゃんと鯨様に…」
「そうだな。おまえには、鯨教誹謗罪も適用されるな。
だが、時間管理法違反だけで十分だろう。
二度死刑にする必要は、ない」
「………」
顔のない男達の表情は、もちろん、読み取ることが出来ない。
それでも、冗談を言っている訳ではないことは、はっきりとわかる。
「…戦うか、やられるか、二つに一つなら、どうします？」
「聞くまでもないでしょ。蟷螂の斧でも、最後まであらがうに決まってるじゃない！」
「あらがう？ただの小娘のおまえが？我々に？」
「時間警察とは恐れ入ったね、歴史をねじ曲げた張本人のくせに」
「貴様、減らず口をたたけるのもいまのうちだぞ」
「その言葉、そっくりお返しするよ。ここがどこだかわからずに踏み込んできたくせに」
「どこだというのかね？たかが狸のおまえが、我々に何が出来るというのだ」
「たかが狸？我こそは四国８０８狸の大将隠神刑部なるぞ。
歴史を曲げ世界を滅ぼしてきた”時間盗賊”どもめ。
今こそ真実の歴史を取り戻すのろしを上げる時がきたのだ！」
「イヌガミギョウブ…って、誰？」
「いや、わからなきゃわからないでいいですよ。
とにかく、ここは僕の神社、そして、僕はあなたのような人を待ってたんです」
「あたしみたいなひと？」
「ほら、やっぱり、神社といえば巫女さんでしょ」
「いや、巫女っていわれてもわかんないし…」
「あーもう、面倒だから途中は省略。ちゃちゃっと変身して
時間盗賊どもを退治しちゃってください」
「変身って、どうすればいいのよ」
「なんでもいいです。マジカルチェンジだろうがテクマクマヤコンだろうが
ピピルマピピルマだろうが…」
「いきなり西洋風になってどうするのよ。時間盗賊までどんびきしてるじゃない」
「じゃ、僕の趣味でいいですね。
たんたんたぬきの…」
「それは却下っ！
Make metamorphosis shrine-girl！」
「結局英語じゃないですか…」
変身の後登場したのは、今風の萌えアニメの正反対に
異様に露出度の少ない、性別すら判断しかねる、まるで
飛鳥時代の戦人のような甲冑に身を包んだ、剣士であった。
「…な、なにこれ…」
「妙なコスプレをすれば我らに勝てるとでも思ったか。
漫才はそこまでだ、行くぞ」
「やられてたまるもんですか！受けよ我が太刀、疾風迅雷！」
「あんぎゃー」
まさに千の風となった太刀風が、あっという間に
顔のない男どもを切り刻んだ。
血も流さず、まるで影でもあるかのごとく消え去る時間盗賊達。
「…な、なに今の…これは…一体…」
「今のが、僕とあなたの力ですよ。
僕はずっと待ってたんです。僕の力を引き出してくれる人。
この神社を見つけ出し、僕の言葉に耳を傾けてくれる人を」
「…これ、どこから先が夢？どこから現実なの？」
「時間盗賊が現れたところから、ずっと現実です。
ほら、それが証拠に」
そういうと、狸が右足を叩いた。
「いったーっ！傷口をたたくんじゃなーい！」
「夢なら、これでさめるはずでしょう？」
「…さめない。私、この格好のまま…あ、バイク！」
「バイクならそこに転がったままですよ」
「この格好じゃ乗れないし…」
「変身はすぐに解きましょう。
これで、あなたは後戻り出来ないところに来たんです。
たとえ、あなたが望まないとしても、時間盗賊達は
かならずあなたを無き者にしようとするでしょう」
「殺そうっていうんじゃなくて？」
「存在を、消し去るんですよ、時間盗賊達は」
「…なんで、こんなことになっちゃったんだろう…」
「定めですよ。あなたは、選ばれたんです」
「選ばれなくてもいいのに…って、あんたなんで後ろに乗るの？」
「僕がいなければ、変身できないでしょう？」
「ま、いっか。変身する少女にマスコットはつきものだもんね」
これが、彼女＝国立青が神社少女となったきっかけであった。
顔のない男達と、歴史改変との関係はなんなのか？
なぜ、彼女が神社少女に選ばれたのか？
そして、真実の歴史とは？
ドラマの幕が、いま上がる。