僕は、マストラダム学園に通う、召喚学科の特待生だ。
もう、落ちこぼれなんて言わせないぞ。

 

「マスター。次の追試の課題は決まりました？」
「マスター。見栄はっちゃだめだよ」
「落ちこぼれが、こぼれかけになっただけですね」
「マスター。驕りは転落の始まりです」
「姉さんもそんなにきつい言い方をしなくてもいいでしょうに」
「・・・・結局、みんな、落ちこぼれ扱いするんだ・・・」
「マスター。そんなすぐに落ち込まなくても」

 

　そう、ケータイデンワのおかげで、召喚は一応出来るようになったけど
召喚できるのは、この５人だけなんだ。
　知的召喚獣しか召喚出来ないってだけで、ビルギエッタ先生からの
評価は芳しくないし、第一、やってることは、召喚術師というより
パーティのまとめ役だよ。

 

「それで、マスター。次の追試の課題は決まったんですか？」
「追試じゃないよまどか。今回は、動員なんだ」
「動員って、なに？」
「マスターですら動員がかかったんですか。そんなに戦況は悪化してるんですか？」
「いっぺんに質問しないでよ、卯月、マキ。
　まず、動員っていうのは、戦争のために兵士を集めることだよ。
　だけど、戦況が悪化してる、っていう意味じゃないよ。
　今回は、リンクス先生が、野戦病院の担当になったから
　その護衛に回されたって事」
「やっぱり、戦況は悪いんじゃない。
　マスターみたいな学生を護衛に使うなんて」
「だから違うって晶。これは、学園の生徒の研修なんだよ」
「つまり、追試なんですね」
「………追試ってわけじゃなくて…」

 

ぴんぽーん。

 

「はい、どなた？」

 

　まどかは、誰も何も言わないうちから玄関へ飛んでいった。

 

「いらっしゃいませアスレイさん。どうぞ」
「どうぞじゃない！こら、何あんたら悠長にしてるのよ。
　私も動員で行くことになってるんですからね。
　遅刻なんてされたら、迷惑なのよ。迎えにきてやったんだからさっさと来なさい！」
「アスレイも来たのね。なら、追試じゃないんだ」
「だから最初から追試じゃないっていってたじゃないかあ」
「姉さん、マスターは傷つきやすいんですから、もう少し言葉を選んであげてください」
「結は、甘すぎるわ。私達のマスターを務めるなら
　マスターになるひとには、それ相応の実力を身につけていただきます」
「あらあら、姉さんも、マスターに入れ込んでるんですね」
「妙ないいかたするな！」
「あの、…こんなところで話を続けていると、アスレイさんが切れますよ」
「わかってるなら、言わせるようなことをするなっ！」
「はーい」

 

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　とまあ、そういうわけで、僕らはリンクス先生の診療所の前に到着した。
時計を見ると、集合時間５分前。まさに理想的な時間に到着だ。

 

「みんな揃ってるな」
「はい、リンクス先生」

 

　診療所から、正確に時間通り、リンクス先生が登場する。
白衣に診療用の鞄が実によく似合ってる。

 

「よろしい、では行くぞ。アスレイくんは、私の手伝いをお願いしよう」
「あの、僕は何をすればいいんですか？」
「見てればいい」
「見てれば？」
「下手に手伝われると、かえって迷惑する」
「マスター。あっさり言われましたね」
「えー。それなら僕らいないほうがいい？」
「………誰だ？聞いていたのは、生徒二人という話だが」
「ええと…どこから説明したらいいのかな」
「こいつの、知的召喚獣５人です」
「なるほどね。…まあいい。じゃまだけはしないでもらいたいな」
「うん。じゃまにならないようにみてるね」
「卯月のじゃまにならないようには、信用できないわね」
「あー、人をお調子者みたいに」
「あんたたち！そんな風だから、手伝わせられないって、どうしてわからないの！」
「…いや、そういう意味でもないんだがな。
　まあいい、つけばわかるだろう。道中、王国軍が安全は確保してるはずだが
　それでもモンスターが出るかもしれない。護衛を頼むよ」
「はい先生！」

 

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　道中護衛する、といっても、ホートウィッシュから、それほど
離れた場所でなし、モンスターも現れることなく、診療所に到着した。
診療所の中では、斬られたのやけどしたのと、けが人が
所狭しと並べられている。まるで魚河岸の魚のようだ。

 

「マスター。表現が不謹慎です」
「ごめんよまどか。だけど、…すごい…」
「リンクス、来たか。すぐに仕事に掛かってくれ」
「そのつもりだ」

 

負傷者の治療に当たってた医者の１人が、振り返りもせずに
リンクス先生に声を掛ける。
リンクス先生の方も、全く心得たもので、すぐに診療用の鞄を開けて
患者に向かった。

 

「アスレイ、白衣は持ってきてるね」
「はい、先生」
「ではそれをすぐに羽織って。薬のラベルは見ればわかるね」
「はい、先生」
「よろしい。では仕事に掛かろう」
「あの、僕は…」
「じゃまにならないよう、隅に立ってなさい。
　アスレイ、行くぞ」
「はい、先生」

 

　アスレイとリンクス先生は、すぐに負傷者の大群の中へ消えていった。
いや、姿は見えるんだけど、消えたって表現がしっくりくるんだ。
先生は負傷者の体に触れ、二言三言言葉を交わすと、アスレイから
注射器やメスを受け取って素早く治療していく。
さすがに、ホートウィッシュでも名医で通ってるだけのことはある。
僕は、しばらく、リンクス先生の手際に見とれていた。

 

「マスター。なんで、魔法を使わないんです？」
「そうそう、治癒術を使えば、全然簡単に治るのに」
「それは…どうしてなんだろう？アスレイだって、魔法は使ってないね」

 

　言われてみれば、その通りだった。
リンクス先生が、魔法医療を嫌ってるなんてこともない。
普段の診療だと、怪我を治すのに、簡単に魔法で治しちゃう事の方が多いぐらいだ。
それなのに、ここだと、魔法を使わず、薬と手技を使っている。
何か意味があるんだろうか。

 

「少年、こんな所に来たか。出世したわね。お姉さん感激だな」
「ルテジアさん！」
「こらこら、素っ頓狂な声を出さない。けが人で一杯なんだぞ」
「ルテジアさん、どうしてここに？」
「やー。ネコの手も借りたいっていうから、おねえさんも
　一肌脱ぐことにしたのよ。薬作りのお手伝いってわけ」
「ルテジアさんは、ずっとここにいたんですか？」
「ずっと、っていうか、今朝からね」
「ねえねえ、ルテジアさんは知らない？」
「あら、なにをかな卯月ちゃん」
「どうして、ここだと、誰も魔法治療をしないの？」
「いいとこに気付いたわね。おえねさん花○をあげちゃおう」
「わーい」
「どんどん精神年齢が退化してるわね」
「姉さん、そんな本当のことを言わなくても」
「それで、どういう理由なんですか？」
「魔法は、確かに早くて、しかも確実性も高いわ。
　だけど、魔法による回復は、あくまで治癒力を高めるものなのよ。
　つまり、怪我は治ってるけど、体には負担になってるってわけ。
　そんな治療法を、戦闘で負傷して、いい加減体力が落ちてる
　人に施したら、どんなことになると思う？」
「…治療は成功、患者は死亡ってこと？」
「少年大正解。だから、こういうときは、普通のお医者さんが活躍するのよ。
　ここである程度体力が回復して、治癒魔法に耐えられるようになってから
　治癒魔法を使うってわけね」
「へえ…それで、僕はお呼びじゃないんですか」
「私たちも、こういうときは、お呼びじゃないですね」
「なんでも魔法で解決してたもんね」
「体力をつけるというのなら、私の出番ね。
　体力強化の料理を作ってあげるわ」
「…材料も、ないわよ、晶」
「薬の材料はあるのに？」
「薬は、料理ほどたくさんいらないでしょ」
「食べる物を食べなければ、体力も回復しないわ。
　やってることが全然間違ってるじゃない。
　マスター。ここの責任者にかけあって、食料を調達してきましょう」
「ちょっと晶、勝手なことをしたらだめだって」
「勝手な事って、…人助けじゃない」
「いくら後方支援だからって、…ここは、一応、戦場なんだ」
「戦場…なんですか？」
「モンスターが出なかっただろ」
「ええ、そういえば、そうですね」
「モンスターを、王国軍が、追い払った証拠だよ。
　つまり、強力な軍がそばにいるから、モンスターが逃げてる状態なんだ」
「………それじゃ、ここも、戦場からそんなに遠くない、ってことなんですか？」
「ああ、そうだねまどか」
「そういうことね少年。じゃ、もうちょっと見学を続けてなさい。
　お姉さんは薬作りの仕事に戻るからね」
「はい、がんばってね、ルテジアさん」
「少年もね」

 

　僕にがんばれっていわれても、困るよ。
だって僕のすることなんて、何にもないんだから。

 

「マスター。ただぼんやり見てるのって、結構つかれますね」
「あー。こんなんだったら、家で遊んでたほうがよかったぁ」
「こういう体験も、珍しいことですよ、卯月」
「珍しい体験で有り続けて欲しいね、マキ」
「あー、腕がむずむずする〜」
「晶は、料理が作れなくて残念だね」
「残念ってものじゃないわよ」
「…退屈そうだな」
「リンクス先生、終わったんですか？」
「いや、全く。…しばらく帰れそうにないな」
「先生、それじゃ、街の病人はどうなるんです？」
「医者は俺だけじゃないさ。
　さて、アスレイ、君はもう帰りなさい」
「先生、まだ時間はあるはずですが」
「わかっている。だが、状況が悪くなる前に、帰りなさい」
「先生、状況が悪くなる予定があるんですか？」
「……軍事機密だ」
「リンクス先生、ここには、ルテジアさんも来てるんですよ。
　ルテジアさんはいいんですか？」
「……ルテジアくんか。俺の一存では、決められないな」
「ルテジアさんに話してきます」
「いや、いい。帰りなさい。十分仕事はしてもらったよ」
「わかりました。…アスレイもですか？」
「ああ、アスレイくんもだ」

 

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　なんとなく、消化不良な気持ちを抱えて、僕らは街への帰り道をたどっていた。
普段は元気でプライドの高いアスレイも、さすがに傍目にもつかれてるように見える。
見てつかれてるのがわかるぐらいだから、ぼろぼろな状態なんだろうな。

 

「…マスター。今日は一体、何をしたことになるんでしょう」
「何もしなかった、ことになるのかな」
「道中の護衛よ。モンスターが現れても、退治はしてあげるけど
　１人じゃ…やっぱり、心細くなることはあるわ」
「無理しないでいいって。肩を貸そうか」
「召喚獣の情けは受けないわよ」
「じゃ、マスターは？」
「なお悪いわ！」
「アスレイさんは、マスターの事が、嫌いなんですか？」
「…嫌いよ、だいっきらいっ！」

 

　…そんな、本人の目の前で、断言しなくてもいいのに。

 

「マスター。そんなに落ち込まないでください」
「いや、いいよ…前から知ってたことだし」
「大嫌いな割には、朝早くから迎えに来てたわね」
「やかましい…」
「…帰ったら、体力の回復する料理をつくったげるわ」
「…大きな…お世話よ」
「人の親切は、無にするものじゃないと思うな」
「………」

 

　帰りも、結局、モンスターなんて現れなかった。
ほんと、僕らは一体なにをしに救護所へ行ったんだろう。

 

だけど、あの場所を見て、魔法が万能じゃない、ってことはよくわかった。
そして、対魔族戦争っていうのが、楽な戦いじゃないっていうことも。

 

　リンクス先生が、街に帰ってきたのは、僕らが先生を送ってから、３日後の事だった。

 

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