ブルーフェザー出撃せよ！

　　　　　　　　　　　　　  　　　【第三話】

　　　    　　　　　　　　　　　　〜看板娘〜



　「かんぱ〜い」

　「乾杯」



　ここは、シープクレストの一角にある酒場、ミッシュベーゼン。

　今は、アタシがブルーフェザーに来てから、なんやかやで、

　うやむやになっていたアタシの着任歓迎会をやってる最中なの。

　そうは言っても、この店あんまり広くはないのよ。

　そうね・・・・広さは大体ブルーフェザーの食堂を少し横にのばした程度かな？

　だからアタシらがテーブルを占領してしまうと

　店の半分以上が埋まっちゃってるのよね。



　「それにしても、バーシアも良くこんな店知ってるわね」

　「アタシは大人だから酒場ぐらいは、ね」

　「ちょっと、こんな店ってどういう意味だい？」

　「あ、悪かったわ女将さん。

　　アタシが言ったのはそう言う意味じゃないわ。

　　こういう小さな雰囲気のいい店って通でないと知らないだろうなって意味」

　「バーシアちゃんは元がここの住人だったからね」

　「あ、そうなの？」

　「おばさん・・・そんなこといいじゃないの」

　「まあまあ、バーシアちゃんも良くうちに遊びに来てくれてたじゃない

　　そういえばうちの娘と一緒に戸棚を開けて・・・」

　「あ〜、その話はもうやめてよ」

　「え？なんかやったの？」

　「ボトル開けたんだよ。

　　うちの娘はすぐできあがったんだけど、バーシアちゃんは

　　ちゃんと受け答えできたからねぇ・・あの頃から素質はあったんだね」

　「もう、おばちゃん、その話は聞き飽きたわよ。

　　アタシの顔見るたびにその話ばかりするんだから」

　「そう言わないでおくれよ。

　　初めて聞く人だっているんだよ」



（からんからん）



　「はい、いらっしゃいませ・・・

　　ちょっとごめんよ」



　おかみさんは新しく入ってきたお客の応対へと移っていった。

　あれ？よく見たらこの店おかみさん１人だけなんだ。

　旦那とか娘とかに手伝わせりゃいいのに。



　「さて、と、せっかくだからここらで１人一つずつ隠し芸を披露すると

　　いうのはどう？」

　「え〜、他のお客さんの迷惑になるよ」

　「アタシは賛成」

　「ご主人様ぁ、隠し芸ってなんですかぁ？」

　「隠し芸というのは、意味はないが人を楽しませるための

　　ちょっとした技や技能のことだ」

　「ゼファー、あんた人の台詞とるんじゃないわよ」

　「ならルシードならどう説明した？」

　「う、そ、それは・・・」

　「ご主人様ぁ、ご主人様はどうなんですかぁ？」

　「ま、まあいいじゃない、ゼファーから聞いたでしょ。

　　でもただ飲んで喰っても面白く無いわね。

　　大体がよく考えたら四六時中顔合わせてる

　　同じ屋根の下で暮らしてるメンバーじゃない」

　「ルシードさん！みんなあなたのために開いてくれてるんですよ」

　「少なくとも、１人は自分でできあがってるみたいだけど？」

　「それ、い〜ったいだれのことなのかなぁ？

　　こらぁ、るしーど、つぎなさいよぉ」

　「だ、誰がルーティにお酒のませたのよ！」

　「だぁれがおさけのんでるんですってぇ」

　「・・・・・な、なによその目は」

　「バーシア、語るに落ちてるって」

　「アタシはまだやってないわよ！」

　「・・・・まだ、ってことは、これからするつもりだった訳ね」

　「うっさいなぁ・・・やってないったらやってないの」

　「まったく見苦しいわよバーシア・・ごほっ、ごほっ

　　な、なによこれ」

　「ご主人様ぁ、おいしくないですかぁ？」

　「ティ、ティセ何入れたの？」

　「はい、これですぅ」



　ティセが差し出した瓶はしっかりウォッカ、それもアルコール７０％の代物・・

　こんなもん飲んだらそりゃ酔うに決まってるわよ！



　「ティセ、それはお酒だから未成年は飲んだらだめ！」

　「そうなんですかぁ？ティセ、一つ勉強になりましたぁ」

　「あ、そ、・・・で、誰がルーティを介抱する・・・って、ちょっと待ちなさい！」

　「・・・・い、いいんだ、どうせ俺なんて・・・」



　あ〜あ、あっちじゃビセットが自己嫌悪に陥ってるわ。



　「ちょっとぉ、なにぶるぅなくうきをつくりだしてるのよ」

　「・・・・るぅてぃ・・・お、おれのことはほぉっておいてくれ・・・

　　おれは、どうせやくたたずのかくとうまにあなんだ・・・

　　・・・あのでんせつのまあしゃるにもおとるだめおとこなんだ・・・」

　「あのまあしゃるをこえるだめおとこなんているわけないじゃないぃ。

　　くだらないこといってないでのみなさいよ」

　「・・・ううう・・」



　そう言いながらもしっかり飲むだけは飲む訳ね。

　あ〜あ、保安局の人間がこれでいいのかしら、全く・・

　こんなもん、誰かに見られたらどうすんのよ、

　ただでさえ保安局への風当たりが強いご時世だってのに。



　？へ、こんな時に通信機で呼び出し？

　ブルーフェザーのメンバー皆出払ってるってのに

　一体誰が掛けてくるのよ。



　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



　アタシは、マーフィーの法則というものがどれほど正しいものか

　今日ぐらい思い知らされたときもなかった。



　「みんな、聞いて、出動要請よ」

　「え〜しゅつどうよぉせいぃ・・るしぃどぉ、

　　いつもみたいにことわっちゃってよぉ」

　「アタシもちょっと・・ね、アルコール回っちゃってるわ」

　「バーシア？自分で酔ってるって理解できるならまだ酔ってないんじゃない？」

　「うっさいわね、一回引っかけたまま出動して大目玉だったことがあるのよ」

　「あ、そ、じゃしゃあないか・・・って、しらふなのアタシだけ？

　　メルフィ・・・は現場に行くわけに行かないし、ビセットもアレだし…」

　「ううぅ・・俺は所詮アレ呼ばわりされるんだ

　　肝心なときに役に立てないだめ男なんだ・・」

　「こらぁ、なきごといわずにのめぇ！」

　「は〜こりゃ、どうしようもないわねぇ

　　出動以前にこいつらの面倒見なきゃいけないわ」

　「仕事なのかい？だったら心配せずに行って来なよ」

　「おかみさん、大丈夫なの？」

　「なに言ってんだい、酔っぱらいの扱いなら、あんたが生まれる前から

　　ずっとやってきたんだよ。

　　ほらほら、事件なんだろ？いっといで、あんたらを待ってる人がいるんだよ」

　「そう言われるとなんか照れるわ。

　　でも・・ありがと、おかみさん。

　　ゼファー！悪いけど一緒に来て。

　　メルフィはここでメンバーの面倒見て、本部からの連絡があったら受けといて。

　　アタシとゼファーは前線にいて受けられないかもしれないから」

　「ゼファーさんを闘わせるつもりなんですか！」

　「ん？支援魔法掛けてもらっとくだけ。

　　戦闘そのものに参加させるつもりはないわ」

　「それならいいんですけど…」

　「はい、決まりね、ゼファー、行くわよ」

　「そうだな、・・・

　　おかみさん、後をよろしく」

　「心配しないでいいよ」



　というわけで、アタシらは事件現場へと早足で向かった。

　ゼファーが足を怪我してるから走るってわけにも行かないのよ。



　というわけで、とっぷり日が暮れた中、アタシらは

　事件現場…とうの昔に第一捜査室の連中が固めてるけど…へと

　到着した



　「ブルーフェザー、ただいま到着いたしました」

　「ブルーフェザー？一体今頃なにしに来たんだ？」

　「アタシに聞かれてもね。

　　本部の命令で来ただけよ」

　「本部ももっと役に立つ連中呼んでくれればいいのによ。」

　「俺じゃ足手まといになるか？」

　「へ、い、いや・・ゼファーさんなら・・その・・」

　「何をやっている」

　「あ、室長」

　「無駄話せずに配置についておけ

　　・・・・ルシード君、だったかな？」

　「はい、アタシはルシードですけど？

　　一体何が起きたんですか？」

　「魔物が、逃げた」

　「えっと・・・・いま、なんとおっしゃいました？」

　「魔物が逃げ出したのだ。

　　当初は傷害事件と見なされて我々が出動したのだが

　　現場検証と被害者、および付近住人への聞き込みの結果、

　　魔物の仕業だと断定した」

　「断定って、どうして断定できたんです？」

　「あのテントが何か分かるか？」

　「さあ？なんか旅芸人の小屋にもみえますけど、

　　今はただの残骸ですね」

　「その通りだ。

　　その芸人達が、どうやら見せ物に魔物を使っていたらしい。

　　一座のうちの１人が話してくれた」

　「はぁ・・・・んな危ないもの良く使う気になるわ。

　　で、魔物はどこ？」

　「現在捜査中だ。

　　見つけ次第、諸君に退治してもらいたい」

　「了解、で、魔物についての他の情報は？」

　「一座の証言では猛獣型であることは間違いなさそうだが

　　正体については特に調べなかったらしい」

　「は？なんでそんないい加減なやり方で見せ物にできたんです？」

　「どうやら、魔法の檻があったらしいな。

　　あの檻に入れておけば安全だったはずなのだが・・・・」

　「何者かが、檻を破壊したんですね」

　「あるいは、檻が魔物を阻止するには不十分だったか、だ」

　「・・・・はぁ・・・こんな時にメンバーが休暇とはね・・・

　　室長、お願いがあるんですが」

　「なにか？」

　「本部に、無限定で魔法許可を出してくれるように

　　室長からも言ってもらえませんか？

　　アタシが言ってもらちがあかないんです」

　「断る。

　　前回、君が何をやったか忘れたのかね？」

　「あれはあれ、これはこれですよ。

　　あのときだって、アタシの魔法でやっとこ魔物が倒せたんじゃないですか」

　「それは日頃の訓練の問題だ。

　　とにかく、許可された範囲での魔法で闘ってもらうぞ」

　「分かりました。

　　でも、アタシは本部に無限定での魔法許可を求めますよ」

　「それは好きにしろ。

　　とにかく、指定された魔法の範囲内で退治するように」

　「了解、ここのボスはあなたですから。

　　ところで、被害者と面談してかまいませんか？」

　「何をするつもりかね？」

　「魔物を同定する情報がないかと思いまして」

　「残念だが、被害者は皆中央病院に運ばれている。

　　今ここで聞くのは無理だな」

　「では、一座のメンバーは？」

　「かれらが最初の被害者だ。

　　我々の聞き込みも中央病院で行った」

　「そうですか、じゃ、仕方ないですね。

　　我々は中央病院に向かいますので、

　　見つかったら連絡を入れてください」

　「ルシード君、それは無理だな」

　「どうしてです？」

　「中央病院は通信機が使用禁止だ」

　「あ、そうですね・・・じゃ、すいませんが

　　ゼファーを中央病院に派遣してください。

　　アタシはここで待機します」

　「君１人で大丈夫なのかね？」

　「魔物が同定できずに闘うよりはましです。

　　それに、魔法を無限定に使わせてくれるなら

　　大抵の魔物はアタシ１人で十分なんです」

　「殉職されても迷惑だぞ」

　「あたしもですよ」

　「分かった、パトカーは手配しよう」

　「お願いします」



　こうして、ゼファーはサイレントともに中央病院へと向かった。

　アタシは早速通信機で本部と押し問答。

　あのね、アタシ１人で許可された魔法使ったんじゃ対処できるわけないでしょ。

　大体が猛獣型の魔物ならどうせすぐ事件を起こすからすぐ出動って事になるわね。

　はぁ・・・あの石頭どもがアタシに魔法使用許可出してくれさえすればねぇ・・

　・・ま、いっか、かわいそうだけど、死なない程度に第一捜査室の

　連中が怪我してくれりゃアタシに無限定で魔法使わせてくれるでしょ。

　鬼みたいな言い方だけど、アタシだって、若い身空で死にたかないわよ。



　アタシの予測は、信じられない形で裏切られた。

　いつまで経っても魔物が捕まらないのだ。

　ゼファーからも全然報告が来ない。



　「・・・はぁ、なんか待ちくたびれたわ。

　　室長、まだ報告が入らないなんておかしくありませんか？」

　「どういう意味かね？」

　「猛獣型の魔物なら、行く先々で面倒を起こしてるはずだって事です。

　　普通なら追い回すことになるはずなのに、どうして

　　魔物が面倒を起こしてないのか？ってことなんです」

　「わからん。

　　もしかしたら、こちらの警戒態勢を見て一時的に息を潜めているのかもしれん。

　　とにかく、我々は待つしかない」

　「魔法さえ使わせてくれれば、すぐに見つけますよ。

　　少なくとも、半径１ｋｍ以内に居さえすれば」

　「半径１ｋｍ？シープクレストが一体どれだけの大きさがあると思っている？」

　「室長、猛獣型の魔物が相手なら、さほど遠くへ行ってないことは確実です。

　　警戒態勢を見て息を潜めているなら、警戒態勢が厳重な場所のそば・・・

　　・・・そうですね、この近くってほうが、可能性としてはむしろ高いでしょ？」

　「なるほどな、だが、私の部下はそこまで無能ではない」

　「そう願いたいですね」

　「願いたい？」

　「ゼファー・ボルティぐらいに有能であって欲しいって言ったんです」

　「ゼファーか・・・」



　？ゼファーにぃの名前に反応した？

　なんかこの表情引っかかるわね・・・女の勘ってやつかな

　何か、引っかかるのよ

　それがなんなのか全然分からないけど。



　通信機が呼んでる、噂をすれば、かな？



　「はい、こちらルシード」

　「ルシードさん？こちらはメルフィ」

　「なんだメルフィか、で、どう、そっちの様子は？」

　「ルーティとビセットはミッシュベーゼンで預かってもらってます。

　　バーシアさんはひとまずブルーフェザーに戻りました」

　「ブルーフェザーに戻ったって？」

　「ええ、アルコールを抜くっていってました。

　　ティセは今私と一緒です」

　「・・・・分かったわ、で、アタシに何か言いたいことがあるんでしょ？」

　「はい、そちらの状況が許せば、いったんブルーフェザーに戻ってバーシアさんと

　　合流してください」

　「了解、確かにその方が合理的だわ」

　「ところで、ゼファーさんは？」

　「ゼファーなら今魔物の情報集めるために聞き込みの最中。

　　中央病院にいるから通信機も使えないわよ」

　「分かりました、ゼファーさんから連絡があったら、

　　私・・・メルフィにも連絡を入れるように伝えてください」

　「分かったわ、じゃ、他のメンバーのことはよろしく」



　ラッキ、これで引き上げる口実が出来たわ。



　「室長、体勢を整えるためにブルーフェザーに戻ります」

　「何かあったのかね？」

　「メンバーがブルーフェザーに帰還しました。

　　アタシも合流した方が良いと思いますが？」

　「だめだ、モンスターを補足したならば迅速に

　　対応しなければならない。

　　ブルーフェザーにメンバーが戻ったなら

　　直ちにこちらに向かうように命令したまえ」



　あちゃ、やぶ蛇・・・・



　「えっと、お言葉ですが、今現在彼女は休暇から戻ってきたばかりですが」

　「関係ない、休息はここで取らせるといい」

　「・・はあ、分かりました、そう伝えます」



　あ〜あ、なんでこうなるかなぁ・・この石頭がぁ！



　アタシは結局バーシアを呼び出す羽目になった。

　ま、ゆっくり来ればいいって言ってやったから

　当分来ないだろうけど。



　アタシは、椅子に座って仮眠を取ることにした。

　は〜なんで楽しい歓迎会がこういう結末迎えるかなぁ・・・

　ＺＺＺＺＺＺZZZZZZZ………



　ハクシュ！

　うわっ、なんなのよ、無茶苦茶寒いじゃない！

　・・・あれ？なんか回りがあさぼらけ・・・



　「よく寝ていたな」

　「ええ、まあ・・ところで室長。

　　アタシが寝てるうちに事件が解決したりはしてませんよね」

　「残念ながらな。

　　ところで、ルシード君」

　「なんでしょ」

　「コートを返してくれたまえ」

　「え、あ、はい」



　ありゃ、コート掛けてくれてたんだ・・・

　案外いいとこあるわね。



　「君の判断の方が賢明だったようだな」

　「どういう意味です？」

　「魔物はまるで見つからなかったよ。

　　どこへ消えたか、見当も付かん」

　「あ！バーシアは？」

　「バーシア君かね？

　　彼女なら、アルコールが入っているようだったから帰らせた。

　　まったく、勤務中に酒を飲むとは、君たちは一体何を考えておるのか・・・」

　「アタシら非番だったんですよ、本部が呼び出す前はね」

　「全員がか、全くのんきなものだな」

　「バラで出しても大した戦力になりませんから、

　　休むときは全員同時に休むことにしてるんです」

　「なるほどな・・・・ゼファーがぼやくわけだ」

　「知ってるんですか？」

　「長話はここまでだ。

　　いったんブルーフェザーに戻って待機して置いてくれ」

　「了解、室長」



　・・・・あ〜あ、だから魔法使わせてくれりゃ良かったのに。

　そうすりゃ、少なくとも、いるかいないかぐらいは分かったわよ。

　結局アタシは冷え切った体を引きずるようにしてブルーフェザーへと戻った。

　なんぼコート借りてたからって、やっぱ外で寝ちゃ冷えるのよ。



　「ただいまぁ、・・・バーシア、いる？」



　ありゃ、返事がない。

　ま、あの低血圧が起きてるわけないから・・・

　アタシはひとまずメルフィを通信機で呼ぶことにした。

　ゼファーが病院にいるとまずいから通信機は使えないしね。



　「メルフィ？起きてる？」

　「あ、ルシードさん。おはようございます」



　メルフィの声にはさすがに疲れがみえた。

　アタシと違って寝てないのかもしれないわ。



　「メルフィ？どう？少しでも眠れた？」

　「全然。

　　本部からの連絡がないかと思ってずっと起きてたんです」

　「はぁ・・・で、他の連中は？」

　「ミッシュベーゼンの２階でまだ寝てるはずだわ」

　「あ、そ、じゃあ、みんなを起こしてこっちに帰ってきてちょうだい。

　　さすがにずっと寝かせてもらっちゃ悪いでしょ」

　「そうですね、ルシードさん。

　　・・・あ、そうだ、今日がなんの日だか覚えてます？」

　「ん？今日？なんかあったっけ？」

　「ルシードさん！忘れていたんですか！

　　今日は新人がこっちに来る日です。

　　あなたはリーダーなんですからもっときちんと

　　スケジュールを確認して置いてください」

　「悪かったわ、でも、現状じゃ誰もブルーフェザー離れられないのよね。

　　事件の真っ最中だし」

　「第一捜査室に連絡して、伝達事項はこちらに送るようにしておきます」

　「いいの？メルフィ・・・寝てないんでしょ」

　「仕方ないじゃありませんか、

　　これも仕事のうちなんです」

　「そこまで無理すること無いわ、ひとまずそっちに寄ってから

　　本部に行くわね。

　　どのみち、新人来るのは９時でしょ。

　　今はまだ７時過ぎだから十分時間あるわよ」

　「分かりました、では、それまで待ってますね」

　「じゃ、後で」



　ふぅ・・・・動けるのはアタシだけ、ってのは変わらないか。

　バーシアは・・ま、起きる頃見計らって連絡入れましょ。

　どうせメルフィが事務所に戻るまで起きやしないわよ。



　てなことつぶやいているうちに、アタシはミッシュベーゼンへとたどり着いていた。

　頭の巡りが悪いときには、時間って案外早く経つ物みたいね。



　「おはようございます」

　「おはよう、おや？ルシードちゃんだったかね？」

　「おかみさん、昨日はどうも・・・」

　「ああ、いいからいいから気にしないでいいよ。

　　うちじゃ良くある話なんだからさ」

　「おはようございます、ルシードさん」

　「メルフィ、大丈夫？事務所までは戻れる」

　「ええ、そのくらいは大丈夫よ」

　「メルフィちゃん、無理しなくていいんだよ。

　　悪いこと言わないから仮眠を取ってからお帰り」

　「でも、おかみさん・・」

　「うちは午前中は締めてるんだよ。

　　あたしのベッドで良ければ貸してあげるから

　　気にせずに眠りなさいな」

　「でも、おかみさん」

　「メルフィ、せっかくの好意を断っちゃ却って悪いわよ。

　　おかみさん、ティセ達は？」

　「ああ、あの子達もまだ眠ってるみたいだね」

　「メルフィ？起こさなかったの？」

　「あたしが起こさないように言ったんだよ。

　　事件なんだろ？無理して起こさなくても、呼び出しがあったら

　　あたしが起こしてあげるよ」

　「なんか悪いわね」

　「気にしなくていいよ、あたしも家の中が

　　人気無いってのはわびしいからね」

　「・・・そうかもね、

　　じゃ、お言葉に甘えさせてもらうわ

　　メルフィ、寝かせてもらってて。

　　何かあったら通信機に入れるから、スイッチだけは切らないで置いて」

　「ええ、分かったわ」



　ここからまた歩きで本部まで出かける。

　急ぐ必要もないし、出来れば無粋な呼び出しなしって行きたいわね。



　信じられないことに、アタシの願いは聞き届けられた。

　本部で新人と合流するまで通信機は一度もならなかった。



　「部長、ルシード・アトレーです」

　「アトレー君か、・・・こちらが今日から第四捜査室に配属になる

　　トリーティア君だ」

　「あの・・・私、フローネ・トリーティアって言います。

　　よろしくお願いします、先輩」

　「あ、こちらこそ」

　「トリーティア君、済まないが、早速アトレー室長の指示に従って

　　勤務についてもらいたい。

　　いろいろと大変だとは思うが、がんばってくれ」

　「はいっ」



　なんかメルフィの若かりし時みたいなのりの娘だわ。

　これでブルーフェザーの実体知ったら夜逃げしないかしら。



　「先輩？どうしました？」

　「ん、いや、ちょっと考え事してただけ。

　　そだ、フローネ、あんた荷物はどうしてる？

　　もうブルーフェザーに運び込んだ？」

　「荷物でしたら、今日の昼頃届けてもらうようにしてあります」

　「あ、そ、じゃ昼までに戻ればいいか。

　　ついてらっしゃい、メンバー拾ってから

　　ブルーフェザーに行くわよ」

　「拾って・・・・ですか」

　「すぐに分かるわよ」



　さてと、Strike while the iron is hot.

　フローネの熱意が冷める前に実体見せときましょ。

　手早くブルーフェザーの流儀に慣れさせてしまえばこっちのもん。

　すぐにあれが当たり前だと思うようになるでしょ。

　・・・・・アタシみたいにね



　というわけで、アタシはフローネを引き連れて

　ブルーフェザーのメンバーがいるはずの

　ミッシュベーゼンへと移動していった。



　「こんにちは、おかみさん、みんないるかな？」

　「・・・・いらっしゃい…ませ」



　アタシがミッシュベーゼンに入ったとき、アタシを出迎えたのは

　おかみさんじゃなくて、ちっちゃな女の子だった。

　少しぶかぶかの服を着てる。

　頭に結んだリボンがアクセントになってるみたい。

　でも、目は少しおびえた感じがするわ。

　まるで、ブルーフェザーに来た当初のティセみたい。



　「あれ？おじょうちゃん、おかみさん知らない？」

　「えっと・・・・・・おかみさんは・・・・その・・・」

　「おやおや、どうしたんだい？」

　「あ、おかみさん、この子は？今朝はいなかったみたいだけど」

　「ああ、この子かい？

　　この子なら、あたしが買い出しに出てた途中で

　　行き倒れてたから拾ってきたんだよ。

　　まさかほっとくわけにも行かないからねぇ」

　「行き倒れですか？」

　「ま、身元が分かればすぐに家に帰れるわよ。

　　ね、ところで、名前は？」

　「え・・・・私・・・ですか？」

　「そうよ」

　「えっと・・・私・・・わからないです・・・」

　「？？？」

　「先輩、見た目よりまだ幼いのではないでしょうか？」

　「・・・・・・・・・」

　「どうなんだろうねぇ？この子が最初に着ていた服には

　　『更紗』って書いてあったんだよ」

　「サラサ？」

　「そう、更紗、たぶんこの子の名前だと思うんだけどね」

　「うん・・・そうかも・・・」

　「そうかも？」

　「更紗ちゃん？もしかして・・・本当の名前が別にあるの？」

　「うん・・・たぶん・・・」

　「？どういう意味なんだい？」



　アタシがそれに答えようとしたとき、代わりにアタシを呼び出す物があった。

　そ、言わずとしれた通信機。



　「はい、こちらルシード」

　「ルシードか？ゼファーだ」

　「ゼファー！一体いつまでかかって聞き込みしてんのよ！

　　・・・で？何か分かったの？」

　「ああ、連中も口が堅かったが、なんとか、な」

　「口が堅かったって・・・」

　「・・・ルシード、済まないが、ライシアンの女の子が

　　迷子でいないか探してくれ。

　　歳は１０歳から１３歳程度、茶色の髪と茶色の耳。

　　それから・・」

　「ゼファー、更紗って子なら目の前にいるけど？」

　「なんだ、もう見つけていたのか」

　「アタシが見つけた訳じゃないけどね。

　　で、その子がどうしたって？」

　「・・・・・その子の体を調べてくれ。

　　たぶん、体のどこかに召還魔法陣があるはずだ。

　　それで全部つじつまが合う」

　「召還魔法陣・・・・って、まさか、守護獣！」

　「そういうことだ」



　守護獣・・・迷子・・・連中も口が堅かった・・・

　ああっ！それで全部繋がったわ！



　「ねえ、更紗ちゃん・・・生まれつき、あざになってるところとかない？

　　腕とか、肩とか」

　「あざ・・・」

　「ごめん、更紗ちゃん、ちょっと調べさせてもらってもいい？」

　「・・・・・・・・」



　この子の・・更紗ちゃんの・・視線は、

　助けを求めるようにおかみさんの方を向いていた。



　「あたしが見たんじゃだめなのかい？」

　「え〜と、あ、魔法陣みたいになってるから普通のあざなんかとは

　　すぐに見分けつくわね。

　　大丈夫だとおもいますよ、おかみさん」

　「そうかい・・・・じゃ、ちょっとだけごめんよ・・・

　　どう？寒くないかい・・・ああ、こんどはこっち・・・」



　なるほどね、確かにこりゃアタシの出る幕じゃないわ。

　アタシじゃこうはいかない。

　更紗もおかみさんは全然いやがってないみたい。



　「・・あったよ、背中の真ん中あたり、ちょうど心臓の真裏になるのかねぇ？」

　「見てもいい？」

　「いいかい？」

　「・・・・・・・・」



　更紗は、小さく、おかみさんに向かってうなずいた。



　「・・・・確かに、召還魔法陣の形してるわ。

　　後天的に刻み込まれたみたいだけど、どっちにせよ同じことね」



　アタシは、ゼファーにもう一度連絡を入れ直した。

　え？回線繋がっていたろうって？

　あのさぁ、この通信機って映像も一緒に送るのよね。

　あんたらの世界で言うテレビ電話に近い代物なの。

　で、更紗が服脱いでるとこゼファーに見せるわけにいかないでしょ。

　そういうこと。



　「ゼファー、あったわよ。

　　で、これからどうするの？」

　「第一捜査室には俺から連絡を入れておく。

　　ルシードは、その子の身柄を確保して置いてくれ」

　「分かったわ。じゃ、あとで」

　「あの、先輩、一体何があったんでしょう」

　「ん、あ、ちょっと昨日から事件にかり出されててね。

　　もう終わったから気にしなくていいわ。

　　あ、忘れてた、おかみさん、メルフィ達は？」

　「ああ、あの子達なら二階にいるよ。

　　そろそろ目を覚ましているかもね」

　「ありがとうございます、おかみさん。

　　じゃ、アタシらはこれで帰ります。

　　どうもお世話になりました」

　「ああ、またおいで」

　「じゃあね、更紗ちゃん、また来るからね」

　「・・・うん、さよなら、お姉ちゃん」

　「あの、先輩？」

　「なに？」

　「他のメンバーの方は呼ばなくていいのでしょうか？」

　「あはははは・・・いいわけないわね」



　てなわけでこの事件は一件落着した。

　未成年が酒食らってたって事実は、結局ばれなかったから気にしないことにする。

　元凶のティセも、メルフィがたっぷりお説教した後だからアタシの出る幕なし。



　見せ物小屋の一団は病院に収容されたまま書類送検された。

　罪状は魔物等管理法違反。

　更紗の守護獣の事はゼファーも、見せ物小屋の連中も沈黙してるから

　第一捜査室の連中は知らないはず。

　え？なんで伏せたのかって？

　そこが司法取引の一種なんだってゼファーにぃは言ってたけどね。

　幼児虐待と奴隷所有を不問に付す代わりに、

　魔物の一件については自白することになったわけ。

　そもそも魔物の正体については連中なにも知らなかったんだから

　答えられるわけないし、更紗がいたこと自体を彼らが沈黙したら

　大抵分かりゃしないわ。

　分かるぐらいなら、第一捜査室の連中がとうの昔に見つけてるはずだしね。



　更紗は、あれからミッシュベーゼンに住んでいる。

　おかみさんは、娘が出来たみたいだって喜んでいた。

　更紗も、おかみさんにはなついているらしい。



　そして、ブルーフェザーには新しい仲間が入った。

　フローネとの新しい生活は、また別の物語になる。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おしまい