ジョンは戦場へ行った



ここは、新大陸のはずれにある多島海。

伝説の秘宝Merveilleが存在するというのはここである。

メルヴェイユ、どんな物かはだれもしらないが、

すばらしい何かであることを疑うものもない。

過去、多くの海賊や冒険者がメルヴェイユを求めて探索を続けてきた。

彼らがMerveilleにたどり着くことはなかったが、それでも彼らの探索は無駄ではなく、

おおむねどのあたりにメルヴェイユへの扉があるか特定するところまでは、

その存在を突き止めることが出来たのである。

・・・そう、このだたっぴろい多島海のどこか、にあると言うことを。

しかし、今となってはまともにそんな物を探す酔狂人など滅多にいない。

みんなそれが伝説の何かであって、現実の何かではないと考えているのだ。

昔々の冒険航海華やかりし時代であれば、あるいは命がけで探索するものもあったやもしれない。

現代の基準からすれば欠陥だらけの帆船に命を託して黄金郷だのプレスター・ジョンの国だのを

探しに出かけていた時代にはMerveilleの物語は無数の冒険者を引きつけたろう。

今は時代が違うのだ。



しかし、それでもMerveilleを捜索を目指す者達が、ここ多島海へと集まっていた。

そんな中には、第２８独立師団の姿もあったのである。



「よぉ、おっさん。Lovely Ritaの調子はどうだい？」

「おまえも船長なら自分で自分の船の調子ぐらいわかるようになれ」

「だから俺もちゃんと見て回ってるじゃねえか、蒸気船なんて俺持つの初めでなんだよ」

「海は長いのか？」

「自慢じゃないがここへくる航海が初めてだ」

「まったく、こんな連中集めて大丈夫なのかね」

「気にするなよ、おっさん。商売繁盛でいいじゃねえか」

「わしは軍人でな」



第２８独立師団所属第６偵察大隊第３中隊第２小隊所属偵察艇Lovely Rita。

こう書けばなんとなく形になっているように聞こえるが、

実体はといえば一発屋と冒険家と張り紙で集めた、まあ、烏合の衆である。

あるかどうか実体もわからない代物に血道を上げるほど統合軍は暇ではない。

第２８独立師団に与えられたのは＜シードラゴン＞ただ一隻のみだったのである。

だが、大型船はこの多島海では使い勝手が悪いことおびただしい。

どがつく僻地で海図は未完成、海そのものは穏やかで風も強くないのだが、

これが逆にあだになって帆船の実用性は低い。

そのうえあちこちに暗礁があって、大型船の行動にはかなりの制限が付くとくる。

そうなると活躍するのが、本来沿岸警備用に開発された偵察艇、Ｓｗｉｆｔである。

もともとは高速連絡艇として開発された小型蒸気船なのだが、

川船として、あるいは漁船として、広く世界中で使われているのである。

軍用には、小型の旋回砲塔を搭載したタイプが広く用いられている。

これは統合軍だけの話ではなく、それこそ世界中の海軍、いやそれどころか

海賊達までが愛用しているというのだからその普及ぶりがしれよう。



「船長、積み込み作業終了」

「よし、あとは蒸気をあげて出航するだけだな」

「その前に司令部に行って予定表あげておいてくださいよ」

「あ〜そんなの適当にやっとけ」

「船長の出頭が義務づけられてるんですよ」

「わかってる、言ってみただけだ。じゃ行って来るわ」

「おきをつけて」



旗艦＜シードラゴン＞は、沖合に停泊している。

こっちには副師団長、といえば聞こえはいいが、統合軍のたった２人の

正規将校の一人、コノハがいるはずである。

司令部は地上に仮設されたドックの方にある。

支援工作艦アサマが設営した拠点である。

もっともアサマの方はとっくに母港へ帰った後で、

港にあるのは出撃準備を進めている偵察艇と、

仮設のドックで修理中の偵察艇ばかりである。



「特例曹長ジョン・ケリー入ります」

「ん、勝手に入れ」

「失礼します師団長。偵察２６３小隊所属Lovely Rita。単独偵察任務の出撃準備整いました。

　出撃許可を願います」

「ん、書類は書けてるか？」

「はい、閣下」

「じゃ、そこの箱にいれといてくれ。出撃してよし」

「はっ、失礼します」



出撃許可はいつもこんな調子だ。

箱の中を師団長が見ることはまずない、

書類との格闘から作戦立案までほぼ全部コノハの仕事である。

ジョンにとってはどっちでもいい話だが。



「よし、出撃準備がでたぞ。今から点呼を取る。

　ジョージ、いるか？」

「あいよ船長」

今返事をしたのがジョージ、砲撃担当だ。

「ビル、いたら返事しろ」

「へ〜い」

こいつがビル、砲撃助手。

「ロン、いるかあ？」

「わしはいつでも船におるわい」

彼がロン、機関長である。

彼だけは正規の軍人だ。

「ジミー、いるかあ？」

「いるよっ！」

機関助手のジミーは軍人じゃない。

機械と音楽が好きな青年だ。

「リッキー？」

「俺はいつでも準備万端だぜ」

彼はリッキー、航海士だ。

海の経験があるのは機関長のロンとこいつだけ、

だがこの多島海は穏やかな海でそれほど経験が必要というわけではない。



「よし、じゃ俺がいるから全員そろってるな。

　碇を上げろ、信号旗掲揚、出航！」

「イエッサー！」

出航の合図の汽笛を鳴らすと、Lovely RItaは煙突から煙を上げながら出撃する。

港と言ってもそこは仮設の港、旗を立てた空樽のブイで印が付けられているだけだ。



「お〜い、なんか見えるか？」

「なにもなし、いつもの通り」

出航してから３時間、いい加減な海図に航路を書き込みながら

パトロールを続ける。毎日毎日なにかが起きるわけではない。

だが、それでも気を抜くわけには行かない、気を抜いていたなら・・・



「船長。二時の方角に煙が見えます！」

「煙？・・・こんなところに味方がいるのかね？

　注意一秒怪我一生っ・・・と、

　ジョージ！ビル！戦闘配置につけ！

　リッキーは他になにかないか見張ってろ！

　ロン、戦闘態勢だ、蒸気上げ！」

「了解、船長！」



ここらは寄せ集めといっても今まで生き延びてきた猛者である。

Merveilleそのものは伝説の存在だとしても、それを探索している

海賊達は伝説ではない、文句なしの現実だ。



「ん〜まだ旗は見えないな〜、それより向こうはこっちを見つけてるかなあ？」

「どうですかね、船長。同士討ちをおそれててくれると向こうも旗を

　たてておいてくれるんですけどね」

「ま、たててるなんて期待する方が甘いだろうな」



実際そうだった、煙は急速に接近してきている。

相手が何者であれ、こちらをさけるつもりだけはなさそうだ。



「・・・・旗はたててないな、なにを考えてるんだかなあ？

　リッキー、信号旗を揚げてくれ、正体を聞いてみろ」

「あいよ」

「おいリッキー、どうも向こうは増速してないか？」

「船長、間違いなく増速してますね」

「ジョージ、砲撃準備に入れ、一戦ありそうだぞ」

「らじゃ」

「・・・リッキー、停船を命じろ、１分以内に停船しなけりゃ戦闘開始だ」

「はいよ、船長、一戦やるんだな」

「相手が何者かわからなきゃ偵察にならんだろ」

「・・停船しませんね、・・・あ、戦闘旗を揚げてきた！」

「こっちも戦闘旗をあげろ、戦闘開始だ！」



戦闘前には必ず戦闘旗をあげることは義務づけられているのだ。

これを怠ると不法戦闘行為ということで捕虜になる権利が得られないのである。

もちろん、白旗を揚げれば降伏の意思表示であるが、

お互い捕虜は客人として扱うことになっている。

これは海賊軍人を問わず海に生きる者の掟の一つなのだ。



「敵、発砲」

「アマちゃんだな、もう少し近づかなきゃ当たるわけない」

「で、船長、砲撃はいつ始めるんです？」

「おまえが当てる自信のある距離まで近づいたらすぐ」

「じゃ、いつでも撃てるぜ」

「よし、・・・撃ち方、はじめ！」

「おっしゃ！」



Lovely Ritaも撃ち返す。

搭載している砲は速射砲といっても１分に２発がせいぜいである。

もっとも、快速艇とはいえ時速３０Ｋｍでるかでないかにすぎない。

砲の射程も２０００ｍ弱、直接ねらって撃つのであるが

まあ、まぐれでしか当たるはずがない。



しばらく撃ちあいながら両者は接近していく、が

ジョージの腕は確かなようだ、こちらが何発か命中を与えると

敵は逃げ出しにかかる。

「もう少し追ってやろう。最大戦速」

「船長、深追いはさけた方が」

「５分だけだ」

「了解、ま、追撃の方が有利だからな」



そう、追撃の方が攻撃には有利である。

船の構造上、煙突や艦橋は砲塔の後ろにある。

真後ろへ撃ち返すわけにはいかないのだ。

それに、後ろを見せてくれればそれだけ機関部に

命中弾を与える確率は上がるわけだ。

高速艇といっても、ある程度の装甲は施してある。

一発や二発当たったぐらいで沈むほどヤワではない。

多くは、機関部への直撃や艦橋を破壊されて戦闘不能になることで

戦いの決着が付くのである。

Lovely Ritaは幸運にも４分の追撃で敵の機関部へ命中弾を得ることが出来た。



「よし、しとめたぞ、後はたこ殴り・・・」

「船長、そうはいきそうにないですよ」

「どうした？」

「島影から煙が見えますぜ、どうやら援軍みたいですな」

「・・・本当に？」



その答えはすぐにでた、遠距離からこっちへめがけて砲撃を加えてきたからだ。



「げ、３隻もいるじゃないか」

「どうします？」

「決まってるじゃないか、３６計逃げるにしかず！」



Lovely Ritaは急転舵で逃げ始めた。

まだ最初の敵が完全に戦闘力を失っているわけではないのに

新手が３隻、４：１ではいくらなんでも勝ち目がないのだ。



しばらく逃走を続けるが、さすがに多勢に無勢である。



「ちっ、無傷ってわけにはいかんか」

「船長、友軍の領域からはかなり離れてます。

　あと１０分もすれば追いつかれますよ」

「・・・冗談じゃないなあ、踏み込んだ分遅れたか」

「だからワシは深追いするなと言ったんじゃ」

「反対もしなかったろうが、文句いう暇があったらもっと速く走らせろ」

「めいっぱいやっとるわい」

「・・・・天の助けでもなければ、このままやられるだけだな」

「神頼みか？」

「他にましなことがあったら教えてくれ」

「船長、ありますよ、ましなことが」

「なんだ？」

「スコールです。あっちに行きましょう」

「よし、おまえが言うなら間違いなかろう」



多島海は穏やかな海であるが、天候は結構変わりやすい。

はれているかと思えば、スコールが降ることもある。

敵の追われたとしても、島影を巡ったり、あるいは今回のように

スコールに逃げ込むことで敵を撒くことも出来るのである。



「・・・・どうやら、助かったな」

「そうですね、でも助かったとまではいえそうにないですよ」

「どういうことだ？」

「あれからさらに港から離れてしまいましたからね。

　友軍が制圧してる海域まで安全に進めるかどうか・・・」

「こっちに逃げろと言ったのはおまえだろうが」

「あのときはあのとき、確率の問題です」

「ま、仕方ないか、で、どっちに行けばいいんだ？」

「あっちの方です」



ぼちぼちと、目立たないよう島陰を回りながら港を目指すLovely Rita。

敵の砲弾は何発か当たっていたが、どうやら致命傷にはなっていないようだった。

これなら港にたどり着きさえすれば大丈夫だろう。

そう、港にたどり着きさえすれば・・・。



「船長！１１時の方に煙！」

「煙？・・・なんだ５隻もいるじゃないか、あれが敵なら逃げ切れないな。

　目立たないように・・・」

「船長、心配はなさそうですよ。友軍の旗を立ててます」

「はあ・・・助かった」



ジョンのちょっとした偵察行、今日はこれで終わり。

しかしこれは多島海でMerveille捜索を続ける船乗り達の当たり前の日常の一つにすぎない。

他にも彼と同じ立場の何百人の船乗りが、Merveilleを求めてこの

多島海を巡っているのである。