【SS】ブルーフェザー出撃せよ!(vol.5)(1)



　　　　　　　　　　　　　 ブルーフェザー出撃せよ！

　　　　　　　　　　　　　　　　　【第五話】

　　　　　　　　　　　　　　 　〜「人間主義」〜





　「ルシードさん！なにだらけた格好してるですか！」

　「メルフィ・・・あんた、温度計見た？

　　気温３５度よ、こんな時に仕事なんて出来るわけ無いじゃない」

　「気温は関係ありません！」

　「こんな暑いときに働いても体壊すだけよ。

　　もう少し涼しい時間になったら時間外でつじつま合わせるわ」

　「そう言う問題では無いでしょう！

　　大体がその格好はなんですか！」

　「あ〜、もういいじゃない、アタシがどんな格好していても」

　「良くありません！あまりに自堕落です！」

　「メルフィ・・・ここ、アタシの部屋なんだけど」

　「いつ出動命令が出るか分からないんですよ、ルシードさん！

　　いつでも出動できる体勢を整えておくのは

　　当然じゃありませんか！」

　「ま、そりゃそうだけど・・だったらせめてクーラー導入してもらってよ。

　　武装した状態でこの気温じゃ熱射病で倒れてしまうわ」

　「・・・・はぁ、・・それは否定できませんね。

　　でも、せめて外を歩ける格好をして置いてください、ルシードさん」

　「分かった分かった、着替えればいいんでしょ」

　「着替えたら、ひとまず事務所に来てください。

　　本部からルシードさん宛に通達が回ってきてます」

　「通達？何それ」

　「部外秘、幹部のみ閲覧のこと、と記載されてますから

　　私は中を読んでないんです」

　「あ、そ、じゃしゃあないか。

　　着替えたらそっち行くわ」

　「お願いしますね」



　あ〜あ、まったく冷房の利いた部屋にいる連中は何考え出すか

　分かったもんじゃないわ。

　クーラーも扇風機もないとこに押し込んどいて

　出動待機もあったもんじゃないってのに・・・・。



　もっとも、メルフィの言葉にも一理あった。

　３Ｌのタンクトップ一枚でベッドに横たわって

　ばたばたうちわで扇いでるってのは美しくないわね。

　それも窓も扉もあけっぱなしってのは。

　ま、女ばっかりの職場じゃ飾ったってしょうがないけどね。



　え？ゼファーとビセットがいるだろうって？

　あはは、ゼファーもビセットも兄弟みたいなもんだから

　すっかり忘れてたわ。



　というわけで、アタシはひとまずＴシャツと短パンに着替えてから

　事務所へと向かった。



　「で、メルフィ？通達って？」

　「これです」



　アタシは、メルフィから通達書を受け取った。



　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

　・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



　「・・・・本部の連中、冷房の利いた部屋にいても熱射病で逝かれたらしいわ。

　　何でこんな事アタシにいうわけ！

　　・・・・・・はぁ・・・・頭いたいわ・・・」

　「ルシードさん？一体何があったんです？」

　「夕方のミーティングの時に説明するわ。

　　今はとりあえず仕事片づけてちょうだい。

　　アタシも、今日の分の当番済ませとくわ」

　「一体どういうかぜの吹き回しなんです？」

　「今は言いたくないわ・・・大事な問題なのよ」



　正直なところ、アタシはあの通達には冷静でいられなかった。

　今すぐ話をしなかった唯一の理由は、

　時間を置けば頭も冷えると思っただけ。

　物理的にも、心理的にもね。





　というわけで、午後のミーティングの時間が来る。



　「はい、じゃ、ひとまず今日の報告・・・アタシは最後に回してちょうだい」

　「俺はまあまあだった」

　「あ、そ、はい次」

　「あたしはちょっと調子悪かったかも」

　「ま、今日は暑かったからね、はい次」

　「ん〜調子出なかったわね」

　「バーシアはいつも通り、と」

　「それ、どういう意味よ」

　「気にしない気にしない、はい次」

　「私は普通だったと思います」

　「フローネは働き過ぎ、と、はい次」

　「俺はいつも通りだったな」

　「あ、そ、はい次」

　「ティセは今日良くできましたぁ」

　「あ、そ、で、今日は何枚割ったの？」

　「ご主人さまぁ、今日は１枚しか割らなかったんですぅ」

　「あ、そ、じゃ明日は０枚を目指してね」

　「はいぃ☆」

　「はい、次」

　「私はいつも通りでした」

　「あ、そ、ま、メルフィはそんなもんでしょ。

　　んじゃアタシは・・・はっきり言って調子悪いわ。

　　で、今日はみんなに話があるのよ」

　「え〜、今日はドラマの最終回があるのよ！」

　「バーシアずるい！今日はシープクレストvsパーツィの試合があるんだぜ」

　「ルーティはドラマの方がいいわよね」

　「うん」

　「ルシード、ルシードは俺の味方してくれるよな。

　　この試合に勝てば念願のベスト４なんだから」

　「あ〜、すっかり忘れてたわ！

　　これ見逃すといつになるか分からないわ！」

　「だろ？」

　「ルシードぉ、こういうのはリーダーだからって勝手に決めちゃだめだからね」

　「分かってるわよ、ルーティ・・・

　　悪いけど、今日はそんなこと言ってられないわ。

　　本部から通達が来てるから、その話をしないといけないのよ」

　「通達？何かあったのか？」

　「そ、ちょっと笑えない通達が来たのよ。

　　タイトルが『亜人類による犯罪増大に伴う保安上の処置について』」

　「亜人類による犯罪ってなんですかぁ？」

　「ま、簡単に言うと魔族みたいなのが犯罪を引き起こすから

　　それに対する対策をやれって話」

　「ルシードさん、それはおかしくありませんか？

　　魔法犯罪の数は減少傾向がずっと続いてるじゃありませんか」

　「メルフィの言うとおり、ブルーフェザーの出動件数も

　　年々低下してるのよ。

　　ねらいは別にあるみたいね。

　　通達の内容をアタシなりに要約すると次の通りよ。

　　『亜人類の引き起こした犯罪については総て書類送検せよ』

　　・・・・言っている意味が分かる？」

　「ルシード？どういういみなの？

　　犯罪があったら報告書を書くのは当たり前でしょ」

　「ゼファー、説明頼むわ。

　　アタシが説明するよりゼファーが説明する方が通じやすいと思うから」

　「分かった。

　　ルーティ、報告書を書くことと書類送検の違いが分かるか？」

　「えっと・・・・わかんない」

　「報告書は、あくまで何が起きたかを本部に伝えるものだ。

　　犯罪といっても各々事情というものが違う。

　　列の割り込みみたいに、現場で注意すれば済む犯罪もあれば、

　　制限速度超過のように、行政処分の罰金刑で済む犯罪もある。

　　もちろん、検察に身柄を引き渡して裁判を行わなければならない

　　犯罪もある。

　　書類送検は、保安局としては裁判を行うべきだという判断をした時点で

　　検察へ書類を送る。

　　それが、書類送検だ」

　「ゼファー、それが何か問題があるのか？」

　「・・・・ビセット、おまえ、公園の勝手に芝生に入ったことがあるか？」

　「あ、それはしょっちゅうある」

　「そ〜そ〜、芝生に寝転がると気持ちいいよね」

　「あれも軽犯罪に触れる。

　　未成年だから厳重注意と３００Ｇの罰金だな」

　「え、そうだったのか？」

　「ああ、まあ普通は管理人に怒られるだけで済むがな」

　「ま、それは仕方ないよ、悪いことなのは分かってるし」

　「それでだ、そんなことでいちいち逮捕されて裁判所へ出頭させられたら

　　どう思う？」

　「それはやりすぎだよ」

　「ルシードが言っていることは、正にそう言うことだ」

　「え〜！そんな無茶な！」

　「先輩、なんで本部はそんなこと言いだしたんでしょう？」

　「さすがにそこまではわかんないわ。

　　はっきりしてることは、このままだと

　　もうこの街に亜人類が住めなくなるってこと」

　「ご主人さまぁ・・・ティセはまた出ていかないといけないんですかぁ？」

　「心配ないわよ、アタシがそんなことさせないから」

　「はいっ☆ご主人様がそういうなら安心ですぅ」

　「ルシード、ティセは大丈夫だろうけど、他はどうするわけ？」

　「ま、アタシらに出来る事ってほとんどないわ。

　　第一厳密に言うとアタシも亜人類だしね」

　「そうだったの？」

　「アタシはちょっとだけ魔族の血を引いてるのよ。

　　通達で言う亜人類は１／４亜人類までって言ってるから

　　アタシはぎりぎり外れるんだけど」

　「ぎりぎりということは、１／８？」

　「ううん、３／１６。

　　おじいさんが魔族とヴァンパイアハーフの子供だったから

　　アタシには魔族の血が１／８にヴァンパイアの血が１／１６混じってるのよ」

　「ルシード、俺達は結局どうすればいいんだ？」

　「それが問題なのよ。

　　見た目で分からない相手なら気づかなかったで済ませられても

　　見た目がそのまま亜人類だったら、知らないじゃ済まないでしょ」

　「うん」

　「ま、アタシらが直接巻き込まれることは無いでしょ。

　　アタシらが出動するような事件だったら、間違いなく

　　裁判が必要な事件になってるわけだし」

　「・・・・・・そうだな」

　「ゼファー？何かあるわけ？」

　「いや、ちょっと気になったことがあっただけだ。

　　・・・・ルシード、済まないが明日から一週間休暇をくれないか？」

　「休暇？一体どういうこと？」

　「すこし調べものをしようと思う」

　「あ、そ、ま、別にかまわないけど」

　「なら、そういうことだな」

　「ルシードさん、いいんですか？」

　「ん？まあ、ゼファーにはゼファーの考えってのがあるんでしょ。

　　第一アタシらが聞いても答えるわけないわよ。

　　んじゃ、解散解散、早くしないと試合が終わっちゃう！」

　「あ、ずるいルシード、ドラマを見るんだから！」

　「早い者勝ちよぉ」



　どたどたどた・・・・



　アタシとルーティは競争で階段を駆け上がっていった。

　しばらくはアタシらには無関係な話のはずだった。

　考えても始まらないことだった。

　否応なしに考えざるを得ない時が目の前に迫っているとは、

　このときアタシは全く気づかなかったわけ。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



　それから、３日ばかりは何事もなく過ぎた。

　そもそもブルーフェザーが出動するような事件など滅多に起きないんだわ。

　人手不足の折からの出動要請は何回かあったけど全部断った。

　そりゃそうでしょ、通達逆手に取れば断るのはわけないのよ。



　でも、通達があってから４日目、とうとうブルーフェザーも

　この通達に巻き込まれる日が来た。

　それも、全く予期せぬ形で。



　「ルシードさん、お客さんです」

　「あ、そ。

　　で、メルフィ？お客さんって、だれ？」

　「ミッシュベーゼンのおかみさんです」

　「あ、そ。

　　で、いったい何のよう？」

　「更紗さんの事で相談したいことがあるそうです」

　「更紗・・・あ、あの子ね」



　あたしは、早速作戦会議室という名の食堂で

　おかみさんと話すことにした。

　まったく、ダイニングキッチンと書いて作戦会議室なんて

　ミーハーチョップ魔が主人公のお話でしかあり得ないと思ってたんだけどなぁ。



　「ティセ、おかみさんに冷えた麦茶出してあげて」

　「はぃ、ご主人様」

　「ティセちゃんはまだ大丈夫なんだねぇ」

　「まあ、あたしんとこはティセを事務所の外に出してませんから。

　　それよりおかみさん、更紗ちゃんに一体何があったんです？」

　「あの子が万引きしたって容疑で、保安局に捕まったんだよ」

　「え？まさか？

　　更紗ちゃんだったら、信号無視だってしそうにないわよ」

　「まあ、あたしもそう思うよ。

　　それでも、つい出来心ってのはあるものだから、

　　普通だったら更紗の方に事情を聞くんだけどさ。

　　今回はちょっと普通じゃないんだわ」

　「普通じゃないって・・・」

　「まあ、きいとくれよ。

　　あの子を三日月ベーカリーまで買い物にやったんだよ。

　　まあ、あの子もお使いぐらい出来るからね。

　　そしたらいつまで経っても帰ってこないんで、

　　あたしの方も心配してたんだよ。

　　そうこうするうちに保安局の係員が来て、

　　更紗が三日月ベーカリーでパンを盗んだって行って来たんだよ」

　「あ、そう。

　　ところで、それ、誰が告発したわけ？

　　まさかあそこのおやっさんが更紗ちゃん訴えたりはしないでしょ」

　「それがね、おやっさんは、シープクレスト学園の生徒の悪い奴に

　　手を焼いて保安局の人に話してたんだよ。

　　それで、その日も学生が来て、何か悪さしたみたいだから

　　一喝してやったところ、そいつらが開き直ってねぇ・・・

　　たまたま店にいた更紗のせいにしたんだよ」

　「で、保安局が真に受けたってわけ？」

　「ああ、・・それで、こういうときに相談できるのは

　　ブルーフェザーぐらいだと思ってね」

　「！・・・やられたわね・・・」

　「やられたって、不良学生どもにかい？」

　「ええ、まあ、それもあります」



　そう、もちろんそれもある。

　だけど、それ以上の何かがあるのがあたしには分かった。

　不良学生捕まえても説教してそれで終わり。

　面倒な上に証拠を出せって開き直られたら後々面倒なのははっきりしてる。

　でも、更紗なら大丈夫。

　学生の万引き捕まえるよりも、書類送検まで持ち込める亜人類の

　窃盗事件にしたほうが点数は高い。

　おまけに更紗はおかみさん所の居候だから後から苦情が来る相手も

　おかみさんだけ、・・・まあ、保安局のことだから

　おかみさん一人なに言ったってききゃしないでしょ。

　保安局のやり方は４ヶ月見てきただけだけど、体質を

　感じ取るにはそれで十分だわ。



　「どうにかならないかねぇ？」

　「そうですね・・・・アタシらに出来ることは、せいぜい

　　その不良学生捕まえて話を聞くことぐらいだわ。

　　うまくいけば更紗ちゃんと話が出きると思うわ。

　　だけど、たぶんこの事件、裁判所に持ち込まれますよ」

　「まさか、盗んだって言っても、あんパン一個の話なんだよ」

　「その程度でも裁判に掛けられて、刑務所送りになりそうだから

　　ティセは外にだせないのよ。

　　これは保安局の機密だから今離していいことじゃないけど、

　　更紗ちゃんが巻き込まれてたら話は別だわ」

　「・・・あたしに出来ることはないかい？」

　「ひとまず、アタシらで何とかやってみます。

　　おかみさんは店もやらないといけないんでしょ？」

　「でも、あたしも心配でしょうがないんだよ。

　　・・・娘を二度も無くしたくないからねぇ・・」

　「まあ、ゼファーが戻ってくるまでには目途付けておきます。

　　アタシらだってやれば出来ることを見せますよ」

　「頼むよ」



　そう言って、おかみさんはブルーフェザーから帰っていった。

　あたしはあんなおかみさん、見たこと無かった。

　あんなに元気のないおかみさんは・・・。



　でも、そんなこと思い悩んでる暇はない。

　ブルーフェザーの仕事は市民の安全を守ること。

　たとえ市民を脅かすのが保安局だったとしても、

　黙ってみてる訳には行かないわ。



　あたしは事務所に行くと、メルフィに言って

　全員食堂に集まるようアナウンスしてもらった。



　「あ〜まったく、こんな暑いときになにはじめるわけ？」

　「そ〜だそ〜だ」

　「面倒だからちゃちゃっと終わらせてね」

　「・・・先輩、深刻そうな顔をして、何があったんですか？」

　「ご主人様ぁ、何があったんですかぁ？」



　あたしは、みんなに事情を説明した。



　「そんな・・ひどい」

　「うそだろ？」

　「まさか、保安局がそんなことするわけないわ」

　「何かの間違いです！」

　「あうぅ・・・更紗さん、かわいそうですぅ」



　そりゃまそうでしょ、信じられないのが普通だわ。

　だけど、一人だけ、あたしの予想とは違った反応を返してきた。



　「ま、そんなとこでしょね」

　「バーシアさん！」

　「バーシア、まるで知ってたような口振りじゃない。

　　教えなさいよ、なんか知ってるんでしょ」

　「知ってるって言えば知ってるわよ。

　　一昨年も似たような事があってね、

　　そのときには、アタシをのぞいて全員抗議のために辞表書いたぐらいだから」

　「バーシアは何で残ったわけ？」

　「ん？アタシ？アタシは残るように言われたのよ。

　　次来る室長を監視しろって言われてね」

　「それで、後任がゼファーだったわけ」

　「そう言う事ね。

　　ゼファーも第一捜査室で何か見つけて飛ばされたらしいし、

　　ここって、そう言う『やっかいもの』を押しつける場所なのよ」

　「あ、そ。

　　ってことは、正面から話をしてもだめってこと？」

　「まず無理ね。

　　保安学校卒のメンバーが７人全員辞表書いてあっさり受理される・・

　　ここって、そう言う扱いうけてんのよ」

　「聞きしにまさる厄介者扱いってわけ、まったく

　　ゼファーもとんでもないところに配属させてくれたもんだわ」

　「じゃ、やめる？」

　「冗談！アタシはいい加減な事な人間かもしれないけど

　　卑怯者じゃないわよ」

　「先輩、それで、どうするんです？」

　「決まってるじゃない、更紗の無罪を証明するのよ。

　　バーシアとビセットは不良学生の方を当たってちょうだい。

　　そのときにいた学生を特定して、更紗の無罪を証言してもらうのよ。

　　フローネは何とか理由付けて更紗の面会に行ってちょうだい。

　　更紗からも事情を聞いておきたいわ。

　　面会が無理なら、ネズミか誰かに頼んで手紙でも送って。

　　メルフィは裁判に備えて証言記録や書類を整理してちょうだい。

　　アタシは更紗の公判予定なんかを調べとくわ。

　　いい、みんな・・・絶対に勝つわよ！」

　「はいっ、先輩」

　「ま、やってみるわ」

　「うん、がんばろうね」

　「分かりました、ルシードさん」

　「さあ、やるぞぉ」

　「・・・ご主人さまぁ、ティセは何をすればいいんですかぁ？」

　「そうね・・・とりあえず、晩ご飯作ってちょうだい」

　「はいっ、ティセ、がんばりますっ！」

　「はいはい、じゃ解散解散」





　このとき、アタシはまだ楽観的に考えていた。

　更紗一人の問題を解決すれば済む、その程度に心得ていたわけ。

　それがまさかあんな大事件を引き起こすとは、想像もしてなかった。

　問題はそんな単純なものじゃ無かったんだわ。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



　夜のミーティングの時間が来る。

　アタシは保安局へ行って、更紗の公判予定を聞いてきた。

　いくらアタシが人付き合い悪いっていっても、

　その程度のことはお互い融通しあってるのよ。

　そうでもしなけりゃ、犯罪捜査なんて前に進むわけないわ。

　何がどこで繋がってるか分からないのが犯罪捜査なんだから。



　「はい、じゃみんな情報交換を始めましょ。

　　まずはアタシからね。

　　まずは、更紗ちゃんだけど、・・・・

　　どうも刑事罰来そうなのよね。

　　更紗ちゃんは一貫して否認続けてるらしいんだけど、

　　目撃証言等から、立証できてるって担当は言ってたわ。

　　もう書類も身柄も検察局へ回ってるから、保安局の出番じゃないのよ。

　　さて、次は・・・そうね、フローネ？更紗ちゃんの様子は？」

　「更紗ちゃんは元気そうだったって、カラスさんは言ってました。

　　『おばちゃん達も出られるようにがんばってるからね。』と

　　書いた手紙も差し入れたんですけど、これは担当官経由になりました。

　　そうそう、差し入れにお菓子なんかも持っていったんですよ」

　「手紙に妙なこと書かなかったでしょうね」

　「私たちもがんばってるって書きましたけど・・・なにか？」

　「あ、そ、その程度ならいいわ。

　　検察側がこっちの動きを妙に勘ぐってくると

　　やっかいだな、って思っただけよ。

　　はい、次はバーシアとビセットにルーティ。

　　聞き込みの方はどうだったの？」

　「いい話が全然なかったわね。

　　順番に話すわ。ルーティ後お願い」

　「あ〜ずるいバーシア」

　「はいはいはいはい、誰が話しても同じよ。

　　ルーティ、続けて」

　「うん、あのね、最初にパン屋さんに聞いてきたんだけど、

　　おじさんは、更紗ちゃんが盗るところは見てないって。

　　それで、更紗ちゃんの回りに不良学生がいた・・て事は言ったよね」

　「ま、そうかもね。

　　でも、前に言ったことも省略せずに話してちょうだい」

　「うん、じゃ繰り返しになるかもしれないけど続けるね。

　　パン屋のおじさんから、そのとき更紗ちゃんに絡んでた学生の

　　特徴とか聞いてたから、その学生を特定しに学校に行ったの。

　　それでね、その不良達が誰かは分かったんだけど、

　　今日は話が聞けなかったの」

　「あ、そ、

　　まあ、相手が分かったんなら、話はいつでも聞けるわ。

　　裁判も今日明日に始める予定はないみたいだし、途中日曜が入るから

　　どのみち裁判は来週でしょ。

　　ま、明日にでも聞き込みに行きましょ。あたしも行くわよ」

　「それが悪いニュースってやつでね」

　「バーシア、それ、どういう意味？」

　「ルシード、『人間同盟』って知ってる？」

　「人間同盟？なにそれ？」

　「最近街頭でやたら暴れ回ってる妙な連中よ。

　　この前の市議会選挙で党首が当選したらしいけど」

　「ふ〜ん。ま、例の通達もその活動の一環ってわけね。

　　でも、人間同盟の連中がアタシらの妨害してくるようなら、

　　相手になってやればいいじゃない」

　「それが悪いニュースなんだわ。

　　その不良グループの後ろにいるのが『人間同盟』

　　おまけに、その不良グループの中心人物ってのが

　　局長のまたいとこの息子でね」

　「・・・・・情実入ってるわけ？」

　「ま、そう言うことだわ。

　　ルシード、生半可な覚悟じゃ勝負にならないわよ」

　「・・・・なんでこう面倒なことばっかり起きるかなぁ・・

　　魔物と格闘してる方がよっぽど気が楽だわ。

　　ま、しゃあないわ、たちまち裁判になるようだったら、

　　あやふやな証拠は向こうも持ち出さないでしょ。

　　こっちがきちんと証人集めして、弁護士に持ち込めば

　　それなりにやれるんじゃない？

　　ま、この件は後で検討しましょ。

　　メルフィ？今日変わったことはなかった？」

　「ええ、日常の仕事では何もありませんでした。

　　でもルシードさん？忘れたんですか？」

　「え、何忘れてたっけ？洗濯？皿洗い？ゴミ当番？」

　「違います！今は更紗ちゃんの話をしてるんじゃありませんか！

　　まったくルシードさん、何考えてるんです」

　「あ〜悪かったわよ、悪かった。

　　でも、アタシ、何か忘れてたっけ？」

　「更紗ちゃんの裁判準備をするように言いってたでしょう」

　「ああ、そういえばそうだったわ。

　　メルフィ、どう？手持ちの証拠で何とかなりそう？」

　「普通にやれば証拠不十分には持ち込めるわ。

　　ただ、無実の証明はまず無理ね。

　　こういう小さい事件の場合、証拠の方も簡単に無くなっちゃうから

　　目撃証言だけで決まってしまうんです」

　「ま、そりゃ仕方ないでしょ」

　「それが問題なんです。

　　向こうの不良グループのメンバーを調べてみたんですけど、

　　みんなこの街の有力者の子供か親類なんです」

　「それで？」

　「陪審員は名士が大半ですし、今この時点で人間同盟に対立するような人も

　　いないでしょうから・・・」

　「・・・・連中が、自発的に罪を認めでもしないかぎり、勝てないってこと？」

　「ええ、残念だけど・・」

　「・・・あ〜あ、なんか計略考えないといけないかなぁ。

　　まったく、こういうときにゼファーがいないと不便だわ」

　「ルシードさん！あなたがリーダーなんですよ」

　「分かってるって、ま、今日はもう休みましょ。

　　明日までにはなんか考えて置くわよ。

　　はいはい、今日は解散解散」

　「は〜い」



　こうして、みんな思い思いの場所に散らばっていった。

　確かに考えていても始まらないのよ。

　手持ちの条件は単純そのもの、あの不良グループに罪を認めさせるだけ。

　・・・アタシには、確かに一つ計略があった。

　だけど、それって魔法を使う必要があるのよ。

　魔法抜きでやるとしても、どのみち証拠として採用させられるような

　やり方はちょっと思いつかなかった。

　可能性として、一つあったけど、それが時間内に出来るかどうか・・・

　その点自信はなかった。



　・・・・アタシは、ベッドの中でずっと一つの計略を考えていた。

　すこしずつだけど、形は出来てきてる。

　うん、明日、明日になったら試してみよう。

　それで失う物はないはずだし、うまくいけば全部解決するはず。



　アタシは、すこしでも明るい材料を探していたんだわ。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



　「ご主人さまぁ、これでいいんですかぁ」

　「そうそう、そうやって一人で買い物に来たみたいに歩いてて」

　「はいっ、がんばりますぅ」

　「悪いわね、捜査につきあわせちゃって」

　「いえいえ、あの悪ガキ共を懲らしめてくれるなら大歓迎ですよ」



　ここは、三日月ベーカリー。

　ここからは見えないけど、ルーティはカウンターの影に隠れて写真機を構えてる。

　ビセットは向かいの家に隠れてやっぱり写真機を構えて待ち受けてる。

　バーシアは通りを行ったり来たりしてしらんふり。

　だけど、あの連中が店の外へ逃げ出したら、

　ビセットと一緒に追跡する手はずになってる。

　アタシはアルバイトの店員役。

　連中がティセに何かやったら取り押さえるのが仕事。



　ま、子供だましの初歩的なトラップだわ。

　ティセをおとりにして、あの連中が同じ事をやるのを待ち受けようってわけ。

　ほんとは魔法で姿を隠して張っときたかったんだけど、

　それやっちゃうと不当捜査ではねられる可能性が高いんだわ。

　あ〜あ、魔法能力を口実にブルーフェザーに回した割には

　魔法は全然使わせてくれないのってインチキじゃない。



　「いらっしゃいませっ、ロングフランスにクロワッサンですね」



　精一杯の笑顔でお客さんの応対。



　「はい、全部で５０Ｇになります、どうもありがとうございました」



　３０度の角度で腰を折って頭を下げ、お客さんを見送る。

　ん？誰よエプロンの裾引っ張るのは。



　「ルシード、もっと柔らかい声出せないの？

　　お客さんびっくりしてたよ」

　「ぅ、あれ以上どう愛想良くやれってのよ」

　「だから、演劇じゃないんだからもっと自然に話さないと。

　　あたしが替わろうか？」

　「だめよ、あんたらじゃ顔見られてた時に警戒されちゃうじゃない」

　「フローネじゃだめなの？」

　「フローネは更紗ちゃんを慰めに行ってるんでしょ。

　　何度も同じ事言わせないでよ」

　「だからって・・・あ、ルシード」

　「なに？」

　「・・来たよ」



　ルーティの言うとおりだった。

　騒々しい一団が店の中になだれ込んでくる。



　「なんだ、新しい店員か？」

　「はい、見習いのルシードっていいます」

　「『って言います』、か。おかまみたいな声だしてんじゃねえよ」

　「！・・・イタッ・・・」



　アタシが何か言おうとする前に、ルーティが思い切り向こうずねに

　水平チョップを打ち込んできた。

　つ〜・・・何も本気でやること無いじゃないのよ！



　「え、どした、おかまの店員さん」

　「えっと、何をお買い求めでしょうか？」

　「けっ、こんなまずそうなパンのどれを買えってんだ」

　「！・・・・・つぅ・・ルーティ後で覚えときなさいよ・・・・・・

　　そうですか？それ程でも無いと思うんですが。

　　そうそう、そこのメロンパンは最近流行です」

　「へ〜そうかい、じゃ、一つ味見させてもらおうかな」

　「お買い求めになってからにしてください」

　「買ったらまずいってんじゃねえだろうなぁ」

　「まだそういってこられたお客さんはありません」

　「おまえ、いつからここの店員やってる」

　「さっきからです」



　こういう会話をしながらも、アタシは視線を

　ティセに持たせてある買い物カバンに向けていた。

　あいつらは絶対にやるはずなのよ。

　ま、アタシからの視線を封じるつもりで話しかけてるんだろうけど、

　残念ながらアタシがちょっと台の上に乗ればそんじょそこらの

　男共より高い視線から見れるのよね。



　あれ？台が動いた？

　あ、これ台じゃなくてルーティだわ。ごめんごめん。



　アタシは立つ位置をすこし動かしながら、通信機のスイッチを入れた。

　これで店内の様子は配置についている全員聞くことが出来る。



　「なにうろちょろしてんだよ」

　「いえ、窓の外に誰かいるのかな・・・と思いまして」



　そういいながら、アタシはカウンターの外に出てゆっくりと

　店の入り口、・・つまり、あの連中の逃げ道をふさぐように移動する。

　窓の外ではバーシアがこっちに目配せしてる。

　どうやら、連中罠に飛び込んできたみたいね。



　「窓の外？別になにもねえよ。

　　それより・・・・あっ、おい！」

　「何かありました・・・はいっ！そこまで！

　　あんた、その手に持ってるのは何？」



　アタシはティセの買い物カバンにパンを押し込もうとしていた

　一人の不良の手を押さえた。



　「な、なんだよ、店員のくせに客になにしゃあがる」

　「あんたらみたいなのは客じゃないし、アタシは店員じゃないわ。

　　あたしの名前はルシード・アトレー、

　　保安局情報管理部刑事捜査課第四捜査室長。

　　あんたら全員窃盗の現行犯で逮捕する！」

　「な、何を言い出す、俺はこいつがパンを盗んだのを元に戻そうとして・・・」

　「ティセパンなんか盗んでないですぅ」

　「悪いけど、この子はれっきとしたブルーフェザーの一員よ。

　　それと、ルーティ！写真撮った？」

　「もっちろん、連続写真でばっちり」

　「な！」



　もうルーティがカウンターに顔を出してる。

　写真機を大事そうに抱え込んで笑ってる。

　これで、不良共も自分たちがどういう状況にはまりこんだか

　理解できたらしい。



　「この野郎！」

　「１０年早いわよ」



　一人の不良が殴り掛かってきたのを逆手にとって

　逆に床に組み伏せる。

　いくらアタシが格闘は苦手だからといって、

　柔術ぐらいは心得てるわよ。



　「いてててて」

　「情けない声出さない。これで公務執行妨害もついた訳ね。

　　さ、ビセット、バーシア、二人ともこっち来て、

　　これだけの人数アタシとルーティじゃさばききれないわ」

　「了解！」

　「や〜れやれ」



　写真機を抱えたビセットと、窓の外で待機していたバーシアも

　店内に到着、これでゲームセット、一見落着ね。



　「ま、所詮あんたらは不良グループに過ぎなかったって事よ。

　　白いブレスレットはめてあげるから一緒に来てちょうだい」

　「てめえら、俺の親父が誰だか知ってるのか！

　　俺の親父は保安局長の親戚なんだぞ。

　　その気になればてめえみたいな奴・・・」

　「はいはいはいはい、局長ににらまれるのはいつもの事よ。

　　あんたの親父殿が市長だったとしても、アタシらに

　　今よりひどいことはできゃしないわ。

　　言いたいことはそれだけ？じゃ、続きはブルーフェザーで聞くわよ」



　アタシはこの連中全員を手錠で繋いでブルーフェザーへ連行していった。

　顔見られちゃまずいだろうからみんなに三日月ベーカリーの

　紙袋をかぶせておく。

　・・・なんか虐待してるように見えるかもしれないけど、

　アタシらパトカーなんて便利なもん持ってないのよね。



　「運転手は君だ」

　「車掌はボクだ」

　「あ〜との７人は電車のお客ですぅ」

　「ゴロが悪いわよ」

　「てめえらなんて運びかたしゃあがる」

　「仕方ないでしょ、この程度でパトカー出してあげるほど

　　アタシらも暇じゃないわ」

　「だからって電車ごっこさせるんじゃねえ！」

　「うっさいわねぇ、アタシだって恥ずかしいの我慢してるのよ！

　　顔隠してるあんたらの方が絶対に扱いいいわよ！」



　とまあ、こんな調子でアタシらはブルーフェザーに到着した。



　「ただいま〜、あ〜疲れた。

　　メルフィ、バーシア、尋問は任せるわね」

　「え〜アタシもやるの？」

　「つべこべ言わない、アタシがやっちゃ

　　尋問じゃなくて拷問になっちゃうわよ」

　「それは言えてる」

　「ルーティ〜肯定するんじゃないわよ」

　「ルシードが言ったんでしょ」

　「ま、そだけどね」

　「尋問するのは二人として、他の人はどうするんです？」

　「ビセットとアタシが見張ってるわ。

　　ルーティは事務所に詰めてて。

　　ティセは人数分お茶煎れてちょうだい」

　「わかりましたぁ」

　「不良学生の分も入れてやってちょうだい。

　　取り扱いが悪かったなんて言われちゃかなわないわ」

　「てめえいい加減にしゃあがれ」

　「不良学生って言うのが気に入らないわけ？」

　「そうじゃねえ！その女言葉をなおせってんだよ。

　　聞いてて虫酸がはしらあ」

　「あんたねえ・・・このか弱い乙女に向かってなに言うのよ」

　「か弱い乙女？なあ、こいつほんまもんのニューハーフなのか？」



　不良の一人が、真顔でブルーフェザーのメンバーに問いかける。

　次の瞬間大爆笑・・・ほっといてちょうだいよ！ったく・・・



　「あはは、はは、ははははは・・・あ〜苦しい」

　「お、お腹が痛い・・・助けて、あは、あはは・・・」

　「ま、真顔で言っちゃだめだよ、それ」

　「あんたらねぇ・・・アタシのことなんだと思ってるのよ、まったく」

　「ご主人さまぁ、ご主人さまはおかまだったんですかぁ？」

　「違うわよ！」

　「３人ともいい加減にしなさい！

　　はい、もう気が済んだでしょ。

　　一番左端のあなたから調書を取るわよ。こっちへいらっしゃい」

　「はぁはぁ・・あ〜なんかもやもやしたものが全部取れたわ。

　　さ、アタシはこいつの尋問でもするわね。

　　・・・こら、きりきり歩きなさい！」

　「さてと、あんたらそこに座ってなさい。

　　お茶と茶菓子ぐらいは出したげるわ」



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　粋がってみてもしょせんは不良学生。

　最初のうちは言を左右にしてたらしいけど、

　ちょっとバーシアが機転を効かせたら後はすらすらと自供した。

　「仲間を売ったやつがいるからわなが張れた」って言ってやったってわけ。

　そうなりゃ囚人のジレンマで裏切られたようなもんよ。

　自分もしゃべっていい子になりたがったってわけ。

　もっとも、こいつらの供述は全部知ってた事ばかりだけど

　本人の供述調書が取れたのは収穫だわ。

　更紗の一件もこいつらの仕業で間違いなかった。

　更紗って名前は知らなかったみたいだけどね。



　「はい、んじゃもう聞くことはないわね」

　「じゃとっとと帰してくれよ。もう日が暮れてるぜ」

　「あんたらが手こずらすからでしょうが。

　　悪いけどまだ帰してあげるわけには行かないわね。

　　この調書を本部に持っていって、更紗の送検を取り消してもらうまで

　　しばらくここに泊まってもらうわよ」

　「泊めるって・・ここは留置場じゃありませんよ、ルシードさん」

　「分かってるわよ、ま、特殊訓練室に雑魚寝してもらえばいいでしょ。

　　あそこなら扉にかぎ掛けておけば逃げ道無いわよ」

　「もっとましな扱いないのかよ」

　「犯罪者の分際でつべこべ言わない。

　　あんたらにとっちゃ軽いいたずらかも知らないけど、

　　更紗ちゃんにとっては命がけなのよ。

　　ま、あんたらが思ってるほど世の中って甘くないって事」



　そう、こいつらが思ってるほど世の中は甘くない。

　だけど、アタシが思ってるほど世の中は甘くなかった。



　「ルシード、お客さんだよ」

　「え、お客さん？誰？」

　「えっとね、部長さんと後一人知らない人」

　「部長？は〜局長の次は部長ねぇ、一体なんのようかしら」

　「失礼するよ」

　「あ、部長、今日はどういう用件なんです？」

　「君たちがとらえた学生がいるだろう？」

　「ええ、おりますが」

　「直ちに釈放したまえ」

　「お言葉ですが部長、彼らは万引きと恐喝の常習犯ですよ。

　　最低限書類ぐらいは回す必要があります」

　「その必要はない」

　「君、何者かね、この無礼な若者は」

　「申し訳ありませんファイアロードさん。

　　なにぶん第四捜査室は保安局のもてあましでして・・」

　「部長、誰なんです、その人？保安局とは違うようですけど」

　「この方は、シープクレストの市会議員で

　　『人間同盟』の代表でいらっしゃる、グロリア・ファイアロード氏だ。

　　名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」

　「狂信的人間至上主義者だって噂ぐらいは」

　「アトレーくん！」

　「ふむ・・なるほど、その瞳・・純粋な人間では無いようだな。

　　それならその言葉も理解できる。

　　私は諸君らの敵なのだ。諸君らが人間にとって害虫に等しいようにな。

　　さて、部長、もういいだろう、私の息子とその友人を帰してもらうよ」

　「はい、直ちに」

　「直ちにって・・・部長、もしかして、命令なんです？」

　「当然だ」

　「文書は？」

　「ここにある」



　部長はそういうと命令書を広げてアタシらに見せた。

　まっさか、保安局をあごで使える身分だとは思わなかったわ。

　甘かったわねぇ・・ま、更紗ちゃんさえ帰してくれれば

　文句は言わないことにしましょ。



　「分かりました、では４人を呼んできます」

　「まちたまえ・・もちろん、彼らの供述調書は取ったろうね」

　「・・・・・・・」



　アタシは、どう答えた物か判別しかねた。



　「取ってるね、それは即座に破棄したまえ、これも命令だ」

　「冗談でしょう部長！」

　「・・・取ったのだな、まあいい、その調書は無効だ。

　　たとえ君が持ってきたとしても、私は受理しないよ。

　　いや、保安局の職員は誰も受け取らないし、検察も同様だ。

　　あきらめたまえ」

　「・・・・・・・・・・・・・・・分かりました。

　　ルーティ、ビセット、４人を呼んできて、釈放よ」

　「え〜ルシード、それ、本気なの」

　「部長命令じゃ手の打ちようがないわ」

　「それじゃ更紗はどうなるのよ！

　「更紗とはなにものかね？」

　「あの４人のせいで窃盗の疑いをかけられた少女です、部長」

　「人間かね？」

　「ライシアンですよ、えっと・・・」

　「ファイアロード氏だ」

　「そうそう、そのファイルロードさん」

　「ファイアロードだ！不愉快な！」

　「すいませんねぇ、最近歳のせいかすっかり耳が遠くなりまして」

　「もういい、ライシアンごときがどうなろうと私の知ったことか。

　　社会のゴミを排除したのだから誉めてもらいたいぐらいのものだ」

　「いや、まったくで・・・」



　そうこうするうちに、悪ガキ４人が大手を振って事務所へやってくる。



　「へへっ、世の中甘くなかったな、ルシードさん」



　連中が馬鹿笑いする。

　こっちは命令書があるから何も言い返せない。



　「じゃ、失礼するよ、今後はもっと行動に気を付けるように」

　「そうですね、今度からお偉いさんの知り合いには気を付けますよ」

　「その方がいい、お互いのためだ。

　　では失礼するよ」



　こうして、連中は表に待たせていた高級車に乗って去っていった。



　「ルシード！なんで黙って帰しちゃうのよ。

　　あれじゃ更紗はどうなるのよ。

　　アタシらのしたことが全部無駄じゃない！」

　「こんな事なら２．３発ぶん殴ってやればよかったな」

　「ま、アタシらの仕事ってこんなもんなのよ。

　　気にしちゃだめよ、ルシード」

　「ルシードさん・・・・気持ちは分かりますけど、

　　くれぐれも・・・」

　「・・・・・ルシードさん？」



　・・・・・・なんでだろ？

　アタシは、決して平坦な人生歩んでたわけじゃない。

　いじめってのも経験してきたし、この瞳の赤いことでのけ者にもされた。

　石が流れて木の葉が沈むのなんか

　いちいち思い悩むほど子供でもないつもりだった。

　だけど・・・・だけど、今度ばかりは、

　視界がぼやけてた。

　アタシは、瞳から流れ出るものを拭きもせずに

　じっと玄関の向こうを見つめていた。

　アタシは、ただ呆然と、立ちつくしていた。

　無力な拳を握りしめて、ただ、呆然と



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



　翌日、アタシは寝ぼけ眼で朝のミーティングに出た。

　今日はちょうど日曜日、なぜかブルーフェザーは日曜日が完全休日扱いなのよ。

　いかにうちが重視されてないかの証拠じゃあるわね。



　「おっはよぉ・・・ふぁ〜ぁあ」

　「ルシードさん、眠れなかったんです？」

　「ん、まあね・・・珍しいわね、メルフィ」

　「どうしたんです？」

　「普段ならあくびしながら仕事に来たら怒るじゃない」

　「今日はおやすみです」

　「ねえルシード、今日も魔法の登録に行くの？」

　「ん〜一応仕事だからいかないとまずいでしょ。

　　気は進まないけど、行ってくるわ」

　「いってらっしゃいぃ」

　「じゃ行ってくるよ」

　「気を取り直して出発進行！」

　「あ〜じゃ、いきましょうか」

　「ティセちゃん、留守番よろしくね」

　「はいぃティセがんばりますぅ」



　というわけで、ここは保安局本部。

　アタシらが使える魔法って、ここで登録したものに限られてる。

　たとえ実際には使える魔法でも、登録してなければ使用禁止ってわけ。

　ろくな魔法が無いからアタシは気に入らないんだけどね。

　大体が実用性のある魔法ってのが少ないじゃない。

　せめてヴァニシング・レイぐらい認めてくれればいいのに。



　「ルシード、それ『せめて』というレベルの魔法じゃないぜ」

　「気にしない気にしない、じゃ、登録用紙に今現在の評価点で

　　認可してもらえる魔法を探して・・・って、全然ないじゃない。

　　んじゃ、メルフィ、今日は無しってことで登録してきて」

　「分かりました、では私は登録してきますね」

　「頼むわ・・・あ、そうそう、メルフィ？」

　「なんです？」

　「局長いるか聞いてみて」

　「ルシードさん、一体なにを始めるつもりなんです？」

　「最後の悪あがきって奴よ。

　　無罪は無理でも、何とか実刑だけでも回避出来ないかと思ってね」

　「止めといたほうが無難でしょ、ルシードじゃ喧嘩してくるのが落ちよ」

　「ん〜そうかもね」

　「ルーティ、あんたアタシを信用してないわけ」

　「先輩、私もそれだけはやめておいた方がいいとおもいます」

　「・・・・」

　「俺もそう思う」

　「はいはいはいはい、分かりましたよ、やめときますって」

　「では、登録してきますね」

　「行ってらっしゃい」



　メルフィは魔法登録の書類を提出に行った。



　「そういえば、更紗ちゃんの裁判はいつなんですか？」

　「明日なのよ。

　　未成年だから保護観察処分にしてくれるとは思うんだけどね」

　「なら、すこしは希望が持てますね」

　「ま、すこしはね。

　　ただ、あの連中が何か圧力掛けてきたらその限りじゃないんだわ」

　「人間同盟のこと？」

　「そういうこと。

　　有罪みとめりゃ罪を軽くしてやる、なんて取引持ちかけるようじゃ

　　保安局も終わりなのよ。少なくとも、でっち上げのために手を染めちゃ、ね」

　「ルシード、あんたずいぶんとロマンティストじゃない」

　「ま、ね。

　　そう思ってないとこんな仕事やってられないわ。

　　アタシらの仕事は善良な市民を守ることで、

　　犯罪者でっち上げる事じゃないのよ」

　「そんなこと言ってると出世しないわよ」

　「バーシアはそこまでやって出世したい？」

　「アタシは出世なんかしたくないわ、さぼれ無くなるじゃない」

　「あはは、バーシアらしいね」

　「俺もそう思う」

　「あんたらねぇ」

　「終わりましたよ」

　「あ、メルフィ、お帰り

　　・・じゃ、これから自由時間にしましょ、みんな解散解散」

　「はーい」



　こうして、アタシらはみんな思い思いの場所へ散っていった。

　アタシは・・・どこにいこうかな？

　ふと、アタシは海を見に港に行きたくなった。



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　ここは、小型船用の埠頭が並ぶ第一埠頭。

　アタシ、港はどんな場所も好きだけど、ここの雰囲気が一番好き。

　おっきな船にはロマンがあるけど、小さな船には生活があるのよ。

　アタシは、特になにをするわけでもなく港を歩きながら

　その中で働く人や遊びに出かける人を見てた。



　船の点検をしてる漁師さんがいる。

　貨物船のデッキでぶらぶら歩きしてるおじさんもいる。

　向こうのヨットハーバーじゃ今からセーリングに出かけるための

　準備してる人が見える。

　埠頭のそばには出店なんかも並んでる。



　アタシは出店の一つでアイスクリームを買った。

　夏の日差しの中、アイスクリームを食べながら歩いていると

　聞き慣れた声がアタシを呼び止めた。



　「ご主人さまぁ、なにしてるんですかぁ？」

　「あれ？ティセ、留守番はどうしたの？」

　「バーシアさんが替わってくれましたぁ」

　「バーシアが？またどういう風の吹き回しかしら。

　　ま、いいわ、ティセはなにしに来たの？」

　「ティセは散歩に来たんですぅ」

　「じゃ、アタシと一緒ね」

　「そうですぅ」



　そういう会話を続けてるときも、ティセの視線は

　アタシの手元に集まっていた。



　「ティセ？もしかしてアイスが欲しいの？」

　「・・・欲しいですぅ」

　「欲しかったら『欲しい』って言わないとだめよ。

　　物欲しそうな顔しても誰もくれないわよ」

　「あぅ・・・ご主人様ぁ、ティセ、アイスクリームが食べたいですぅ」

　「自分で買いなさい」

　「あうぅ・・・」

　「あはは、そんな顔しない。

　　お金がないのは知ってるわよ。

　　ま、アタシも貧乏してるからこれ上げるわ」

　「ありがとうございますぅ」



　ティセは食べかけのアイスクリームカップを受け取ると

　嬉しそうに食べ始めた。

　アタシは港のざわめきを聞きながら潮風に吹かれていた。



　照りつける太陽に向かって大きくのびをする。



　「ご主人さまぁ、どうしたんですかぁ？」

　「え？あはは、ちょっと体を伸ばしてみただけよ。

　　ティセもやってみる？気分が良くなるわよ」

　「そうなんですかぁ？ティセもやってみますぅ」



　ティセはアイスクリームを手に持ったままのびをして、・・・

　手を返すときに中にあったアイスを落としてしまった。



　「あうぅぅぅ・・」

　「あはは、ティセなにやってるのよ」

　「ご主人さまぁ」

　「そんな顔しない。落ちたらアイスは元にもどんないわよ。

　　それよりそろそろ帰りましょ。夕飯はなににするの？」

　「・・・・ティセ、今日はグラタンをつくりますぅ」

　「なら、材料を買ってこないとね」

　「はいぃ」



　アタシはティセと二人で市場を回ってマカロニなんかを買って帰った。

　昨日のショックは、街を回っているうちにすこしずつ消えていった。

　みんながみんな昨日来た連中みたいな訳じゃない。

　あの連中が無茶すればするだけ、評判を落としてくれるだろうし

　そうなれば良識って奴が再び力を取り返してくれるはず。



　時間はアタシらの味方のはずだった。

　翌日、あんな事件が起きるとは、アタシは想像も出来なかったんだわ。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



　そういうわけで今日はブルーマンデー、月曜日。

　アタシらはメルフィ残して裁判所へ集まってた。

　もちろん、更紗の公判があるから裁判所に行ったのよ。

　決してアタシらが不法行為やって捕まった訳じゃないんだからねっ！



　「ルシード、一体誰に向かって話してるの？」

　「気にしない、気にしない、よくあるお約束って奴よ」

　「ルシードって危ない奴だったのか？」

　「危ない奴なのは始めから知ってるでしょ」

　「はぅ・・ご主人さまぁ、ご主人様は危ない奴なんですかぁ」

　「あんたらねえ！」

　「・・・悪いねぇ、更紗のためにここまでしてもらって」

　「気にしない気にしない。

　　これがアタシらの仕事ですから。

　　それに、不良学生どもを追いつめられなかったアタシらが本当は悪いんです」



　確かにその通り。

　あいつらが横やりを入れたせいで追いつめられなかったのは事実だけど、

　それが分かっていればもう少しやり方も考えれたはずなのよ。

　単純に捕まえてやればいいってもんじゃない事だけでも分かってればね。



　「先輩、更紗ちゃんこれからどうなるんでしょう？」

　「さあね、ここから先は裁判官の心証次第よ。

　　更紗は未成年だから、裁判官と更紗とおかみさんの３人だけで

　　裁判が行われるわ。

　　その点、連中の横やりが入らなくていいかもね」

　「そりゃ、裁判官が圧力受けてなければでしょ」

　「ま、ね。

　　だけど実刑判決出させるほどの圧力はかけられやしないわよ。

　　せいぜい保護観察ぐらいじゃない？」

　「でも、あいつらまた更紗に仕掛けてこないのか？」

　「その点はちゃんと考えてあるわよ。

　　あんな連中ならどうせ人間相手にだってろくな事してないわよ。

　　こんどはそっち側からアプローチしてやるわ。

　　ま、見てなさい、第一ラウンドは向こうが取っても

　　まだノックアウトされたわけじゃないのよ！」

　「こほん、裁判所ではお静かに。

　　ルーシェンさん、裁判を始めますよ」

　「あ、はい、ただいままいります」

　「行ってらっしゃい、大丈夫ですよおかみさん、

　　裁判官は鬼じゃありませんって」



　こうして、ミッシュベーゼンのおかみさんは裁判室へ入っていった。

　そこから先は余人は立入禁止。

　アタシらも当然入れない。

　中の様子は気に掛かるけど・・・魔法で盗み聞きってのも問題あるから

　やめておいた。



　「先輩、本当どうなるんでしょう」

　「どうなるのかしらね、ほんとアタシにも全然想像つかないわ。

　　とにかく物事があるようになってりゃ今頃裁判に掛けられてるのは

　　あの出来損ない共だったはずなのよ」

　「人の子供にずいぶんな言いようだな」

　「ありゃ子供なんてかわいらしい代物じゃないわよ」

　「まったく、話をするときにはこちらを向くぐらいのことは

　　していただきたいものですな」

　「・・・・・どなたでしたかね？」

　「ルシード、この人がファイアロード氏だよ」

　「あ、そ。

　　議員さんともあろうお方がわざわざこんなつまらない裁判に

　　お出ましとはよほどうちの市議会は仕事がないんですね」

　「君たち同様にな」

　「アタシらは昼寝してても給料がもらえるほどの身分じゃないんですよ」

　「私は居眠りなどしてない！」

　「あ、そ。

　　で、冗談抜きで議員さんは一体なにしに来たんです？」

　「決まっている、君たちが不当な圧力を掛けないように見張るためだ」

　「はあ？・・・・不当な圧力？アタシらになにが出来るって言うんです？」

　「まあいい、諸君らがそうしていられるのも今のうちだ。

　　私が上程した『人間条例』が成立したなら君たちは全員くびだ。

　　ブルーフェザーなどという厄介者は条例によって廃止してやる」

　「おっさん、ブルーフェザーはちゃんと仕事してるんだぜ。

　　魔物が出たら一体誰が魔物と戦うんだよ」

　「魔物？そんな奴らは皆退治してしまえばよい。

　　君たちのように事件が起きるまで待っている必要はないではないか」

　「そんな、魔物の中には天然記念物だってあるのに」

　「人間に害を及ぼす天然記念物など不要だ」

　「・・・・ルシード、アタシ外でタバコすってくるわ。

　　いくらアタシでも、これ以上こんな言葉聞かされちゃ我慢にも限度があるからね」

　「バーシア？」

　「なによ」

　「アタシも行くわよ」

　「あ、あたしも」

　「俺も」

　「ティセもついていきますぅ」

　「君たちももう少し大人になりたまえ。

　　この社会を作っているのは人間なのだよ。

　　人間の社会にどうして人間に害を及ぼすものを残しておく必要がある。

　　彼らを守ってやるのは無駄以外の何物でもないことに気づき給え」



　・・・・・・・・



　「あんたら先行ってて」

　「先輩！」

　「心配しなくていいわ、手はださないから。

　　・・・ファイアロードさん？アタシは１／８だけ魔族の血が流れてて

　　１／１６だけヴァンパイアの血が流れてるんですよ。

　　そのアタシの前でそこまでいいますかね？」

　「１３／１６だけは人間なのだな。

　　ならそれだけでも人間であることを感謝したまえ。

　　君も、人間の、人間による、人間のための世界に生きているのだからな」

　「ファイアロードさん、アタシは人間がそんなご立派な生き物だなんて

　　少しも思っちゃないですよ。

　　ちょっと弾が当たったぐらいで死んでしまう、魔法もろくに使えない、

　　同胞を騙す、同族同士で命の取り合いはする、

　　あまつさえ自分の環境一つ満足に維持出来もしない、

　　そんな生き物の一員だからってなにがうれしいんですか」

　「君は魔族やヴァンパイアみたいな化け物に生まれた方が

　　良かったとでも言いたいのかね？」

　「アタシはアタシですよ、それを人間やら化け物やら落ちこぼれやら

　　保安局員に分類するのはアタシじゃない、あなた達ですからね」

　「・・・やはり、君のような危険分子は早めに始末するべきだな」

　「その点についてはあなたに同意しますよ、ファイアロードさん。

　　では結論が出たところでアタシらは失礼します」



　は〜まったく、まっさかここまでやるとは思わなかったわ。

　それにしてもたかが一居候にここまで手を尽くすなんて

　人間同盟ってのはよほどの暇人の集合なのねぇ。



　「まったく、何様のつもりなのよ、あいつは！」

　「議員様のつもりなんでしょ」

　「市長ってのもあいつらの手先なのかよ」

　「どっちが手先かわかったものじゃないわよ」

　「あうぅ・・・ティセ、またどこかに行かなきゃいけないんですかぁ」

　「あ〜そんな顔しなくていいわよ。

　　アタシが守ってやるっていったら守ってあげるの。

　　分かった？」

　「はいぃ、ありがとうございますぅ」



　アタシらは新鮮な空気を吸うために裁判所の中庭に出て来た。

　廊下で待っていても、外で待っていても同じ事は同じ事。

　第一ファイアロード氏がわざわざ来たっていうことは

　裁判官はアタシらの味方って可能性もあるって事。

　つまり、更紗の無実を分かってくれるかもしれないって可能性は

　まだ残ってるってこと。



　それは、希望的観測だった。

　それでもアタシはその希望的観測にしがみついていた。



　突然、轟音が響いた。



　「助けてくれ！誰か！」



　叫び声が後ろから響く。

　アタシらは一斉に振り返った。



　この裁判所の中庭と廊下とはガラスの壁で仕切られているから

　振り返りさえすれば、なにが起きているのかはっきりと見ることが出来る。

　そこでアタシらが見たものは、おおよそ想像の範囲を超えていた。



　恐怖のあまり動けなくなっているファイアロード氏。

　裁判室の壁に空いた巨大な穴。

　いや、そんなものに驚いたんじゃない。

　アタシらが驚いたのは、そのファイアロード氏の恐怖の元になった存在にだった。

　アタシは、決定的な何かを忘れていたのだった。

　更紗には守護獣がついていて、以前更紗が危機に陥ったときに

　檻を破壊して見せ物小屋の一団を丸ごと病院送りにしていた事を。



　そして、今、守護獣は再び姿を現していた。

　更紗の危機を守るために。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



　守護獣の大きさ自体、アタシの想像をはるかに越えていた。

　裁判所の廊下は決して天井が低くない。

　１７７ｃｍのアタシが思い切り飛び上がってやっと天井に手が届くかどうか。

　そんなとこ。

　なのにあの守護獣は普通にしていて天井に頭をぶつけそうにしてた。

　つまり、高さが３ｍ近いって事。

　そう、頭の先から床まで３ｍもある白虎。

　体長ならどう少なく見ても１０ｍは越えてる。

　そいつが、更紗の守護獣の正体だったってわけ。

　こりゃあのとき、そんなもんが暴れて、死者が出てないってほうが不思議だわ。

　アタシだってぶつかってりゃ命がいくつあっても足りなかったかも。



　でも、回想なんかゆっくりやってる場合でないのは確かだった。

　守護獣はファイアロード氏をにらみ据えると、すっと体を落とした。

　もちろん、獲物に飛びかかる体勢にはいったってわけ。



　『ライトニング・ジャベリン』



　アタシの手元から電撃が伸びると

　そのまま守護獣とファイアロード氏の中間を突き抜けていった。

　もちろん途中のガラスにはひびが入る。

　守護獣は驚いたのか動きが止まる。

　それからゆっくりとこちらに目を向けた。



　「先輩、いまのは・・・」

　「話は後！仕事が先！

　　フローネは更紗ちゃんを落ち着かせて！

　　バーシアはおかみさんを！

　　ビセットとルーティは二人の援護！

　　アタシはあいつをこっちに引き寄せるわ！」



　ライトニングジャベリンなんてつまんない魔法だって禁術の一つに入ってる。

　でも、理屈じゃなかった、一秒でも遅れてればファイアロード氏は

　守護獣の餌食だったはず。



　「ルシード！無茶だよ！」

　「いいから更紗を落ち着かせて！

　　こんなのと正面からやっちゃ五人係りだって勝負になんないわ！」

　「ご主人さまぁ」

　「ティセは下がってなさい、ハードな勝負になりそうだわ」

　「はいっ」

　「ルシード、信じてるからね」

　「アタシは英雄になんかなるつもりないわよ」



　バーシアとは、それだけで分かり合えた、と思う。

　バーシアは一団を率いて守護獣の後ろの方へ回ってくれてたから。



　『エーテル・マキシマム』



　こいつも禁術、自己強化魔法の最上級。

　あ〜あ、こんだけ禁術使ったのがばれたら

　一体何枚始末書かかされるやらわかったもんじゃないわ。



　守護獣の方はといえば、アタシ、ファイアロード氏、バーシア達、

　誰を最初に片づけるべきか迷ってるようだった。

　当然、アタシとしてはアタシを狙わせる必要がある。

　バーシア達が静かに動くなら、おとりのこっちは派手にやらないとね。



　アタシは、腰に下げた剣を骨盤にぴたりと当てると守護獣めがけて突進した。

　守護獣の方はこれを見て最初の目標を決めたようだった。

　もちろん、選ばれたのはアタシだ。

　守護獣は体をこちらに向けて飛びかかってきた。

　廊下と中庭を隔てるガラスが飛び散る。

　そして、それこそこっちの狙い目。

　目と耳、二つが同時に警報を出してくれる。



　守護獣がアタシに向かって飛びかかってきた瞬間、アタシは予定通り右に跳ねて

　守護獣の突進をかわした。

　あいつはそのまま中庭の反対側へ抜けてから体勢を整え直す。



　「O.K. Baby…頼むから３分だけつきあってよね…」



　守護獣とぴったり目を合わせる。

　っ、こりゃファイアロード氏が腰抜かすのも当然だわ。

　分かってたはずのアタシでも威圧感に押しつぶされそうになる。

　でも、こっちはにらみ合いを続けてられれば勝負に勝てる。

　それだけがこっちの利点、向こうの弱点。

　でも、守護獣はそれを理解できる程度に賢かった。

　バーシア達が割れたガラスの向こうへ突っ込むのを見たのか

　守護獣はアタシから視線をそらせてアタシの方へ突っ込んできた。



　『クレイ・ランス！』



　守護獣の進路に当たる地面を急速に隆起させて行く手を阻む。

　守護獣が地面を回り込もうとした瞬間

　アタシは守護獣に向けて踏み込む。

　アタシの剣は守護獣の後ろ足すぐ手前で空を切った。

　もちろん当てるつもりはなかった。

　アタシの仕事は守護獣の気を引くことで、守護獣を退治する事じゃない。



　それでも守護獣は今の一振りで本気になったらしい。

　いや、バーシア達を逃した以上、守護獣がその目的を・・・

　・・・更紗を守るには、一撃でアタシを倒して即座に更紗の元に帰るしかない、

　それを理解したらしかった。



　息継ぐまもなく守護獣の尾がアタシの足下を払う。

　さすがにアタシも魔法を唱えながら一撃を加え、守護獣の方向転換に備えながら

　その一撃を防ぐことは出来なかった。

　アタシは足を取られてそのまま地面に転がる。

　守護獣は素早くアタシに向かって飛びかかる！



　『クロノス・ハート！』



　本気の守護獣の速度を追い越すにはこの一手しかない。

　アタシは切り札中の切り札を使って一時的に行動速度を３倍にする。

　さすがにこれだけ魔法を重ね掛けすれば守護獣の動きも楽々見切れる。

　アタシは守護獣がアタシを前足で踏みつけようとする一撃を転がってかわすと

　そのまま反動で起きあがる。

　それを待っていたかのような後足の一撃も横っ飛びにかわし、

　更に尾でアタシを叩き飛ばそうとした一撃も身を伏せてかわす。

　守護獣がそのまま突き進まないようにアタシは一気に守護獣への間合いを詰めた。

　今度は守護獣が大きく跳ねてアタシの突進をかわす番。

　・・・そして、守護獣とバーシア達の・・・更紗の間にアタシが立ちふさがる、

　その状態が再現された。



　前と同じ事が続けられるなら勝負はアタシのもの。

　だけど前回とは一つ違いがある、それはアタシの気力が限界に近いこと。

　さっきのクロノス・ハートでアタシは気力を皆使い果たしていた。

　次の一撃を総てかわせなければ、それはアタシの一巻の終わり。



　「・・・・さあ、来なさいよ・・次は本気でぶったぎってあげるからね・・・」



　だんだんアタシにゆとりが無くなる。

　仕掛けられたら最期、その思いがアタシを押しつぶしにかかる。

　それでも、アタシにはしなきゃならない仕事があるのよ。



　援軍は予想外の場所から来た。

　銃声が響く。

　守護獣は銃声のした方へ素早く飛びかかっていった。

　アタシの視線も自然とそっちへ向く。

　警備員が守護獣めがけて一斉に拳銃を放ったのだ。



　「だめっ！逃げて！早く！」



　分かっていた、意味はない。

　銃で魔物が倒せない理由はその回復力にある。

　もちろんアタシらが持ってる武器は魔物の回復を遅らせるための

　特殊な加工がなされている。

　つまり、殺菌効果のある物質で覆われてるってわけ。

　銀の武器でないと倒せない魔物って聞いたことあるでしょ？

　あれも銀の殺菌作用のおかげなのよ。

　それが分かってから魔物の殺戮が進んだんだけどね。



　だから、警備員だって銀の弾丸でも使っていればまだチャンスはあった。

　でもそんな弾丸使ってるわけはない。

　一方、手傷を負った守護獣はすでに見境を無くしてしまっていた。

　弾を撃ち尽くして、恐怖に固まる警備員達に守護獣が体当たりを掛ける。

　さらに集まる警備員による射撃音、それが恐怖の叫びに変わり、そして絶叫。

　後に残るのは守護獣に踏みにじられた警備員達。



　そして、通信機がアタシを呼び出してきた。



　「はい、こちらルシード」

　「ルシードさん？こちらはメルフィです」

　「なにごと？」

　「裁判所に魔物が現れました、直ちに出動してください。

　　魔法使用許可はすでにでています」

　「もう出動はしたわよ・・・でも、もう手遅れだわ」

　「どういうことなんです？ルシードさん」

　「さっき一戦やってね。結局逃げちゃったのよ」

　「すぐに捕まえてください！」

　「無茶いわないでよ、・・・あ、メルフィ、この件で

　　ブルーフェザーに管轄移ってない？」

　「いえ、第一捜査室が全体指揮を執ることになってます」

　「終わったわ…」

　「どうしたんです、ルシードさん」

　「メルフィ！すぐに指揮権こっちに回してもらって！

　　今すぐ！」

　「分かりました」



　メルフィとの通信は切れた。

　アタシはといえば、最後の気力を振り絞らなければならなかった。



　「ご主人さまぁ、大丈夫ですかぁ」

　「ん？アタシは大丈夫、それより更紗達！」



　裁判室へ駆け込んだアタシが見たものは、

　メルフィに抱かれて泣いてる更紗とバーシアに支えられてるおかみさん。

　そして、更紗を慰めているビセットとルーティだった。

　裁判官はといえば、壁に叩きつけられて動かなくなっていた。

　アタシはすぐにそばに行って脈を診る。



　「最後の気力を振り絞ればなんとか・・・」



　『ディバイン・シャフト！』



　がくん。

　膝が崩れ落ちる。

　魔法の反動で意識を持って行かれそうになる。

　でも、ここで倒れたら全部が台無しだわ。

　アタシはありったけの気力を総動員してなんとか立ち上がった。



　「みんな、出動命令がでたわよ。

　　準備して」



　アタシのこの言葉に、更紗が反応したらしい。



　「………」

　「どうしたの、更紗ちゃん？」

　「…………」

　「うん、うん、そんなことしないわよ。ね、約束する」

　「一体なにごと？フローネ」

　「先輩！たまちゃんを殺したりはしないですよね！」

　「たまちゃん？だれそれ？」

　「さっきの大きな虎です」

　「ああ、あれね・・・・もちろんそんなことしないわよ」

　「よかった、ね、更紗ちゃん、先輩もたまちゃんを怪我させたりしないって」



　通信機が再びアタシを呼び立てる。



　「はい、こちらルシード」

　「こちらはメルフィです」

　「あ、メルフィ、管轄こっちに回ってきた？」

　「いえ・・前回の一件があるからあくまで第一捜査室の管轄にする、と」

　「あのねぇ・・・あいつらに魔物のなにが分かるってのよ！

　　すでに裁判官が殺られたわ。これ以上犠牲出さないためには

　　最善を尽くす必要があるのよ！」

　「第一捜査室では無理だというのかね？」



　まったくもう！こんな時に第一捜査室長が割り込むな！



　「もちろん！そのための装備なんて第一捜査室には無いでしょ！」

　「最近我々にも対魔物用の特殊装備が支給された。

　　これは我々の手で片づける」

　「は？特殊装備？」

　「銀の弾を放つことのできる自動小銃を装備した特殊部隊だ。

　　彼らを投入すれば難しい問題ではない」

　「それじゃ・・・殺すつもりなんですか！」

　「当然だ、何か問題があるのかね？」

　「それだけは止めてください、あれはブルーフェザーで片づけます！」

　「君たちは逃がしたのではないかね？

　　それに、片づけると言っても、禁術を使うのだろう？」

　「・・・それは・・・」

　「そちらにはすでにパトカーを回した。

　　君たちは魔獣への阻止線へ付いてもらう」

　「魔法使用許可は？」

　「制限の範囲でな」

　「・・・・・・・・分かりました」



　どのみち、アタシが魔法を使えるのは後一度、

　たとえ魔法使用許可を無制限に出してもらったところで打つ手があるわけじゃない。



　「先輩！それじゃたまちゃんはどうなるんですか！」

　「フローネ、アタシにどうしろってのよ。

　　指揮権がこっちにあればまだ打つ手はあったわ。

　　魔法は使えない、パトカーは迎えに来る、特殊部隊は出動してる。

　　奇跡でも起きない限り、なにも出来はしないわよ」

　「ルシード！約束破るのかよ！」

　「そうよ！ルシード！」

　「ご主人さまぁどうにも出来ないんですかぁ？」

　「アタシは神様じゃないわよ。頼まれたって無理なものは無理だわ」

　「ルシード？まだ出来ることを全部下分けじゃないでしょ」

　「・・・・ま、ね・・・・バーシア、もう少し時間ちょうだい。

　　今の状態じゃ考えまとまんないわ」



　残念ながら、考えをまとめる時間はアタシに与えられそうになかった。

　裁判所の生き残りの警備員が、アタシらを連れてくパトカーの到来を告げた。

　アタシらは否応なくパトカーへと行かなきゃならなかった。

　一つだけ希望があったのは、そのパトカーに更紗とおかみさんも乗せていいって

　話だったことだけ。

　あたしの希望する「奇跡」のために必要な鍵はまだアタシの手元に残されてた。



　「待たせたな、ルシード」



　・・・・こ、この男はぁ！

　運転席に座って平然と呼びかけてきた人物へ向かってアタシは

　思わず怒鳴った！



　「ゼファー！またあんたの差し金かぁ！」



                                                     続く