僕は、マストラダム学園に通う特待生だ。
特待生とはいえ、家はあまりお金持ちじゃないから
特待生待遇を失ってしまうと退学を余儀なくされてしまう。

 

　僕はたったひとつの科目をのぞいては、少なくとも
特待生仲間の中でも平均以上の成績は上げている。
科目によっては、学園始まって以来の天才とも言われる
アスレイと張り合えてるぐらいだ。ちょっとぐらい自慢させてよ。

 

　ただ、その、たったひとつの科目が問題だ。
僕が唯一苦手で赤点な科目が、召喚術なんだから。

 

　ケータイデンワを手に入れたおかげで、召還自体は出来るようになった。
だけど、特殊な触媒に依存する召還じゃ落第回避とはいえ最低ランクの
合格になるのは仕方ない。でも、それは問題じゃない。
特殊触媒依存でも大魔法使いと呼ばれるようになった人は何人もいるんだ。
僕だって、ケータイ依存でも、大召喚術師になる可能性はある。

 

「マスター、何に力こぶいれてるんですか？」
「ああ、まどかか、ちょっと説明的な台詞を入れてた所」
「そうなんですか。マスター、すこしは勉強した方がいいですよ」
「わかってるよ。だけど、召還術って、勉強より実践だから。
　あれ？まどか、今日は何か特別な日なの？」
「あれ？わかりましたか？」
「いや…わかったっていうか…部屋の中が騒がしいから」
♪あかりをつけましょぼんぼりに〜♪

「卯月、なにやってるの？」
「え？マスター知らないの？ひな祭りだよひな祭り。
　ひな祭りにはおひな様とお内裏様をかざらなきゃ」
「…だからって、椅子の上に正座しなくてもいいのに」
「ほらマスターこっち来て、マスターがお内裏様の役しなきゃ」
「なんで僕が…」
「マスター、これに着替えてください。記念撮影しますよ」
「マキ、写真機を持ってきたんですね」
「ええ、せっかくひなまつりですから」
「卯月はあのかっこうでいいの？」
「ボクもすぐ着替えてくるからね。マスター。ボクが来るまでにはちゃんと準備しておいてよ」
「着替えるって…これ、どうやって着ればいいの？」
「では、私がきせましょう」
「ああ、ありがとう。これは上から着ればいいよね」
「それでも問題ないでしょう。でも上着はとってくださいね」
「ああ、いいよ」
「マスター、準備出来た？」
「は、はやっ！」
「うさぎのスピードで着替えたんだよ」
「よく十二単なんてあっという間に着れますね」
「まどか、これは簡略版だから簡単簡単。はいはいマキ、記念撮影記念撮影」
「では、二人ともならんでください…はい、ちーず」

 

ぱちり。

 

「わーい」
「卯月、では次は私にやらせてください」
「うん、いいよ、一緒にいこ」
「はい、ではマスター、しばらく待っててくださいね」
「ああ…わかったよ」

 

一体なんだというんだろう？ひなまつりって、コスプレして記念撮影する日なのかな？

 

「マスター。本当にこちらにはひな祭りはないのですか？」
「うん。初めて聞いたよ。マキ達の世界にはそういうのがあるんだ」
「ええ、ひな祭りといえば…」
「マスター。お待たせいたしました。もう全員揃ってますか？」
「あれ？晶」
「姉さん、まだ来るということも言っていないでしょう」
「結、どうしたの。その手に持ってる物は」
「ひな祭りですから、ひな人形を飾ろうと持ってきました」
「ひなあられに菱餅です。どうぞお毒味を」
「お毒味って…僕が最初に食べるの？」
「他の誰かに食べてもらっても、信用できないのでしょう」

 

ちょっと、いやな記憶がよみがえる。
そういえば、晶を最初に召還した時って、確か激辛にんじん料理を
食べさせられてた最中だったっけ。

 

「マスター、いい加減には忘れてよっ！」
「あれは本気で死ぬかと思ったんだよ」
「あの、マスター。こちらに並んでください」
「ああ、わかったよ…もしかして、これ、全員分しないとだめ？」
「ご安心をマスター。私は興味ありませんから」
「ほっ…」
「でも、せっかくだからみんな揃った写真は撮ろうよ」
「せっかくマキが持ってきたんだから、それはいいわよ。
　でも、結が人形を飾ってからね」
「ねえさんのおかしもちゃんと並べておきますね」
「マスター。早く」
「あ、ああ、マキ、じゃ、これでいい？」
「ええ、いいですよ…はい、バター」

 

ぱちり。

 

「現像が終わったらまた持ってきますね」
「えー、デジカメじゃないの？」
「記念写真はちゃんとした銀塩フィルムを使わなければいけないでしょう」
「マキって、変なところでこだわりがあるんですね」
「むしろ、デジカメで何でもすませようっていうまどかがずぼらなのよ」
「その通り。デジカメで済ませるなら、ケータイで十分」
「え？ケータイデンワって、そんな能力もあるの」
「マスターのは、無理ですけど」
「…みんなが持ってる方が、多機能なんだ…」
「そんなに落ち込まなくても…」
「はい、みなさん、飾り付けが終わりましたよ」
「あ、はい、では記念撮影しましょう」
「じゃマスターが真ん中」

「写真の真ん中に入った人は、早死にするっていいますね」
「ちょ、ちょっとちょっとマキ」
「冗談ですよマスター。そういう迷信があるだけです」
「じゃ、人形を囲むようにしてとればいいんじゃない？」
「今回は卯月のいうのが正しいでしょう。では、まどかはそちら
　マスターは…出来るだけ中央部がいいですから…卯月がそちらで結がこっち」
「マキ、あっちそっちこっちじゃよくわからないよ」
「あ、すいません。でしたら人形を囲んで、みなさんからみて…上にまどかが行ってください」
「上って？」
「飛んでもらえませんか？」
「そうですね、では…えい」
「卯月が右に立っていてください。マスターはお内裏様側で座って。
　ええと…晶さんがマスターの隣、左に結さん立ってて…タイマーセット…」

 

マキは大急ぎでこっちに走ってきて僕の右隣に座る。

 

ぱちっ。

 

「はい、お疲れ様でした」
「おつかれー」
「はい、では姉さんの作ったオードブルがありますよ」
「わーい」
「すいません、私はちょっと着替えてきますね」
「あんまりもたもたしてると、全部食べちゃうよまどか」
「卯月、そんな意地悪はいわないの」
「マスター、これは意地悪じゃないってば」
「…マスター。では一杯どうぞ」

 

一杯どうぞって…結…なんだか、話に聞く飲み屋のおねえさんみたいなつぎ方なんですけど。

 

「マスター。アルコール不耐性なんですか？」
「い、いや、そういうんじゃないよ」
「いえ、なんだか嫌がっているように見えましたから」
「嫌がってるわけじゃないよ。…甘酒なんだね、これ」
「ええ、姉さんの自信作ですよ」
「あ、おいしい。さすが晶だね」
「当然よ」
「おまたせしましたマスター」
「おっそーい、まどか」
「ごめん卯月」
「まどか、駆けつけ三杯ですよ」
「ごめんなさいマキ、私ねこじたなんです」
「知ってるわよ、言ってみただけ」

 

　結局、ひな人形はそっちのけで甘酒やひなあられやひしもちを
食べながら他愛のない雑談を続けてた。
お祭りって、そういうものなのかも。

 

---